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探偵は推理しない  作者: 寿
17/24

その10


「しかし探偵さん、嘆かわしいと思いませんか? 昭和末期、平成の始めから台頭してきたあのミッション系と呼ばれる制服。とにかくスカートを短くしては卑猥な黒いハイソックスで人心を惑わし、ネクタイなんぞもノーマルであれば可愛らしい方。何が悲しくて蝶ネクタイなど結ばせるのか? そもそも学生諸君は勉学が本業であって、脚を見せびらかし男子を誘惑することが本分ではないのだぞと、私は声を大にして訴えたい!」

 ……私の願いもむなしく、事態は面倒くさい方向にひん曲がってしまった。

 しかも私が対応するより早く、不審者サラリーマンは言葉をつないでしまった。

「それにひきかえ、天宮南高校です! 冬は黒、夏は白のセーラー服というトラディッショナル。スカーフは情熱の赤で、スカートも標準丈を採用! さらに心憎いことには、ソックスは白で無地。三つ折りかクルー・ソックスを推奨という死角の無さ! なんだ、その万全な体勢は! 撃墜しようというのか? 私たち高度経済成長期生まれの世代を、狙い撃ちにするつもりなのだろう! 面白い! 私が相手だ、かかって来いっ!」

 ……私の狭い世界限定の話だが、高度経済成長期世代で、これほどセーラー服に固執する人間は見たことが無い。ついでに言うならば高度経済成長期世代も、ギリギリでミッション系制服の恩恵に授かっているはずだ。

 一言捕捉させていただくなら、こういった手合いがブルセラとか騒いだおかげで、セーラー服は減少しブルマは絶命したのだ。

 ひとつの世界を滅ぼすのは、その世界を好む者たちである。

 先人の言葉だが、名言である。ひとつの世界を滅ぼすという行為は、そこに集う者にしかできない。それは決して、その世界に立ち入らない者には、できない行為なのだ。つまりこの男が追い求める世界は、この男自身が滅ぼしてしまった、ということになる。

 自ら背負った重い咎。

 こいつはそれに気づいているのだろうか?

「そんな訳で探偵さん。この天宮南高校を訪れる者は、業界の通人として一目も二目も置かれるんです! いやぁ、あなたもなかなかお目が高いですなぁ」

 ……気づいてる訳が無い。

 私は重く深いため息をついた。

「おや探偵さん。あなたもこの完璧なバランスとデザインに、感嘆のため息をもらしているんですね? わかります」

「いう、〇〇さん。がっかりさせて申し訳ないのですが……」

「はい?」

「私はあなたの同志同朋ではありません」

 ほ、というような顔を、男はした。私の言葉が意外だったようだ。まあ、あれだけ熱弁をふるった後でこんなことを言われたら、気が抜けるだろう。

「でしたら探偵さんは、ミッション系スキーでしたか?」

「それも違います」

 正直、自分よりも年上と思われる中年男性から、〇〇スキーなどという単語が飛び出すとは思わなかった。いや、イマドキの大人というものは、そういうものなのかもしれない。

「〇〇さん、私はですねぇ……」

「いえ探偵さん、皆までおっしゃらずとも結構! ……あなたの無念、お察しいたします」

 話はまたも、私の意にそぐわぬ方角へ、ヒン曲がってしまったようだ。中年メガネは私の手をガッシリ握って、瞳に涙を浮かべていた。

「……お察しいたしますが、探偵さん。時代はすでに……私たちの頭上を、流れ去ってしまったんですよ」

「あの、なんの話でしょうか?」

「探偵さんっ! 夢の時間は、もうおしまいなんです! 悔しくとも悲しくとも……現実を受け入れてください……。ブルマはもう、絶滅してしまったんです」

「どのように話をすれば、私の言葉を理解してもらえますか?」

「しかし絶滅したブルマに目をつけるとは、探偵さん……なかなかやりますなぁ」

 何をどうヤルのかは、見当もつかない。とりあえず七・三分けの趣味人は、発光するメガネをクイッと押し上げた。例え変人であっても、こんな仕草には威厳を漂わせるのだからおかしなものだ。

