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08話 「忍び寄る不穏」

 駆と遥の話し合いからの数日は、かくも平穏な日々が過ぎていった。


 平穏とは言えども、それは裏を返せば変化に乏しいと言い替えることもでき、そのくらいにこの数日間は特に大きな動きは見られない。

 駆自身、本当にこれまでの己の不安や焦燥は全て杞憂だったのではないか、と思わせるくらいには、少なくとも表面上は平和を謳歌することが出来ている。


 実は、2050年に人類社会が終焉するという事実は嘘であり、駆が未来の世界で見たもの全ては夢オチであった、或いは、その他大勢の一人に駆が含まれていて人類終焉の事実を一切知らない、というのであればどれ程幸せであろうかと、駆は教室の外を眺めてそんな現実からの逃避を考える。

 しかし、幾ら不都合な現実から目を逸らしたところで、待ち受ける結論は変わらないし、盆から零れた水を元に戻すことは出来ない。

 であるならば、あとはその零れ出ようとする水を留めるべく、その盆を支える役目は駆らにあり、真実を知る者の果たすべき責務でもある。


 無知が罪なのは、それによる無責任さ故だ。

 ならば、有知である者は、その責任を果たさねばならない。最早、現状が静観や傍観を許容することは出来ない。



「――以上が、本日の連絡事項になります。各自、一限目の授業に備えておくように」


 気付けば、SHRが終わり、駆のクラスの担任である佐渡さわたり 恭子きょうこが、日直に号令を掛けるところであった。駆は、それに合わせて起立し、礼をする。

 その動作の間際、チラリと佐渡の様子を見遣ると、向こうの、駆のことを伺い見る視線とぶつかった。佐渡が先に目を逸らす。

 真駈との一件以来、時折、駆に対して何かを警戒するような、或いは半信半疑な事実の真偽を探るような、そんな視線を感じるようになった。

 それらのことから、駆と高萩の一連の出来事が、周囲の教師たちにも既に伝わっていることが見て取れる。


 真駈自身が、実際のところ、どこまで真実を知っているのかを明確に出来ず終いであるが、事の性質上、真実の全てを容易に話せる内容ではない。恐らくは周囲の教師たちも、今回の件については正確な認識を持っている可能性は低く、そこまで深刻に物事を捉えていないであろうことは、ある程度想像が出来る。

 しかし、疑われる立場としては、正確な情報を知らないが何となく疑わしい、という状態は非常に厄介と言えよう。このような相手の認識が変わらない限り、こちらからある程度の真実や事情を説明して、相手の誤解を解いたり、或いは相手の理解を得たり、協力を取り付けたりといった駆け引きが使えない。

 相手の先入観が、正常な判断を阻害するし、何よりもこちら側のアプローチに対して、その真偽を見分けるだけの、十分な知識が不足しているためだ。

 また、他の教師からの真駈に対する信頼と、日頃の彼方駆という生徒に対する評価の落差も、この問題に拍車を掛けてしまっている。


 つまるところ、駆と遥の話し合いの時点での結論と変わらず、現時点では、事態の推移を冷静に見守るしかないだろう。

 駆は、一人そうした現状分析を終え、一息を付く。


 すると、後ろの席から駆に声が掛かった。


「スマン、駆は、英語の宿題ってやった?」


 駆は、声の主の居る方向へ体の向きを変える。

 駆の肩を遠慮がちに叩いたのは、同じクラスメイトの、絆地ばんじ 跳真とうまであった。


「………、一応、やって来てはいるな」


「マジで! 見せてくれない?」


 図々しくもそう言ってのける跳真に対して、怒りよりも先に呆れの感情が表に出る。


「いや、自分でやって来いよ」


「それが、実に深刻な問題があってだな。

能力面はともかくとして、今現在精神的な疾患を抱えていて、出来なかったんだよ。心のケアが必要なのさ」


「つまり、面倒くさくて、やる気ゼロってことだな」


 神妙な顔つきで話を切り出す跳真を、駆は情け容赦なく一蹴する。安心しろ、お前がそういう奴だってことは、もう分かっている。


「ちょっと待った。駆はもう少し、物の言い方というものを考えろ。もっとオブラートに包んだ物言いは、いくらでもある筈だろ!?」


「オブラートに包むどころか、お前自身が、既に嘘で塗り固めている状態で、どこをどう包めと?」


「そこはほら、愛で包み込んでくれれば」


「ふざけんな。何で、愛で嘘を隠蔽しなきゃならねぇんだよ」


 駆は、自分の席に向き直って授業の準備に取り掛かろうとする。慌てて駆を引き留めようとする跳真。


「頼むよ、駆ぅ~。今日中に提出しないと、あの緒環からなに言われるか分からん!

