第六話 春樹 と レイチェル
第 六 話 春 樹 と レイチェル
「今日は、春樹くんとデートじゃなかったのかね」
栗人は、彼にとっては珍しく大きなダミ声で、ケビンに聞こえるようにわざとらしくマリエに尋ねた。
「えっ、あっ、デートだなんて。特別約束してるわけじゃないし、いいの。それに春樹さんとはいつでも会えるし」
マリエはケビンの方をちらっと見て、ちょっとばつが悪そうに答えた。ケビンの帰国予定が迫っていた。マリエはケビンといると訳もなく楽しくときめきすら覚えてくる。ケビンと少しでも長く一緒に居たかった。
「春樹さんって?」
ケビンは恐る恐る遠慮がちにマリエに聞いた。
「春樹さんのこと? 父のお弟子さんなんだけど、最近、両親が勝手に私の結婚相手に考えてるみたいなの。家には男の子がいないでしょ、だから早く家の跡取りを決めたいみたいなの。なんだかちょっと焦りぎみで最近おかしいのよ、父ったら。でも私、ぜーんぜんそんなの興味ないから。さあ、早くでかけましょう」
マリエは、焦って弾けるような早口になって答えた。どうしてこんなふうにケビンに対して気を使って言い訳っぽく言っているのだろうかと、自分でも不思議だった。
橘春樹は、一年半ほど前茶道を習いたいと入門し栗人に師事している。素性のはっきりしない正体不明のちょっと変わり種の青年だ。自分では、都内某一流大学のIT関係の現役大学院生と言う。三〜四年間アメリカに留学し、スタンフォード大学でMBA(経営修士号)を取得して二年ほど前に帰国した、とも言っている。丁度、マリエが帰国したころと重なる。
それ以上の詳しいことは、聞いても殆ど話そうとはしない。確かに、英語は流暢に話す。しかし、アメリカにいたのにどういう訳か彼の英語は英国訛りのキングズイングリッシュだ。どうも教わった先生がイギリスのウェールズ地方出身だったらしい。
長身のやせ形で一見嫋々として覇気に乏しく見える。顔色は青白くいかにもオタク風のインテリだが、時折見せる度の強い近視鏡の奥の鋭い目付きがつかみどころのない不可解さを示していた。
◇
一方マリエは、高校時代、交換留学生としてアメリカのカリフォルニアに渡った。一年間、セコイア国立公園の麓にある人口二万人程の小さな町でホームステイしながら地元の高校に通う。
卒業後、そのままアメリカに残り、ビザを取り直し半年間程の語学研修を経てニューヨークのコロンビア大学のカレッジコースに入った。専攻は先住民族考察。マリエは以前からアメリカのルーツともいえるネイティブ・アメリカンと東洋との繋がりに興味を持っていた。このときは学内にある寮での生活だった。この三年間のアメリカでの暮らしが、マリエに本来内在していたアメリカン・フロンティア・スピリッツを無意識のうちに目覚めさせていたのかもしれない。
マリエが大学二年生の夏、高校からの友人であるレイナが彼女を訪ねて来た。ニューヨークまで観光を兼ねて遊びに来てくれたのだ。その日マリエは、ニューヨークは初めてというレイナを自由の女神やソーホー、グリニッジビレッジなどお上りさん定番のコースを案内した。歩き疲れ、二人はワシントン・スクエアーの噴水脇に座って丁度始まった蛇使いのパフォーマンスをボーッと眺めていた。
「日本人の方ですよね。観光ですか。よかったら案内しますよ。僕、そこのニューヨーク大学に通ってアートをならってるんで」
含羞の失せたちょっとキザな口調で一人の日本人男性が話しかけてきた。やせ形で顔色は青白く、破れたジーンズにサイケデリックな開襟シャツを着てサンダルを履いている。アーティストぶってはいるが見るからに怪しい遊び人風だ。わざとらしい秀逸さを匂わせた阿漕なまでの男の態度に、マリエにしては珍しく体質的な嫌悪感を抱いた。
