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第十二話 SEDONA 4

第 十二 話    SEDONA 4  (2003年10月)


 マリエは大寄せ茶会の前日、横浜でレイナに会い手紙を託していた。その足で成田に向かい日本を離れてケビンのもとへ向かった。すでにマリエの覚悟は決まっている。


 ケビンは頭にこびりついて離れないマリエのことを雑念を取り払うかのようにより一層苛酷な修行の日々を続けていた。容貌もさらに髭が伸び肩まで髪を下ろして後ろで一つに束ね、身体も逞しくなり以前より一層ネイティブ・アメリカンになりきっている。この日はレッドロックの麓を流れる清流で一人、黙々とモリで魚を捕っていた。澄明に晴れ渡った空はどこまでも青く風と戯れる光が惜し気もなく降り注いでいる。


「ケビン!」

 背中で明るく呼ぶ声がした。ケビンは魚の刺さったモリを手に思わず身構えながらさっと振り返った。

「マ、マリエ、どうしてここに」

 この森に住み着いている妖精のような印象を受けた。

「シーッ!」

 マリエは人差し指を唇に当てると、ケビンを無視して河原の岩の平らな所を選んで大きな布を広げた。

「マリエ、何をするんだ」

「シーッ! いいから黙って見てて」

 うろたえるケビンに目もくれずマリエは持って来たピクニックバスケットを開けた。そして清水焼きの茶碗に青い漆を塗ったナツメ、使い込んだ茶杓をどんどん取り出して手際よく並べ最後に斑鳩の茶筅を反対向きに立てた。

「ここに座って、野だてよ。これ最小限の道具。でも、最高級の玉露をもってきたの。あなたの身体にとっても良くってよ」

 そう言うと、何が何か分からずアッケに取られているケビンを自分の正面に無理やり座らせた。マリエはケビンを見て柔らかい微笑みを浮かべた。そしてバスケットから小さなお湯の入ったポットを取り出すといよいよお点前が始まった。ケビンは以前と同じように黙ってマリエのマジックのような手さばきを子供のような眼差しで瞠目している。そして差し出された茶碗をうながされるまま手にとると徐に口に運んだ。ケビンは以前と同じように眉間に皺を寄せながらゆっくりと飲み干す。そしてちょっと噎せた。

「大丈夫? ちょっと苦かったかしら。でも、とっても身体に良いのよ。あら、ケビン、結跏趺坐出来てるじゃない」

「あれからずっと、練習してたんだ。もう平気だよ、ほら」

 ケビンは、すくっと立ち上がって見せた。

「ワァオー」

 マリエは嬌声を上げケビンの胸に飛び込んだ。ケビンは、マリエの勢いに押されて少しよろけながらもしっかりと日に焼けた剥き出しの腕でマリエを受け止めた。

「来ちゃった。もうどこへも行かない。ずっとケビンと一緒にいる。愛してるの」

 ケビンは逞しくなった胸の中に包み込むようにマリエの身体を強く抱き締めた。

「僕も、マリエを愛してる」

 二人は激しく何度も何度も唇を重ねた。

「でも、大丈夫なの、家の方は。それに・・・・・・」

 我に返ったように現実に引き戻されてケビンは不安をあらわに聞いた。

「大丈夫。友達に頼んでちゃんと手は打って来たから。あたし、日本の温泉に出かけたことになってるの」

 マリエはぽってりとした舌を出すと意地悪っぽくにっこり笑った。切迫感を漂わせながら清涼な風が吹き抜ける。二人はもう一度深く唇を合わせた。


 その日は、ケビンが一緒に生活をしているナバホ族との酒宴になった。フレッドをはじめ彼らは心からマリエを歓迎してくれた。頭部には羽飾り、動物の皮で作った衣服を身にまとい首には派手なターコイズのネックレスを着けたネイティブ・アメリカンお馴染みのコスチュームだ。焚き火を囲み、踊りのステップを踏むたびに鳴る足につけた鈴の音と打ち鳴らされる重いドラムの音が風に乗り大地を這って漆黒の暗闇の中に響き渡った。

 そこには、お土産屋のあの髭男も巨体を揺すって一緒に来てくれていた。彼らにとっても久々の大酒宴だ。マリエはあるだけの玉露を使ってお茶を点てみんなに振る舞う。彼らの中ではケビンを癒す魔法のお茶として人気を集め、あっと言う間になくなってしまった。


 その夜、焚き火の明かりに照らされたティピーの中で、ケビンとマリエは初めて一つになった。

 潤いに満ちた豊満だが張りのあるふくよかな若い肉体に包み込まれ、ケビンは深淵の底に吸い込まれていく。自分でも恍惚と溺れていくのが分かる。この年になって何度も何度もマリエを抱けることが不思議だった。甘やかな香りが激情を一層駆り立てる。久々の煮えたぎるような熱く激しい情熱と、マリエの若く瑞々しいつぼみのエキスがケビンの自然治癒力を高め命を吹き込んでいく。

