その10
「しかし探偵さん、嘆かわしいと思いませんか? 昭和末期、平成の始めから台頭してきたあのミッション系と呼ばれる制服。とにかくスカートを短くしては卑猥な黒いハイソックスで人心を惑わし、ネクタイなんぞもノーマルであれば可愛らしい方。何が悲しくて蝶ネクタイなど結ばせるのか? そもそも学生諸君は勉学が本業であって、脚を見せびらかし男子を誘惑することが本分ではないのだぞと、私は声を大にして訴えたい!」
……私の願いもむなしく、事態は面倒くさい方向にひん曲がってしまった。
しかも私が対応するより早く、不審者サラリーマンは言葉をつないでしまった。
「それにひきかえ、天宮南高校です! 冬は黒、夏は白のセーラー服というトラディッショナル。スカーフは情熱の赤で、スカートも標準丈を採用! さらに心憎いことには、ソックスは白で無地。三つ折りかクルー・ソックスを推奨という死角の無さ! なんだ、その万全な体勢は! 撃墜しようというのか? 私たち高度経済成長期生まれの世代を、狙い撃ちにするつもりなのだろう! 面白い! 私が相手だ、かかって来いっ!」
……私の狭い世界限定の話だが、高度経済成長期世代で、これほどセーラー服に固執する人間は見たことが無い。ついでに言うならば高度経済成長期世代も、ギリギリでミッション系制服の恩恵に授かっているはずだ。
一言捕捉させていただくなら、こういった手合いがブルセラとか騒いだおかげで、セーラー服は減少しブルマは絶命したのだ。
ひとつの世界を滅ぼすのは、その世界を好む者たちである。
先人の言葉だが、名言である。ひとつの世界を滅ぼすという行為は、そこに集う者にしかできない。それは決して、その世界に立ち入らない者には、できない行為なのだ。つまりこの男が追い求める世界は、この男自身が滅ぼしてしまった、ということになる。
自ら背負った重い咎。
こいつはそれに気づいているのだろうか?
「そんな訳で探偵さん。この天宮南高校を訪れる者は、業界の通人として一目も二目も置かれるんです! いやぁ、あなたもなかなかお目が高いですなぁ」
……気づいてる訳が無い。
私は重く深いため息をついた。
「おや探偵さん。あなたもこの完璧なバランスとデザインに、感嘆のため息をもらしているんですね? わかります」
「いう、〇〇さん。がっかりさせて申し訳ないのですが……」
「はい?」
「私はあなたの同志同朋ではありません」
ほ、というような顔を、男はした。私の言葉が意外だったようだ。まあ、あれだけ熱弁をふるった後でこんなことを言われたら、気が抜けるだろう。
「でしたら探偵さんは、ミッション系スキーでしたか?」
「それも違います」
正直、自分よりも年上と思われる中年男性から、〇〇スキーなどという単語が飛び出すとは思わなかった。いや、イマドキの大人というものは、そういうものなのかもしれない。
「〇〇さん、私はですねぇ……」
「いえ探偵さん、皆までおっしゃらずとも結構! ……あなたの無念、お察しいたします」
話はまたも、私の意にそぐわぬ方角へ、ヒン曲がってしまったようだ。中年メガネは私の手をガッシリ握って、瞳に涙を浮かべていた。
「……お察しいたしますが、探偵さん。時代はすでに……私たちの頭上を、流れ去ってしまったんですよ」
「あの、なんの話でしょうか?」
「探偵さんっ! 夢の時間は、もうおしまいなんです! 悔しくとも悲しくとも……現実を受け入れてください……。ブルマはもう、絶滅してしまったんです」
「どのように話をすれば、私の言葉を理解してもらえますか?」
「しかし絶滅したブルマに目をつけるとは、探偵さん……なかなかやりますなぁ」
何をどうヤルのかは、見当もつかない。とりあえず七・三分けの趣味人は、発光するメガネをクイッと押し上げた。例え変人であっても、こんな仕草には威厳を漂わせるのだからおかしなものだ。
とはいえ、そんなトンチキ威厳に威圧される訳にはいかない。
「時に〇〇さん、あなたの趣味は制服のみに注がれているのですか?」
「おや? それはどのような意味でしょうか?」
「気を悪くなさらぬように。実は私の知り合いが、ストーカーにねらわれているという話がありましてね」
「知り合いとは、南高校の生徒ですか?」
「そうですが」
「……うらやましい。とは言っても、そのストーカー。私ではありません」
「存じております」
この男の趣味は、少々イカレている。ストーカーという変態行為でさえ、生ぬるく思えるくらいだ。
逆に言うと、この男ならストーカーなどという甘っちょろい真似は、絶対しないと確信していた。
