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君のいる明日  作者: ほろほろほろろ
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勉強会 2

 ピンポ~ン

 軽快な音が聞こえてくる。

 あたしがインターフォンを鳴らしてから、程なくして怜佳ちゃんが部屋の扉から顔を出した。

「お、おはよう」

「おはよう、御嶋さん。ささ、入って」

 怜佳ちゃんは扉を大きく開いて、あたしを部屋の中に通してくれた。

 玄関から部屋の中を見渡す。真っ直ぐ伸びる短めの廊下、その左右にはトイレや脱衣場、小さなキッチンが備え付けられている。廊下の突き当たりには居間へ通じるドアがある。あたしの部屋とおんなじ構造だった。まあ、同じ寮なんだから当然だけど。

 扉を閉めて鍵をかけると、怜佳ちゃんはあたしを先導するように短い廊下を渡っていく。

「こっちだよ」

 そう言って彼女は居間へのドアを開いた。その瞬間、あたしの耳に何かが届いた。

 これは……ピアノ?

 ピアノの軽く弾むような音が、居間へ近づくにつれて徐々に大きくなっていく。

 居間に着くと、あたしはすぐにその音源に気が付いた。

 部屋の左側の壁に沿うように置かれたラック。三段あるその二段目にCDプレイヤーが置いてあった。その回りには大量のCDたちが綺麗に整頓されている。そのまま首を廻らすと、ラックの隣には勉強机が置かれていた。真っ直ぐ前を見ると、日光を取り込むおおきな窓。右側の壁沿いには、ベッドとほとんど埋まってない本棚が配置されていた。

「さ、座って」

 その言葉に、あたしははっと我に返った。怜佳ちゃんの指さす先には足の短い四角い机と、二枚のクッションがその机を挟んで敷かれていた。

 あたしが左側のクッションに座ると、怜佳ちゃんはそのまま一旦居間から出て行ってしまった。あらかじめ用意していたんだろう、彼女はすぐにジュースとお菓子の盛られたお盆を持って帰ってきた。

 怜佳ちゃんはあたしと向かい合って座った。

「はいどうぞ。好きに食べてね」

「うん、ありがと。いただきます」

 あたしはお菓子の山の中からチョコレートを1つ取って食べた。途端に口の中いっぱいに甘さが広がっていった。

「怜佳ちゃんって、音楽好きなんだ」

 CDプレーヤーから流れてくるピアノを聴きながら、あたしはそう尋ねてみた。

「そうなの。こういう音楽を聴いてるとね、心が落ち着くんだ」

 言われてみればその通りかもしれない。さっきまでは友達の部屋に初めて入ることへの緊張でいっぱいいっぱいだったけど、この音楽を聴いているうちに大分心が楽になってきていた。

「それにしても、すごいたくさんCD持ってるんだね」

「実は全部家から持ってきたの。うちの家族ってみんな音楽聴くのが好きで、この他にも家にはたくさんCDがあるんだ」

 これだけあってまだ他にも。相当音楽好きな一家なんだな。

 CDプレーヤーから流れていた曲が止まった。さっきまでの曲が終わったのだろう、今度はオーケストラっぽい曲が流れてきた。

「じゃあ、始めよっか。何か分からないとことかあったら、遠慮しないで訊いてね」

 曲が変わるとともに、怜佳ちゃんはノートと問題集を広げて問題を解きはじめた。

 部屋はCDプレーヤーからの音楽で満たされてしまった。静かなピアノとヴァイオリンの曲だった。この音楽のせいか、部屋の中が返って静かにも思える。まるで図書館にいるかのよう。