しかも、あの人提出期限守らないと、躊躇なく成績減点するんだよ~」


「至極当然だし、それ完全に自業自得だろうが」


 藁にも縋る思いで泣きついてくる跳真に、駆は内心で頭を抱える。


 そもそも、今回の英語の宿題は、今学期の始めから継続して取り組むように指示されており、学期ごとの節目などを見計らって、定期的に提出する類いのものであった。

 当然、一朝一夕でどうにかなる分量ではなく、今の今まで放置しておいて、いざ提出日になって都合良く縋りついてくるとか、こいつには、自尊心とか羞恥心とかはないのだろうか?

 不安げに、こちらの顔色を伺う跳真を見ていると、何もかもどうでも良い気持ちになってしまい、駆はため息と共に、自分の英語のノートを後ろへ放った。


「……英語の授業は、午後からだろ? それまでに、必ず写しておけよ」


「おお! マジ感謝! ありがとう!!」


 先程までとは打って変わって、受け取ったノートを手に、跳真は歓喜の声を上げる。

 嬉々として、駆のノートを写すべく、手を動かし始めた跳真を眺めながら、対する駆も、貸してそのまま終わるというのも癪なので、跳真に小言の一つも言ってやろうかと口を動かした。


「なあ、跳真さ。いい加減、自分のことくらい自分でやれるようにしろよ。物事全てを自己完結出来るなら、それで良いかも知れないけどさ。現実には他人に迷惑が掛かっているんだから、その辺もう少し考えようぜ」


 そんな駆の物言いに、跳真は書き写す手を止め、さも心外だといった表情で、駆に対して抗議を表明する。


「失礼な。俺は、その辺は真剣に考えているさ。ぶら下がって良い、相手と場所とタイミングはしっかりと見極めているに決まってるだろうが。俺だってな、TPOくらいしっかりと弁えているんだよ」


