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11話 「襲撃(中篇)」

 菊永の指示を受けて教室を出てみると、駆の目に映るのは、廊下では既に興奮した生徒たちでごった返した状況と、どうにかこの場を治めようとする教師たちの姿であった。


「おい、私語は慎め! 今がどういう状況か分かっているだろうが!」


 菊永は、努めて生徒の統率を試みるものの、やはり、突然の事態に、生徒だけでなく教師すらも動揺を抑えきれずに、言葉や仕草の端々から狼狽えている様子が伝わってくる。

 そのため、教師がどうにかして生徒たちの統率を図ろうとする行為が、かえって事態をますます混乱の境地へと陥らせている。

 既に不審者への侵入を許してしまっている以上、迂闊に騒げば、それがより自分たちを危険に晒すことになるが、今なお押し寄せる不安が、この場に居る者の冷静さを飲み込んでいく。


「おい、お前ら不用意に騒ぐなと言っているだろうが! もし、不審者に聞こえたらどうするつもりだ!」


 菊永が、半ば脅しにも聞こえる怒声を飛ばすが、生徒たちの混乱は一向に収束する気配を見せない。

 若干、声のトーンを落としているように聞こえるのは、恐らくは、不審者に自分たちの居場所に気付かせてしまう危険を考慮したためだろう。そのため、現状では、一喝してこの場をまとめるという方法も、あまり得策ではない。


「お前ら、いい加減にしないか! くそっ、早く避難しないとマズいぞ」


 この場での収拾に難航した菊永は、そう吐き捨てる。その表情からは、明らかな焦りの色が浮かんでいた。


「菊永先生、この様子じゃあ、この場で整列させる余裕はなさそうですので、取り敢えずは、全員が避難することを優先した方がよろしいかと。でないと、逃げ遅れてしまいます」


 このままでは埒があかないとばかりに、先程まで2組で授業を担当していた、日巡ひよし まもるが助け舟を出す。

 事実、廊下の幅狭いスペースで、各クラスの生徒たちが一斉に集まった状況のまま整列することは無理があり、それならば、多少雪崩のような形での避難となってしまっても、まずは校外へと生徒たちを無事に連れ出すことが肝心であろう。

 菊永も、日巡の提案に止むを得ないといった表情で同意する。


「そうですね、これ以上混乱が大きくなる前に移動させましょうか」


「それがよろしいでしょうね」


 教師陣は、互いに顔を見合わせ、頷き合う。


「おい、これから外へ避難するから、なるべく騒がず行動するように!」


 菊永のその一言に、未だざわついた空気は残るものの、生徒一同は、非常口に近い生徒からぞろぞろと外へ流れ出ていく。


 駆の学校は、校舎がコの字型をした設計となっており、それぞれが向かい合う形で、一方が駆のクラスである1組から3組までが、もう一方が中央にある校庭を挟んで、4組から6組までのクラスが順番に割り当てられていた。

