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06話 「悪手」

明けましておめでとうございます。

今年も良い年でありますように。

 終焉後の世界にて現状報告を終え、一夜明けた、本日月曜日。

 駆は現代社会に戻り、これからの一週間再び学生の身分を全うするため、今日も電車に揺られていた。

 毎週の定期報告については、こちらが学生という立場であることも考慮に入れ、日曜日にさせて貰っている。これで、少なくとも毎週一回、駆と遥が揃って学校を休むという不自然な状況――捉え方によっては、意味深な状況であろうか――は、回避できた。


 因みに、余計なスキャンダルを避けるため、駆と遥は時間差で別々に登校することにしていた。そのお陰か、駆は下らないストレスを抱えることなく、また昨日に得られた情報を一人頭の中で整理する時間を確保出来ている。


 今、駆の思考を占めているのは、終焉後の世界で死亡していたという不審人物についてで、その人物とこちらの世界に居る真駈という教師との間に何らかの因果関係があるのか、という問題であった。


 通常、駆の暮らす世界と遥たちの暮らす世界は、現在と未来という関係にあり、あくまでも一本の直線上の出来事に見える。ただしそれは人間の認識の中の話で、より高度な次元で物事を捉えた時、現在、過去、未来という概念全てを内包した魂なる存在を通じて、それらの因果関係を認識することが出来た。

 よって、それらの因果関係を認識し、結び付ける手段が実在する以上は、終焉前と終焉後の真駈なる人物の因果関係についても検討する必要があった。


 そして、現在と未来の二点間に存在する真駈という人物に、因果関係があると仮定した場合に、駆には無視することの出来ない仮説が頭をよぎっていた。


 終焉後の世界で、真駈にあたる人物が死亡していた理由。

 それは、その人物が状況から見て、誰かにとって何らかの不都合があり、そのために処分されたという結論が、昨日の定期報告の際に出された。


 それに関して気になる点は二つ。


 一つは、殺されたと仮定した場合、その不都合とは何かという問題。

 定期報告では、人類社会終焉に関する何らかの情報を握っていて、その情報が公になることを恐れた何者かが殺害した、という説で一致した。

 しかし、時宗たちの場では伏せていたものの、もう一歩踏み込んで考えれば、より現実的な理由が浮かんでくる。それは、肉体と魂の接続に干渉することが出来る、あの機械にまつわる情報の隠蔽にある。

 過去と未来の因果を結びつけるあの装置は、ハイテクノロジーの塊だ。駆たちの時代であれば、国の最重要機密に指定されていてもおかしくはないし、もしかしたら、駆が易々と知り得ることが出来ないような、機密事項に相当するものが存在しているかも知れない。


 結局のところ想像でしかないことではあるが、この説に従うならば恐らく、真駈は、あの機械に関する何らかの機密事項、或いは秘匿事項を知ってしまい、それが外部に漏れることを恐れた誰かによって、口封じのために殺されたのではないだろうか。


 二つ目は、殺された時期にある。

 時宗の話では、不審人物が死亡したとされるのは、あの機械が完成し、あとは起動実験を待つばかり、という状況であったと聞く。

 ここで駆が重要と考えるのは、安全性の保証はどうあれ既に起動出来る状態にあった、ということにあった。

 あの機械は、魂とそれに対をなす肉体の接続を任意に行うことが出来る装置であり、魂と対になる肉体が同じ周期上にあれば、意図的にその周期ごとの時代にアクセスが可能となる。

 そして、その機能を逆手に取れば、いざと言う時には、その周期ごとのいずれかの時代に避難することが出来るということでもあり、片道切符を覚悟するならば、肉体と魂の接続のタイミングを時間指定した後、元の世界にある肉体を損傷させれば行方を眩ませることも不可能ではない。


 この二つの点を総合して考えると、あくまで可能性の話に過ぎないが、真駈の殺されるに至った要因が何であれ、何者かによって始末されるような状況に陥った。そして真駈は、その寸前にあの機械を起動させることで、すんでの所で、駆の世界に居る高萩の肉体との接続を果たした、と考えることもできるのではないか。