「結構です。私たち観光客じゃありませんし、別に案内してもらう必要はありませんから」 マリエの不快そうな表情を見てレイナがきっぱりと断った。
「へぇ、じゃぁ留学生? どこの学校行ってるの。まさかここじゃないよね」
ニューヨーク大学の方を指さしながら口の中で舌を転がした。ねちっこく絡みいかにも軽薄そうな仕草の男は、今とは全くイメージの違った橘春樹だった。マリエとレイナは彼の質問には答えず手を繋いで無言で小走りに立ち去った。ワシントン・スクエアーの凱旋門風のゲートをくぐった辺りで振り返ると、その男がニヤニヤしながら付いてきている。馴れ馴れしさにマリエは強い辟易を覚えた。
「ちょっと、付いて来ないでよ。いやらしいわね。警察呼ぶわよ」
レイナの恫喝に男は《チェッ》と舌打ちして薄笑いを浮かべながら立ち去って行った。レイナは、その男がスクエアーの雑踏の中に消えて見えなくなるまで後ろ姿を睨みつけるように見ていた。
◇
帰国後ほどないある日、春樹は当時付き合っていた彼女らしき女性と横浜のみなとみらいでデートを楽しんでいた。夕暮れ、小洒落たレストランに入って行く二人の若い女性が偶然春樹の目に留まる。マリエの凛然としたオーラを感じ、彼女らがニューヨークで会った二人だとすぐに分かった。春樹も後を追うように同じレストランに連れの女性と入る。こういったときの春樹の頭の切り替えは天才的だ。
マリエとレイナが食事を済ませてレストランを出ると、春樹は一緒に来ていた女性に《悪い、急用が出来た》と言ってあっさりと彼女を残して店を出た。ストーカー的癖のある彼は、マリエとレイナが別れるとマリエの後をつけて横須賀の自宅をつきとめた。そして東森家の一人娘であることを知ることとなる。春樹の食指が動かない訳がない。すぐさま彼は東森家に取り入る計画を綿密に練り始めた。
全く興味のなかった茶道について予め猛烈に勉強した。そしてまんまと栗人の元に入門する。その後は、人が変わったようにありったけの精力を費やして栗人に気に入られるよう必死で媚を売って振る舞い恭順の意を表した。衒うことには長けている。知的さを滲ませ茶道に対する真摯な態度は他の弟子を圧倒するかのように異彩を放った。一年も経たずに嚢中の錐のように斬然頭角を現す。
「春樹君はなかなか見所がある青年だ。ひとつマリエにどうだろうか」
栗人が妻の由美子とある日話しているのを聞いた春樹は、計画が思惑定通りに進んでいることにほくそ笑んだ。栗人は一日も早く後継者となるべき人選を計りたかった。
栗人は、マリエに《春樹君をどう思うかね》と聞いて見たり、《お似合いじゃないの》と、由美子に言わせたりするようになった。稽古時に同席させたり食事を一緒にとらせたりと、やたらと最近二人を近づけようと行動が露骨になってきていた。由美子は春樹になんとなく怪しさを感じている。だが、マリエの出生に負い目のある彼女は夫の栗人にあからさまには逆らうことは出来なかった。
マリエも下心見え見えの春樹のごますりにはうんざりしていた。うさん臭さを感じ出来るだけ遠ざけるようにもした。しかし何かにつけベタベタと執拗にマリエの気を引こうとする春樹だったが、父のお気に入りをさほどムベにすることも出来なかった。
一度、レイナがマリエの家に遊びに来ているとき廊下でばったり春樹と出くわしたことがある。
「こんにちは、始めまして」
マリエの紹介にレイナが挨拶すると、春樹は落ち着かない様子で《どうも》とだけ言って伏し目がちにそそくさと立ち去ってしまった。
「なんか変なお弟子さんね。でも、どっかで会ったような気がするけど、気のせいかな」
レイナは彼の後ろ姿を見て首をひねった。春樹は回り廊下の柱の陰に隠れ、メガネの奥からじっと二人を見つめ会話を聞いていてほっと胸をなでおろした。ニューヨークのワシントン・スクエアーで、レイナは自分のことをじっといつまでも睨みつけていたので覚えられているのではないかと不安を持ったのだ。
