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プロローグ SEDONA 1

プ ロ ロ - グ     SEDONA 1 (2006年 初秋)


 なだらかな坂道を一台の白いセダンがゆっくりと上って来た。

 SEDONAの町のほぼ真ん中に位置する小高い丘の上にあるローカル空港に続くエアポートロード。その中腹に町と屹立した山並みが一望出来るビューポイントがある。車はそこの砂利敷きのパーキングエリアで影を落としながら止まった。

 小さな軋み音と共に開いたドアーからマリエは柔らかな物腰で降り立った。すかさず助手席に回ると抱き抱えるように小さな男の子を降ろした。


 寄り添って立つ二人の目線の先には赤茶けた特異な形をした山々が連なっている。その光景は畏怖の念すら感じさせる。

すでにふもとの町にはポツリポツリと明かりが灯り始めていた。まるで薄オレンジ色の布でスッポリ覆われるように次から次へと家々が染め上げられていく。傾きかけた茜色の太陽の光りが二人の姿をやんわりとくるむ。真っ赤に染まった文字通りレッドロックと呼ばれる山の峰とダークブルーに澄み切った空のコントラストを正面に受け、二人とも無言のままSEDONAの幽玄な大パノラマを見つめていた。

 やがてマリエは蒼穹を見上げて静かに佇んだ。まるで神秘の宇宙から光と共に降り注ぐ全ての《気》を集めるかのように。マリエとしっかり手を繋いでいる男の子も、初秋の陽の光を心地良さ気に同じように空を見上げている。渾然一体となった風景の中どこか空気の色まで違って見えた。


 《気》から発せられるパワーを全身に受け止めながら、マリエはめくるめく想いに駆られていた。しばらくすると何か大切なものを運ぶかのようにゆっくりとした口調で男の子に話し始めた。

「やっとあなたと一緒にここに来ることができたわ。ほら感じるでしょう。この町で、お父さんとお母さんは愛し合い、わずかな期間だったけど将来の夢を語りながら素晴らしい日々を過ごしたのよ。きっとお父さんはこの町の、この山のそしてこの空のどこかに居て今も私たちを見守ってくれてるわ。あなたにはお父さんから受け継いだ生きるパワーが満ち溢れているのよ。お父さんが克服した病を治すエネルギーと夢を叶える力が。お父さんは愛の力で自分の病に打ち勝った。そして壮大な夢に向かって果敢に挑もうとした。素晴らしいお父さんを持ってとっても幸せよ、あなたは」

大きな双眸の涙の泉が今にも溢れ出しそうになるのを堪えて続ける。

「SEDONAのパワーがきっと私たちにも素晴らしい未来を持って来てくれるわ。さあ、この手のひらで感じるのよ」

マリエは空に向けて両手を大きく開いて差し出した。堪えきれず頬を伝って零れた一筋の涙がキラリと光る。男の子もマリエを見よう見まねで黙って手を広げて空に伸ばした。優しく包み込むような夕陽に照らされた二人の顔は、身体の芯まで《気》を取り込んでまるで如来様のように膨よかな表情を見せていた。


 SEDONA − アメリカ合衆国、アリゾナ州のほぼ中央に位置する、人口一万人程の小さな町。州都フェニックスから北へ約115マイル(約185キロ)、グランドキャニオンからは南へ約100マイル(約160キロ)の地点にあたる。アメリカの景勝地ナンバーワンにも選ばれ、毎年四百万人以上の観光客が訪れる、類い稀な美しさを誇る。

 レッドロック・カントリーの南の玄関口にあり、《ボルテックス(VORTEX)》と呼ばれる、神秘的で地球的パワーの存在する希有な町として、多くのアーティストや自然愛好家が集まるメッカ的存在の地でもある。


 ジーンズを纏った二人は、近くのゴツゴツとした赤い大きな岩の上にあぐらを組むようにして並んで腰を下ろした。

 マリエは徐に長い睫の瞼を半眼に閉じた。両方の手のひらを広げ太ももの上にそっと置く。緩やかに呼吸を整える。集中力を高め透き通った空から降り注ぐ《気》を再び一心に集め始めた。手のひらが仄かに熱くなる。熱気がジワリと全身に浸透していく。瞼の裏が夕陽に彩られオレンジ色の世界を創出していく。呼吸はさらに緩やかになる。一分半ほどかけて複式呼吸を繰り返した。無の境地に近付くにつれ脳全体が発光し始め出した。


 アメリカン・イーグルの頭上で風を切る音が身体全体に聞こえる。同時に遥か上空で吹く秋風を感じる。あの日の情景が俄に頭の中のスクリーンに写し出され、昨日のことのように蘇る。

マリエはゆっくりと目を開いた。心身を解すように緩やかに、そして大きく肩から首を回す。まるでフィルムのリールを回転させているかのように。

 徐に、眼下に広がるSEDONAの町のある一画に目を留めた。懐かしむような優しい眼で見つめる。マリエは、約四年半前に自分が初めてこのSEDONAを訪れた日のことを感慨深げに思い起こしていた。


 マリエは、《気》によって温かくなった片方の手を男の子の頭にそっと乗せた。そして息吹を吹き込むかのように撫でた。当時の風景が回り舞台のようにマリエの脳裏を駆け巡る。マリエは懐古的表情を浮かべながら、男の子に一語一語言葉を噛みしめるように再び語り出した。



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