 遠慮しないで訊いてって怜佳ちゃんは言ってくれたけど、この空気だとそれも難しいな、とあたしは思った。

 それにしてもおかしいな。前に読んだ漫画ではみんなで和気藹々と楽しく勉強していたのに。想像してたのと大分ちがうなぁ。

 まあ、変なことを考えても時間がもったいない。あたしも勉強しよう。そのために怜佳ちゃんにお願いして、こうして勉強会を開いたんだから。

 あたしは数学の問題集を鞄から取り出し、ノートに問題を解き始める。あ、早速分からない所が……。しばらく奮闘するも、一向に解法の糸口が掴めない。どうしよう。

「どうしたの? 御嶋さん。分からないとこがあった?」

 あまりに的確な怜佳ちゃんの言葉に思わず驚いてしまう。あたし、そんなに顔に出てたのかな。

「どうして分かったのかって? そりゃ御嶋さん、さっきから全然進んでないし、すごい悩んだ顔でペン回ししてるんだもん」

 顔だけじゃなかったみたい。

「そうなの。この問題がわかんないんだけど……」

 怜佳ちゃんが見易いように問題集を逆さにして、その問題をシャーペンで指した。

「あぁ、この問題ね。これはね、この式をこう変形して…」


「それでこうすると……ほら、さっきとおんなじように解けるでしょ?」

「なるほどぉ~」

 怜佳ちゃんの解説は実に分かりやすかった。

 あたしが理解できるように一から順を追って、かつ簡単な言葉で解説してくれた。ときには他の問題とも関連づけたり、問題を解くヒントをたくさん教えてくれたのだ。

「じゃあ、この問題もこれをこうおくと……あっ、さっきと同じだ」

「うん、そう。これでここら辺は大丈夫だね」

「ありがとう。怜佳ちゃんは本当に頭よかったんだね」

「そ、そんなこと……」

 ぐぅ~っ

 謙遜する怜佳ちゃんの言葉を遮るように、大きなお腹の鳴る音が聞こえた。怜佳ちゃんは顔を真っ赤にしながら、自分のお腹を両手で押さえていた。窓際の壁に掛けられた時計は既に12時半だった。

「もうこんな時間だったんだ。どうしよう、昼ごはんのこと全然考えてなかったよ。何か買おうか?」

「う、ううん。今日は私が作るよ」

 ん? 作る? もしかして、怜佳ちゃんって料理できるの?

「れ、怜佳ちゃんって料理できたの? 学校の昼はいつも購買で買って食べてるから、料理苦手なのかなって思ってたんだけど」

「あはは……私、お母さんに結構料理教わってたんだ。だから、料理には少し自信があるよ。だけど私、朝が苦手で、お弁当作る時間が無いんだ。去年まではお母さんがお弁当作ってくれてたんだけど、今は寮生活だから」

 そうなんだ……あたしと一緒で怜佳ちゃんも料理が苦手なんだって、勝手に仲間意識持ってたあたしがアホらしい。

「そうなんだ。あっ、お昼作るならあたしも手伝うよ。って言っても、あたしは料理はからっきしなんだけど……」

「いいよ、御嶋さんはくつろいでて。お客様なんだから」

 あたしが立ち上がろうとしたところで断られてしまった。まあ、あたしに出来ることといったら、精々フライパンで野菜とかを炒めるくらいなんだけど。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「うん、ちょっと待っててね。すぐに作っちゃうからっ」

 そして、怜佳ちゃんはスタスタと台所へ向かって行った。

 う~ん、料理が出来るまで暇だなぁ~。怜佳ちゃんはくつろいでてって言ってくれたけど、時間ももったいないし、さっきまでの復習でもするとしよう。


 さきほどから台所から油の跳ねる音と香ばしい香がする。あぁ、だめだ。勉強に集中できない。音と香りに気を取られてまるで頭が働かない。一体怜佳ちゃんは何を作ってくれるのかな? というか、人の手料理なんていつ振りだろうか?