 非常口は、駆側の廊下と、その向かい側の廊下双方に設けられ、各生徒たちは、最寄りの非常口からの避難ということになる。


「それで、今の状況はどうなっているのですか?」


 皆が、ぞろぞろと非常口の階段を降りながら、教師陣は、現状の情報共有のために、ひそひそと言葉を交わし合う。

 駆は、一言も聞き逃すまいと、そちらへ意識を集中させた。


「どうして、このような事態になったのかは、まだ何とも。

 判明していることは、不審者が突然、2年6組の授業中に乱入し、その者が持っていた金属バットで、教師や生徒に向かって、手当たり次第に暴行を加えていることだけです」


 実際に、現状を確認した菊永が、額に脂汗を滲ませながら、その目で見た情報を反芻する。その声は、目の前の事態の深刻さを物語るかのように、微かに掠れ、震えていた。

 駆は、被害に遭ったクラスが、明の居るクラスであることに気付いたが、現状では、明の無事を確かめる術はないため、ひとまずは教師の会話に意識を戻した。


「何ですか、それは!? 一体、何故この学校で、そんなことが起こっているのですか!?」


  話しを聞いていた教師の一人が思わず、語気荒く、小さく叫ぶ。


「残念ながら、それは分かりません。不審者の犯行の動機や目的も、一切不明ですから」


「その不審者は、今何処に?」


「分かりません。私自身も、状況の把握と、全校生徒の避難指示を伝えることに精一杯で……」


 菊永は、自らの不甲斐なさからか、目を伏せて答える。

 つまりは、不審者の犯行動機が不明である以上、2年6組を襲った狙いも、そこからの不審者の行動も予測出来ない、ということだ。


「仕方ありませんよ。その不審者の次の標的が、我々でないことを祈るのみですね」


 菊永の側に居た日巡が、恐らくは、単なる気休めに過ぎないことは承知の上で、そんな慰めを口にする。


「でも、最初の被害は6組だったのでしょう? なら、位置的には、こちらが今すぐ狙われるということはないんじゃないですかね?」


「まあ、不謹慎ではありますが、単純に考えれば、まずは、近くに居る4組や5組に被害が及ぶでしょうね。話を聞く限り、その不審者は、明確な標的を定めた犯行という訳ではなさそうですし」


「成る程、もしかしたら、比較的安全に避難出来ているかも知れませんよ!」


「そうですな。正に、不幸中の幸いと言ったところでしょう」


 けれど、そんな気休めでも、それに縋ることで気を紛らわせるのか、他の教師陣も口々にそんな希望を言い合っていた。


 確かに、不審者の犯行が無差別なものであるなら、まず被害に遭う者は、目の前の獲物となる、4組から6組の人間を中心にして広がると考えられるかも知れない。

 ただ、被害者である教師や生徒たちも、当然、己の身を守るため必死の抵抗を試みるだろう。襲われる側が捨て身の姿勢を示せば、不審者もリスクを鑑みて、他の場所に居る人間に標的を変更する可能性は十分にあり得るため、その発言は、少々希望的観測に過ぎる。

 まあ、この状況でそんなことを考えても詮無きことだ。


「しかし、そいつは何を考えて、こんなことを仕出かしたんでしょう?」


 不意に、教師陣の誰かが、そんなぼやきを漏らした。


「さあ? 元々、大した意味など無いのかも知れませんよ。今の世の中、こちらが到底理解出来ないような動機で、犯罪を犯す人間なんてごまんと居ますからね」


 日巡が、そんなことを考えるだけ時間の無駄とばかりに、そう吐き捨てる。

 駆自身も、先程の教師の疑問に対して、普段ならばそう結論付けたいところであったが、これまでに得た、5年後に訪れる人類社会の終焉や、人類社会終焉前後に共通する、真駈の肉体と魂の存在。そして、それらを元にした様々な仮説に鑑みると、今回の事態を、安易にそう切り捨てることは、何処か危険であるような気がした。


 そうした懸念を示す根拠としては、やはりこの犯行が起こる少し前にあった、真駈への校内放送であろう。


 今のご時世で、ここまで大胆な犯行が、誰の目にも触れられずいきなりの犯行に及ぶことは、まず不可能だ。ましてや、金属バットを持ち込んだまま校内に侵入しようとした時点で、必ず校内の誰かから制止の声が掛かる。

 故に、今回の犯行を、突発的で無計画に行われたとするには、あまりにも出来すぎていると言えよう。


 仮に、この犯行が、明確な意図を持って行われたとするなら、現在の犯行を実行に移すことが出来た背景には、校内に最低でもあと一人、協力者が存在すると考えられる。


 今回の犯行の実行者を、校内放送を利用して、学校の正式な来訪者に装い侵入させたとするならば、校内の人間がその存在を不審に思う可能性は低く、単独での侵入を試みるよりも、格段に成功率は上がる。

 凶器となる金属バットも、校内からの持ち出しであれば、野球部の部室から調達は容易であるし、協力者となる内部の人間であれば、ある程度のごまかしは可能だろうから、校内の誰かに目撃された時のリスクも比較的小さい。

 こうした推測は、所詮は又聞きした情報を元にしたものでしかなく、根拠に乏しいと言わざるを得ないが、少なくとも、安易に無差別な犯行と断ずるのではなく、可能性の一つとして、内部の協力者を前提とした、計画的犯行であることも念頭に置くべきだろう。


 問題は、今回の犯行が、内部の協力者も含めた計画的犯行であるとすれば、ここまで大掛かりな犯行に及んだ、犯人側の意図は何か、ということだ。

 不特定多数に被害が出るような、リスクの高い手段を選択するからには、当然、それ相応のリターンが見込まれるものであるか、若しくは、そこまでのリスクを背負ってまで実行するに見合うものでなくてはならない。ならば、実行者の意図も自ずと限られてくる。


