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探偵は推理しない  作者: 寿
11/24

その4

業務多忙につき、またもや短め更新となります。通常分量の更新は月曜木曜でいきたいと思います。どうぞ御容赦を。


 学校の授業はすすみ、間もなく三時間目が終わる。招かざる客である二人の泥酔者は、ビールのラウンドを終えてウイスキーを始めていた。

 こちらの酒はマダムの提供。香りの強いアメリカン・ウイスキー、バーボンの登場である。

「探偵さんはロックかしら?」

「あぁ、とりあえずシングルでお願いしようかな」

 仕事中であるし、車でもある。だが、ビールの誘いは断ることができても、バーボンの誘いを断ることはできない。

 それがハードボイルドというものであり、私の生きざまなのだが、翁には理解できなかったようだ。「ワシの酒は断って、マダムの酒は断らんのかい。このスケベ」と、悪態をついている。

「翁、それは誤解です。何事にも好みというのがありましてね」

「そりゃあシナビた年寄りの酒より、マダムの酒の方が旨いじゃろうて」

 そっちの好みの話じゃない。酒の好みを語っているのだ。

 しかし誤解は誤解のまま、そっとしておいた。なぜならこんなスネた態度をとっておきながら、翁は鼻の下をのばしてマダムのバーボンを楽しんでいたからだ。

 まったく、酔っぱらいというのは始末におえない。

「でも探偵さん。なっちゃんの様子が気になるなら、本人に直接訊いてみるのも手じゃないかしら?」

「そりゃあそうしたいのは山々だがね、今は授業中。面会に行ったりして、私の存在をひけらかしたくないのさ」

「存在をひけらかす?」

「なっちゃんのトラブルが何なのかわからないのだから、うかつにこちらから顔を出したくないものでね」

 私は学校内での悪質な嫌がらせ、あるいはストーキング行為を考えていた。密閉空間の学校という社会。なっちゃんの悩みの元は、彼女のそばにあるのではないか、と疑いを持っていると説明した。

「なるほど……それを考えたら、探偵さんが出ていくのは面白くないわね」

「まあ、なっちゃんの悩みを何ひとつわかっていないから、手も足もでないというのが正直なトコなのだがね」

 バーボンの友には、煙を。私はキャメルに火を着けた。そして改めて思い知らされる。私はいま、後手を掴まされていた。探偵という職業は常にそうなのだが、今回は特にそうである。いつ事件が起きるかわからない、というレベルではない。本当に事件なのかどうなのか、それすらわからないのだ。

「仕方ないわね」

 ほろ酔いのマダムが立ち上がる。

「他ならぬなっちゃんのため。お姉さんがひと肌脱ぎましょう!」

「マダム、何をする気なんだい?」

 呼び止めたつもりだったが、マダムはフラリと去って行った。長い髪を藪にからませることもなく、ごく自然な振る舞いでだ。

 やはりタダ者ではない。しかし、マダムの経歴を詮索する気にはならない。そんなことをすれば、明日の太陽を拝めないような気がする。

「またもや野郎同士の手酌じゃな、探偵さん」

「まあまあ翁、私たちは酒を飲みに来たわけじゃないから。なっちゃんの監視を続けましょう」

 翁の動きが止まった。何か考え込んでいる。そして唐突に、表情は明るさを取り戻した。

「そうそう、夏海だね夏海。……何か動きはありましたかな?」

 どうやら忘れていたようだ。自分の孫のことなのに。舌打ちしたい気分だったが、顔には出さない。

「いいえ、今のところ何も。マダムが何か仕掛けてくれるらしいですが、どれだけ効果があるやら」

「あてにはならないのかね?」

「未知数と言った方がいいですね。こういった場面でまがどれだけの仕事を見せてくれるのか、データがまったくありませんから」

「探偵さんにもわからないことがあるんですなぁ」

「この街の住人に関して、あまり詮索はしたくないのでね」

 誰にでも他人に知られたくない過去や秘密。ひとつふたつはあるものだ。この街の人々ならば、なおさらである。そして私にとってこの街は、住みやすければそれでいい。

「ワシは詮索したいね。今まで泣かせた男の数やら、成敗された男の数やら」

「参考までにうかがいますが、そんなこと知ってどうするつもりですか?」

「そりゃ決まってるでしょ」

 翁はゴキゲンな口笛を吹きながら、残り少ない頭髪を手櫛ですいていた。

 それから似合わないウィンクをひとつ。

「ワシもマダムの武勇伝に加えてもらうんじゃよ」

 マジかこのジジイ? いや、いたって大真面目なのだろう。迷彩服の埃を落とし襟を直して、いくつかポーズを決めていた。それも古くさいものではない。最新のモデルを意識した、妙に惹かれるものである。


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