 とはいえ、そんなトンチキ威厳に威圧される訳にはいかない。

「時に〇〇さん、あなたの趣味は制服のみに注がれているのですか?」

「おや? それはどのような意味でしょうか?」

「気を悪くなさらぬように。実は私の知り合いが、ストーカーにねらわれているという話がありましてね」

「知り合いとは、南高校の生徒ですか?」

「そうですが」

「……うらやましい。とは言っても、そのストーカー。私ではありません」

「存じております」

 この男の趣味は、少々イカレている。ストーカーという変態行為でさえ、生ぬるく思えるくらいだ。

 逆に言うと、この男ならストーカーなどという甘っちょろい真似は、絶対しないと確信していた。

 私は新たにキャメルをくわえ、誰もがうっとりするようなアクションで火を着けた。

「そこであなたがシロだという確証を得るため、テストに御協力いただきたいのですが。……よろしいですか?」

「えぇ、かまいませんよ」

 趣味人は胸を張った。その堂々とした態度だけで、彼がシロだと判断できる。いや、もとより彼を疑ってなどいない。ストーカーを越えた変質者なのだから。

 ただ私は彼から、会話の主導権をもぎ取りたかっただけなのだ。

「それでは質問させていただきますね」

「どうぞ」

 私キャメルの煙を吐き出し、準備を整えた。

「質問! 天宮南高校のセーラー服に似合う、女子生徒の髪型はっ!」

「ずばり! ポニーテール!」

「それでは似合うソックスはっ!」

「白の三つ折りっ! もしくはクルー・ソックスっ!」

「ではこの制服に合う靴はっ!」

「ローファーと答えるのはセーラー服のアマチュア! 実はスニーカーがよく似合うっ!」

「あなたはマフラー派? それともコート派?」

「もちろん両方の合体派っ!」

 どの回答も自信にみちあふれていて即答である。とてもではないが、私の疑いを回避するための回答とは思えない。いや、それ以上に。回答の速度がイカレている。もはやクレイジーの領域だ。

 私はあらためて、山脈のように堂々とそびえ立つ趣味人を見た。その表情は疑いを晴らした達成感というより、恐れ入ったか若造め、とでも言いたげな顔であった。これもまたドヤ顔と呼んでいいのだろうか。とにかく、お門違いの自信が全身のあちこちからハミ出た表情である。

 またもやキャメルを一口。大量の煙を気温のあがらぬ大気の中に吐き出した。

「いかがでしょう。私の容疑は晴れましたか?」

「いや、失礼しました〇〇さん。ストーカーの被害者は、あなたの好みとはまったく違うタイプでした」

 もちろん口からの出まかせである。なっちゃんはクルー・ソックスを着用していたし、もっと寒くなればコートとマフラーを同時着用するだろう。

 しかし私の嘘に気づくことなく。趣味人氏は寛大を絵に描いたような態度でうなずいていた。下手に出て謝罪をした私に対して、食って掛かるような真似もしない。むしろ親身になって私の目をのぞき込んできた。

「しかし探偵さん。ストーカーとはまた、不届きな輩もいるものですなぁ」

「まったくです。もっとも、おかげで私のような商売も成り立つ訳でして」

「しかもよりにもよって、この天宮南高校に目をつけるとは……実にけしからん話です!」

「そのお気持ち、よくわかります」

 私の目的は井上夏海を護衛して、ストーカーを撃退すること。そのためにはこの場所で張り込みをする必要があり、趣味人氏が邪魔でしかなかった。その彼を追い払うために、会話の主導権を握ろうとしたのだが。なるほど、さすがはプロの営業マン。会話のツボを心得ているというか、なかなか主導権を渡してくれない。というか、私の仕事に変な興味を持たないで欲しかった。

 いや、趣味人氏からすれば究極のセーラー服を鑑賞できる秘密のスポットに、不届き千万な犯罪者がうろついているのだ。縄張りを冒されているという意識が湧くのも、自然なことかもしれない。

「探偵さん」

「なんでしょう?」

「私に協力できることはないでしょうか?」

「ふむ……」

 考え込むふりだけして、キャメルを吹かした。そして眉間にハードボイルドなシワを深く刻み、タフな表情をこしらえる。

「あなたができる協力……それは!」

「なんでしょう?」

「この場所でのセーラー服鑑賞を、自粛していただくことですね」

「そんな、探偵さんっ!」

「いえ、よくわかります。あなたの高尚な趣味は」

 私は短くなったキャメルを捨てると、革靴の底で踏みにじった。

「ですが〇〇さん。私はこの場所での鑑賞を控えて欲しいとは申しましたが、鑑賞そのものを自粛してくれとは一言も申してません」

「と、言いますと?」

「この学校周辺での鑑賞を控えていただきたいだけです。それ以外の場所でしたら私が口をはさむ筋合いではありません。心ゆくまで存分に楽しんでください」

「とは言いますが、南高校の制服を一度にこれだけ鑑賞できるのは、やはり学校周辺しか……」

「そこですよ、〇〇さん!」

 ズビシと指を差す。

「あなたの究極とするセーラー服は、数をそろえていなければ魅力を発揮できないものでしょうか! いや違う!」

 考える隙を与えずに、すぐさま畳み込む。

「よその制服の中にあっても、あなたのセーラー服は光り輝くに違いない! いやむしろ単身、さまざまな近代制服に囲まれてこそ、真価を発揮するでしょう! そうでなくてはならないはず! というかそうあれ!」


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