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君のいる明日  作者: ほろほろほろろ
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勉強会 1

 5月の下旬のある土曜、あたしは今、怜佳ちゃんの部屋の前に立っていた。

 左手には主に理系科目の教科書や問題集が入った鞄を提げ、右手はインターフォンを前にして震えている。

 何を隠そう、これから怜佳ちゃんの部屋で二人だけの勉強会が開かれるのだ。

 実は他人の部屋にお邪魔するのは初めてで、あたしは今少しばかり気持ちが高ぶっている。漫画なんかでは友達の家や部屋にお呼ばれするなんて日常茶飯事だけれど、それが実際にあたしの身に起こるなんて思いもしなかった。

 はぁ~、と大きく息を吐く。一旦気持ちを落ち着けよう。こんな興奮状態で部屋にやって来られたら、怜佳ちゃんもきっと戸惑ってしまう。

 そもそも、どうしてこんな事態になってしまったのか。それは、ほんの数日前の昼休みでの出来事が切欠だった。


「御嶋さんは勉強熱心だね」

 あたしが箸を片手に弁当をつつきながら数学の授業ノートを読み返していると、怜佳ちゃんが話しかけてきた。いつものように購買に行って来たのか、彼女の手にはなにやら入ったビニール袋を提げている。

「違うよ。こうやって勉強しないと、テストで赤点取っちゃうかもしれないから。1年のときも結構ギリギリだったんだ」

 そう、今月末には中間試験がある。今は赤点回避のために復習中なのだ。

 横目で弁当からおかずを選んで口へ放る。うん、今日も冷食の唐揚げはおいしい。

「ふぅ~ん。そんなに苦手なの? 数学」

 怜佳ちゃんが身を乗り出して、あたしのノートを覗き込んできた。

「数学と、あと化学。理系はダメなんだ」

 教科書の練習問題を眺めながらそう答える。だめだ、一度授業でやった問題な筈なのに、解法が全く分からない。

「そうなんだ……意外だなぁ」

「そうかな……?」

「うん。御嶋さんってよく本読んでるから、てっきり勉強得意なのかなって」

 彼女はビニール袋からおにぎりを取り出すと、ベリベリと包装を剥がしていく。それが上手くいかなかったようで、包装の中に焼き海苔の端っこが残っていた。

「本って言ってもただの文庫本だし。それに読書するかしないかと、勉強の出来る出来ないはあんまし関係ないんじゃない?」

「ん~そうなのかな?」

 怜佳ちゃんは納得しないといった顔でおにぎりにぱくついた。

「じゃあ、怜佳ちゃんはどうなの? 勉強できるほう?」

 今度はあたしが怜佳ちゃんに訊いてみた。すると、彼女はちょっと自慢げになって、

「私? 私はね~、自分で言うのもアレだけどね、結構出来るほうだと思うよ。前の学校でも上位だったんだから」

 と、胸を張って答えた。

「そ、そうなの?」

 意外……というより、少し悔しいと思ってしまった。

 転入以来ずっとあたしに忠犬の如く懐いてきていたあの怜佳ちゃんが、まさかあたしよりも頭の良い子だったなんて。いや、別に格下だとか思っていたわけじゃない。あたしはただ、怜佳ちゃんと対等でなかったことが悔しいんだ。

「あ、あのさ……怜佳ちゃん」

「ん? なあに?」

 ある漫画で読んだことがある。仲の良い友達グループは、テスト期間に入るとみんなで勉強会を開いて赤点の危機を乗り切るんだそうだ。

 あたしは、ここで意地を張るべきじゃない。

 これまであたしは、なんでも一人でなんとか乗り越えてきた。しかし、それが通じる期間はとうに終わったんだ。

 その証拠に、あたしは今まさに赤点の瀬戸際に立っている。このままでは留年という結末もあり得る。もう、一人で足掻くのはやめるんだ。

「も、もし良かったら……今度一緒にテスト勉強しない……?」

「……」

 怜佳ちゃんはおにぎりを食べようと口を開けたままぽかんとしている。

 しばらくして、

「えっと、お勉強会を開くってこと?」

「うん。怜佳ちゃんに勉強教えて欲しいなって。ダメかな?」

「う、ううん。全然良いよ。ただ、ちょっと驚いただけで。その……御嶋さんのほうから誘ってくれるなんて、初めてだから」

 確かにそうかもしれない。これまでの二ヶ月間、怜佳ちゃんといろんなことに付き合ってきたけど、どれも彼女の提案してきたものだった。

 それなのに急にあたしから怜佳ちゃんを誘うなんて、あたしに何か心境の変化でもあったのだろうか?

 ……いや、無いな。あたしは言わば、赤点を乗り切ろうと先生に教えを乞う生徒だ。何もおかしなことはない。

「今週の土曜なんてどうかな? 場所は……」

「わ、私の部屋はどうかな? お茶とかお茶菓子とか出すよ」

 ここぞとばかりに主張してくる怜佳ちゃんに、あたしは少し気圧されてしまった。

「そんな、おもてなしされても。あたしら勉強するんだよ? まあでも、怜佳ちゃんが良いって言ってくれるなら甘えさせてもらおうかな」

「うん。じゃあ、いつから始めよっか。私は何時でもいいんだけど…」

「朝の9時から……は早いかな。10時からはどう?」

「うん、いいよ。じゃあ決まりだね。えへへ、楽しみだなぁ、御嶋さんと一緒にお勉強するの」

「え~、勉強が楽しみなの? 頭良い人ってみんな勉強大好きだよね。あたしには分かんない」

「うふふ、違うよ~。御嶋さんと一緒にっていうのが楽しみなんだよ~」


 あたしの腕時計は10時の3分前を指している。そろそろ丁度良い時間だ。

 あたしはもう一度深呼吸してから、震えたままの指でインターフォンを押した。

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