◇
さらにある日、マリエとケビンがホースセラピーのため御殿場の乗馬クラブにいると春樹がふっと現れた。
「やあ、マリエさん、こんなところで会えるなんて、奇遇ですね」
数日前にこの乗馬クラブに入会し、偶然を装いマリエを待っていたのだ。
「あら、春樹さん。どうなさったの、こんなところにいらっしゃるなんて」
春樹はどう見てもスポーツマンタイプではないし、実際運動音痴で今までスポーツには全く関心を示したこともない。
「いえね、最近運動不足でおなかも少し出てきてるみたいだし、柄にもなく乗馬でも始めようかな、なーんて思いましてね」
春樹はケビンの存在は全く無視して《ふふふ》といやらしい薄笑いを浮かべた。メガネの奥の目は冷たく鋭さを残したままで。
「あっ、春樹さん、こちらケビンさん。アメリカからいらしてて、鎌倉のお寺で修行されているの」
マリエはいつものように屈託のない笑顔でケビンを紹介した。
「やぁ、始めまして、ケビン。春樹です」
春樹は、いかにも手慣れたというような流暢なイングランド訛りの英語ですかさず右手を差し出し、いつになくスノッブな素振りを見せた。
「こちらこそ始めまして、春樹さん」
「お噂はかねがね、お父様から聞いてます。最近マリエさんが外国の方とお付き合いされていると。こちらがその方だったのですね。これから騎乗ですか」
「ええ、春樹さんも一緒に乗りません?」
「いや、僕はもう終わったところなんで、シャワーを浴びて帰ります。彼も一緒に乗るんですか」
「そうよ。これから二人で箱根の方まで外乗なの」
マリエは今まで春樹に見せたこともないような嬉しそうな笑顔を見せた。そしてケビンの腕に自分の腕を寄り添うように絡ませると、
「じゃあね」
と言って片方の手を春樹に振って馬場の方に向かった。
「ごゆっくり、楽しんで」
「ありがとう、あなたも」
ケビンは、ちょっと照れ臭そうに春樹を振り返りながら答えた。
「春樹さんはマリエのボーイフレンドでしょ。だめだよ、こんな風にしちゃ」
ケビンは腕にしがみついたまま離れようとしないマリエを振りほどこうとした。
「いいの、これで」
マリエは振りほどかれまいと、そして春樹にわざと見せつけるように顔をくっつけてかえってしっかりとケビンの腕をつかんだ。
春樹は二人の仕草をメガネの奥から目に角を立てじっとにらみつけるように見ている。それから、唇の片側をシニカルに上げニヤリと薄笑いを浮かべながらシャワー室に入って行った。
☆
「どうしてもマリエを物にしたいの?」
レイチェルは、御殿場のラブホテルのベッドの上でふくよかな胸を押し当てながら春樹に囁きかけた。
「ああ」
タバコの煙と一緒に、春樹はぶっきら棒に短く返事を返す。
《もう!》
レイチェルは春樹の二の腕を思いっきりつねると、ホッペを膨らませながら寝返りを打って春樹に背中を向けた。
「本当に愛してるのはお前だけだよ、レイチェル」
春樹は後ろから彼女の乳房を掴み、そばかすのような染みのある肩にキスをした。
「うそ!」
纏わり付くような目を向けた。その目は意外にも潤んでいる。
《この女は本気で俺に惚れているのか》
当初、春樹はお互い遊びのつもりでいるものと思っていた。
レイチェルはアメリカのモンタナ州から、数年前熊本県の阿蘇にある乗馬クラブの招聘で日本にやってきたカウガールだ。もともと彼女はモンタナの牧場育ちで、子供のときからロデオ大会に出場し数々の賞を獲得している。モンタナ州と熊本県は友好関係にあり人事や文化交流を行っている。そういった関係で来日し、阿蘇の牧場で馬の調教を手伝っていた。そこに現在の御殿場にある乗馬クラブのオーナーが訪れた際、彼女の乗馬技術にほれ込み《是非うちに来て欲しい》と引き抜いて連れてきたのだ。そして、春樹が会員として入会した折彼のインストラクターに付いたのが彼女だった。