 いずれにせよ、今回の銃遺体である人間は、被害者、被疑者の両方のケースが考えられるため、一概には物事を判断することは出来ないが。


 実際のところ、この仮説は確証もなければ、明確な根拠もない。突っ込める箇所も多々あるだろう。

 しかし、仮にこの仮説が真実に近しいものであるならば、時宗たちの誰かが終焉後の世界の真駈を殺害し、その事実を隠している可能性も否定できない。よって、いずれにせよ、真偽の程は検証せねばならないということだ。


 そこまで考えたとき、不意に目的の駅に近づいていることを告げるアナウンスが流れ、駆は現実に引き戻された。これでまた一つ頭痛の種ができたなと嘆息しつつ、駆は目的の駅に到着したことを確認し、電車を後にした。






 広大な空を見上げれば、見渡す限りの青一色。今日は快晴だ。

 駆は現在、どのような形で、終焉後の世界の真駈と、この世界の真駈との因果関係の有無を確かめるか悩んでいた。


「なあなあ、駆。今度、お前の親戚の遥さんを紹介してくれよ。俺、お近づきになりたい」


 では、それを確かめるにはどうするか――


「明よ。明らかにそこは、諦めるべきだ」


「詰まんねえからな?」


 まあ、それができるなら駆もこうやって頭を悩ませずに済むのだが、事態は時々刻々と変化し、望むと望まざるとに拘わらず物事は進行していく。この場合の現状維持や保留は問題の棚上げであり、最悪の事態に後悔することだけは避けたい。


「頼むよ。誰だって一度しかない青春時代、愛だの恋だのに花を咲かせてみたいじゃん。そのためには、受け身じゃあ駄目なんだって」


 その通りだ。事態の変化に振り回されたくなければ、アクティブに行動せねばならない。


「だから、そのためのチャンスが要るんだよ。何とか、さりげなく俺と遥さんを引き合わせてくれ。まずは会って直接話をしてみたい」


 そうだ、そのためには会って話をしなければ始まらない。その上で、会話の中で終焉後の未来でしか知り得ない情報をさりげなくちりばめ、それによる反応を伺うというのが定石だろう。

 要は、どれだけうまく鎌を掛けることができるか、相手の動向を如何に正確に見抜くことができるかにかかってくる。


「明、お前の意気込みは買うが、それはお前自身の問題だ。他人に頼らず、己の意志で完遂することに価値はある」


「おい、お前の場合、単に面倒事を嫌ってのことだろうが」


「そりゃそうだろ。厄介事を持ち込まれたとかで、絶対文句言われる」


「そこはうまくやるからさ、頼むよ」


 うまくやる、か――


 問題はそこにかかってくる。相手が巧妙に自分の胸の内を隠せるなら、正確にそれを読み取ることは難しいし、より高度な駆け引きが必要となる。現状、俺にそんな話術はない。

 また、もし仮説を真実とするなら、真駈は終焉後の未来から逃げ出してきたことになり、当然、敵か味方かも判らない相手に、素直に白状するとは思えない。


「前途多難だな………」


「そうなんだよ。だから最初のきっかけだけでも御膳立てしてくれれば良いから、お願い!」


「いや、割とそれはどうでもいいんだけどな」


「割とどうでも!?」


 ショックを受けてフリーズする明を思考の隅に追いやり、あとはどういう口実で真駈と二人きりになれるかを考える。

 時期としては放課後が望ましいだろう。真駈は、何か特定の部活動の顧問であるという話は聞かない。他の教師と比べれば、空いた時間を確保しやすい筈だ。

 となれば、あとは行動するのみで、幸いにも、午後の授業には真駈が担当となる授業も含まれている。授業の終わりにでも、真駈の空き時間を確認することくらいは訳もないであろう。

 上手くいけば、今日の放課後にでも、その機会が巡ってくるかもしれない。


――もうすぐ昼休みも終わりだ。

 駆は、明に向かって口を開く。


「そうだな。お前の願いが何処まで叶うかはさておき、一応、その要望は遥に伝えておいてやる。その後は知らんぞ」


「本当か!? いや助かる! ありがとう! 恩に着る!!」


 駆の発言に、明は現実に復帰し、神に祈りを捧げるかのような大仰なパフォーマンスを披露した。





 一日のカリキュラムを全て消化し終えた放課後、駆は自身の教室で、今日の真駈の授業範囲である教科書のページを開き、着席していた。

 授業が終わり次第、真駈には話を取り付けており、表向きは授業で解らなかった内容の質問をするという体を装っている。


 今回は、あまり綿密な計画は立ててはおらず、雑談を交えた中で真駈との会話の合間に、さりげなく鎌を掛けるという単純なもの。

 それによって、真駈が明らかな動揺や、驚愕といった反応を示せば僥倖。特に何もない、或いは内面の変化を推し量れない場合は、無理をせず別の手段を再検討するという方針を取ることにした。