 うちの家族は父さんしか料理できなくて、でも父さんは仕事が忙しい人だったから、ご飯はだいたい出来合いのものだったり、即席のやつだったからなぁ。

「おまたせ~」

 気が付けばもう料理が出来たようで、怜佳ちゃんが大きめの皿を持って帰ってきた。

「簡単なものでごめんね」

 そう言いながらあたしの前に差し出されたのは、具沢山な焼きそばだった。

 焼きそばって家で作れるんだ。あたし、焼きそばなんて夏祭りの屋台とかでしか食べたことないよ。

「わぁ~、すごい美味しそう」

「どうぞ、召し上がれ」

「それじゃ、いただきます!」

 ずぞぞぞ~、もぐもぐ……

「!」

 何たる美味しさか!

 ずぞぞ~、もぐもぐ……

 もぐもぐ……

 もぐもぐ……

「はっ!」

 気付くと、皿の上に焼きそばは残っていなかった。もう全部食べてしまったようだ。

「あの、味はどうだった?」

 食べ終えたあたしを見て、怜佳ちゃんが恐る恐る訊いてきた。

「すっごく美味しかったよ」

 こんなに美味しい料理なんてほんとに久々だ。いつも食べてるレトルトや冷食とは、まさに段違いだった。

「あぁ、よかったぁ。御嶋さん、食べてる間ずっと黙ってるんだもん。美味しくできたかどうか、ちょっと心配になっちゃった」

 怜佳ちゃんは自分の料理があたしの口にあうかよほど気になっていたのだろう。彼女の皿には、まだ半分くらい焼きそばが残っていた。

「こんな美味しいの作れるなんて、怜佳ちゃんってほんとに料理得意なんだね」

「そんな大げさだよ。これくらい、レシピさえ知ってれば誰でも作れるよ」

 そう言いながらも照れてしまったのか、彼女は俯きながらもそもそと焼きそばを食べていた。

「でも、その……憧れちゃうな。うち、母親が料理できなくて。父親は料理できたんだけど、忙しくて。怜佳ちゃんみたいに教わったりとか無かったから……」

「そうなんだ……」

 ちょうど部屋に流れていた音楽が止み、突然沈黙が降りてきた。

 しまった、うっかりに家庭の話を持ち出してしまった。

「あはは……ごめんね、うちの話しちゃって。さっきの忘れて忘れて。あっ、CD止まっちゃったね。なにか新しいのかけるよ」

 あたしは立ち上がって背後のCDプレーヤーに向き直った。CDプレーヤーに1つ、空のCDケースが立て掛けられている。今さっきまでかかっていたCDのケースだろう。プレーヤーからCDを取り出してケースにしまい、次にかけるCDを選ぼうとする。しかし、どのケースの帯にも、書かれているのはあたしの知らない曲名(?)や作曲者ばかり。どれがどんな曲かも分からない。

 怜佳ちゃんにどれをかければいいか訊こうと振り返ろうとすると、あたしよりも先に彼女が言葉を投げかけてきた。

「その……もし、よかったら……」

「……ん? なに?」

「……ううん、やっぱなんでもない。あ、次のCDは適当に選んでいいよ」

「わ、分かった」

 怜佳ちゃんに言われた通り、あたしはCDの山から適当に1つ取り出してプレーヤーに挿入した。

 流れてくる音楽は、これも静かな……クラシック(?)な感じの曲だった。

 きっと他のCDも、こういう穏やかな曲が多いんだろうと、あたしは思った。まあ、いつものんびりとしてる怜佳ちゃんがロックとか聴いてるなんて想像できないし。

 それにしても、この曲もなんだか眠くなってくる曲だなぁ。勉強の途中で寝ちゃわないか心配だ。

 曲をかけ終えたあたしがクッションに落ち着こうとした頃には、怜佳ちゃんも既に昼食を食べ終えて、食器をまとめて台所に持っていくところだった。

「あっ、怜佳ちゃん。洗い物はあたしがやるよ。作るとき何も手伝ってなかったし」

 あたしの呼びかけに彼女は振り返って、

「いいよ、御嶋さんはお客さんなんだから」

 と答えた。

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