春樹はレイチェルより年下だったが、運動音痴でなかなか乗馬の腕前が上がらないことにむしろ勝気な彼女の母性本能を掻き立てていた。さらに春樹の英語の流暢さが二人の関係を一層近付けた。
「マリエに本気で惚れてるわけじゃないよ。君も知ってるようにマリエの実家は由緒ある資産家だ。彼女と結婚すれば全てが手に入る。わかるだろ?レイチェル」
レイチェルはちょっと拗ねる素振りを見せる。春樹は顎を引き寄せ彼女の唇を吸った。
「だけど、マリエの奴あのクタバリぞこないのジジイに夢中なんだ。なんとか手を貸してくれないかな」
「あのケビンね。このところいつも一緒にやってきてるわね。それで私にどうしろっていうの?」
「ケビンを色仕掛けで落として欲しいんだ」
「・・・・・・。悪い人ね、あなたって」
レイチェルは困ったような興味深いような、複雑な表情を見せながら口元だけで薄笑いを見せた。春樹は甘えるように彼女の豊満な胸に顔を埋める。レイチェルは思わず《アッ》と喘ぎ声を漏らした。
「悪い子には、お仕置きよ」
そういうと、レイチェルは枕元にあった物を取り出した。愛用のロンググリップの短鞭だ。シンセティックレザー巻きのシックなデザインながら羽根型のミシンステッチがカジュアルさを浮き出させている。赤黒く変色したグリップの皮がモンタナにいた頃から使い込まれたことを物語っていた。彼女はまるで馬に鞭を入れるように春樹の背中を思いっきり叩いた。
「ウッ!」
と、春樹は押し殺した叫びを上げ苦痛な表情を浮かべながらもエロチシズムな快感に酔いしれているようだ。赤くみみず腫れした叩いた後をレイチェルは舌を這わせて丁寧に舐めてやった。自らの行為がより激しい欲情を呼び、春樹の上に馬乗りになって狂ったように長い髪を振り乱しながら腰を動かし喘ぎ続けた。レイチェルのまるでロデオのような激しい動きにさすがの春樹もあえなく果ててしまった。
☆
ケビンはマリエとの騎乗のあと乗馬クラブのシャワー室で汗を流していた。そこへいきなりビニールのカーテンを開けて素っ裸の女性が入ってきた。
「オー、ノー」
「背中を流してあげるわ」
女は戸惑うケビンにお構い無しに乳房を押し付ける。
「レイチェル、どういうつもりだ!」
乗馬クラブのインストラクターで、同じアメリカ人ということもあり、最初から親しく言葉は交わしていた。勿論ケビンに特別な意識はない。ただ、前回会ったときからウインクしたりと、レイチェルの思わせぶりな素振りに気が付いてはいた。
「いいじゃない、前からあなたとこうしたかったのよ。誰も来ないから大丈夫」
レイチェルは構わずケビンの股間に手を伸ばす。
「ノー、止めてくれ、レイチェル!」
ケビンは彼女の肩を押しのけた。
「ほら、あなたのジュニアーはしっかり求めてるじゃない」
彼女は舌舐めずりして跪くと、執拗にケビンのものにむしゃぶりつこうとした。ケビンは今度は思いっきり突き飛ばした。
「なにさ、このエロオヤジ!」
レイチェルは罵声を浴びせると、何事もなかったかのように飛び出して言った。シャワー室の入り口には春樹がカメラを手に立っている。二人は目だけで首尾を確かめ合った。
☆
ある日、マリエの元に一枚の封書が届いた。差出人の表示はない。不審そうに封を開く。
「何これ!」
入っていた数枚の写真を見て思わず声を発した。そこにはケビンとレイチェルがあらわな格好で抱き合っているようなシーンが写っている。
《ケビンとレイチェルがこんな関係だったとは・・・》
マリエは心の中で呟くと、写真を破り捨てた。
《でも、いいじゃない。恋愛は自由なんだし。べつに彼が誰と恋をしようと私には関係ないわ》
