追跡と格闘(続き)
マリエはうっすらと目を開けた。朦朧とした意識の中、真っ白な壁に囲まれた部屋を眩しそうにゆっくり見回す。そして、純白のシーツにくるまって横になっている自分の身体を不思議そうに眺めた。何か怖い夢をずっと見ていたような気がした。
「おはよう。随分ぐっすり眠っていたね。ちょっと疲れ気味かな」
優しく声をかけるフェイドがかったケビンの顔がそこにあった。ケビンはベッドの脇に座ると、マリエの額に軽くキスをした。心なしかその唇はいつもより乾いて少し冷たかった。いつもの甘い香りも感じられない。
「ケビン! 大丈夫だったの、あなた」
「ああ、このとおり元気だよ。さあ、見てごらん今日も雲一つない良い天気だ」
テンガロンハットを被ったカーボーイ姿のケビンは、ギンガムチェックのカーテンを思いっきり開け放った。鮮烈な光の束と供に窓の外には牧歌的風景が広がった。馬が数頭草を食んでいる。子馬と一緒に小さい男の子が戯れる。
マリエは思わず《あっ》と感嘆の声をあげた。ケビンが話してくれた夢の世界がそっくりそのまま窓枠の中に収まっている。まるで音のない3Dの映画のスクリーンを見ているような甘美な光景。窓辺で振り返ったケビンの顔が、逆光で陰ってよく見えない。視界から色が抜け落ちたような感覚が襲う。
「ケビン、ここへ来て私を抱き締めて」
ケビンは本当に自分の夢を実現させたのだ。マリエはベッドに身体を横たえたまま幸せな気分に似た不思議な感触に浸りかけた。
するといきなりドアーが開いた。そこへ背広姿の場違いな三人の男たちがドカドカと入ってきた。まるで壁を作るようにケビンの前に立ちはだかる。そして口ひげを蓄えた弁護士を名乗る一人の男が、ケビンの目の前に険しい視線を送りながら白い紙を突き出した。
「ケビン・ハンター、不法占拠による立ち退き命令書だ。今すぐ出て行かなければ君を逮捕する」
有無を言わせない高圧的な口調で告げる。
「何を言っている。絶対にここをゴルフ場なんかにはさせないぞ。お前も弁護士だったら正義を貫け」
ケビンは無視して三人のわずかな間隙を縫って外に出た。そして繋いでいた馬にまたがる。
「待て、逃げると撃つぞ!」
映画のMIBの二人の主役と同じような、黒のスーツに黒のサングラスという格好をした男たちが同時に銃を抜いた。そして馬上のケビンの背中に向けてすかさず引き金を引いた。耳をつんざくような銃声が響き渡る。
「やめて!」
一瞬の出来事だった。マリエは大声で叫ぶとベッドから跳ね起きた。
◇
「目が覚めたようだな」
ベッド脇に居たフレッドが優しい目でマリエを見つめている。
「フレッド、ここは・・・・・・? ケビンは? ケビンはどこにいるの?」
マリエはシュールな状況が掴めないかのように、最初ゆっくりした口調で恐る恐る口を開いた。喉が異常なほどカラカラに渇いて声が掠れている。フレッドはチェスとの上の水差しからコップに水を注ぎ無言でマリエに渡した。マリエは喉を鳴らして一気に飲み干すと、ふっと思い出したように叫んだ。
「ケビンは、ケビンはどこ? ケビン! ケビン!」
「マリエ、落ち着いて。もう大丈夫だよ。心配ない。なんにも心配しなくて良いんだよ」
フレッドは、三日間SEDONAの病室で眠っていたマリエの柔らかい髪を優しく撫ぜた。
「ケビンは旅に出たんだよ。ファザースカイへの長い旅に。きっとケンタウロス座になってマリエのことをずっと見守ってくれてるよ」
「えっ、どこ、どこへ行ったの? いや、わたしもケビンと一緒に行く。お願いフレッド、わたしをケビンの所に連れてって」
マリエは目に一杯涙をためながらフレッドの腕にしがみついた。そして窓の外に向かって叫んだ。
「お願いケビン、私のところに帰って来て!」
フレッドはにっこり笑うと、マリエのおなかの上にそっと手を置いた。
「ケビンは、ちゃんとここに居るよ」
「えっ、どこ? ここ?」
不思議そうにマリエは自分の腹部に手を当てた。フレッドはもう一度にっこり笑うと大きく頷いた。危うく流産しかかったが、フレッドの機敏な処置でおなかの赤ちゃんは無事だった。
「ケビンは、帰って来るんでしょ?」
マリエはにわかに信じることが出来ないでいる。無理なことは分かっていても、も一度夢の中に戻りたかった。
「ああ、ケビンは必ずファザースカイからマリエの元に帰って来るよ」
フレッドは窓の外の真っ青に澄み切った空に向かって両手を広げて見せた。そして優しくほほ笑みながら、マリエの手にケビンが首からいつも下げていたイニシャルを象ったようなネックレスとハート形のドリーム・キャッチャーをそっと握らせた。
ここからは、作者コメントです。
(いよいよ最終話・エピローグです。ここまで読んでくださった方々に感謝いたします。
エピローグではマリエとケビンの意外な関係が解き明かされていきますよ。ご期待ください。
今まで投稿してきた内容や文章も日々書き改めています。実際出版するときにはかなり加筆、改稿が与えられているものとなります。
ただ、ここまで感想や評価などが一切ございません。なんでも結構ですのでコメントお寄せください。心からお待ちしています。よろしくお願いいたします。)