 マリエも包容力のある本当の大人の愛を初めて知った。今まで男性を好きになっても心から愛したことはなかった。ケビンの厚い胸に抱かれ激しく発散される動物的な匂いに肉体の興奮を抑えることが出来なかった。そして逞しく野生の獣のようなものが自分の体内に息づいているのを感じ、ケビンの下で悶えながら思わず喜悦の声を上げた。

 辺りは闇の底に沈んでいる。遠くでコヨーテの咆哮が聞こえた。その声がかえって静けさを深めた。たき火が燃え付き燠火の心地よさだけが残っている。テントを透かしてやわらかい月明かりが二人を照らす。テントに木の葉の影が音もなく舞う。外はかなり冷え込んできている。だが二人は、激しさにほてって汗ばんだ裸の体をくっつけ股間を絡めたまま幾度も幾度も愛を確かめ合った。   



 SEDONAの北の外れにあるスライドロックで岩滑りを楽しんだり、ラフティングのスリルを味わったりと、ケビンとマリエはSEDONAでの楽しい幸せの日々を過ごした。しかしケビンには前から気になっている心配事があった。はたして都会生まれであんな立派なお屋敷に住むお嬢様育ちのマリエに、日本を離れある意味索漠としたここでの生活がいつまで耐えられるのだろうか。今のところ無聊さは感じないものの帰心矢のような気持ちにならないだろうかと。

「マリエ? 僕との生活は楽しいかい? 日本が恋しくないかい?」

 ケビンは包むような視線を向けながら聞いた。マリエはケビンが熾した焚き火の上にダッチオーブンをかけて夕飯のビーンを茹でる準備をしていた。マリエは料理に関しても年の割りに一家言を持っているほど長けている。それは小さいときから家庭的で料理自慢な母の傍らで台所を手伝わされていたことが大きく影響している。母、由美子も厳格な親の躾を受け花嫁修業の一環として料理教室に通わされた。和食から中華、フランス料理に至るまでプロ並に一通りこなす。それだけに由美子自身が仕切る東森家の茶会での精進料理には定評があった。門前の小僧よろしくマリエも自ずと料理を覚えた。

 マリエはケビンの揺れる気持ちを見透かしたように当意即妙、問わず語りに話し始めた。「私ね、ちょっと前だけど、乗馬クラブのツアーでモンゴルに行ったことがあるの。昼間は、毎日毎日馬の上で生活するようなものよ。わずか十日間位だったけど、最初の三日間位は、日本と違って思いっきり馬で走れて最高だった。大草原だから遠くの目印がなんにも無いの。《あそこの地平線まで走ろう》と言っても、どこまで行っても地平線まで距離が変わらないのね。さすがにいい加減嫌になっちゃった。最後はお尻が痛くて、尾てい骨のお尻の皮が擦りむけちゃったりして。乗ってるより、自分で馬をかついで帰ろうかと思ったくらい」

「冗談だろう、マリエ」

「そう、冗談よ」

 二人は顔を見合わせ声を出して笑った。マリエはいつになく饒舌に続ける。

「夜はね、《ゲル》っていって、このティピーと同じような所でずっと寝泊まりするのよ。降るような満点の星の下で。真ん中に薪ストーブがあって、そこでみんなこうやって料理するの」 

 マリエはダッチオーブンの中を楽しそうに木のヘラでクルクル回す。まるで子供のようだ。

「牛から絞ったお乳で、バターやヨーグルト、それにチーズまで作っちゃうのよ」

マリエは山の上に輝く一番星を懐かしむようにうっとりと見つめた。澄明な言葉を紡ぐようにさらに続ける。

「でもね、電気は勿論、水道もないしトイレもないの。顔を洗うのも歯を磨くのも、水場まで汲みに行った洗面器の水でぜんぶすまさなきゃいけなかったわ。もちろん、お風呂もないから三日に一回くらいその水場まで行って頭や身体を洗うの。トイレも降るような星空の下で済ませちゃう。ここの生活と一緒よ。楽しかったわ。携帯のメールだってもう気にしなくていいし、日本に帰りたくないって思ったくらい。けっこう私ってアウトドアー派だったんだって、あの時初めて気づいたの。私、アメリカの血が半分流れてるでしょ。きっと日本的農耕民族の血より、アドレナリン系のホルモンの分泌が強い狩猟民族の血のほうが濃いのかもね。私には今の生活の方がずっと合ってるみたい」

 マリエはダッチオーブンの中に香辛料をパラパラと振りかけるように、揶揄めいた言葉を楽しんでいるかのようだ。


 ケビンはベルサイユ宮殿の一室のようなマリエの部屋を思い出していた。その格差を凌駕するマリエの適応力には脱帽してしまう。お嬢様育ちのこんな可愛い子のどこにそれほどまでのパワーが潜んでいるのだろうか。そう言えば、マリーアントワネットも本当に愛したのはベルサイユ宮殿よりその隣に位置する《小トリアノン》と呼ばれる素朴なノルマンディー風の藁葺き屋根の家がある村里だった、とも言われている。真偽の程は別として、ストイックさが垣間見えたようでケビンはマリエの話に妙に納得させられた。