 駆は、眉間にしわを寄せる。うわっ、最低だこいつ。それから、今一度TPOについてきちんと内容を確認しろ。


「その上で、手を抜ける場面で、極力負担を減らすべく立ち回る、それが俺のポリシーってもんよ」


「言いたいことは良く分かった。やっぱ今すぐノート返せ」


「ごめんなさい、調子に乗りすぎました!」


 頬を引きつらせて、自分のノートを回収しようとする駆に対し、跳真は先程までの態度を一転させて、机に額を付けて謝罪をしている。


 そんな二人の姿は、端から見ると異様な光景として映るのか、いつの間にか、数人のクラスメイトの注目の的になってしまっていた。

 駆は、そうした周囲の視線に気付き、どうにか平静を保とうと、頭を冷やす。跳真といえば、ここぞとばかりに、駆のノートを手元に抱え、宿題の写しを再開していた。

 そんな跳真の態度に、駆は、最早、呆れ返るしかなかった。


 そのような中で、二人の様子を眺めていた、取り巻きの一人である、因幡いなば 健司けんじが割って入る。


「すげえな。ここまで露骨に図々しい奴は、初めて見たわ」


「全くだ」


 その言葉に、駆も心底同意する。

 周囲のクラスメイトたちも、駆と跳真の一連のやり取りは、それとなく観察しており、雰囲気的に、駆に同情している節があった。


 なので、駆はささやかな鬱憤晴らしを果たすという意味合いも込めて、ここぞとばかりに跳真の文句をあげつらうことにした。


「そもそもとして、こいつの行動パターンは基本、棚ぼた狙いの一点集中型だからな」


「うわー、こいつの将来設計どうなってんだろ?」


「少なくとも、後先のことは何も考えていないだろうな。何せ、刹那的な生き方が常態となっている奴なんだから」


「マジかよ、給料全部宝くじに注ぎ込むタイプか」


「職業はギャンブラーで、ステータスは運に全振りするような人間だからな」


 流石に跳真も、悪ノリした健司と一緒に言いたい放題騒がれるのは癪なのか、不快感を露に反論する。


「失礼な、俺だって多少は先のことを見据えて、自分のことくらい、自分で考えているさ」


 はっきりと、そう自己主張する跳真に対して、駆は、ならばと一つ問いかけた。


「じゃあ、そろそろ期末テストが始める時期だけど、それに向けた対策はどうなん?」


「別に何もやってない!」


「先のお前の発言と、話が全然噛み合わないんだが?」


 うむ。ほんの数秒前の発言すら、自ら撤回してしまう程のこの一貫性のなさと、面の皮の厚さは一体なんだろうか? ここまでくると、いっそ清々しいとさえ思ってしまう。


 いつまでも、跳真とのこうしたやり取りをするのは建設的ではないと感じたので、駆は話の軌道修正として、そのまま期末試験へと話題を転換することにした。


「そう言えば、期末まであと2週間くらいだよな?」


「だな、俺も他人事じゃなくて、そろそろ準備しないとマズい」


「今回は、日本史が範囲広いからな。早めに手をつけないと、他の科目にも響くぞ」


「あー、そうだわ。俺は駆と違って、歴史全般が苦手だからな」


「いや、俺だって、決して得意ではないから」


 駆と健司は、互いにテストに向けての話題で盛り上がる。

 まだまだ、遊び盛りのお年頃とは言え、学生の本分であることに関しては、重要な関心事であろう。

 自然、二人の会話に興味を示した周囲のクラスメイトたちが、さりげなく口を挟む。


「まあ、日本史は授業中のレジュメ重視だから、真面目に授業聞いて対策しておけば、問題ないでしょ」


「それよりも、私は英語がマズいかな。年々長文読解が難しくなっていくから、付いていくのが精一杯だよ」


「よりにもよって英語か。避けて通れない道だから、キツいよな」


「それに加えて、俺らは数学や物理もあるからな。手を付けなきゃいけない科目が多過ぎる」


「どうしよう、無事に乗り越えられるか不安で仕方ないよ………」


「いっそ、方針と発想の転換で受験を回避する、戦略的撤退という方向性で突破口を見出だすのはどうかな?」


「お前それ、道を踏み外せと? 一応ここ進学校なんだが」


 因みに、駆たちのクラスは、文系の国立大学を志望する学生で構成されており、主要科目に加えてセンター試験での選択科目も、テスト範囲に含まれる。

 即ち、他の私立大学志望の対象クラスよりも、必然的に一科目当たりの勉強量が少なくなるため、多くの科目数を網羅し、幅広い試験科目をカバーするためには、より効率的な学習方法が求められる。


「どうしよう、俺は独学じゃキツいから、予備校通うかな……」


「でも、俺たちまだ2年生だろ? 3年生に進級してからでも遅くないんじゃないか?」


「それは人によるだろ。実際、一年の時からガリガリやってる奴も居るし」


「あー、どうするかな。取り敢えず、今回の成績次第で決めるかな――駆はどうする?」


 学校の定期試験はともかく、大学受験は情報戦だ。

 志望校合格という、先を見据えるのであれば、独力のみで勉強するのではなく、それ相応の、受験対策のノウノウを持つ予備校に通うというのも、一つの選択肢であろう。

 実際に駆自身も、大学受験を考慮に入れた上で、予備校についても検討はしていた。


「一応、考えているが、最終的にどうするかは、まだ決めてない」


「そうか。まあ、闇雲に通ったところで、それですぐに成績が上げる訳でも、志望校に合格する保証がされる訳でもないからな」


「そうそう、独学で勉強するのも一つの手だよな」


「おい跳真、お前がそれを語るなら、自分の宿題くらい独学でやれ」


 他人のノートを写しながら、構って欲しかったのか、話の横槍を入れる跳真に対して、ツッコミを入れる。

 途端に項垂れる跳真の様子に、周囲は苦笑を浮かべながらも、健司が気を取り直して口を開く。


「そう言えば、予備校の話で思い出したんだけど、今度学校の近くに、大手の予備校が新設されるみたいだな」


「あっ、そうだね。何か今、校門前でビラ配りしてた人が居たね」


 健司が振った話題は、周囲のクラスメイトにもすぐに思い至るものであった。


 どうやら、近日中に駆たちの学校の近辺で、予備校が建設される予定となっているらしく、多くの受講生獲得のため、ここ数日の間、学校周辺では主に駆の学校の生徒を対象に、ビラ配りによる広報活動が行われていたのだ。

 その新設予定の予備校は、毎年多くの名門校への高い合格率を誇り、大学合格率が業界No.1を掲げる、大手の有名な予備校であった。

 自然、真剣に大学進学を考える学生にとって、関心の度合いは高いと言える。


「確かに、もし通うとしたらそこかな」


「そうだね。学校が終わってすぐに通えるから、その分時間的なロスも少ないし」


「実際、俺らの学校から徒歩5分くらいだってよ」


「良いな、それ!」


 周囲のクラスメイトたちも、口々に同意を示した。その反応を見るに、予備校の新設については、概ね好意的な見方をする意見が多いようだ。


「ただ、その辺は金銭が絡む問題だから、親と要相談だな。流石に、一介の高校生が自前で用意出来る金額じゃないだろうし」


「だね。予備校で勉強するために、バイトの時間を増やすとか、本末転倒だし」


「うーん、うちの家庭も、特別裕福な訳でもないから、承諾してくれるかは何とも言えないな」


「そこは、難しいところだよね」


 やはり、金銭面での都合もあるせいか、実際に通えるかという問題になると、親の経済事情から難色を示す生徒もいた。

結論として、大学受験も考慮に入れると、予備校という存在は志望校合格に向けてのアドバンテージになることは認識しているけれども、最終的な判断は、親の経済状況と、本人の学習スタイルを鑑みて決めることになるようだ。


「まあ、取り敢えずは、目の前の期末試験の方が重要だな」


「そうだね。まずは出来ることからやっていかないとね」


 話も大方まとまったところで、話題は再び目の前の定期試験にシフトする。


 駆は、まずは喫緊の課題を解決することに同意しながらも、ふと、5年後に迫る人類社会終焉の未来を回避しなければならない現実に、頭を悩ませる。

 自分たちが大学受験をするのは当然己の将来のためだが、そもそも、その将来が人類社会の終焉という未来によって閉ざされてしまっている。

 何故に、駆個人として自身の将来を考えるよりも先に、まずは人類の平和を考えねばならない、という主客転倒な事態に陥っているのだろうか?

