その13
マダムたちの後ろ姿を見送りながら、私は小さくため息をついた。やれやれ、と言ったところだ。そして、ポケットから小さなドライソーセージを取り出して、口の中に放り込む。肉の脂の甘味が、歯ごたえの隙間を突くように広がった。この味わいは、肉食の獣たちにのみ許される楽しみである。
それから私は三〇分かけて、学校周辺の住宅街をくまなく歩いた。もちろんポケットの中では、電波探知機が働いている。しかしこれといった反応は無く、怪電波は飛んでいないと判断できた。
探知機の電源はオンにしたまま、私はさらに同じルートを歩き続ける。しかし白昼の住宅街に不審な出来事が転がっているわけもなく、いたずらに靴底を減らすだけであった。
適量を越えた運動と朝から飲んだ酒のおかげで、全身に粘つくような汗がにじんでくる。私はハンカチで何度も汗を拭った。
休憩がてら、グランドのそばで張り込みのポジションをとる。角にあった自動販売機にすがりつき、ペットボトルの冷たい緑茶を買った。こめかみや眉間にキンキンと来そうな冷え具合だが、酔い醒ましにはもってこいである。頭痛を気にすることなく、一気に七回のどを鳴らした。
当然のように予測した痛みが襲いかかってきたが、そこはハードボイルド。おのれの痛みを他人事として受け止めるという、男の美学を貫いた。
こんな時、「耐えてるのはたかが頭痛じゃん」などと無粋なツッコミを入れてはいけない。なぜなら私には、「おっしゃる通りです」としか答えようがないからだ。
しかし考えてもみれば、このような些細な出来事にさえ美学を貫かなければ、男というものの出番がない世の中である。実に嘆かわしい時代となったものだ。
だからこそ私の在り方は正しかった訳で、この在り方は間違いなくカッコいいのだ。
うむ、と納得したところで、私は心安らかに張り込みを続けた。




