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君のいる明日  作者: ほろほろほろろ
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駅前

 来る日曜日。今日は怜佳ちゃんとクレープを食べるため、あたしたち二人は駅前広場に繰り出していた。

「わぁ~、人がたくさんだね~」

 駅前に着くと、クレープ屋は盛況だった。

 キッチンカーの前には既に10人くらいの列ができている。広場に所々植えられた木々を囲うように設置されているベンチも、クレープを食べてる人で埋まっていた。

 友達同士だったり、親子連れだったり、カップルで来ている人もいる。

「やっぱこの時間は混むんだね」

 広場に設置されている時計はもうすぐ3時になる。みんなもちょうど小腹が空く頃なんだろう。

「ね、早く並ぼ? じゃないともっと待たなくちゃいけなくなっちゃう」

「うん、そうしようか」

 あたしたちが並ぶ間、怜佳ちゃんはどのクレープにしようかと訊いてきた。

 キッチンカーの前にはメニューとその写真の載った看板があって、それはもうたくさんの種類のクレープの名前と画像が並んでいた。あたしはスイーツとかには疎いから、こんなにも種類があるものなのかと驚いてしまった。正直あまり区別がつかない。

 しばらく待って、ようやくあたしたちの番が回ってきた。あたしは無難に生クリームとチョコのやつにした。怜佳ちゃんはイチゴが入ってるやつを注文した。

 カウンター奥のおじさんが慣れた手つきで素早く生地を焼き、その上にトッピングを施していく。あっという間に、あたしたちの注文したクレープは出来上がっていた。

 お金を払ってそれぞれ受け取ると、あたしたちは広場へと向かった。空いているベンチは無いかと辺りを見回すと、ちょうどクレープを食べ終わったらしい若いカップルがベンチから立ち去るところだった。

「ねえ、怜佳ちゃん。あそこ、空いてるよ」

 あたしはそのベンチのほうへと怜佳ちゃんの手を引いていく。ベンチは丁度いい2人用だった。あたしたちはそこに並んで座った。

「おいしそ~、いただきま~す」

「い、いただきます……」

 怜佳ちゃんにつられて食前の挨拶をして、あたしたちはクレープにかじりついた。

「ん~、おいしいね」

 怜佳ちゃんが口をもごもごとさせながら幸せそうに言う。

「うん、そうだね」

 あたしも口をもごもごさせながら答えた。

 確かに、久々のクレープはおいしい。あたしは甘いものが好きでよく買うけれど、クレープは出店や専門店みたいなとこでしか見かけないから本当に久しぶりだ。

 そういえば、前にクレープ食べたのはいつだったかな。そのときもこんなふうに、誰かと一緒だった気がする。

 回りを見渡すと、ある一画であたしたちと同年代の子たち数人が集まって、みんなおいしそうにクレープを頬張っていた。

 傍から見たら、あたしたちもあの子たちみたいに友達だって思われているんだろうか。

 そんなことを考えながらクレープをもぐもぐしていると、つんつんとあたしの腕が突つかれた。横へ顔を向けると、怜佳ちゃんがちょっと照れたような顔をしていた。

「ん? どうしたの」

「はい、あ~ん」

 そう言うと、彼女は自分のイチゴのクレープをあたしの口元へ突き出してきた。

「え、えっと……食べていいの?」

「うん。御嶋さん、今日一緒に来てくれたからそのお礼。だから、あ、あ~ん」

「じゃあ、い、いただきます……」

 ちょっと戸惑いながらイチゴのクレープにかじりついた。クリームの甘さのなかに、イチゴの仄かな酸味が広がっていく。

「おいしい?」

 怜佳ちゃんが上目遣いで訊いてくる。あたしは頷くと、彼女は嬉しそうに笑った。

 しかし、怜佳ちゃんはお礼だと言って一口くれたけど、もらいっぱなしはフェアじゃないよな。恥ずかしいけど、あたしも一口あげることにしよう。

「怜佳ちゃん、あたしのも一口あげるよ。はい、あ……あ~ん」

「ほんと? ありがとう。あ~ん」

 怜佳ちゃんは嬉々としてあたしのクレープにはむつくと、口をもごもごさせながら無邪気な笑顔を浮かべている。

 その横顔があまりにも嬉しそうなものだから、あたしも少しだけ嬉しい気持ちになった。

「すっごい嬉しそうな顔してる。そんなにこのクレープがおいしい?」

「うん、おいしい。でもね、それだけじゃないの。友達同士ってさ、こうやって食べ物を分け合うんでしょ? 私、こういうのちょっと憧れてたの」

 そして怜佳ちゃんは、気の抜けるような笑顔をこちらに向けてくる。

 そんな彼女の顔を見て、あたしは途端に笑いがこみ上げてきた。

「あはははっ」

「ん、どうしたの? 急に」

「怜佳ちゃん、ほっぺにクリーム付いてる」

 あたしは自分の頬を指さしながら教えてあげた。

「え、ほんと!? あわわ、どうしよう」

「あははっ。もぉ、じっとしてて。拭いたげる」

 あたしはポケットティッシュを一枚取り出して、怜佳ちゃんのほっぺに付いた生クリームを拭き取った。

「ありがとう、御嶋さん」

 怜佳ちゃんがあたしを見つめてくる。さっきまでとは違う、優しい微笑みを浮かべながら。

 なんだ? もしかして、あたしの顔にもクリームが付いているのか?

「どうしたの? もしかしてあたしにも何か付いてる?」

 あたしは自分の頬にクリームが付いていないか手でぺたぺた触って確認した。しかし、手には何も付かない。

「ふふふ、違うよ。ただ……初めて普通に笑ってくれたな……って」

彼女はそう言うと、再び無邪気な笑顔でイチゴクレープを食べ始めた。

……そっか。さっき、自然に笑えてたんだ、あたし。

――友達同士ってさ、こうやって食べ物を分け合うんでしょ?――

 友達同士、か。そう、なのかな。

「来年になったら、また食べに来ようね。ここの春季限定クレープ」

「うん。そう、しようかな」

 一口、クレープをかじる。口の中に甘さが広がっていく。でも、さっき感じた酸っぱさは、しばらく消えなかった。


 あれからクレープを食べ終わると、どこかに寄ることもなくあたしたちは寮へと戻ってきた。寮に着く頃には日も傾き始めていて、自室に戻ると中は薄暗かった。

 目が暗さに慣れない中、手探りでリビングの電気のスイッチを入れる。パッと部屋の中が明るく照らされた。

 勉強机が目に入った。そこでわたしは、明日提出の宿題をまだやっていないことを思い出した。急いでやらなくては。

 机について、置いてある問題集に手をかける。そのとき、目の端に一枚の紙が映った。何だろうと思って、あたしはその紙を手に取った。

 そこには、一本の立派な桜の木が溢れるほどの花を、その枝先に咲かせていた。

 あぁ、こんなものを描いたな、とあたしは昨日のことを思い出した。散歩がてら高校の中庭に出掛けた時、そこに植わっている一本の大きな桜の木を見て、無性にその絵を描きたくなったのだ。

 それにしてもおかしいところがある。今の時期では、桜なんてほとんど散ってしまっている。確かこの桜の木もほとんど花は残っていなかったはずだ。それなのに、この絵の桜はまさに咲き誇っている。

 なんで、こんな絵描いちゃったのかな。

 我ながら疑問に思う。まあでも、これもただの絵だ。気にしても仕方ない。あたしはこの桜の絵をゴミ箱へ捨てて、早速宿題に取り掛かった。

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