 突然、マリエが空に向かって木のヘラを突き出した。

「ほら、あの星、ケンタウロス、ケビンの星座よ。大丈夫よ、私、ケビンがいれば。あっ、ビーンが煮詰まっちゃってる」

 生温かい風が甘い香りを乗せて運んできた。マリエは木のヘラでスープを掬うと指先につけてなめる。

「おいしい!」

 マリエはケビンを見てにっこり笑うと、仁王立ちになって子供にするように今度は木のヘラをケビンに向けた。

「ケビン、あなたこそ大丈夫なの。これからここで私と一緒にズーット生きていくのよ!」 

 マリエの断定的言い方にケビンはしばらく黙り込んでしまった。マリエはちょっと悪乗りし過ぎたかなと後悔した。勝手に盛り上がって勝手に萎んだように、不安気にケビンの顔をそっとのぞき込む。ケビンはマリエの横に座ると真面目な顔付きになって静かに語り出した。

「実は、僕もいろいろ考えていたんだ。僕とマリエは三十以上も年の差がある。本当にこんな僕でいいんだろうかって」

 マリエは、懲りずにいたずらっぽくクスッと笑った。

「ケビン、あなたが九十歳を過ぎると私は幾つ? 六十のおばあちゃんよ。あー、いやだ。二人とも、おじいちゃん、おばあちゃん。その年になれば殆ど変わんないじゃない。年の差なんて気にしない、気にしない。だからそれまで元気でいようよ」

 最後は陶然として甘え声になった。長い髪の毛をお下げにした可憐な今のマリエの姿からしてとても想像できない。ケビンはマリエの屈託のない表情に苦笑いしながらも、また真顔に返って続けた。

「そうだね、ありがとう。でも僕は、一度結婚に失敗している。前妻のとの娘のエミリーとも別れたままだ」

「聞いたわ。それがどうしたの」

 マリエは、首をかしげた。

「今度の結婚はうまく行くと思った。もう同じ失敗は繰り返したくなかった。あんなつらいことは一度で十分だ。僕は、一生懸命家族を思い家庭を守ろうとしてきた。出来るだけ家族と一緒にいる時間を作ってきた。どこへ行くのも一緒だった。思い出を一杯作ろうとした。そしてなんとか二十年以上頑張ってきた」

 ケビンは感極まったように言葉に詰まってしばらく沈黙が続いた。マリエも一転真顔になってじっとケビンを見つめている。ケビンは自嘲的にまた重い口を開いた。

「だけど、その結果がこれだ。子供たちは離れて行くし、妻は浮気するし、僕は死にかけている。今まで何をしてたんだろう。もう僕の役目は終わったのだろうか。鎌倉で、そしてここでずっと自分と向かい合った。自分を対象化して振り返り内観を通して見つめ直してみた。僕は本来の自分を捨ててきていたのかもしれない。それはそれで良かったと思う。でももう子供たちも成長し自立してきた。さほど時の流れを意識しないうちに僕はやがて六十歳になる。そろそろ、また本来の自分に戻っても良いのではないだろうか。自由を求めてまた旅に出ても良いのではないだろうか。最近つくずくそう思うようになった」

 理想と現実の谷間に陥り必死で這い上がろうと深淵でもがいているかのようだ。マリエは真綿で包むようにケビンの頭を抱いた。

「ケビン、あなたは自分を押さえて少し頑張り過ぎね。純粋に考え過ぎなのかも。家族は大事だわ。でも本当の幸せって、何かしら。物やお金で裕福に暮らすことかしら。一見、便利で何不自由無い暮らしが良いみたいだけど、本当の自由を犠牲にしてるのではないかしら。人間の本来の姿は、この大自然の恵みに感謝して共存していくことなんじゃないかな。その中で、思い出をいっぱい作って残す。それが生きた証しだと思うわ。あら、私また、ババ臭いこと言ってるわ、おかしいね」

 二人は顔を見合わせて苦笑した。ケビンは少し間を置くと心の紐が解けたように明るく応えた。

「いや、マリエの言うとおりだ。今、僕の横にマリエがいる。僕はマリエと生きたい。まだ死ぬわけにはいかない。それに、僕にはもう一つやり残していることがある」

「やり残していることって?」

 マリエは、ケビンの逞しい腕に寄りかかるようにして少し間延びした口調で聞いた。

「エミリーとの思いで作りだ。彼女には、二歳のとき別れたっきり何もしてやってない。だから、今からでも出来る限りいっぱい思い出を作ってやりたい」

「私は、彼女を受け入れる。これからいつでもエミリーと会えるようになるわ。たくさん思い出作ってあげて。でも、私との思い出も忘れちゃいやよ。数え切れないくらい作りましょ」

