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探偵は推理しない  作者: 寿
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その6


 私は天宮大橋を渡り、愛車を北区に乗り入れた。この辺りは大学通りとも呼ばれ、高級マンションから安アパートまで、肩を寄せ合うようにして建ち並んでいる。

 私は高級マンションの敷地に車を停めた。このタイガース・マンションこそ、フリル魔人藤井和之の居城なのだ。

 エディさんから仕入れた衣類を小脇に、マンションに入る。入り口のロックは桜野氏から、解除ナンバーを聞いていた。郵便受けで藤井和之の部屋を確認。エレベーターで七階へ上がる。

 七階フロアに出て左。藤井和之の部屋は五号室だ。コワ面のお兄さんが私の来訪を待ち構えているだろうと思ったのだが、玄関前は無人であった。通路にも人影は無い。私としては、いささか拍子抜けだった。

 室内の様子をうかがうために、金属製のドアに耳を押し当ててみた。防音が利いているのか、何も聞こえてこない。

 仕方ない。私はソフト帽で覗き窓をふさぎ、右手の指先でインターフォンのカメラを隠した。それから残りの指で器用に呼び鈴を押す。すると若い声で返事があった。

「はい、どちらさん?」

「宅配便です! お届けものにあがりました!」

 私の口から快活な声が滑りでた。

「今日は通販の日だっけ……?」

 ブツクサ言いながら、藤井和之は解錠した。チェーンロックを解除したところで、私は思い切りドアを引いた。

「桜野深雪誘拐の容疑だ! 上がらせてもらうぞ!」

 藤井を押し退けるようにして、土足のまま玄関を突っ切る。ガラス扉を引いて明るい居間に飛び込んだ。ここは敵の本拠地だ。私を襲ったヤクザ連中がたむろしているかもしれない。私はすぐに身構えた。

 しかしそこにヤクザなど存在せず、ピンクのフリフリヒラヒラなドレスを着せられた桜野深雪が、顔を真っ赤にして立たされていた。そして学生風な若者が三人、興をそがれたような顔で私を見上げている。

「探偵さん!」

 桜野深雪は私の背中に身を隠す。

「大丈夫だったかい、深雪ちゃん。君を拐ったヤクザはどこだ?」

「ヤクザ?」

 桜野深雪は不思議そうな顔をした。

「そんな人はいませんよ?」

「は?」

 今度は私が不思議顔をする番だった。

「あっ!」

 三人組の一人が私を指差した。

「この男っ、我らが深雪ちゃんと歩いていた奴だっ!」

「本当だっ! まだヤラれ足りないかっ!」

「クソっ! 地味っ娘同盟の名において、貴様にやっかみの天誅をくらわせてやるっ!」

 ようやく事態が飲み込めた。私たちを襲ったのは本職連中などではなく、こちらのお坊ちゃんたちだった……ということだ。それにしてもなんと可愛らしい連中だろう。彼らは自ら、私への暴行と桜野深雪誘拐の罪を自供してくれたのだ。

 そうなると私としては、いきり立つ若者たちを尻目に、悠々と部屋を横切ったうえでソファに腰をおろし、高々と脚を組むしかない。

「な、なんだよオタクっ! その偉そうな態度はっ!」

「そうだそうだっ! せめて我々の前で土下座しろっ! 土下座っ!」

「あんたは我らが深雪ちゃんと歩く、という大罪を犯したんだぞ!」

 だが私はポケットからキャメルの紙巻きを抜き出し、ロンソンによく似たガスライターで火を着けた。

「可愛いねぇ、君たち」

 煙と一緒に嘲りの声を吐き出すと、彼らはより一層気色ばんだ。

「不満かな? だとしたら自分から暴行と誘拐の罪を自白した人間を、どう表現すれば良いのか教えてもらいたいものだね」

「……………………っ!」

「私に暴力を振るったのは、君たちだね? あぁ、もちろんそのことに関しては、罪は問わないよ。私は警察ではないのでね」

 現代の若者は「匿名性がある」とか、「罪に問われない」という条件がつけば、かなり悪どい行いを平気でする。なにも現代の若者に限ったことではないが、私は彼らをそのように見ている。

 匿名掲示板などというのが良い例だ。自分が罪、あるいは責任を問われないとなれば、その行為は下品極まるものになる。

 そして実際、私が罪に問わないという条件が効いたか、彼らはあっさりと自分たちの行為を認めた。

「私は探偵、桜野深雪さんが家出したということで、父上から捜索を依頼されてましてね」

「……家出?」

「そういえば深雪ちゃん、今日は学校に行ってなかったような……」

「君たちは深雪さんの観察を絶やさなかったのかな?」

「えぇ、愛でる気持ちで遠くから拝見してました」

 あきれたものだ。平気な顔、さも当然という顔で、ストーカーまで自白した。道理でタイミングよく、私たちを襲撃できたはずだ。

 もちろん桜野深雪はドン引き。顔をひきつらせている。心の傷にならぬよう、探偵の我が身としては祈るしかできない。

「探偵ということは、嫌がる深雪ちゃんを、無理矢理実家に連れ戻すつもりなんですか? 家出は彼女の意志であり……」

「話は最後まで聞きたまえ」

 まるで白馬の王子気取りだ。なんの責任もなしに家出は彼女の意志だときた。

 あきれてはいたが、私は事情を説明した。その内容、桜野深雪はフリフリドレスが嫌いという事実に、さすがの地味っ娘同盟も勢いを失う。

「……そんな」

「僕たちの嗜好が、深雪ちゃんの好みに合わないなんて……」

 うなだれる若者たちだったが、当の婚約者氏はどうなのか?