 いずれにせよ、今回の判断だけで結論を決めるつもりは毛頭なく、相手の反応如何によっては、時宗らとも相談の上、長期的に腰を据えて対応をしていく腹積もりだ。

 つまりは、あまり深追いはせず身の安全を確保し、危険を極力避けることが狙いであった。


 因みに、遥には空いた今日の放課後の予定に急遽、明の相手をしてもらうこととなった。一応、事の顛末を話した上で無理をしない範囲で頼んだつもりだが、当の本人は脈絡のない展開に戸惑っている様子であった。

 まあ、あいつは割かし節操がないところがあるし、遥に対する熱烈なアプローチも一過性のものであろうことは伝えている。


 遥には、思わぬ面倒事を押し付けることになってしまい、非常に申し訳なく思う。後で何かしらのフォローが必要だろう。


 そのような駆の思考は、教室の扉を開ける音と共に中断した。

 そこには、一通りの用事を済ませ、駆に呼び出された真駈の姿があった。

 真駈は、駆を見つけるなり声を掛けると、駆の正面に座る生徒の椅子を拝借し、駆と向かい合う形で腰を下ろす。


「おう彼方。最近は実に珍しいじゃないか。お前もついに心を入れ替えて勉強する気になったか?」


「そうですね。やっぱり、大人ぶって煙草を吸っているヤンキー気取るのは、もう古かったですね。ちょっとこれからは、知的でクールなインテリ系目指して、女の子にモテモテになるよう頑張りますよ」


「お前キャラがブレブレだけど大丈夫か?」


「いえ、ちょっと大丈夫じゃあないかもしれません………」


 うむ。早速先生の返しが、こちらの意図を汲み取った上での冗談だったのか、それともこちらの痛々しい発言に対しての真面目な返答だったのか微妙なところだ。思わず素に戻って答えてしまうし、初っ端から駆け引きが出来るのか心配になる程だ。


「そうか? 多分冗談のつもりだったんだろうけど、お前にしてはらしくないと思って、一応な」


 しかも、見透かされていた。

 向こうの洞察力が高いのか、こちらの挙動が分かりやすいのかは不明だが、あまり気負いせずじっくりと機会を待つことにする。


「まあいいや、本題に入ろうか。確か、授業で解らなかったところがあるんだったな。どの辺だ?」


「はい、そうですね――」


 駆は、様々な思惑を胸に、教科書に目を移す。

 授業で解らなかった内容の要点を整理し、真駈に質問を投げ掛けた――






 真駈繫介という教師の評判は、同僚の教師や生徒、それらの保護者問わず高かった。


 教育現場にいる多くは、現役で教師に就任する者がその多くを占める中で、真駈は、元々大学を卒業後、大手企業に就職をしている。

 社会という荒波に揉まれた経歴もあるためか、他の教員と比べその見識は広かった。

 学校という閉鎖された社会では、その性質上、実社会に出て働く者と比べ、得られる知識や経験の幅が大きく異なる。そして、実際に向き合い接していく相手は、将来社会へ巣立っていく生徒や、社会で働くその親である。


 そうした人々にとって、過去に経験したことを自らの糧にして、教育に反映させ生かすことのできる教師の言葉には重みがあった。

 既に感じている悩みや、或いはこれから直面するであろう不安を共有し、共感することのできる稀有な存在として、生徒やその両親たちからの称賛の声は大きい。


 それは、真駈の実際の授業においても同様であった。

 実社会においては、何よりもまず結果が求められる。限られた時間の中で、如何に効率よく成果を上げられるかを常に要求され、それを己に科していかなければならない。


 真駈は、そのような世界で得たノウハウを教育現場にも応用した。

 通常用意された教育カリキュラムに、実社会での経験を元に最適化された学習方法を新たに組み込んで、独自の学習方式を編み出した。

 すると、この教育方針が項を奏し、実際に真駈が担当している生徒たちの平均点は、他のクラスの生徒たちと比べ、大幅に向上しているし、学習意欲も高いとのことだ。


 駆は、そのような真駈の実績を思い起こしながら、目の前に座る教師の解説を聞いていた。


 成る程。確かに、改めて、周囲の真駈に対する評価に頷かざるを得ない。話の引き込みかたが上手く、理路整然としている。説明の随所に、聞き手を飽きさせないよう配慮がなされ、話の組み立て方が実に巧みだった。