「うん、そうしよう。ありがとう、マリエ」

 ケビンはマリエを思いっきり抱き締め、唇を重ねた。スープの甘い香りがケビンの中に伝わってきた。マリエは胸の芯から熱くなるような喜びを感じていた。ずっと持っていた木のヘラがポトリと落ちた。脇ではほったらかしにされたことを怒っているかのようにダッチオーブンの中のビーンがグツグツと吹き出していた。



 だが、二人のこの幸せな日々はそう長くは続かなかった。ケビンとマリエの二人の生活が一カ月ほど続いた日、朝から予期せぬ訪問者が現れた。

 はるか頭上をアメリカン・イーグルが悠然と羽を広げて舞っている。真っ青な絵の具を流したように澄み切った紺碧の空の下、ちょうどマリエはハミングしながら洗濯物を干していた。もともと透き通るような美白の肌が夏休み中の子供のように程よく小麦色に日焼けしている。ドレープをつけた白いシルクフォン素材のワンピースに真っ青な空の色が映え一層蠱惑的イメージを誘う。肩甲骨の辺りまである髪をブルーブラックの輪ゴムで一つに纏め、少し濃いめの化粧がマリエを普段よりエキゾチックでネイティブ風に見せている。

「すいません、この辺にケビン・ハンターという男性がいると聞いて来たんですが・・・」

いきなり背後からの女性の声にマリエは「ギクッ」として振り返った。手にはロープに

掛けようとしたケビンのトランクスがしっかりと握られている。声を掛けてきた女性はその場にそぐわないハイヒールを履き、チェリーレッドのフレームの大きめのサングラスと完璧にコーディネイトされた淡いピンクのツーピースのスーツを纏っている。

 マリエはその雰囲気から女性がケビンの妻であるステファニーだとすぐに理解した。ステファニーもマリエが手にしている水色のチェックのトランクスに見覚えがあった。そしてそれが何を意味するかを瞬時に悟った。


「あのぉ・・・・・・」

「主人はどこ? あなたはだれ? 日本人なの? あなたここで何をしてるの」

 言葉に詰まるマリエにステファニーは畳み掛けるように質問を浴びせた。

「彼女はマリエだ。日本人だ」

 ティピーの影から漁から帰ったばかりのケビンが、うろたえた表情を浮かべ困惑気味で棒立ちになっているマリエに代わって答えた。三〇センチもあろうかという鱒とモリを上半身裸の肩から下げている。

「あなた!」

 ステファニーの表情が一瞬緩んだかのように見えた。しかし濃いサングラスの下の眼は血走り小刻みに痙攣している。

「どうしたの、そんな格好して」

 ステファニーは息を呑んだ。肩まで伸びた髪、引き締まってこけたように見える頬にまで生えた髭面。そこにはステファニーが想像だにしなかったどことなくうらぶれた夫の姿があった。ケビンは黙ってモリと鱒を持った両手を広げると鍛えられた筋肉で盛り上がった肩を窄めた。

「あなたは、病気の治療をしにここへ来てたんじゃないの。それじゃまるで世捨て人じゃない」

 ステファニーは皮肉を込めた口調で不快感を露に言い捨てた。

「私はあなたのことが心配だったし、出来ることならもう一度あなたとやり直そうと思って来たのよ。それが何、こういうことだったの。こんな小娘と・・・いつの間に・・・・・・」

 真情の発露を押し殺し後は言葉にならない。唐突な嫉妬の奔流が彼女を襲う。ステファニーは勢いよくケビンに駆け寄るといきなり彼のほっぺたを平手打ちした。ステファニーのサングラスの下の目から大粒の涙が零れた。返す刀で横にいるマリエに向かって手を振り上げた。マリエは覚悟を決めて目を強く瞑る。ケビンがステファニーの手首をしっかり抑えた。ヘアークリップで端整にまとめ上げられたステファニーの長い髪が乱れる。マリエはそっと目を開けると踵を返して顔を両手で押さえながら川の方に走り去った。

「マリエ!」

 ケビンはマリエを追いかけようとしたが辛うじて思い止どまった。これ以上の修羅場は見たくはない。

「すまない、ステファニー」

 振り返ると、その場にしゃがみこんで泣きじゃくる妻に素直な気持ちで言った。そして続けた。

「見ての通りだ。言い訳はしない」

「私を騙したのね。こんなことでショーンやグロリアに顔向け出来ると思ってるの。恥ずかしいわ。あなたにはちゃんとした仕事も、家も家族もあるじゃない。あの娘ね。あなたをこんな体たらくにしたのは」

「違う、それは違う。彼女には関係ないことだ。ここへ来てやっと自分の本来の生き方を見つけたんだ」 

「本来の行き方ですって。そんな格好してなに子供みたいなこと言ってるの。もっと現実の生活を見つめなおして。あなたは弁護士なのよ。いつまでもそんな夢みたいなことばかり言ってるから、前の奥さんにも逃げられたんじゃない」