私は新たにキャメルをくわえ、誰もがうっとりするようなアクションで火を着けた。
「そこであなたがシロだという確証を得るため、テストに御協力いただきたいのですが。……よろしいですか?」
「えぇ、かまいませんよ」
趣味人は胸を張った。その堂々とした態度だけで、彼がシロだと判断できる。いや、もとより彼を疑ってなどいない。ストーカーを越えた変質者なのだから。
ただ私は彼から、会話の主導権をもぎ取りたかっただけなのだ。
「それでは質問させていただきますね」
「どうぞ」
私キャメルの煙を吐き出し、準備を整えた。
「質問! 天宮南高校のセーラー服に似合う、女子生徒の髪型はっ!」
「ずばり! ポニーテール!」
「それでは似合うソックスはっ!」
「白の三つ折りっ! もしくはクルー・ソックスっ!」
「ではこの制服に合う靴はっ!」
「ローファーと答えるのはセーラー服のアマチュア! 実はスニーカーがよく似合うっ!」
「あなたはマフラー派? それともコート派?」
「もちろん両方の合体派っ!」
どの回答も自信にみちあふれていて即答である。とてもではないが、私の疑いを回避するための回答とは思えない。いや、それ以上に。回答の速度がイカレている。もはやクレイジーの領域だ。
私はあらためて、山脈のように堂々とそびえ立つ趣味人を見た。その表情は疑いを晴らした達成感というより、恐れ入ったか若造め、とでも言いたげな顔であった。これもまたドヤ顔と呼んでいいのだろうか。とにかく、お門違いの自信が全身のあちこちからハミ出た表情である。
またもやキャメルを一口。大量の煙を気温のあがらぬ大気の中に吐き出した。
「いかがでしょう。私の容疑は晴れましたか?」
「いや、失礼しました〇〇さん。ストーカーの被害者は、あなたの好みとはまったく違うタイプでした」
もちろん口からの出まかせである。なっちゃんはクルー・ソックスを着用していたし、もっと寒くなればコートとマフラーを同時着用するだろう。
しかし私の嘘に気づくことなく。趣味人氏は寛大を絵に描いたような態度でうなずいていた。下手に出て謝罪をした私に対して、食って掛かるような真似もしない。むしろ親身になって私の目をのぞき込んできた。
「しかし探偵さん。ストーカーとはまた、不届きな輩もいるものですなぁ」
「まったくです。もっとも、おかげで私のような商売も成り立つ訳でして」
「しかもよりにもよって、この天宮南高校に目をつけるとは……実にけしからん話です!」
「そのお気持ち、よくわかります」
私の目的は井上夏海を護衛して、ストーカーを撃退すること。そのためにはこの場所で張り込みをする必要があり、趣味人氏が邪魔でしかなかった。その彼を追い払うために、会話の主導権を握ろうとしたのだが。なるほど、さすがはプロの営業マン。会話のツボを心得ているというか、なかなか主導権を渡してくれない。というか、私の仕事に変な興味を持たないで欲しかった。
いや、趣味人氏からすれば究極のセーラー服を鑑賞できる秘密のスポットに、不届き千万な犯罪者がうろついているのだ。縄張りを冒されているという意識が湧くのも、自然なことかもしれない。
「探偵さん」
「なんでしょう?」
「私に協力できることはないでしょうか?」
「ふむ……」
考え込むふりだけして、キャメルを吹かした。そして眉間にハードボイルドなシワを深く刻み、タフな表情をこしらえる。
「あなたができる協力……それは!」
「なんでしょう?」
「この場所でのセーラー服鑑賞を、自粛していただくことですね」
「そんな、探偵さんっ!」
「いえ、よくわかります。あなたの高尚な趣味は」
私は短くなったキャメルを捨てると、革靴の底で踏みにじった。
「ですが〇〇さん。私はこの場所での鑑賞を控えて欲しいとは申しましたが、鑑賞そのものを自粛してくれとは一言も申してません」
「と、言いますと?」
「この学校周辺での鑑賞を控えていただきたいだけです。それ以外の場所でしたら私が口をはさむ筋合いではありません。心ゆくまで存分に楽しんでください」
「とは言いますが、南高校の制服を一度にこれだけ鑑賞できるのは、やはり学校周辺しか……」
「そこですよ、〇〇さん!」
ズビシと指を差す。
「あなたの究極とするセーラー服は、数をそろえていなければ魅力を発揮できないものでしょうか! いや違う!」
考える隙を与えずに、すぐさま畳み込む。
「よその制服の中にあっても、あなたのセーラー服は光り輝くに違いない! いやむしろ単身、さまざまな近代制服に囲まれてこそ、真価を発揮するでしょう! そうでなくてはならないはず! というかそうあれ!」