 非常に不可解である。


「まっ、先のことをあれこれ考えても仕方ないだろ? もっと気楽に行こうぜ!」


「良いからお前は、さっさと手を動かせ」


 事あるごとに、駆らとの会話に入ってこようとする跳真を一蹴する。こいつは、今日の午後には宿題を提出することを、本当に分かっているのだろうか?


 仕方なく、状況を把握するため跳真の元に向かい、机の上に広げられているノートを覗き込む。


「お前、提出まで時間がないけど、もう写し終わったのか?」


「いや、まだ」


 駆は、思わず額に手を当てて天を仰ぐ。駄目だこいつ、危機感がまるでない。


「なら急げ。間に合わないぞ」


「大丈夫。最悪、少しくらい提出期限が遅れてでも、写し終わり次第提出するから」


「………それって、俺の分の宿題も期限が守れないことになるんだが」


「それこそ要らぬ心配だろう。代わりに友情は守れるんだからさ」


 駆は、跳真の机の上に広げられた自分のノートを取り上げる。

 案の定、何も学習しないままに、縋りついてくる跳真君。


「俺、友情と依存を履き違えている奴に、自分を切り売りする趣味はないから」


「ちょっと待て、待つんだ! なっ、一度落ち着こう。冷静になるんだ、駆っ!」


「俺は、最初から冷静だよ。まあ、多少は楽が出来ただろうし、残りは自力で解くことだな。全ては、自己責任だ」


「本当にすみませんでした! 反省しております! 許して下さい!!」


 話は以上とばかりに、駆はたった今回収したノートを自分の鞄の中に仕舞おうとする。跳真は、なおもそれに追い縋り、頭を下げていた。

 そんな二人のやり取りを、端から見ていた健司が、やがてポツリと溢した。


「いつも思うんだけどさ。何で跳真みたいな奴が、学年1位なんだろうな」


 周囲のクラスメイトたちは、一斉に首を縦に振る。それらは、心底実感のこもった同意であった。


「本当だよね。普段からの言動や行動は、いかにも落ちこぼれに見えるくせに」


「性根や態度も、最底辺だしな」


「だけど、案外ああいう奴の方が、将来大成するのかもな」


「本当に、世も末だよね……….」


 跳真のクラスメイトらは、口々にそんな事を言い合いながらも、二人のそうした光景は、一限目の授業開始のチャイムが鳴るまで続いたのであった――






 駆と跳真の間で一悶着あったその日の放課後、駆は遥と共に公共の図書館に訪れていた。

二人は、窓際に設けられている閲覧席に向かい合う形で腰掛けていて、その席にはそれぞれが授業で使っているノートや参考書が広げられている。

 これまでの経緯から、人類社会終焉の調査について視野に入れつつも、今回は学生としての本分を全うするため、定期試験に向けての勉強に取り組むことになった。


 そのような方針に固まった中で、駆は何か説明したいことがあるのか、周囲に迷惑が掛からないよう注意を払いながら、ひそひそと遥に語りかけていた。


「………ふーん。何かこの時代って、色々と複雑なんだね」


「まあ、遥の時代程、単純ではないな。社会的集団の規模が大きい程、統率に必要な社会構造は、それに伴って肥大化するだろうし」


 駆のそのような回答に、遥は、机につっぷしてため息をついた。


「本当に、この時代は覚えるルールや常識が多いね。テストよりも先に、そっちの方が心配だよ………」


「それは、おいおい学んでいくしかないな。どうせ、常識やルールなんてものは、毎日の生活の中で自然と身に付いていくものだから、焦っても仕方ないだろ」


 このような話題の発端には、遥の予想以上に深刻なジェネレーションギャップにあった。

 道中に駆が何気なく振った定期試験の話題に対しても、そもそも試験というシステムを自体を知らない、という有り様であり、お陰で駆は、この世界の様々な常識や社会の仕組みを交えながら、それを踏まえての説明に四苦八苦することとなってしまった。


「まあ、取り敢えずは、目の前の関門を突破しないことには、どうしようもない。先ずは、付け焼き刃でも何でも良いから、期末テストを乗り越えてから考えれば良いんじゃないか?」