無性に腹立たしくなって取り乱してしまった自分を静めるかのようにマリエは大きく深呼吸をした。少し落ち着きを取り戻すと床に散らばった写真の破片を拾い始めた。途中手を止めて写っているケビンの表情を見る。シャワーと湯煙でハッキリと掴めないがなんとなく違和感を覚えた。
《だけど、誰が何のためにワザワザこんな写真を撮って私に送ってきたのかしら?》
無理に冷静さを装いながらマリエは切れ切れになった写真を封筒に押し込めた。
☆
だがなんとなく釈然としないマリエは、毎週乗馬クラブに誘っていたケビンとの約束を守る気になれなかった。
「ごめんなさい、明日はチョッと用事が出来て行けなくなったわ」
ケビンに断りの電話を入れた。
その晩マリエはどうしても気になってなかなか寝付けなかった。いつものように、ただ久しぶりに一人で御殿場の乗馬クラブに赴いた。
レイチェルはホースで水をかけながら馬を洗っている。
「ハイ、マリエ。今日は一人なの?」
屈託なくいつものように陽気に声をかける。
「エエ、そうなの、レイチェル。調子はどう?」
マリエも平静を取り繕いながら普段どおりの返事を返した。だが、心なしかレイチェルの目が笑っていないような気がした。ケビンとの仲をそれとなく聞こうかどうしようかと躊躇していると、そこへ春樹がやってきた。
「こんにちは、マリエさん。あれ?今日はケビンと一緒ではないのですか?」
「ええ」
マリエは短く答えた。対照的に春樹の目には皮肉っぽい笑みが零れている。何故か不快感がこみ上げてくる。マリエは《じゃあ》とだけ言って馬場に向かった。
馬場内だけでその日のレッスンを切り上げたマリエは、馬を厩舎へ帰し鞍をはずそうとしていた。
「うまくいったみたいね」
「ああ」
レイチェルと春樹の声が聞こえた。マリエは無意識に馬の陰に身を隠す。レイチェルが鞍と鞭を所定の場所に帰すと彼らは抱き合い深いキスを交わした。マリエは醜いものでも見てしまったように顔を背けた。
《まさか・・・あの写真は・・・・・・》
思わず口を自分の手で塞いだ。
◇
春樹はマリエをものにしようと栗人の下に取り入った訳だが、いまや最終的目的は東森家の財産でマリエはそのための手段でしかない。確かにマリエは最高に魅力的だが、女に不自由はしていない春樹にはその中の対象の一人でしかなかった。
「マリエもそろそろ年頃になってきた。跡取りのことも考えなくてはならない。どうだろう春樹君、もし嫌でなければそのつもりでマリエと付き合ってくれないか」
先日、春樹はこう栗人から言われた。
「そんな、師匠・・・・・・」
春樹は、栗人の顔色を窺いながらわざと口を濁した。
「マリエではだめかね」
「とんでもございません。こんな私で宜しければ・・・・・・。ただ・・・・・・」
「ただ、何だね」
「マリエさんご本人が・・・・・・」
ホントは飛びあがらんばかりに狂喜したい気持ちだ。だが真意を見透かされまいと甘えるように困った顔で栗人からさらなる言質を引き出そうとした。小さいころ両親を亡くし身寄りがないという春樹に一抹の不安がないことはなかったが栗人の焦りが凌駕していた。
「大丈夫だ。それは私に任せておきなさい。君がその気なら心配いらん、うまくいく」
栗人がそう云いながら懐からタバコを取り出すと、春樹はニヤリと笑いながらすかさずカルチェのライターを出して火をつけた。
「春樹君、よろしく頼むよ」
栗人は煙草の煙と一緒に念を押すように言葉を吐いた。春樹は阿る素振りで応えた。
まんまと栗人に取り入り思惑通りにコトが運んできていただけに、春樹にとってはケビンの存在が気になってきていたところだ。
《どうせ五十過ぎの病気持ちジジイだ。アメリカに帰って、そのうちお陀仏になるだろうよ。気に食わないがなにも気にすることはない》
そう思って自分の気を休めた。
ケビンの身辺については既に詳細に調査済みだった。