「ああ、そうかもしれない」

 ケビンはあっさりと容認した。自分の生き方に何か違和感を感じながらこの二十余年間を過ごして来ていたのかもしれない。意識下で煩悶を繰り返し。



 ケビンは弁護士という職業に誇りを持っている。社会正義の下、弱者の立場を尊重し味方になろうと努めた。正義感の強い自分には最適の職業だと信じて疑わなかった。しかし現実には想像以上のずれが生じた。

 ケビンは弁護士の資格を取ると、実務の見習いを兼ねてロスの大手の弁護士事務所に一旦籍を置いた。彼の緻密な調査、持ち前の行動力による情報収集と証拠集め、水も漏らさぬ論理的構築による展開、畳み掛けるような弁舌はいつも陪審員を唸らせた。特にヒスパニック系のマイノリティーの中では絶大なる称賛を浴びた。事案はDVドメスティック・バイオレンスや離婚問題、子供への虐待など枚挙に暇がない。彼らに対する真摯な扱いは情熱と謙虚さに裏打ちされたものだった。彼はいつの間にか辣腕弁護士として名を馳せていく。時折テレビや新聞にも取り上げられ、法曹界では時代の寵児として持て囃されることもしばしばだった。

 ほどなく独立して自分の事務所を構えるようになる。引く手数多に依頼が殺到する。いつしか相手を打ち負かすことに快感を覚えるようになる。そのためには手段を選ばなかった。ジキルとハイドばりの優しさと冷酷さが同居し始める。それでも彼は有頂天だった。このまま人生を謳歌出来ると信じて疑わないほど。

 そんな中、大きな案件が飛び込んで来た。ロスに本社を持つアメリカでも大手のデベロッパー会社、K社からのものだ。経験したこともない巨額の報酬がケビンに約束された。彼はほくそ笑んだ。アメリカンドリームの一端が垣間見えたように。


 ユタ州の南部、アリゾナとの州境に程近いところにローズバーグという小さな町がある。ゴールドラッシュ時代に一世を風靡したが今やゴーストタウンと化していた。K社は、そこにラスベガスに匹敵するような一大アミューズメントパークを建設しようと目論んでいた。当時財政難に苦しんでいた町は起死回生とばかり発展のため巨額な税収を見込んで、K社を全面的にバックアップした。

 ところがその予定地のもっとも見晴らしの良い一角に、水源の水利権を持ち州から借り受けた二十エーカー(約二万五千坪)程の小さな牧場を営む家族が住んでいた。スティーブン・ハミルトン一家だ。当時四十歳のスティーブンと三五歳の可愛らしい妻、十歳、六歳の息子たち、それに二歳の女の子の仲睦まじい五人家族。約やかな家を建て長閑なこの地に住み着いて十数年、半砂漠化した土地を掘り起こし、井戸を掘り風車で水を汲み上げた。小さな能力の自家発電機はあるものの、殆ど電気に頼らないアーミッシュのような自然の営みを享受しながら牛や馬との貧しくも慎ましやかで幸せな日々を送っていた。

 K社は、当初スティーブン一家を無視し、一家の敷地を取り巻く形でゴルフコースを造る計画を進めた。本来スティーブン一家の住む位置はK社にとってクラブハウスを建てたいほどの垂涎の場所だった。敬虔なモルモン教徒で環境保全主義者だったスティーブンは開発反対を唱えて権力に怯むことなく猛烈な抗議行動を行使し始めた。

 髭を蓄え力仕事で鍛え上げられた筋骨隆々とした体格は、どことなく相手をたじろがせるような威圧感を備える。いつもオーバーオールのジーンズとワークシャツの下の分厚い胸から覗かせている特徴のあるネックレスが彼のトレードマークだ。

 それに対しK社はスティーブン一家に対し数々の嫌がらせを試みた。畑にゴルフコースに使うはずの除草剤や農薬を撒く。納屋の片隅に火を付ける。水を汲み上げる風車のパイプを詰まらせるなどなど、法に触れることも平気でやってくる。スティーブンが警察に訴えてものらりくらりとなかなか対処してくれない。地元の警察は役場からの圧力で見て見ぬふりを決め込んでいる。


 あげくK社は敷地の境界線を巡り、不法占拠による立ち退きを申し立てて強引に彼の提訴に踏み切った。その訴訟の担当弁護士の依頼が売り出し中のケビンの下に来たのだ。

 スティーブンの敷地は便宜的に契約上二十エーカーとなっている。見渡す限りの荒涼とした広大な原野は、面積を算出する場合慣習上細かく実測することはまずしない。通常、川や山の稜線、防火帯としての畦など地形的に実質的な境界を暗黙の了解とする。その中には実際は急な傾斜地や手の付けようのない岩場なども含まれている。K社の実測によれば、そういった無価値の土地まで含め実質有効面積は一・五倍の三十エーカーは優にある、と難癖をつけた訳だ。