 考えられる意図としては、やはり真駈の肉体と魂の存在は、人類社会終焉の真実に無関係ではなく、真相の究明を快く思わない何者かが、事実の隠蔽のため、不審者による無差別な犯行を装った可能性だろうか。


 これまでの推測の通り、真駆が、人類社会終焉に関する何らかの情報を握っているならば、こちらからの真駈への接触や詮索を避けるための手段を講ずることになるだろう。

 そして、今回の事態を見る限り、その手段は、秘匿して置きたい事実が漏洩しないように、その情報源を消し去るためと考えられるかも知れない。

 つまりは、この不審者による犯行の真の狙いは、何らかの事実の隠ぺいを目的とした、真駈の抹殺にあり、その後の大胆な犯行は、実はそれをカモフラージュするための偽装工作、と捉えることも出来るということだ。


 そう考えれば、真駈が応接室に呼び出されたことや、その後のタイミングで、不審者による暴行に対しての、一応の理由付けにはなる。


 もしそうなら、協力者として考えられるのは、校内放送で真駈に応接室への呼び出しをした馳部か?


――いや、一概にそうとは言い切れない。

 別に、協力者が直接指示を出す必要はないだろうし、馳部が、誰かに言伝てを頼まれた可能性も十分にあり得る。当然に、学校関係者全員に協力者の可能性があるのだから、この発想は安直に過ぎる。


 或いは、人類社会終焉の原因を隠匿したい人物が真駈であり、今回の騒動を引き起こした張本人、という可能性もある。


 実際、駆が真駈に対して情報を得ようと接触を図ったことは事実で、そのことは真駈自身にも明確に伝わってしまっている。

 であるからこそ、今回の一連の事態は、己のことを探られていることを危惧した真駈が、これ以上の詮索を避けるために計画した自作自演であり、この騒ぎに乗じて、行方を眩ませる目的であったのかも知れない。不審者による負傷者を装えば、休職や転職も不自然ではないだろう。


 となれば、いずれにしても、協力者はむしろ校内を徘徊している不審者の方であり、この計画の実行者は、駆たちと同じく、終焉後の未来ことを知り得る人間、ということになるが――


 駆は、そこまで思考を巡らせた後、ややあって一つため息を付いた。

 どうやら、ここであれこれと思考をこねくり回したところで、結論は出ないだろう。現時点での情報では、まともな推測をすることに無理がある。


 そもそも、駆のこれまでの考えは、あまりに現実味のない推測であるし、自身の都合や先入観で物事を捉えている側面が大きく存在する。

 第一、真駈が本当に人類社会終焉の原因に関係しているかの確証がない以上、その前提次第で、結論は如何様にも変わってくるだろう。

 終焉後の未来を知る存在の可能性についても、時宗たちの、人類の生き残りが6人であるという証言に矛盾することになるため、結局は、今回の事態は、駆の懸念とは無関係かも知れない。


 これ以上の思索は、時間の無駄だ。

 確かな情報がある程度集まらなければ、どうしようもない。

 とにかく今は、無事にこの状況を切り抜けることが先決だろう。


 非常口の一階に降り立ち、外への扉をゆっくりと開く。

 駆たちは、特に大きなトラブルもなく、非常口から校舎の外へ出た。

 耳を澄まして、慎重に辺りを伺うが、特に不審な物音や人影は見当たらなかった。どうやら、今のところ、この辺りへの被害はないようだ。


「………誰も居ないようですね」


 菊永は、不審者による待ち伏せなどを警戒しながら、それでも幾分ホッとした様子で口を開いた。


「恐らくは、まだ校舎内で暴れているんでしょう。とにかく、生徒たちを校庭に整列させて、警察の到着を待ちましょう」


「そうですね。――おい、今から校庭に整列するから、慌てず、静かに行動するように!」


 菊永は、日巡の意見に一つ頷くと、周囲の生徒たちに手早く指示を出す。

 生徒たちも、これまでの教師陣の会話をそれとなく聞いていたのか、今の状況が想定した以上に深刻な事態であることを認識したようで、事件発覚時の騒々しさは鳴りを潜め、皆緊迫した面持ちで黙々と行動に移った。


