手紙
あなたのことを思う度、わたしは今でも心の中に悲しみを覚えます。
わたしにはそれが辛く、また、あなたの死はとても受け入れ難いものでした。そのため、わたしはこれまであなたが既に過去の人であるという現実から必死に目を背けてきたのです。あなたにとってそれは大変寂しいことだったのだと、今になってやっと気付くことができました。今はまず、これまでのわたしの行いについて謝らせてください。これまで寂しい思いをさせてしまい、本当にごめんなさい。
ですがもう、わたしはこの現実から目を逸らしません。これからはしっかりと、あなたのことも見つめていきます。
ところで、そちらの様子はどうでしょうか。天国とはそれはそれは泰平な場所であると聞き及んでおります。きっと暖かな日の光が満ち溢れ、吹く風はやわらかく、とても長閑な場所であることでしょう。時の流れもゆったりとしていて、あなたはその中で平和な日々を送っているのではないでしょうか。
一方こちらは時が過ぎるのは早いものです。あなたがこの世を去ってから、二度の夏と二度の冬を越し、近頃はそよ風の中に春の訪れを感じる季節となりました。
わたしももうすぐ高校三年生、受験生となります。まだまだ自分の将来について考えていない身としては、不安と心配ばかりが募る1年となりそうです。心配性なあなたのことですから、勉強の苦手なわたしの将来を憂うかもしれません。ですが心配はいりません。今のわたしには新たな友達ができました。その友達と助け合い、支えあい、時には意見しあいながらも互いに成長していきます。なので、あなたはどうかわたしの成長を高い空の上から見守っていてください。
そういえば、少し前にある展覧会にわたしの高校の美術部員として作品を出展したのですが、それが賞を受けました。どれほどの賞かは分かりませんが、部長も他の部員のみんなも一緒になって祝ってくれたのでわたしは嬉しく思いましたし、それが自分の精一杯の思いを込めた作品であれば尚更です。あなたにもそのわたしの作品を見て欲しいと思い、この手紙と一緒にその写真を送ります。是非感想を聞かせてくださいね。
それともう1つ、報告したいことがあります。わたしに彼氏ができました。彼はかっこよくて頼りになるけど、ちょっとお茶目なところもある人です。あなたにちょっと似ているかもしれません。
あなたにはわたしたち2人のこれからも含めて、どうか見守っていてほしいと思います。
それでは、また手紙を送りますので、それまでお元気で。
御嶋莉英
小高い丘の上。優しい風がそっとあたしの髪をなびかせる。晴れ渡った空からは春の日差しが降り注ぎ、芝生に紛れて咲く野花は嬉しそうに体を揺すっている。
あたしの手には一通の宛名のない手紙と一枚の写真、それと百円ライター。あたしは書いてきたその手紙をもう一度読み返すと、白い封筒に手紙と写真を入れた。
良い風が吹いてくる。きっと、この風なら運んでくれるだろう。あの人のところまで。
カチッカチッと、ライターの火を点けようとホイール部分を回す。三回目で、ようやく小さな赤い火が点いた。
あたしは封筒を前に高く掲げ、その端にライターの火を近づける。少し火が触れた途端、火は封筒へと燃え移り、灰色の煙が立ち上った。煙は春風に乗って、どこか遠くへと流されていく。
やがて火は封筒のすべてを煙へと変え、煙はすべてこの風に攫われていった。
届くといいな……。あの人の所に……。
「なにしてるの? こんなとこで」
不意に後ろから声を掛けられた。その声に親しみを感じつつ、あたしは振り返る。小さな女の子が、そこに立っていた。星乃怜佳、あたしの大切な友達。
手を後ろへ回し、肩下まで伸びた少しクセのある髪は風に揺られている。あどけない笑顔を浮かべる彼女は、きっとあたしを探しに来たのだろう。
「ううん、なんでも。ただちょっと、昔の人のことを思い出してたの」
