その4
業務多忙につき、またもや短め更新となります。通常分量の更新は月曜木曜でいきたいと思います。どうぞ御容赦を。
学校の授業はすすみ、間もなく三時間目が終わる。招かざる客である二人の泥酔者は、ビールのラウンドを終えてウイスキーを始めていた。
こちらの酒はマダムの提供。香りの強いアメリカン・ウイスキー、バーボンの登場である。
「探偵さんはロックかしら?」
「あぁ、とりあえずシングルでお願いしようかな」
仕事中であるし、車でもある。だが、ビールの誘いは断ることができても、バーボンの誘いを断ることはできない。
それがハードボイルドというものであり、私の生きざまなのだが、翁には理解できなかったようだ。「ワシの酒は断って、マダムの酒は断らんのかい。このスケベ」と、悪態をついている。
「翁、それは誤解です。何事にも好みというのがありましてね」
「そりゃあシナビた年寄りの酒より、マダムの酒の方が旨いじゃろうて」
そっちの好みの話じゃない。酒の好みを語っているのだ。
しかし誤解は誤解のまま、そっとしておいた。なぜならこんなスネた態度をとっておきながら、翁は鼻の下をのばしてマダムのバーボンを楽しんでいたからだ。
まったく、酔っぱらいというのは始末におえない。
「でも探偵さん。なっちゃんの様子が気になるなら、本人に直接訊いてみるのも手じゃないかしら?」
「そりゃあそうしたいのは山々だがね、今は授業中。面会に行ったりして、私の存在をひけらかしたくないのさ」
「存在をひけらかす?」
「なっちゃんのトラブルが何なのかわからないのだから、うかつにこちらから顔を出したくないものでね」
私は学校内での悪質な嫌がらせ、あるいはストーキング行為を考えていた。密閉空間の学校という社会。なっちゃんの悩みの元は、彼女のそばにあるのではないか、と疑いを持っていると説明した。
「なるほど……それを考えたら、探偵さんが出ていくのは面白くないわね」
「まあ、なっちゃんの悩みを何ひとつわかっていないから、手も足もでないというのが正直なトコなのだがね」
バーボンの友には、煙を。私はキャメルに火を着けた。そして改めて思い知らされる。私はいま、後手を掴まされていた。探偵という職業は常にそうなのだが、今回は特にそうである。いつ事件が起きるかわからない、というレベルではない。本当に事件なのかどうなのか、それすらわからないのだ。
「仕方ないわね」
ほろ酔いのマダムが立ち上がる。
「他ならぬなっちゃんのため。お姉さんがひと肌脱ぎましょう!」
「マダム、何をする気なんだい?」
呼び止めたつもりだったが、マダムはフラリと去って行った。長い髪を藪にからませることもなく、ごく自然な振る舞いでだ。
やはりタダ者ではない。しかし、マダムの経歴を詮索する気にはならない。そんなことをすれば、明日の太陽を拝めないような気がする。
「またもや野郎同士の手酌じゃな、探偵さん」
「まあまあ翁、私たちは酒を飲みに来たわけじゃないから。なっちゃんの監視を続けましょう」
翁の動きが止まった。何か考え込んでいる。そして唐突に、表情は明るさを取り戻した。
「そうそう、夏海だね夏海。……何か動きはありましたかな?」
どうやら忘れていたようだ。自分の孫のことなのに。舌打ちしたい気分だったが、顔には出さない。
「いいえ、今のところ何も。マダムが何か仕掛けてくれるらしいですが、どれだけ効果があるやら」
「あてにはならないのかね?」
「未知数と言った方がいいですね。こういった場面でまがどれだけの仕事を見せてくれるのか、データがまったくありませんから」
「探偵さんにもわからないことがあるんですなぁ」
「この街の住人に関して、あまり詮索はしたくないのでね」
誰にでも他人に知られたくない過去や秘密。ひとつふたつはあるものだ。この街の人々ならば、なおさらである。そして私にとってこの街は、住みやすければそれでいい。
「ワシは詮索したいね。今まで泣かせた男の数やら、成敗された男の数やら」
「参考までにうかがいますが、そんなこと知ってどうするつもりですか?」
「そりゃ決まってるでしょ」
翁はゴキゲンな口笛を吹きながら、残り少ない頭髪を手櫛ですいていた。
それから似合わないウィンクをひとつ。
「ワシもマダムの武勇伝に加えてもらうんじゃよ」
マジかこのジジイ? いや、いたって大真面目なのだろう。迷彩服の埃を落とし襟を直して、いくつかポーズを決めていた。それも古くさいものではない。最新のモデルを意識した、妙に惹かれるものである。