 ケビンは当然のことながら剛直なスティーブンと対決した。国選弁護人しか頼めない田舎物のド素人相手だ。K社からは手厚く施され、強力な役場の後押しもある。簡単に片がつくと思っていた。

だが調査を重ねれば重ねるほど、被告人、スティーブンの理が適っていることに気づかされる。それどころか彼の信念に基づいた生き方に共鳴と供に戦慄すら感じるようになった。K社はケビンの意志と反比例するかのように強引に着工した。一気呵成に既成事実を着々と重ねていく。その間壮絶な法廷闘争が繰り返された。


 訴訟から二年が経とうとしていた。心労が祟ってかスティーブンの妻が不幸にも乳癌に犯されていることが分かる。左乳房を全摘した。幸いその後の経過は良好だった。

 それでもK社の執拗な嫌がらせは後を絶たない。むしろ追い討ちを重ねるように激しさを加えていくようだった。スティーブンは妻への労りと不屈の抵抗を見せる。客観的には弁論爽やかで真摯に真実を訴えるスティーブンの誠実さと雄渾さに打たれ、陪審員の同情を買っているようだった。裁判官までもが現地を視察に赴いた。異例の行動だ。どうやら気宇広大なスティーブンの方に分がありそうだ。さらに彼はこのプロジェクトにきな臭い裏があることをそれとなく嗅ぎ付けているようだった。官と民の癒着を。

 K社は彼の精神的疲労困憊を待つ持久戦に持ち込む構えを見せる。裁判の行方には関係なくK社のプロジェクトは確実に進捗している。例えスティーブンが勝訴してここに居続けることが出来ても、今までのような彼の家族にとっての平穏な日々は二度と戻らないだろう。周りをゴルフ場やアミューズメント・パークに取り囲まれるのだから。

 弁護士としては道義的に悖るがケビンも彼に同情を寄せ始めていた。密かに彼の無償の国選弁護人に立ち退きによる金銭的和解案を提示し解決の糸口を模索した。義理で引き受けた熱意のない弁護士との交渉はケビンにとって赤子の手を捻るほど容易い。

 ケビンに出来ることといえば、スティーブンにとってできるだけK社から高額の立ち退き料を捻出すること位だ。しかし当初K社は一銭たりとも出す意図を示さなかった。虚々実々の法廷外での駆け引きが繰り広げられる。その結果ケビンの根気強い交渉の末、最終的には十万ドル(約一千百万円)で双方を説得した。それでも病身の妻を抱えた一家五人の行く末はケビンにとって危惧を拭いきれない種だった。


 約二年半の歳月を経てやっとのことで和解が成立する。最後の日に法廷の廊下でスティーブン一家とすれ違った。そのときの彼の妻や子供たちの無念に満ちた悲壮な顔は今でもケビンの脳裏に焼き付いて離れない。後ろめたさに直視できないでいると、意外にもスティーブンがケビンに言葉を掛けてきた。澄み切った目でケビンを見据える。

「世話になったな。あんたは弁護士としては一流かもしれん。だが弁護士である前に一人の人間のはずだ。あんたも人間だったら当たり前の良心は兼ね備えているだろう。私の祖先は西部開拓時代金儲けに狂奔し危うく命を落としそうになった。しかし神の救いでこうして命を繋いでこれた。自分を見失うな。ゴッド・ブレス・ユー(あんたにも神の御加護が有ることを)」

 辛辣さを秘めたスティーブンの言葉はケビンの心に鋭く感応するものがあった。彼はいつも首から下げているトレードマークともいえるネックレスにキスをした。それは手作りっぽい特異な形をしたアンティークなものだった。印象的でケビンの目に強烈に焼き付いた。

「ありがとう。私の祖先もフロンティアでカリフォルニアに移住して来た。もし次に会うことがあったら違った形でお会いしたいものです。グッド・ラック」

 ケビンは苦い笑いと共に右手を差し出した。いつしか彼の中には奇妙な親近感めいたものが芽生え始めていた。だがスティーブンはそれに応える事なく妻の肩を抱き抱えるように子供たちと法廷を後にした。スティーブンの旗幟鮮明な言葉の端々はケビンの弱点を的確に炙り出していた。魂の一番奥深い所にハンマーで思いっきり叩かれたような重い痛みが残る。なんとも後味の悪い事案だった。 


 数年後、スティーブン一家はそのわずかな資金を頼りにモンタナのイエローストーン国立公園近くで小さな牧場を開いたと、風の便りで聞く。後にケビンは、機会を見てスティーブン一家が立ち退き取り壊されたユタの牧場を訪れた。その跡地はスティーブンが情熱を注ぎ込んできた前衛的オブジェのようでもあり、家族の悲しみを表す墓標のようでもあった。

