昼休み
新学期が始まってから、だいたい二週間が経った。みんな新しい環境にも馴染んできたようで、クラス全体も落ち着いてきたような気がする。
でも、1つ気になっていることがある。怜佳ちゃんについてのことだ。
この二週間、ずっと後ろの席から彼女の様子を見てきたが、どうも彼女は自分からクラスのみんなとの仲を深めようとは思っていないらしいのだ。
彼女は最初こそびくびくしていたが、近頃はそれにも慣れて、話しかけられてもにこにこ顔で返事をできるようになった。それが好印象なのだろう。あまり深く話し込んだりしないものの、クラスのみんなは怜佳ちゃんに挨拶をしたり、偶にちょっとした世間話とかをしたりすることもあった。
しかしその一方で、彼女は笑顔で対応こそすれ、自分から話しかけるどころか、クラスメイトに挨拶すらしていない。少なくとも、彼女が自ら人と接するところをあたしは見ていない。
そんな怜佳ちゃんが、なぜかあたしにだけはこれでもかと言うほど構ってくる。授業の合間や昼休み、放課後はもちろん、自由にペアを作る場面では必ずあたしの元へ駆け寄ってくるのだ。
どうしてこんなにも懐かれてしまったのだろう。
「それでね、この駅前のクレープ屋さんのこのクレープ、春季限定で今月末までなんだって」
そして今も、弁当をつついているあたしにチラシを見せながら、怜佳ちゃんは興奮気味に話しかけてくる。
そのチラシにはでかでかと『春季限定』の文字が掲げられ、その下には数種類のクレープの写真が並んでいる。どのクレープもおいしそうだけど、こういうのに疎いあたしにとってはどれも同じに見えてしまう。
「あぁ、それ知ってる。人気らしいね」
この前の土日に駅前の広場を散歩で通りかかったとき、チラシ配りの綺麗な女の人から同じチラシを貰ったことを思い出した。
「そう、そうなの。私、こういう甘ぁいスウィーツが大好きなの」
怜佳ちゃんは目を閉じるなり、体をよじっている。例のクレープを食べているところでも想像しているのかもしれない。
「そ、それでね……もしよかったら、今度一緒に、い、行かない?」
「えっ……別に一人で行けばいいじゃない」
あたしの口から咄嗟に出た返事は、思いの外素っ気ないものだった。
確かに、これまで何かと怜佳ちゃんには付き合ってあげていた。が、それはあくまで学校の中だったからであって、放課後や休日となると話は別だ。別に用事があるわけじゃない。むしろ暇だ。しかし、プライベートな時間を割いてまで付き合うのは面倒だ。あたしが彼女にそこまでする義理はないだろう。
「あっ……そ、そうだね……。急に誘っちゃって、迷惑だったよね。ごめんなさい……」
さっきまでの勢いとは打って変わって、怜佳ちゃんは肩を落としてしょんぼりとしてしまった。きらきらと輝いていた瞳は、今や何も映っていなかった。
そ、そんなに落ち込まなくてもいいじゃないか。これじゃ、なんだかあたしが意地悪したみたいじゃないか。心なしか、周りから変な視線を浴びせられている気がする。『星乃さんを悲しませた』と言わんばかりだ。主に男子から。
これまであたしは目立たず騒がずの精神でこれまでやってきた。そのお陰か、これまで角が立つことなくやってこれた。しかし今、あたしが転校してきたばかりの彼女を悲しませ、あまつさえ意地悪をしただなんて噂を流された日には、クラス内でのあたしの立ち位置が揺らいでしまう。これまでずっと穏便にやってこれたのに、ここにきてそれを崩すわけにはいかない。
今からでも遅くは無い。前言撤回するんだ。
「あー、でも、クレープかー。最近食べてないしいいかもしれないなー。うん、やっぱ今度一緒に行こうか」
「ほ、本当!? 一緒に行ってくれるの!? ありがとう!」
「じゃあ、次の日曜なんてどうかな?」
「うん、もちろん空いてるよ。えへへ、楽しみだなぁ」
落ち込んだり喜んだりと忙しい人だな、怜佳ちゃんは。これでどうにか危機は免れただろうか。
怜佳ちゃんはチラシをしまうと、
「ちょっと自販機行って来るね」
と言って教室から出ていった。
「大分転校生と仲良くなったんだな」
一人になったあたしがちょうど弁当を食べ終えたところで、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには加山くんが立っていた。
「仲良くなったって言うか、向こうが積極的なだけだよ」
「ってことは、お前は星乃みたいなタイプは嫌いなのか?」
「そうは言ってないでしょ」
つい、あたしはむきになってしまった。
今まで意識したことはなかったけど、確かにあたしは彼女が極端に構ってくること自体には不思議と嫌悪感を抱いていなかった。加山くんにそのことを自覚させられるなんて、なんだか癪だ。ええい、ちょっくらからかってやる。
「加山くんも怜佳ちゃんのこと気になるの?」
「!? き、気になるって。そんな訳あるか」
加山くんは急にそっぽを向いてしまった。その反応は、まさか図星か? もうちょっとからかってやろう。
「男子ってみんなそ~だよね~。怜佳ちゃんって、ちっちゃくてかわいくてふわふわしてて、おまけにおっぱい大きいもんね~」
「お、おっぱ……」
加山くんの顔がカァッ真っ赤に染まる。やっぱり加山くんをいじって遊ぶのは楽しいなあ。
「あれ、知らない? 怜佳ちゃんって結構着やせするタイプなんだよ」
「い、いい加減にしろよ! からかうんじゃねぇ」
とうとう加山くんが耐え切れなくなったところに、怜佳ちゃんが戻ってきた。片手には小さなペットボトルのアイスココアが握られていた。
「あ、怜佳ちゃんおかえり」
「た、ただいま……」
彼女は席に着き、何も言わずにココアをちびちびと飲み始めた。さっきまでの勢いがまるで無い。どうやら加山くんが居るせいで落ち着かないみたいだ。ほとんどこの2人は話したことないみたいだし。
一方加山くんといえば、怜佳ちゃんのおっぱいが気になってるみたいでチラチラと見てるのが分かった。
「あ、あのぉ~」
ちょっとの沈黙のあと、怜佳ちゃんが口を開いた。
「か、加山くんでしたよね……? 私がどうかしましたか? 先ほどからチラチラ見られて落ち着かないんですけど……」
どうやら怜佳ちゃんもその視線に気が付いていたみたいだ。
「い、いや、なんでもないよ。は、ははは……」
加山くんは視線を逸らして頭をポリポリと掻く。何かを誤魔化すときのくせなのだろう、1年のときからよく見た光景だ。
「あ、そろそろ次の授業の時間だな。俺はもう席に戻るよ」
そして、加山くんはあたしたちから逃げるように自分の席へ戻っていった。壁にかけられた時計を見ると、確かにもうすぐ授業が始まる時間だった。
怜佳ちゃんの様子を窺うと、加山くんがいなくなってなんだかほっとしてるみたい。
「怜佳ちゃんって、あんま仲良くない人には敬語になるんだね」
「う、うん。なんか緊張しちゃって。ってか、御嶋さんと加山くんって時々話してるの見かけるけど、どうゆうカンケーなの?」
落ち着いたと思ったら、今度はいつものように身を乗り出してあたしに質問してきた。
「関係って、去年から同じクラスで、それだけだよ」
1年の頃から加山くんは男子にしてはいろいろと話しかけてきてくれるけど、特に何かあるわけじゃない。ただのクラスメイトだ。
「そう……それならいいの」
そして怜佳ちゃんはどこか安心したような微笑を浮かるのだった。