 思わず、本来の目的を忘れて、勉強にのめり込んでしまいそうになる。


「ふう、少し休憩にするか」


 軽く伸びをして、真駈がそう提案する。


「そうですね」


「しかし、思ったより質問の量が多いな。今度からは、もう少し小分けにして質問してくれないか?」


「あー、そうでした。すいません」


 今回の計画に際し、成る丈時間稼ぎをしようと、過去の授業内容も含めた大量の質問を用意したためだ。お陰で、流石の真駈も若干疲労の色が表れている。


「お、夕焼けが綺麗だな…………」


 真駈は、背板に身体を預け、窓の外を眺めている。

 駆は時計をチラリと見遣った。真駈が来てから大分時間が経ってしまっている。そろそろ何か切り出さなければならない。


 駆は、さながら面接にきた者に投げ掛ける、面接官のような質問をぶつけた。


「そう言えば、先生って元は民間だったんですよね。どうして先生になろうと思ったんですか?」


 真駈が、視線をこちらに戻す。よほど思いがけない質問であったのか、真駈は、狐に抓まれたような表情を浮かべた。


「何だ、藪から棒だな。――まあ色々あったんだよ」


「色々って?」


 なおも切り込んでくる駆に対し、真駈は、恥ずかしそうに視線を逸らす。


「おいおい、勘弁してくれ」


 何とかうやむやにしようとする真駈に対して、駆は真摯な眼差しでじっと視線を逸らさない。

 逃げの一手を封じられた真駈は、観念して口を開いた。

 

「ったく、本当に下らない話だぞ?」


 真駈は、困ったように頭をポリポリと掻く。そこには、自分の考えをどうにか整理しているのか、はたまた己の昔話をするのに抵抗があるのか、への字に口を曲げて小さく唸る姿が見て取れた。

それでも、真駈は、意を決したのか、やがてポツリと語り始める。



「――俺はな、どんな仕事であれ、仕事と向き合う以上は理想とすることがあってだな。

それはその仕事が、人のため社会のためであり、同時に自分のためであること。そんな誰もが抱く甘美な夢を、俺は未だに持ち続けているのさ」


「ありきたりですね」


「ありきたりだな。だから言ったろ? 下らないって」


 真駈は、小さく笑って続ける。


「ただ、企業というのは、当然に利益を追及するからこそ成立するもので、それは本来人のため社会のためという奉仕の心と、本質的に相反するものだ。

 でも同時に、それが社会の利益に繋がるなら、結果として己の利益になる。

 それを考えた時、どうしたって利己的なことと、献身的なことというのは対極にあって、俺たちは常に、その二律背反に苦しめられることになるんだ」


 真駈は、一度言葉を区切り、一息をついた。


「個人の思惑はどうあれ、実社会というのは本質的に生存競争だ。他人を蹴落とし、他人が得られたであろう利益も、横から掠め取らなければならない。時には、手段を選ばない、限りなく黒に近いグレーな方法も用いる。

 だから現実は、何が何でも利益を得ることが大前提で、人のため社会のためというのは、その副次的なものに過ぎないのさ」


「それが競争社会であり、弱肉強食でもある。生物のあるべき姿という訳ですね」


「そうだな。だから、道徳や倫理、社会福祉といった概念は、生物としての本来のあり方からは、かけ離れた考え方なんだよ」


 駆は、これまでの真駈の話を聞き、合点がいったというように頷いた。


「先生は、その現実が嫌だったから教師になったんですね」


「まあそう言うことだ」


 そう締め括ると、真駈は、このことは誰にも言うなよ、と念を押して目を背けた。

 駆は、そんな真駈が珍しく狼狽える姿を見て、新鮮な気持ちになりながらも、今の真駈の言葉を反芻しながら、本当に自分の信念に真っ直ぐな人だと思った。


 人が正しくあろうとするのは、とても難しい。正しくあろうとすればするほど、それは世の理からは外れていくということだから。


 だからこそ、人は綺麗事だけでは生きていけない。人は社会という枠組みを大きく逸脱することは出来ないから。


 けれど、それでも現実と向き合いそれを許容し、そのジレンマに苦しめられながら、それでもなおその綺麗事をどれだけ充足できるか。つまりは自分の納得できる生き方を貫けるかどうかが何よりも大切なのだろう。