 校庭へと向かうと、同じようなタイミングで、職員室から避難した教師たちと合流を果たした。

 お互いに、見知った存在の無事を確認すると、安心感と心強さに、皆の表情が幾らか和らいだ。


「ああ、良かった! 皆さん無事で何よりです!」


 菊永が、安堵から、そんな感想を漏らした。


「ええ、お陰様で何とか。こんなことが現実に起こるとは、未だに信じられませんよ」


 業田が、緊張で流れた汗を拭いながら、それに応対する。


「全くですよ。――それで、そちらの様子はどうですか?」


「取り敢えず、1組から3組までの生徒ですが、全員無事に避難出来ています。幸い、不審者にも鉢合わせずに済みました」


「となると、不審者の動きは判っていない訳ですね?」


「残念ながら。それと、警察への連絡は大丈夫ですか?」


「ええ、既に状況は伝えてあります。到着までは、10分程掛かるとのことです」


 業田は、自身の腕時計を確認しながらそう答える。


「それと、掛飛先生と神々廻先生が、手分けして避難勧告に回っていますので、じきに残りの生徒も来るかと」


「分かりました。被害に遭った生徒たちについては、何か?」


 菊永の問いに、業田は苦々しく口を開く。


「高次の話によりますと、確認出来ている被害者は、翔田と蓮江先生です」


 途端、業田のその発言に、駆は目を見開いた。思わず、唇を噛みしめ、握りこぶしを固める。


――――まさか、そんなことが。

 いや、確かに6組が襲われたときに、可能性の一つとして、頭の片隅をよぎってはいた。

 だけど、何も嫌な予感がこんな形で結実しなくても良いだろうに。


「被害者の容体はどうですか?」


「それが、高次自身も、2人がバットで殴打されるのを見た後、直ぐに職員室に駆け込んだ、とのことなので、その後のはっきりとしたことは分からないそうです」


 駆は、自身から沸き上がる怒気を、必死で抑えながら、意識的に、息をゆっくりと吐いて、クールダウンする。

 とにかく、今は明の無事を祈る他はない。この事態の全貌を、いち早く掴むことを優先しなければ。


 間もなくして、事態を把握した他の生徒たちも続々と避難して来て、整列をし始めた。すかさず、教師たちが、生徒たちの人数を確認するため点呼をとる。


「1年生、3年生は、これで全員集まりました!」


 それぞれの学年の担任が、数え間違いがないか何度も確認を行い、生徒の無事を告げた。


「2年生の方はどうですか!?」


 菊永が、問題となる2学年の状況を確認するため、周囲を見渡しながら、声を張り上げる。

 未だ、最初に被害に遭ったとされる6組と、その周辺に位置する、4,5組の生徒が到着していないようだ。


 駆の内心の焦燥は募る一方で、無意識に、手のひらに滲んだ汗を、制服のズボンで拭う。

 駆自身の懸念は、明の安否だけでなく、この場所に居ない遥にも向けられていた。

 遥の所属するクラスは4組であり、6組が被害現場であることを考えると、既に不審者との騒動に巻き込まれた可能性は高く、最悪、負傷した者の中に、遥が含まれているかも知れない。

 まあ、この現代社会よりも、遥かに苛酷な世界を生き抜くだけの力を持った人間なのだから、女性の身とは言え、そう易々とやられるようなことはないとは思う。しかし、終焉後の人間の持つ、大きなアドバンテージである魔法は、多くの人目からまず使用は厳禁だし、そうなると、万一のことは覚悟しなければならない。


 この場に居る者が固唾を呑んで見守る中、やがてドタドタと複数の足音が聞こえてきた。


「――お待たせしました! 今、人数を確認しますので、少々お待ちを!」


 慌ただしく、校庭に走り込みながらそう告げるのは、全校生徒へ避難勧告をしていた筈の、掛飛であった。

 見れば、4組から6組までの生徒を、一緒くたのまま引き連れていた。その様子から伺うに、不審者の騒動で散り散りになって逃げ出していた生徒たちをまとめて、共に避難して来たようだ。