「……………………」

 藤井和之もまた、茫然としていた。

「どうしますか、藤井さん。婚約者、桜野深雪さんをとるか、フリフリでヒラヒラ好きの地味っ娘を新たに探すか。あなたの自由ですが」

 我に返った藤井和之は決意の眼差しをむけてきた。

「もちろん僕は、深雪さんを選びます! ……だけど探偵さん。フリルつきのドレスもまた、どうしても捨てられなくて……」

 あまり立派な決意ではなかった。

 ならば私がこのフリル魔人に、引導を渡してやるしかない。

「よろしい、ならば全面対決だ! 私は今回深雪さんが気に入りそうな衣類を、厳選に厳選を重ねてチョイスしてきた! このファッションを見ても心が動かないならば、また後日考える! だが少しでも彼女に似合うと思ったなら、彼女の意志を尊重してフリル好きを自粛すること!」

 こういうことは勢いだ。だから、私が何度でも挑戦してくるつもりとか、なんでフリル好きを自粛せにゃならんとかいう疑問を、挟ませてはいけない。

 私は衣類の入った袋を、桜野深雪に託した。

「となりの部屋で、好きな服に着替えてきなさい。きっと彼は、本当の君に心ときめくはずだ」

「ありがとうございます、探偵さん!」

 ウサギが跳ねるというにはドン臭い姿で、桜野深雪はとなりの部屋に消えて行った。

「ところで探偵さん」

 白馬の王子気取りな一人が、自分の犯した罪など気にせぬ雰囲気で、メガネをクイッと上げた。

「ヒラヒラふわふわ以外で、探偵さんはどのようなコンセプトで、地味っ娘に挑むつもりですか?」

 お前たちは部外者だろう、というのは簡単だ。しかし私も少しばかり、つまらない復讐心に燃えている。藤井和之こフリルを奪うだけでは飽き足りない。他の三人からも、心の支えを根こそぎ奪ってやろう、と考えていた。

「……少しだけ教えてやろう。君たちは地味っ娘をフリルで華やかに演出しようと試みたようだが、私は別角度から攻め込んでみようと思う」

「それは興味深いですなぁ」

 私のプレゼンに耳を傾ける若者たち。その中に、藤井和之もちゃっかり混ざっていた。部屋に灰皿が無いので、空き缶を引き寄せキャメルを押しつける。

「私が目をつけたのは、深雪さんは運動が苦手という一点! そんな彼女だからこそ、アクティブな路線が似合うと確信したのだ!」

 ぬう、と唸る声がした。その手があったかという声に、いやそれはどうだろう、と疑問の声が重なる。そして彼らは頭を寄せ合い、小声の早口で相談を始める。

 聞き耳を立ててその内容を聞いてみたが、誰もが自分の主張をのべるばかりで、意見をまとめる方向に話が進まない。

 私は二つ手を打った。彼らにまかせていては、いつまでも結論が出ないと踏んだからだ。

「オーケイ、話し合いはそこまでだ。そろそろ深雪さんも準備ができただろうからな」

 いよいよ大詰めだ。願わくば深雪さん、脚を露出した服を選んでくれ。

 祈るような気持ちでMCの口上をのべる。

「レディース、エン・ジェントルメン! ヒアウィゴー、五番街探偵事務所プレゼン!」

 無理のある英語だが、こういうものは勢いだ。

「桜野……深雪・ショーっ!」

 私の背後で扉が開いた。四人の若造たちは、おぉという形に口を開く。

 来た! これは間違いなく深雪さん、脚をアピールしてきた! やるな深雪さん! さすが深雪さん! 地味には地味の武器があるじゃないか!

「どうだね諸君! 私の打ち出す深雪・新路線に、フリルの魅力など吹き飛んだだろう!」

 私は貫禄たっぷり。勝者の余裕で振り向いた。

「……あの、深雪……さん?」

「はい?」

 その姿を見て、頭のソフトを床に叩きつけた。

「なんでジャージ着てんのーーっ!」

 桜野深雪はジャージを着ていた。うん、白のジャージは清潔感にあふれている。だがね君、それで殿方をフリル地獄から、救い出せるつもりなのかね?

「え? でも探偵さん、好きな服を選んで、っていうから……」

「いやいや、私そんな服なんぞ、入れてなかったろうて」

「……だから、このジャージ……和之さんのなんです……」

 私は、一六万円の衣装を台無しにされた虚無感に、うちひしがれていた。しかし頬を染めてうつむく乙女を、誰が責められよう。

 男とは、耐えるものだ。つらいものなのだ。

「……深雪さん」

 なにかにとりつかれたように、藤井和之が歩み寄る。

「……僕が間違っていた。君にフリルのドレスを押しつけるなんて」

 私は叩きつけたソフトをひろい、団扇がわりに顔を扇いだ。どうやら藤井和之は、そうそうに宗旨を改めるようだ。

「深雪さん、あまった袖が可愛いよ」

「和之さんの、ジャージだから……」

「裾からちょっとだけ出た、ソックスの爪先も素敵だ」

「……和之さんのジャージだから……」

「……深雪さん」

「はい!」

「そのジャージに、フリルをあしらおう!」

 お前やっぱり馬鹿だろっ!

 そうツッコむより速く、桜野深雪の拳が、藤井和之のアゴを下から突き上げた。爪先から拳の先端までが一直線になる、天突くアッパーだった。


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