 一方、K社のプロジェクトは実現したものの十年も経たないうちに倒産の憂き目に遭った。さらに当時の町長は汚職の疑いで逮捕されている。もともと見込のない政治色の強い無謀な計画が露呈した格好だ。スティーブンは当初からそれを見抜いていた。ケビンにとってもなんとなくうさん臭さは感じていたものの、道義的責任はないとはいえ弁護士人生最大の汚点となった。

 それ以前に、家族を一義に愛し自分の正義とポリシーを貫くため大企業と政府を相手に勇猛果敢に立ち向かった彼の生き方は、ケビンのその後の価値観に少なからぬ影響を及ぼした。その姿は力強く饒舌な意味を持ってケビンの脳裏に甦ってくる。本来の自分の姿を映し出してくれているような憧憬を込めた錯覚に時折襲われる。幻想と闘争を織り混ぜながら。どことなく本能的な親近感を覚えるスティーブンは、ケビンの弁護士人生の中で生涯忘れることのできないオマージュを感じる最強の敵でもあった。そしてこの事案こそが強烈なインパクトを伴ってケビンの将来に否応無く拘わってくる。


 とは言えメランコリックに綺麗事ばかりは言っていられない。現実は嵐の中の海岸に立っているかのように休む事なく牙を剥いて襲いかかる。仕事で良心を汚さないと言うのがモットーだ。だが生活のためには致し方ないと割り切ることも必要となる。短絡的なプラグマティズムが彼を支配した。

 確かに成功報酬は十分すぎるぐらいだった。明らかに社会正義に悖ると分かっていても、顧客の金のため名誉のため理不尽な道理を貫き通さなければならないこともしばしばだ。ケビンは勝訴しても弱者の泣き顔、恨めしい視線に何度となく晒された。正義の弱者の側に立てば殆ど収入には繋がらないことが多い。自分自身もまた正義より金のためステイタスのためを秤に掛け、意にそぐわない仕事を幾度となく引き受けてきた。離婚や遺産問題など人間の醜い場面を嫌と言うほど見せつけられる。他人の争い事に係われば当然当事者の私生活を垣間見る。時には心の中まで土足で上がり込まざるを得なくなる。弁護士として当たり前の仕事だが、もううんざりだった。心の奥底にはいつも自制された憂悶がふつふつと煮えたぎっているかのように。

 このときを境に、無意識の自責の念が募り募ってケビン自信にも病の魔の手が静かに忍び込んできていた。



「僕にもしも残りの人生があるとするなら、これからは自分に正直に生きてみたい。ショーンもグロリアもそのうちきっと分かってくれるはずだ」 

 今も尚スティーブンの影響は彼の脳裏に深く刻み込まれている。

「そんなこと子供たちに分かりっこないわ。ほんとに馬鹿な人ね、あなたって人は。とても正気だとは思えない。気でも狂れたの? 我儘な人だとは思ってたけど、男の更年期障害ってやつね、きっと」

 呆れ顔でステファニーは吐き捨てるようにケビンを罵倒した。 既に頬の涙は乾いている。「僕はマリエを愛してるんだ。そしてこれから彼女と生きる道を選んだ」

「冗談じゃないわ。私と別れて、今度はあの小娘と一緒になる気? なんて勝手なの。あなたみたいなバツ一の我が儘ジイさんをあの娘が本気で愛してるとでも思ってるわけ? いい年してたぶらかされてるのよ、あの小娘に。あなたの冷静な判断力はどこへ行ってしまったの。いやよ、私は絶対あなたと別れない!」

 不快感を滲ませ今度はきっぱりと強い口調で言い切った。ケビンの真摯な言葉にも取り合おうとする気配を感じさせない。

「私があの娘を日本に追い返してやる!」

 そう叫ぶとマリエが走って行った方に歩きだした。その瞬間ハイヒールの踵が折れステファニーの身体が揺らぐ。彼女は、「もう!」と叫ぶと両方の靴を脱ぎ捨てた。

「奥さん、少し待なさい」

 唖然としてケビンが引き留めようとするより早く岩陰から図太い声が響いた。

「どなたなの、あなた」

 前髪を透かして声の主を見据えた。

「だれだか知らないけど、私たち夫婦の問題に口出ししないで!」

「フレッド、来ていたのか。彼はここの酋長だ。僕の修行の師匠でもある」

「まあ、若い娘をたぶらかす方法まで教えていらっしゃるのかしら」

 反抗心剥き出しで言葉を返す。肩で息をしながら扇情的で皮肉たっぷりのステファンーの言葉にも動じず、フレッドはゆっくりとした口調で彼女に語りかけた。

「奥さん、あなたのご主人はようやく健康を取り戻してきたところだ。今、彼にはこれまでのしがらみを断ち切ることが必要だ。彼を元の生活に引き戻せば必ずまた病気をぶり返すことになる。もう暫く彼に時間を与えてくれないか」