 駆は、現状の棚上げを自覚しながらも、遥にそう提案する。


「そうだね、人類社会終焉のリミットまで、暫くは時間があるし、出来ることからやっていくしかないかな」


「それで良いと思うぞ」


 先の話題は、駆の同意をもって締めくくり、ひとまずの結論とする。二人は、そこでようやく、それぞれにテスト勉強に意識を向けた。


 因みに、遥は、文系の私立大学を志望するクラスに所属している。

 他の文理選択に比べて、単純な勉強量が相対的に少ないため、遥自身の基礎教養不足という点も考慮し、負担が出来る限り軽くなる進路を選んだようであった。

 もっとも、付け焼き刃で、駆の学校の転入試験にパス出来たことを考えると、遥自身の地頭は良いため、その気になれば、どの進路を選んでも問題はなかったかも知れないが。


 暫くの間、二人は黙々と自習に励んだ。静寂に包まれた空間で、カリカリという筆記音が断続的に聞こえる。


 ふと遥は、英語のノートと参考書に目を通しながら、他国である言語に触れながらしみじみと呟く。


「しかし、考えてみると不思議だよね。そもそも、同じ種族なのに、言語がそれぞれ違うなんてさ」


「そりゃ、人類と言っても民族それぞれに誇る、文化や歴史があるからな。国ごとに違うのも当然だろう」


「でも、この間、翔悟が言ってたんだけど、『俺は、いちいち言語を覚えるのが面倒くさいから、今のままで良い』だってさ」


「翔悟も酷いな。他国の成り立ちも歴史も全否定かよ」


 余談だが、つい先日、週に一度の定期報告のため、遥が終焉後の未来へ再接続を行い、その際に遥を通じて現在の状況は伝えられていた。

 駆は、嫌そうに他言語の習得を否定する翔悟の顔を想像して、遥と共に小さく笑い合う。


「そうそう、ついでにこの間の、駆のスタンドプレーでの失態について、翔悟が腹抱えて笑ってたよ」


 スタンドプレーでの失態、と言うのは、駆と真駈とのいざこざを指しているのだろう。

 遥からの、何てことのないように付け加えられた情報に、駆は思わず苦笑いを禁じ得なかった。


「ちょっと待て、その反応はおかしいだろ。そこは心配するとかじゃないのか?」


「一応、目に涙を浮かべる程、心配していたみたいだよ」


「それ、意味合い違うよな?」


 恐らくは、駆自身が負い目や責任を感じないよう、翔悟なりの配慮ではあったのだろうが、実際に聞かされる方は、中々に複雑な気分だ。


「初めて終焉後の未来で話をした時もそうだったけど、翔悟は何処かフォローの仕方がおかしい気がする」


「まあ、翔悟は素直じゃないところがあるからね」


「そういう問題なのか?」


 駆の指摘に、遥は笑って茶を濁しながらも、場を取り繕うように口を開く。


「でも実際、私たちの世界の生き残りって、ひねくれ者が多いって言うか、割りと個性的な面子が多いかな」


「そうなん?」


 ひとまずは、翔悟についての言及は避け、駆は目の前の話題に意識を向けることにする。


「うん、時宗さんは、皆のまとめ役ということもあって、そうでもないんだけど、特に時雨や郁渡なんかはクセが強いかな」


 駆は、遥の発言に出てきた者の中から、一人の顔を思い浮かべる。


「成る程な。確かに、時雨は我が強そうな印象を受けた」


「あっ、向こうで時雨には会ったんだ?」


「最初の定期報告の時にちょっとな。――しかし、あれは何と言うか、神経質なタイプの人間なのかね? 雰囲気が、やけにピリピリとしてた気がするな」


 駆の感じた時雨の印象に対して、遥は何か思うことがあるのか、少し思案に耽る様子を見せた後、神妙に切り出す。


「駆のその印象は、あながち的外れでもないかな。どうも、時雨は、私たち全員を警戒している節があるの」


「全員って、終焉後の生き残りの6人のことだよな? それってどういう――ああ、もしかして、あの出所不明の死体が原因か」


 駆は四拍程の間、怪訝な表情を浮かべていたが、すぐにその原因に思い至る。


「そういうこと。お陰で、身内で疑心暗鬼に陥っちゃって……」


 遥は、定期報告で帰還した際の皆の様子を思い出したのか、ふう、とため息を吐いた。


「何かあったのか?」


「何か、という程でもないけど。私が向こうに帰った時に、時雨が私に会うなり開口一番に告げた言葉が、『何か、有益な情報はあったのか?』だからね。労いの言葉だとか、気配りや配慮も一切ナシ。