 駆が、半ば祈るような気持ちで、それとなく掛飛たちの方に視線を向けると、今避難した生徒たちの中に、遥の姿を確認出来た。

 この目で遥の無事を認識して、ようやく、駆の口から安堵の吐息が漏れる。

 内心の不安が、杞憂であったことの反動であろう、駆の表情は、幾分か綻んだものに見えた。

 同じように、駆の様子を傍目に見ていた遥の方は如何にも、大袈裟だなぁ、と言った感じで肩を竦めて見せた。その反応から、どうやら、特に大きな怪我もなさそうだ。


 良かった、これで最悪の事態には至らずに済んだかな。


 二人は、身振りや目配せで、互いの状態を伝え合うと、再び掛飛の方へ意識を向けた。


「状況はどうなっていましたか!?」


 菊永は、詳しい状況を聞き出そうと、掛飛にそう問い掛ける。


 恐らくだが、掛飛は、避難勧告を終えた後に不審者のいる現場へと向かい、そこで校内に残る生徒の避難誘導の指示があったのかも知れない。

 そのため、ある程度の状況は把握していることが期待出来る。


「不審者は、依然校内で暴れています。今は校内に残っている先生が、必死に時間を稼いでいる状況です。その隙に私は、一目散に逃げ出していた生徒たちと共に避難を優先して来た形ですね。」


「被害を受けた先生や生徒は、今何処に?」


「はっきりとは分かりません。まずは、被害がこれ以上拡大しないよう、自力で避難出来る者を優先させましたから」


 菊永の質問に対応しながら、掛飛は、共に避難して来た生徒たちを、クラスごとに整列させ、人数を数えていた。


「被害者の人数はどうなっていますか?」


「私が聞いた限りの情報では、5人が負傷していました。

 内、生徒は、翔田ともう一人の男子生徒――雲居が、状況を確認したそうですが、誰かまでは把握している余裕がなかったそうです――の2人が負傷しています。

 翔田は、まだ事態が発覚していない段階での授業時間中に襲われ、完全に不意をつかれての昏倒であったようです。残りの生徒については、恐らくは、教師の制止が間に合わず、応戦の姿勢を取って、逆に返り討ちとなったようですね。

 先生は、蓮江先生に時枝先生、それと、真駈先生が被害に遭っています」


 掛飛が、被害者の名前を告げると、周囲はざわついた空気に包まれる。

 特に、今挙げられた真駈と言う名は、この場の人間に大きな衝撃を与えた。


「おい、真駈先生って、この騒動の前に、応接室に呼び出されていた筈だよな?」


「確かに、そんな校内放送がありましたね」


 当然、周囲の者も、これまでの出来事を照らし合わせて、そんな疑問を口にし始めた。


「掛飛先生、真駈先生は、何処で被害に遭われたのですか?」


 真駈が不審者に襲われた、という事実が何を意味するかを悟ったのか、業田がそう尋ねた。

 業田の質問の意図を、掛飛も理解しているのだろう。掛飛はゆっくりと頷く。


「真駈先生が応接室内で倒れていたのを、緒環先生が発見しました。現場には、何者かと争った形跡があり、被害者は真駈先生だけだったそうです」


 その事実を受けて、そこから一つの推論を導き出した者は、皆一様に信じられないと言った反応を示した。


「つまり、応接室に居たのは不審者で、真駈先生がそいつに襲われたってこと………!?」


 状況からして、誰もがその可能性を真っ先に予感させたためであろうか。そのような問い掛けに、明確な反論を返せる者は居なかった。


「ってことは、応接室に通された、真駈先生のお客様と言うのが、その不審者なのか?」


「確かに、その可能性はあり得ますね」


「待って下さい、もしかしたら、不審者は別に居て、真駈先生とその来客の人が襲われた可能性もあるのではないですか?」


「だったら、何故、その来客は何も危険を知らせて来ないんだ? その来客の人だけが無事に避難出来ていたにしても、その後に何も音沙汰がないのは不自然だろう」


「じゃあ、その来客が、真駈先生を襲ったということですか?」


 この場に居る者が、先程の推論を皮切りにして、様々な憶測を交え、議論を奮闘させる。


 駆は、周囲の者の会話に耳を傾けながら、駆は、今判っている事実を再確認していく。

 掛飛の話が事実であれば、確かに、不審者は来客を装って侵入した、と考えるのが現実的かも知れない。

 やはり真駈は、何らかの意図をもって標的にされた、ということなのだろうか?


「そもそも、真駈先生の来客が訪れた時に、その人を応接室に通した人は誰なのですか?

