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探偵は推理しない  作者: 寿
1/24

少女はひとつ大人になる

最初は短めです


 もしも君が思いもよならいトラブルに巻き込まれたら、この街の五番街で迷わず私の事務所のドアをくぐるといい。タフな事件とゴキゲンな報酬なら、なお歓迎だ。

 ただし、私も多忙でね。事務所を空けていることもある。

 そんな時でも夜の時間帯なら、通りをはさんだビル地下のバーに足を運んでみてくれたまえ。きっと止まり木のカウンターに、私はいる。

 私は探偵。専門的な法知識が必要な事件から荒事の解決まで、なんでもござれ。報酬次第という条件はつくが、頼まれ事は断らないのが私の信条だ。

 ……………………。

 とはいえ、浮気調査や身上調査以外で、探偵に依頼を持ち込む人間は数少ない。この日も私は、鳴らない電話を一日中ながめて過ごし、舌打ちしながら店じまいを始めていた。

 従業員は私ひとりの事務所。煙草の吸い殻が山盛りになった灰皿を片付け、床に落ちた灰をほうきで掃いてしまえば、それで終了。暖房器具のスイッチを切り、ソフトを頭に乗せ、バーバリーによく似たトレンチ・コートに袖を通せば、あとは明かりを消すだけ。

 心は夜の街へと羽ばたいている。しかし、こんな時に限って依頼はくるものだ。

 ファックス機能のついた、電話が鳴った。留守電に切り替えようとした瞬間だ。しかもディスプレイには、マダムと表記されている。

 わずかに気分を害されたが、すぐに受話器を上げた。マダムからの依頼は、大抵高額報酬だからだ。

「お電話ありがとうございます、五番街探偵事務所です」

 毎回思うことだが、自分でもよくこんな愛想のいい声が出るものだ。

「お時間よろしいかしら、探偵さん」

 決して甘ったるい声ではない。むしろしっかりとした意思の力を感じる。もちろんそこからイメージされる姿は、キリリとした美貌である。

「ビジネスの話かな、マダム?」

「えぇ、とびきりタフな仕事を、ゴキゲンな報酬でお願いしたいわ」

「うかがいましょう」

「お店まで足を運んでくださるかしら? その方が早いわ」

「では、スコッチウイスキーを用意しておいてくれるかな? 銘柄は……」

「バランタイン?」

「オンザロックで」

「お待ちしてるわ」

 どのみち、マダムのバーにはうかがう予定だったのだ。それが一杯の酒と、バツグンな報酬までついて、私を出迎えてくれるのだ。悪い話ではない。

 私は据え置き型の電話を留守電に切り替え、照明を消すと事務所の外に出てドアに鍵をかけた。

 オメガに似た腕時計をのぞくと、時刻は二〇時をまわっていた。私はエレベーターを使わず、階段で一階に降りる。そろそろ中年の足音が聞こえてくる身としては、何かと気を使わなければならないのだ。

 外に出ると夜の街は、噛みつくような冷気で私を出迎えてくれた。夕方に降った雨は、まだアスファルトを濡らしている。明日は路面が凍るかもしれない。私はアスファルトににじむ青信号を踏みながら、向かいのビルへと通りを渡った。

 築年数もかなりのものであろう、雑居ビルのドアを押し、地下への階段を降りる。古臭い蛍光灯が、ペンキ塗装も褪せた陰気な壁を、弱々しく映し出していた。

 階段を降りて地下一階。右に折れる通路に従うと、安っぽい飲食街になっている。地下通路に人影は無い。だが、通りすぎる店のドアからは、若者たちのカラオケが漏れ聞こえてきた。

 地下飲食街の奥も奥。ほぼドン詰まりの店が、私の行き着けだ。


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