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探偵は推理しない  作者: 寿
12/24

その5


 まさかこの年寄り、年甲斐もなく女性にもてるため、本気であれこれ研究しているのではあるまいな。

 鏡の前でポーズ。だけど年寄り。

 男性ファッション誌を読みふける。だけど年寄り。

 切れっ切れのダンスを披露。だけど年寄り。

 一見滑稽に見えるかもしれないが、イマドキの若者を押し退けて美女を獲得する姿を想像したら、笑うに笑えなくなってしまった。

「どうした探偵さん。尻のかゆみをガマンしたみたいな顔で」

「いえ、翁の本気がまぶしすぎて、軽い目眩を感じただけです」

「探偵さんもイイ年なんじゃから、そろそろ相手を決めたらどうじゃ? なんだったら、夏海を貸そうか?」

「お気遣いなく。ですが翁、自分の孫を貸すとか貸さないとか、そういう発言は控えてください。怒られますよ、なっちゃんに」

 奇妙な笑い声をあげて、翁はビールを傾けた。これで何本目だろうか? ゴミ袋には空き缶が無造作に放り込まれている。

 私もいささか水っぽくなったグラスを空けた。クーラー・ボックスから氷を拝借し、マダムが残していったバーボンを注ぐ。今度はケチらない。指二本分の高さまで遠慮なし。いわゆるダブルだ。そいつを氷がなじまないうちに一口。キリッと冷えた部分と、バーボンそのものの芳醇な部分とを、口の中でブレンドさせる飲み方。それが私のスタイルだ。

「お? 探偵さん、見てみなさい。面白いことになってきたぞい!」

 翁は自前のカメラをのぞいていた。

 私の自分のカメラに飛びつく。ファインダーをのぞき込むと、井上夏海の姿は消えていた。

「……………………!」

 なんということだ。酔っぱらいにつき合っていたら、なっちゃんを見失ってしまった。血の気がひく思いにとらわれながらも、私は望遠レンズを左に振った。

「……なんだ、休憩時間じゃないですか」

 井上夏海は席を立って、級友と談笑していた。

 そっちじゃないそっちじゃないと、翁も笑う。

「教室でなくて玄関じゃよ、玄関」

「?」

 言われるまま、再びカメラを降る。すると大遅刻もはなはだしい女子生徒が、悠々と登校してくるのが見えた。

「……………………?」

 だが、違和感がある。女子生徒はスラリとした長身だ。だが、そこは違和感の元じゃない。美しい黒髪も目をひくが、そこも違う。振り向いた女子生徒に、私は息を飲んだ。

 女子生徒は、マダムだった。そう、セーラー服にポニーテールの、マダムだった。

 彼女はレンズ越しに私と目を合わせ、美しくウィンクしてきた。こちらの姿が見えているかのようなウィンクだったが、マダムなら見えていても不思議はない。なにしろさっき、肉眼でなっちゃんの姿をとらえていたのだから。

「さすがはマダムじゃな。ラフなスタイルも制服も、ポニーテールも似合ってるわい」

「いや、私としては推定三十路手前のマダムが、あの格好をするところに賛辞を送りたいですね」

 私がもらすとファインダーの中でマダムは、玄関のドアに手をかけたまま、動きを止めた。そして再び振り返り、私の目を見る。

 表情は笑っていたが、目は笑っていなかった。

「……聞こえたのう」

「……聞こえましたね」

 もう疑うことはできない。マダムは我々が見えているし、声が聞こえている。そしてそのことに、疑問は感じない。

 何故かはわからぬが、納得はできる。

 マダムなら、できると。

 しかし危機感は薄まった。マダムはアッカンベと舌を突き出し、プイッと背を向ける。ぷんすかぷんぷんという可愛らしい擬音を残して、玄関をくぐったからだ。その姿がなんとも、少女少女しているやら微笑ましいやら。

「……どうやって謝りましょうか?」

「ワシぁ何も言っとらんぞ」

「機嫌だけは直してもらいたいですな」

 とりあえず、ブランド物やアクセサリーでごまかせる人ではない。そんな安い女性などではない。だからなおさら、どのように機嫌を直してもらうか、悩ましいところである。

「お、マダムの入場じゃ」

 翁の声に、カメラを教室に振る。マダムは井上夏海の教室に現れた。ごく当たり前な顔で、マダムは教室を横切る。もっとも本人は当たり前な顔だが、周りの生徒……特に男子は、その美貌に目を奪われている。マダムを見た生徒たちは、すべからく金縛りにでもあったように、フリーズしてしまっていた。

「お、夏海がマダムに気づいたぞ?」

「すごいな、なっちゃん。目と口が真ん丸に開いてますわ」

「……のう、探偵さんや」

「なんですか?」

「マダムは何故にあそこまで、自信満々なのかね?」

「まああれだけ美人なら、私でもセーラー服を着るかもしれませんな」



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