あれは、身内や友好的な相手に向ける態度じゃないよ」


「それは、また剣呑な状況だな………」


「私だけじゃなくて、時宗さんや翔悟にも、同じような態度だったみたいでさ。この調子じゃあ、実際に犯人が特定出来るまで、このままじゃないかな」


 話を聞く限り、かなり穏やかではない様子だ。以前に、駆が終焉後の未来で時雨と初対面した際に感じた印象よりも、なお悪い。

 駆の時は、友好的とは言えないまでも、普通に会話は成立していたが、遥たちの場合は会話すら碌に成立していないようだ。

 それだけ、真駈なる死体は、原因究明の出来ない問題として後を引いているのだろう。


「しかし、そうなるとマズい状況だな」


「本当に、そうだよね。事態が早く終息すると良いんだけど」


「それは当然そうだが、そんな単純な話じゃなくて、事態はそれに留まらないかも知れない」


 駆は、ここで遥とは別の懸念を口に出す。遥は、駆の着眼点に怪訝な表情を見せた。


「どういうこと?」


「互いの足並みが揃わない程度であれば、まだ良いんだけど、例えば、時雨が水面下で何かを企んでいて、それが場合によっては、決定的な対立に繋がるかも知れない」


 駆のそうした指摘に、遥は何か思い至る点があるのか、どこか納得したような顔で頷いた。


「あー、確かにその可能性は否定出来ないかも。時雨って、結構思い込みが激しいところがあるから」


 遥の同意を聞きながら、駆は、事態が悪い方向へ傾きつつあるのを内心で予感していた。


 最悪なのが、時雨が、人類の生き残りである6人の中に犯人がいることを前提にして、事を進めている場合だ。

 時雨の話では、その全員が無罪を主張しているため、そうなれば必然、その中の誰かが嘘を付いていると勘ぐるだろう。そして、片っ端から証言を聞いたり、事実関係を洗い出したりして、虱潰しに話の矛盾点や、隠し事を探し出そうと躍起になることが想像出来る。

 問題は、仮に、時雨の目論見通りにそれが発覚した場合に、それがどういう意図や性質を持った矛盾や隠し事であるのかを、正確に推し量ることが困難であることだ。

 つまり、時雨は、話の矛盾点や隠し事が実際に露見した場合に、それが内部者の真実の隠蔽のため生じたという前提の元に物事を捉えてしまう可能性が高い。最悪、その前提からの論理構成によっては、事実無根であるにも拘らず、6人の間で致命的な内部対立を引き起こす危険性もある。


「そもそも、根拠となる情報があまりに不足しているのが問題だな。全貌がきちんと把握出来ていないから、それが猜疑心の元になるし、互いに意図せぬ方向へ物事が推移してしまう」


 駆自身、そう言った事態を防ぐ意味合いも兼ねて、真駈が人類社会終焉後の未来の関係者であるかの事実確認をしておきたかったのだが………。

 真相の洗い出しを、何故にもっと慎重に行うことが出来なかったのかが、本当に悔やまれる。


「現状は本当に厳しいね………。

となると、やっぱり可能性としては、時雨は、時宗さんが怪しいと考えていることになるのかな………….」


 事の重大さを、改めて自覚し直した遥は、深刻な面持ちで自身の考えを口にする。


「確かに、単純に考えるなら、身元不明の死体の第一発見者である時宗さんが、状況において、最も証拠隠滅や隠蔽工作が容易だろうな。時宗さんが黒幕であるからこそ、意図的に情報が入ってこないとすれば、一応の筋は通る。

 けど、俺はその可能性は低いと思っているけどな」


「どうして?」


 駆の推測に、遥は首をかしげる。

 駆は、頭の中で要点を整理した後、自身の考えを説明する。


「時宗さんが犯人の場合、自身に少しでも疑いが掛からないように、ある程度の情報を与えて周囲の人間をコントロールする筈なんだ。自らが第一発見者である上に、事件に関連する情報がまるで流れてこないとすれば、本人がまず真っ先に疑われるであろうことは、自明の理だからな。

 仮に、時宗さんが黒幕であるならば、現状はあまりにも情報を与えなさ過ぎる。だから、どこにどう転ぶか分からない今の状況は、時宗さんにとっては非常に都合が悪いんだよ」


「ああ、成程。確かにそう考えると、時宗さんが犯人というのは色々と腑に落ちないね」


「もっとも、時雨は多分、それらも織り込み済みの上で疑っているのだろうがな。これだけ情報が不透明な現状においては、それぐらい慎重に物事を判断する必要があるだろうし」


 そこで、駆は一息をつき、長時間座っていた姿勢をほぐすため、軽く身じろぎをする。

 遥は、自身の顎に、手に持っているシャープペンシルの尻を当てて、低くうねった。


「けど、そうなると結局、時雨の動きに関しても、何も分からないということになるね………」


「これまでの分析も、全て憶測の域を出ないものだからな。時雨自身が、今後どのような対応をするのか分からない以上は、何もないことを祈るしかないだろう」


 駆は、そんな消極案を最後に、手元に広げられているノートと参考書に目を移した。遥もそれに倣い、やっぱり手詰まりだね、と諦めと共に呟きながら、定期試験の勉強を再開する。

 結局、それは希望的観測でしかなくて、いずれは表面化してしまう問題であることは想像に難くない。

 駆は、シャープペンシルを動かしながらそんなことを考え、この祈りは届くことはないだろうなと、心のどこかでそう感じていた。







 夕暮れ時の飴色の空に、学校の鐘の音が鳴り響く。

 既に今日一日の教育カリキュラムは終了し、今は部活動や生徒会などの教科外活動に勤しむ生徒たちが、校内での活動に精を出していた。


 駆の在籍する学校は進学校と銘打っていることもあり、全体的にみて、部活動や委員会に所属する生徒は少数派である。そのため、生徒の下校時刻のピークは過ぎており、現在の時間帯で校門を退出する生徒は疎らであった。


 そのような状況の中、駆の学校の校門前から数十m程離れた場所にて、一人の男が佇んでいた。

 その者の手には、大手予備校の新設校の案内が書かれた、ビラの束が抱えられている。元々の人通りの少なさに加えて、この時間帯に下校する生徒がほとんど現れないためか、男の表情には陰りが見えた。


 そんな男の思考を占めているのは、自身の置かれている境遇に対しての、やり場のない怒りであった。


 大体さ、指定された配布場所がそもそも悪いんだよ。

 ターゲットにする学生の、帰宅時間のピークが終わった後も、同じ場所に居続けることが無駄だと、使用者は何故考えないんだ?

