その12
「探偵さん、お知り合いですか?」
「えぇ、私の知人です」
女子高生を盗み撮りするようなスケベジジイを知人などと称したくはないのだが、嘘を語ればあとあと翁がうるさい。不本意ではあるが、もう少しつけ加える。
「心配いりません、〇〇さん。彼はあなたの敵ではありません。ストーカーとは別物です」
「ですがコチラ、やってることはただのノゾキですが?」
あんたに言われたくないわ。
言いかけて、あやうく言葉を飲み込む。
いけませんいけません。彼からすれば翁のせいで、最高の観賞ポジションが損なわれかねない事態なのだ。彼の身になって考えなくては。
……あまり積極的に、親身にはなりたくないけれど。
しかし趣味人氏はエキサイト状態。上着を脱ぎ捨て袖を捲り上げていた。
「……やはり、寒いですなぁ」
「そこで着直すのかよ」
「おや、探偵さんはこの寒空の下、私にラクダの上下になれと?」
「そこまで言ってませんがな」
「でしたら最初から口をはさまなければ良いでしょうに」
「また脱ぐのかね! ……そしてまた着るのかね! その一連の動作にどのような意味があるのか、私が納得できるように説明してくださいっ!」
しまった。
よもや趣味人氏が翁と同じ人種……すなわちクレイジーな奴だったとは。おかしなのは趣味だけだと高をくくっていただけに、精神的なダメージは深く重い。ついでに言うならば、とても面倒くさかった。
「よ、探偵さんや」
面倒一号の翁が口をきいた。
「コチラのお兄さん、ワシに用があるみたいじゃが、お相手してもかまわんのかい?」
「インネンつけてきてる訳ではありませんから、どうぞ穏便に。……って、その気になって上着を脱がないのって、お前もまた着るのかよっ!」
「……探偵さん、先ほどから少々声が高いですよ」
これは趣味人氏の発言。
「あなたは探偵、今は張り込み中。TPOをわきまえた方がよろしいかと」
「そうよ、探偵さん」
元祖面倒、マダムが現れた。仲間にして欲しそうどころか、さも当然という顔で話の輪に加わっている。もちろん天宮南高校のセーラー服姿だ。
「私たちがこれだけ協力してるんだから、調査失敗なんて許さないわよ?」
なるほど、マダムの姿勢は実に協力的だ。なにしろ面倒くさい要員の翁と趣味人氏が、マダムの制服姿にシャッターを切りまくっているのだから。……ってか趣味人氏、あんたデジカメ持ってたんかい?
「とりあえず撮影会でしたら、ヨソでやってもらえませんか? 学校周辺では何かと障りがありますので」
「……仕方ありませんなぁ」
幸い翁が、先頭になって腰をあげてくれた。
「マダム、お兄さん。少し離れてるが、神社で続きといきますか」
「そうね、あちらにはお酒もあるし」
「私もお相伴にあずかってよろしいのですか?」
「ワシらはもう同志じゃ、遠慮はいりませんぞ」
「そうそう、きらめく青春を眺めながら、思いきっていきましょう」
二人とも、一般人の悪の道へおとさないように。そう言おうと思ったが、趣味人氏はすでに一般人の領域から外れている。私には咎めることができなかった。
そして翁とマダムは、監視のことを忘れているようだ。
そのことも私には咎める資格が無い。
この仕事が、本来は私のものだからだ。他人まかせにするのは、私の信条に反する。
だがそれ以上に重要なのは、このイカレた三人が人目を引くからだ。
「それじゃ探偵さん、私たちはランチをとりながら監視を続けるわね」
「よろしくお願いします、マダム」
仕事を忘れてはいなかったが、アテにはできなさそうだ。なにしろこれから飲みが始まるのだから。
小さく手を振り、マダムは去ってゆく。その後をだらしない顔した二人がついていった。