 深く刻み込まれた皺の中の優しい眼光がかえって有無を言わせぬ説得力を感じさせる。ステファニーは呪縛にかかったように返す言葉を失った。フレッドはトラディショナル・ヒーラーとしてケビンの生真面目な性格とガラスのような壊れやすい精神状態を十分に把握している。ケビンも、妻と生い立ちの異なる三人の子供たち、そしてマリエという狭間の中で苦悩に顔を歪め愛することの苦汁を噛み締めているようだ。時間が止まっているかのような静寂と言い知れぬ重苦しさが辺りを包み込む。

 再び時を動かすようにステファニーは、きりっと口を引き結んで乱れた前髪を手櫛で掻き上げた。うっすらと影を落とす目の下の隈がピクピクっと小さく痙攣している。自らの気持ちを静めるかのように深く胸を膨らませて息を吸い込む。頭の中ではなんとなく理解できても気持ちのうえではとても消化しきれない。

「後で弁護士をよこすわ」

 憎しみを吐露するようなまるで抑揚のない声だ。眉ひとつ動かさず大きな目に挑むような気配が漂う。長年培った夫婦の絆の脆さと孤独感を痛感させられる。気を取り直すようにステファニーは取れかかっていたヘアークリップを引きちぎるように投げ捨てた。ブロンズの長い髪の毛が揺れながら肩に掛かる。乱れを治すように頭を大きく二、三度振った。徐に血走った目を隠すようにサングラスを掛けなおす。そしてハイヒールを手にぶら下げ、ストッキングのまま後は何も言わずに足早に引き返して行く。途中石に足を取られ彼女の身体がグラリと蹌踉ける。ケビンは思わず駆け寄り手を差し伸べようとした。だがステファニーはわざとらしく伸ばした背筋で暗黙に拒否の意を示した。凛としたうなじが白い残像のように流れる。心の準備もないまま幕切れが来たようで猛烈な虚脱感がケビンを襲う。不憫げに憂悶の情を示しながら二十数年連れ添った妻の寂しげな背中をただ茫然として見送った。


「ケビン、本当に私で良いの?」

 その場に帰って来ていたマリエが、ロープに広げられた真っ白なシーツの後ろから今にも泣き出しそうな顔で声をかけた。カールがかった長い睫毛に憂いを乗せて。マリエの無邪気なオプティミズムが場の混沌を希釈しているようだ。

「ああ、マリエ、戻ってたのか。もう心配しなくていいんだよ。僕は君とこれから生きて行くんだ。それより君こそこんな僕に本当に付いて来てくれるのかい」

 全神経を集中させ、固唾を呑んでこの光景を見ていたマリエは涙を一杯にためながら大きく頷いた。そして「ケビン!」と叫びながら愛くるしい表情で彼の胸に飛び込んだ。

《あなたの身体は私の癒しで必ず治してみせます》

 マリエはケビンの胸の中で声にならない叫びをあげていた。

 二人は溶け合い深い沼の底へ溺れていく。お互いの存在をかけがえのないものとして再確認するように唇を求めた。だが、狂おしく溶け合うほどにもどかしさで愛惜が沼深く滞留し、理は遥かに遠ざかっていく。そしていつの日か深い闇を孕んだ現実が怒涛のように圧し返り否応無く二人を飲み込んでいく。

 


「ウェル(えっと)」

 フレッドが咳払いをし、珍しく遠慮がちに喉を詰まらせたような声を出した。

「こんなときで何なんだが、アップタウンでケビンとマリエのことを捜し回っている男たちがいると聞いた。実はそのことを伝えに来たんだ。二人ともここにいては危険だ。馬車を用意してある。身の回りのものだけ持ってすぐここを出たほうがいい」

フレッドは間髪を入れず、

「ここに行きなさい」

と言って一枚の地図をケビンに手渡した。外には一頭だてのバギーと二頭の馬が既に用意されている。

「ここは昔、私たちの祖先が住んでいたグレート・バレーという所だ。そこには古びたログハウスが建っている。ある程度手直しは必要だが二人で住むのには十分だろう。誰も容易には近づけない、素晴らしい滝のある秘境だ。馬は、岩場に強いアパルーサとモルガンを連れて行きなさい。早いほうが良い。今から出れば暗くなる前には着くだろう。ケビン、あまり深刻になるな。今は生きることだけを考えれば良い」

二人は、フレッドに芳情の意を示し、そそくさと荷造りして朝のうちに馬車で旅立った。山には俄に暗雲が立ち込めている。ケビンはこのとき何故か遠い過去に幌馬車で険しい山道を旅した祖先の姿がフラッシュバックのように脳裏に浮かんだ。セピア色の懐かしいフィルムを見ているような気がして。


 草原を走りいくつもの山間を駆け抜ける。急坂を下って谷に下りた。途中何回か馬車が転覆しそうになった。道が狭くて切り開きながら進んだりと艱難辛苦の道程だった。それでも何とか地図を頼りに夕刻までに目的地にたどり着くことが出来た。 


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