 部活動に力を入れている学生のために、こうして待ち構えることが非効率だし、それならこの時間帯は、駅周辺の担当と合流して、手分けして配る方が合理的だろうが!


 勿論、ビラ配りのような短期雇用者に適切な配布場所と時間帯を指定する決定権はないし、それらは然るべき立場の者が、それなりの意図や思惑を持って決定している。

 である以上は、この男にこれを糾弾する権利はないし、本当は、本人もそれは自覚しているのであろう。このような怒りが、この男の感情の本質ではない。


 この男が抱えるやり場のない怒りとは、目の前にある現状ではなく、自らの歩んだこれまでの人生そのものにあった。


 男は、現在20代半ばにして、フリーターである。

 男は、生まれてこの方、自身が理想とする在り方も、具体的な目的や目標も持ったことがなかった。ただ、自らの置かれた状況に流され、唯々諾々と従った。

 無思考なまま大学に進学し、同じような価値観や考えを持った同級生と共に、青春を謳歌したのか、日々を浪費したのか判らない日常を過ごした。

 日常の終焉はすぐ目前に迫っていたのに、男は最後まで、決して己を省みることはなかった。


 何という、自業自得。

 何という、因果応報。


 大学を卒業した時点で、男に残るものは何もなかった。

 少しでも真面目に大学生活に勤しめば、何かしら得られたであろうもの――就職先、人脈、知識、資格――を、結局何一つ手に入れようとはしなかった。


 男の内面には、様々な感情が渦巻いていた。


 憤懣、

 悲嘆、

 後悔、

 諦観――


 それは、これまでの己の人生を通じて、少しずつ蓄積され続けた感情で、これまでの年月を掛けて、より歪に形作られてしまったのだろう。

 際限のない負の感情は、己を省みることでしか、癒えることはない。

 しかし、男は既に、冷静に現状を分析して自己改革が出来るような、精神構造を保ててはいなかった。人生における失敗や問題があれば、それらの原因や責任を、全て環境や他者へと移譲した。最早、そうすることでしか、男は自我を保つことが出来ないのかも知れない。


 先程の、ビラ配りに関しての不満も、そんな男の本質が如実に表れたためであろう。

 男は、目に映るもの全てを憎み、感情に一貫性はなく、そして混沌としていた。


 本当に、高校生って奴は能天気でうらやましいね。明日を生きるために何をするべきか、なんて悩んだこともないのだろうな。

 奴らが考えることなんて、所詮は恋だの青春だのと、下らないことに現を抜かしているだけだろ?

 耳障りの良い言葉で飾り立てているが、結局は肉欲を満たしたいだけなんだよな?

 親の金を使って、平然と遊び呆けて恥ずかしくないのかと思うね。


 男は、己のことを棚に上げ、心の中で学生の誹謗中傷を口にする。最早、自らの内で沸き起こる怒りの理由にすら、自身で理解出来ていないに違いなかった。


――本当二、ソウダヨネ。


 それは、突如として、男の心の闇に巣食うように流れ込んできた。

 男はすぐさま、キョロキョロと辺りを見渡した。


 誰だ!


――安心シテ。ボクハ、キミノ味方サ。


 これが、正常な精神状態であれば、突然の幻聴のような声に混乱するであろうが、男は自分でも驚く程に、不思議と心は落ち着いていた。

 男には、頭の中に響くように聞こえてくる声の正体は分からない。

 ただ、男にとってそんなことはどうでも良くて、それが男の感情と共鳴するように、心の餓えを満たしたことこそが重要であった。


――大丈夫、キミハ間違ッテイナイヨ。

 悪イノハ、全部世ノ中サ。


 心の隙間を埋める声に、男は自然と目頭が熱くなった。生まれて初めて、自分のことを肯定してくれる存在に巡り会えた、という想いで胸が一杯になった。


 そうだ、こうやって無条件に受け入れてくれる存在を、俺は渇望していたのだ!


――苦シイヨネ、悔シイヨネ。

 キミガ、コンナニモ苦シンデイルノニ、ノウノウト今ヲ生キテイル人間ハ、赦セナイヨネ。


 ああ、本当に赦せない。

 出来ることなら、世の中全ての人間に、俺の苦しみを味わわせてやりたいね!

 そうすれば、俺のことも少しは理解出来るようになる筈さ!