その人が、不審者かどうかはともかくとして、そこは明確にしておかなければならないでしょう」


 議論が白熱しているのを察した掛飛が、周囲の者に対し、そんな疑問を投げ掛ける。


「そう言えば、確か放送室で真駈先生の呼び出しをしたのは、馳部先生でしたよね? あの放送は、誰の指示で?」


 続けて掛飛は、既に避難を済ませていた馳部へと視線を向ける。

 馳部は、整列していた集団の中から、恐る恐るといった様子で、顔を覗かせた。


「え、えーと、指示と言いますか、私が校内を巡回中に、見知らぬ人間を確認したので、声をお掛けしたところ、真駈先生にお会いしたい、とのことだったので、そのまま応接室に案内しました」


「え、何? つまり、馳部先生の独断で、その人を案内しちゃったってこと!?」


 その説明を受けて、掛飛が呆れたような声を出した。


「一応、そういう時は、事務所を通して対応するのが基本でしょうよ。事前にアポを取ってあるか確認した?」


「す、すいません。確認していませんでした………」


「何やってんの、そんな杜撰な対応だけでも既に問題でしょうが………」


 掛飛は、眉間にしわを寄せ、頭をガシガシと掻いた。


「それで、もしかしてあの校内放送も、馳部先生の判断ですか?」


「は、はい、そうです。来客の方に、今すぐ呼び出して欲しいと言われたので………」


「その前に、まず用件は伺ったの?」


「それが、聞いても、真駈先生に話すから連れて来いの一点張りでして………」


「それは、聞くからに怪しい人物でしょうよ。何で、誰かに相談するとかの発想がなかったの?」


「す、すいません………」


 馳部は、掛飛にペコペコと頭を下げる。

 見れば、掛飛だけでなく他の教師たちの幾人かは、今の話を聞いて、馳部の対応に関して難色を示す者や、非難の目を向ける者も居た。

 例え、結果論に過ぎないとしても、馳部が対処を誤らなければ、この来客が不審者だった場合に、今回の事態が未然に防げたかも知れないと考えれば、周囲の反応も無理はないだろう。少なくとも、馳部が適切な対応が出来てさえいれば、その来客の目的や、今回の事態に対する事実関係は、しっかりと把握出来た筈だ。

 全くもって、今回の馳部の対応は悪手だったとしか言い様がない。


 掛飛は、苦々しくため息を付いた。


「まあ、過ぎたことを愚痴っても仕方ありません。取り敢えず、私と共に避難した生徒たちを数えましたが、今保健室に居る生徒を除けば、全員無事に避難出来ていますね。

因みに、先生方の人数はどうなっていますか?」


 掛飛は、菊永の方を振り返り、報告も兼ねて話を前に進めていく。


「被害に遭われた先生方を除くと、緒環先生と神々廻先生が、まだ校内に残っているようです」


「そうですか………」


 菊永の言葉を聞き、掛飛は何かを考えるように言葉を濁す。


「状況からして、多分、負傷者の手当てをしているか、不審者と対峙しているかのどちらかでしょうね。彼らの安否が気になります」


「ええ、非常に心配です。恐らくですが、緒環先生たちは、今も不審者と接触を図っている筈ですよ。」


「掛飛先生、校内の状況を何かご存知なのですか?」


 掛飛の、その断定したかのような言い回しに、何か引っ掛かるものがあったのか、菊永は詳しい状況を尋ねる。


「先程の話の補足という形になりますが、実は、私が校内の生徒へ避難勧告を終えた後、負傷した真駈先生を保健室へ運んでいる緒環先生に出会いまして。その時に、色々と情報交換をしたのですが、最終的に、私が校内に残る生徒たちを引き受け、緒環先生が、不審者の元へ向かって、その時間稼ぎをすると言っていました。恐らくは、神々廻先生も、そこに合流しているかも知れませんね」


 周囲に、ざわめきが広がる。


「マズいですね、それは。不審者に見つからないよう、何処かに身を潜めているならともかく、あまりに危険だ」


 菊永は、険しい表情で言う。


「ですね。………ですが、現状はこうして、大人しく警察が来るのを待っているしかないでしょう。我々には、この状況を打開する手段をもっていませんから、後は皆の無事を祈る他ありません」


 掛飛は、口惜しそうに顔を歪めながら、自らにそう言い聞かせるように語った。


 一刻も早く、警察が駆け付けることを祈りながら、どうしても、皆の脳裏には警察の到着が間に合わなかった時の、最悪の事態がよぎってしまう。


 そして、そんな状況を嘲笑うかのように、突如として、校舎の窓ガラスが割れる音が響いた。


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