その16
「で、探偵さん。そんな当たり前なことを訊いて、なんだというのかしら?」
「いや、それは。……つまりだね」
「それ以上質問がないなら、私は行くわよ。夏海さんと二人だけのハライソへ」
「いや、だから待てってば」
私たちのやりとりがきこえたのか、なっちゃんは苦笑いを浮かべている。
逃げるんだ、なっちゃん!
私は心の中で叫んだ。
逃げなきゃこのイカレた娘に、二度と帰れない新世界へと導かれてしまうぞ!
しかし小鹿さとみはすでにキラキラ輝く乙女成分を撒き散らしながら、女の子走りで校門へと走り出していた。追いかける訳にはいかない。あまりに人目がありすぎる。ここで私まで走り出したら、即座に通報されるだろう。
いや待て、ひとつだけ方法がある。だがその方法とは、私の中の信条というものをかなぐり捨てた行為であって、許されるべきものではないのだ。
マダムが私を見ていた。「だらしないものね」とでも言いたげな、蔑みの眼差しである。
やるしかない。マダムの前で私には、他に選択肢などないのだ。
私はコートの前をくつろがせ、ソフトをかぶり直す。そして小鹿さとみの後を追った。
「コイツ〜〜っ、待て待て〜〜っ」
バカ娘を追いかける馬鹿ダーリンのふりをしながらだ。心の底までハチミツを浴び、さらに練乳をかけたような、くどいまでに甘ったるい演技である。
「なのになぜ追いつかんっ! つーーかあのバカ、足早いよっ!」




