□ 奇妙な同室人 □
最近あたしは視線を感じる。
それもあたしが『古典世界』の授業を受けている時に限って、だ。
熱い眼差しの相手は判っているけれど、何分得体のしれない相手なので、少々対応に困っていたりする……
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部屋……という表現が恐ろしく似合わない程の広い空間で、たった2人の人間が交わす会話も無くお互いのノルマをこなしていた。
ひとりは少女で、本日の2つ目の授業に差し掛かったところらしい。
個人用ブースの中のディスプレイには『古典世界』という文字が点滅していた。
いまひとりは少年。色を抜いたような茶色の髪がハーフ、もしくはクォーターという印象を与える。
こちらはまだ起きたばかりという風で、無造作に上げた前髪が寝癖なのか故意になのか判りかねるところだ。
そんな少年は袖口のボタンを留めながら、熱心に少女を見やっていた。
カタカタと響くのはキーボードを叩く音。
時々マウスのクリック音がカチカチと挟まって、さながら何かの音楽を奏でているようにも聞こえる。
不意に、その音楽が途切れた。
少女は動かしていた指を止め、深々と頭を垂れる。
「――だめ。……限界」
ディスプレイの映像が全く変わらなくなったのを見て、少年は眉を寄せた。
「ねぇ……」
言葉にしてから、少し躊躇って、少女が相変わらず頭を垂れたままだったので、そのまま言葉を続けた。
「具合でも、悪いワケ?」
「――――――」
少女は一向に頭を上げる気配は無い。
「ねぇったらっ。……近づくよっ」
ばんっっ! と乱暴に”Pause”キーを押して、やはり無言のまま少女はわざとらしい溜息をひとつ吐いた。
こういう態度に出られては、少年も身の置き所が無い。
「……えぇ……と。何か……怒ってます?」
「――J−10っっ」
緩くカーブを描く天パの髪を鬱陶しそうにかき上げながら、ようやく少女は頭を上げた。
「何かしたと思うなら、言葉にする前に反省の色を……」
「何かした記憶が無いから聞いてんじゃん」
J−10と呼ばれた少年は、未だディスプレイに向いたままの少女――J−05――の背中を見つめたまま言った。
「……も……いい……」
少女は”Pause”状態を解除して授業を再開した。
また沈黙が満たされる。
ディスプレイには蒼明な水の星が若々しく息づいていた――