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探偵は推理しない  作者: 寿
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その6


 井上夏海とマダムを取り巻く生徒たちは、大人の美貌に心奪われるばかりで、身動きひとつできないありさまだった。そうだ、マダムの制服姿は似合わないのではない。翁の言う通り似合ってるのだ。彼女の放つ大人の香りは、もちろん抑えようがない。しかしマダムは、美貌でありながら年頃の少女が持つ可憐さや、夢見がちなあどけなさも兼ね備えている。より具体的に言うならば、彼女の笑顔は女の子そのものである。中年路線超特急な私でさえ、思わず「可愛い」と呟きたくなる出来映えなのだ。

「探偵さんよ」

「なんですか、翁?」

「探偵さん、夏海に酌をしてもらうのは、抵抗ありませんね?」

「楽しい酒になりそうですね」

「だけどあのマダムに酌をしてもらうのは……ちょっと気がひけますなぁ……」

「気品もありますが、なにより可憐すぎますからね……」

 歴戦の猛者たる我々から見れば可憐となるが、青春二等兵とか恋愛白帯の学生諸君からすれば、マダムは大輪の花や高嶺の花と映るだろう。気高きお姉さま。深窓の御令嬢。その手の生き物は、初めて見るに違いない。

 そんな花の女王さまが下町のタンポポに歩み寄ったのだ。教室中どよめくのが、こちらまで伝わってくる。

 高嶺の花はタンポポと言葉を交わし、二人揃って教室を出た。私はカメラを振ってあとを追ったが、廊下へ出るとどこかへ姿を消してしまった。

「二人きりになりましたね」

「二人きりでないと話せないこともあるんじゃろ」

「……果たしてそれは、トラブルの相談なんでしょうかね?」

「マダムの方から誘っちょる。なんとも言えませんのぅ」

「なるほど、確かに……」

 なっちゃんの顔はマダムの出現に驚いたものであって、助かったとかすがりたいというものには見えなかった。つまり、なっちゃんから相談を切り出したものではない。

 二人が帰ってきたとき、なっちゃんが晴れやかな顔をしていれば、マダムはトラブルの相談を受けることができた、と推察される。私たちはそこに期待するしかなかった。

 ポケットのキャメルをさぐる。しかし紙のケースは空になっていた。指先に当たった携帯灰皿も、いつの間にか満杯である。

「煙草を切らしたのかい、探偵さん?」

 翁が国産煙草を差し出してくれたが、私はそれを断った。

「大丈夫です、スペアは用意してますので」

 私は新しいケースを開封したが、今度はバーボンの氷がとけている。思わず口をへの字に曲げてしまった。

「なんともだらしない姿ですな、探偵さん」

 翁が声をあげて笑う。

「仕事にばかり夢中になってるから、ンなことになるんじゃ。張り込み待ち伏せってのは、いつ来るかいつ来るかの連続ですからなぁ。肩の力を抜かないと、潰れてしまいますぞ」

「私はいつ来るかいつ来るかの張り込みはしても、待ち伏せをするつもりはありません。不穏な発言は控えていただきたい」

「とか真面目くさったこと言いながら、グラスに氷をギッシリ詰め込むあたり、男前ですなぁ……。って、今度はシングルもダブルも無しで、ドブドブっとイキましたな探偵さん! イクんじゃな、探偵さん! 徹底的に旅立つんじゃな!」

「……そして煙草はキャメル。これで完璧!」

 一本抜き出した紙巻きを唇に差し込み、気障な仕草でソフトのひさしを撫でる。ちょっと格好良い自分を堪能しながら、やはり自分のスタイルはこれだと確信した。

 翁しかり、マダムしかり。あるいは過去の依頼人たちもふくめて、私の身の回りには少々おかしな連中が多すぎる。おかげで最近では、そのおかしな流れに飲まれている気がしていた。

 だが、私は探偵。薄汚れた裏町をタフにクールに、それでいてスタイリッシュに駆け抜けなければならないのだ。それが私の、探偵としてのあり方なのである。

 ガスライターで煙草に火を着けて、大量の煙を吐き出す。そして訳あり気に眉間の縦ジワを保ちつつ、バーボンを一口。

 そう、これが探偵という生きざまなのだ。

「やってることは昼間の飲んべえじゃがな」

「翁に言われたくないですね」

「お、探偵さん。遊んでたら、マダムと夏海が帰ってきましたぞ」

「翁につき合っていたら、私は決定的瞬間に出遅れてばかりですね」

「そんな探偵さんに、役立たずの称号をくれてやりましょう」

 だが、それでいい。協力者のいるうちは、甘えられるうちに甘えておけば良いのだ。それこそが翁の言う、潰れてしまう状況を回避する手段なのだから。私はファインダーをのぞきながら、口元をゆるめた。

「さて、なっちゃんの様子だが……」

 晴れやかな顔であれば、マダムに相談できた証し。迷いを抱えたままなら暗い顔、と勝手に読みを張っていた。

 だが、井上夏海の表情は、明るくもなければ暗くもなし。熱病に冒されたようなボンヤリしたもので、どこか足元もおぼつかない様子だった。

「……どうしたんじゃ、夏海のやつ。薄らとぼけた幸せ者みたいなダラシナイ顔して」

「どうしたんだ、って翁。想像はついてんでしょ?」

 もちろん私にも想像はついている。何故なら彼女の後ろから、カレシとのデートを終えた女の子のように、明るい顔のマダムがついて来たからだ。


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