――ソレハ名案ダネ。

 キミハ、コレマデニ散々苦シメラレテキタンダ。キミニハ、コノ世ノ不条理ニ、復讐スル権利ガアル。

 皆ニ、ソレヲ理解サセルベキダト思ウヨ。


 男は、うんうん、と首を縦に振った。改めて、自分の本当の理解者に出会えた気がした。

 そして、男は、自らの気分が高揚しているのを自覚し、これまでの鬱々とした人生からの脱却に、心から感謝した。


 男の視界が次第に焦点を失っていることに、本人は気付くことが出来ないまま、男の意識は闇に呑まれた――


――ソレジャア、早速明日ニデモ実行シテミヨウカ。痛ミヲ伴ッテ初メテ、人ハ相互理解ヲ果タスコトガ出来ルノダカラネ――






 ビラ配りの男は、日が完全に傾いたかどうかという段階で、ようやく所定の勤務時間を終えて撤収した。

 その男の表情をよく見れば、その男は何かに取り憑かれたかのように目が虚ろで、それでも何処か発揚とした様子が確認出来る。

 事情が判らぬ者からすれば、男はさぞや不気味に映るであろう。


 そんな男を、校門の陰からじっと眺める馳部の姿があった。


「上手く行きました――」


 馳部は、男が視界から遠ざかるのを見送ってから、ほくそ笑みつつそう呟いた。

 正直、教わったばかりの魔法の行使には小さくない不安があったが、それを乗り越えての成功には、素直な喜びを隠せない。


 馳部の行使した魔法は、精神支配。


 その名の通り、対象となる人物の精神に干渉して、その者の感情の増幅や、それに伴う理性の希薄化の誘発といった、極めて初歩的な魔法である。

 あくまでも、その者の抱く感情を補強させる効果でしかないため、対象の感情に相反するような行動や、価値観を植え付けることは出来ない。しかし、今回のように、対象となる者の感情に偏りがあれば、それを増幅させることで教唆煽動を行い、相手をある程度意のままに操ることが可能となる。言わば、魔法による洗脳であろうか。


 この魔法のメリットは、性質上は完全な精神支配というよりも、歪な精神構造を利用した感情の誘導であるため、多大な魔力を必要とせず、魔法を習いたての初心者でも比較的容易に実行が可能な点にある。

 加えて、他の強力な精神に干渉する魔法と比べ、相対的に人格の変動が小さいため、行動にある程度の一貫性や、整合性を持たせることが期待出来る。


 正に、今回の計画に打って付けな魔法である、と馳部は考えていた。


 人類社会終焉の真相、及び現在の世界に居る真駈と、終焉後の未来で死亡した真駈の因果関係の隠蔽が、今回の計画の目的となる。


 計画の要となるのは、ビラ配りの男による犯行によって、駆らからの疑いの元凶となっている真駈を処分することだ。

 真駈に焦点を当てられている今の状況は、真相の究明というリスクを考えても、馳部らにとっては非常に都合が悪い。

 そのため、黒幕の存在を仄めかし、疑惑の矛先を意図的に増やすことで、真相究明の停滞、あわよくば真相をうやむやにするという狙いがあった。

 当然、全てこちらの思惑通りに事が運ぶような虫の良い話などはないが、今回の計画によって、向こうが自らの考えや仮説を、一から再検討する時間を割くことになる、と考えるならば上出来だろう。


 唯一の懸念として、計画の実行者となる部外者をどうするかがネックであったが、幸いにも、あれ程の心の闇を抱えた部外者が近くに居たことは、本当に喜ばしいことであった。

 最悪、適切な実行者となる部外者が見つからず、計画の見直しを迫られることも起こり得たのだから。


 これで、一通りの準備は整った。

 馳部は、今一度計画の段取りと行程を頭の中でシミュレートしながら、ふと真っ先に被害を受けるであろう、真駈のことを思い浮かべる。


「私自らの提案でないとは言え、真駈先生を、間接的であるにしろ、襲わなければならないとは胸が痛みますね……」


 馳部は、やるせないといった表情で、ため息を一つ付いた。


 実際、処分する対象者も含めた、周囲の人間に被害を及ぼすやり方は、心情的にあまり好ましくはないし、あからさまな隠蔽工作であると感づかれるリスクも、決して小さくない。

 この計画は始めから、真駈の存在が、人類社会終焉の真相と繋がるとする、駆側の人間が抱く疑念の隠蔽を前提とした、次善の消極策に過ぎないのだ。


 とは言え、駆たちのこれ以上の真相究明を阻止するためには必要な措置であるため、ある程度の理屈での割り切りも必要だ。感傷に浸るのもここまでとしよう。


「さて、求められた仕事は、きちんと遂行することが、私の信条ですからね。

事態の好転を図るため、今出来る最善を尽くしましょう――」



安直なネーミングセンス


彼方 駆  ⇒ 過去と未来を駆ける。そのまんま。

雲居 遥  ⇒ 雲居遥くもいはるか。連語、慣用句。そのまんま。

絆地 跳馬 ⇒ 絆地ばんじ跳馬とうま→ バンジージャンプ。なんだこれ。


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