 そんなことを内心で考えていると、真駈が、ついでのように口を開いた。


「だからかな、アニメや漫画の世界でも、とりわけ主人公には、何か特別な力を持った存在として描かれる。それは暗に、己の理念を貫き、正しくあり続けるためには、人の理を外れた絶対的な力が必要であることを示しているのだろうな」


 真駈の何気ないそれは、例え断片的であっても、自分の過去をおおっぴらに語ったことについての照れ隠しなのだろう。若者目線での例え話で、やや強引に話を逸らそうとしているように見えた。

 駆は、これを機と見るや、真駈の話の転換に乗ったふりをしながら、鎌を掛けることにした。


「じゃあ先生も、魔法を使ってこの世の不条理を覆してみるのも面白いかもしれませんよ」


「魔法?」


 真駈は、突然の駆の発言に、その意図を図りかねている様子であった。

 相手のより素に近い反応を伺うため、真駈に考える暇を与えぬよう、駆は更に畳み掛ける。


「先生の魔法ならば、後5年で人類社会を滅ぼすことができるくらい強力なものですよね。先生なら、その魔法を正しい方向に使えて、今の社会をより良いものにできると思うのですよ」


 内心冷や汗をかきながら、駆はそう言い切った。

 自身の台詞には、人類社会の終焉を知る者であれば、少なからず動揺するであろう語句を織り交ぜたつもりだ。加えて、なるべく不意をついた形で話を聞かせることができたと思う。

 駆は、じっと真駈の表情を伺う。


――真駈は、険しい顔をしていた。


 意図が読めない真駈の反応に、駆は内心の動揺を必死に隠す。

 通常、事実を知らないのであれば、思いもよらぬ事態に頭が混乱するか、意味不明な発言に不審がる素振りを見せるだろう。

 また逆に、真実を知るならば、多少の動揺が顔に表れるか、若しくは内面を悟らせないために敢えて無表情に徹することが想定できる。


 しかし、今の真駈が浮かべている表情は、はっきりと推測がたてられるものではなく、単に真駈が考え込む時の表情なのか、若しくは他の意味があるのか、そして何よりも真実を知っているか否かの判別ができない。


 駆は、別の切り口を探すか、今日はもう諦めてこの場を誤魔化すか迷う。


 とその時、これまで沈黙していた真駈から声が掛かった。


「彼方、一つだけいいか?」


「え、はい」


 これまでとは違う、固い声。

 駆は思わず身構えてしまう。


「お前が、学校を休んで、一日中他校の生徒と遊んだ件についてなんだがな。

それについて、俺、お前に一つ言ってなかったことがあるんだよ。

まあ、元々確証もなかったし、常識ではあり得ないことだから、敢えて何も言わなかったんだけどな」


――言い知れぬ不安が背筋を伝う。

 駆は、無意識に身を震わせた。


「けど、今のお前の発言で、どうも無視して良い状況ではなくなったようだ。

――彼方さ、あの日、喫茶店で煙草吸ってただろ?」


 ドクン、と心臓が高鳴る。

 冷たい汗が、悪寒と共に滴り落ちる。

 そうした理由は、勿論、煙草を吸った事実を目撃されたことではなくて――


「最初はさ、俺も含めて職員室の先生方も半信半疑だった。馬鹿馬鹿しく思う人も居たよ。

でも事ここに至って、お前の発言とこの事実を照らし合わせると、どうも疑わしくてな。最早、笑い話じゃあ済まされないんだよ。

――彼方さ。お前、俺が何言いたいかもう分かってるだろ?」


 既に背中はぐっしょりと濡れている。

 恐ろしくて、顔を上げることができない。


「正直今でも信じられないけどさ。

――あの喫茶店で、魔法使ったんだろ?」




しくじった、と駆は思った。





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