そう言って、あたしは彼女に微笑みかける。
「ごめんね。あたしのこと探しに来てくれたんだよね?」
「うん、加山くんたち、待ってるよ」
怜佳ちゃんはこちらへと歩み寄ると、あたしの手を取る。
「さっ、行こ」
「うん」
怜佳ちゃんに手を引かれ、あたしは歩き出した。
「怜佳ちゃん、髪伸びてきたね。伸ばしてるの?」
歩きながら、あたしは最近気になっていることを訊いてみた。あたしの印象では、怜佳ちゃんはずっとミディアムくらいだったと思うけど、今はセミロング位にまで髪が伸びている。
「うん、そうなんだけど……どうかな、莉英ちゃんは長いほうが好き? それとも短いほう?」
「どっちの怜佳ちゃんもかわいいよ」
「も、もう。それ答えになってないよ~」
怜佳ちゃんはそっぽを向いてしまった。きっと照れてるんだろう。
「ねぇ、莉英ちゃん」
こちらに顔を向けないまま、怜佳ちゃんはあたしの名前を呼ぶ。
「なあに?」
「私ね、莉英ちゃんと出会えてよかった」
「……」
それは、こっちのセリフだよ、怜佳ちゃん。
「大好きな人と一緒にいられるって、とっても幸せなことだと思うの。私、あなたのことが大好き。だから、私今あなたと居られてすごく幸せなんだ」
怜佳ちゃんはあたしから手を離し、あたしの目の前で振り返る。恥ずかしさからか顔はほんのり赤く、しかしその笑顔はとても眩しかった。
「莉英ちゃん」
あたしたちは見つめあった。お互いが手を伸ばせば触れ合える距離で。
「私ね、莉英ちゃんがいてくれたから、今こうして幸せでいられるの。だって、もしあなたと会えていなかったら、あたしは今頃ここにはいられなかったはずだもの」
怜佳ちゃんはくるりと回ってみせる。スカートの裾がふわりと舞う。
「全部あなたがくれたの。生きる希望も、現実に立ち向かう勇気も。全部、あなたのお陰」
「そんな、あたしのお陰だなんて……あたしは何もやってないよ」
そんなことを面と向かって言われると少し照れちゃうな。あたしはなんとなく怜佳ちゃんから顔を逸らしてしまう。すると、怜佳ちゃんの両手が伸びてきてあたしの両頬をはさみ、引き戻してくる。
「何にもしてなくなんかないよ。だって莉英ちゃん、ずっと私の傍にいてくれたもの」
「それはあたしが傍に居たかっただけだし、それに一緒にいたからって、そんなもにょにょ……」
不意に頬をはさむ手に力を入れられ、あたしの言葉は遮られた。
「そんなことないよ。だって……」
怜佳ちゃんはあたしの顔から手を離し、軽いステップで一歩後ろへと下がった。
「大好きな人が傍にいてくれるだけで、私、なんでも乗り越えられるんだから」
何でも、か。今の怜佳ちゃんからそう言われると、本当にそうなのかもしれないと思えてくる。だって怜佳ちゃんは、これまでずっと抱えてきた病に打ち勝ったんだから。
「だからね、莉英ちゃん。ありがとう」
そう言って微笑む今の怜佳ちゃんは、何よりも輝いて見えた。
「お~~い、2人とも~。そんなとこで何やってんだ~? 早くこっち来いよ~。勝手に始めちまうぞ~」
またもや親しみ深い声が聞こえ、あたしたちははっとする。見ると、丘を下ったところで篤志くんが両手を振っている。きっと、あたしを探しに行った怜佳ちゃんがなかなか戻ってこないので、彼も探しにきたのだろう。
「今行くよ~」
あたしも右手を振りながらそう答えた。そしてあたしは一歩前へと進み、怜佳ちゃんの手を取った。
「さっ、行こうか」
「うん。早くしないと、みんな食べられちゃうからね」
そして、2人で歩き出す。
今日は丁度、終業式前の最後の日曜日。今日はみんなで一年間の思い出話に華を咲かせながらのバーベキューだ。
「私、バーベキューとか初めてだからとっても楽しみ」と、この企画が決まったときは怜佳ちゃん、喜んでたなあ。きっと今日が、怜佳ちゃんにとっての、退院後初めての思い出になるんだろう。そう思っただけで、あたしは早く今日の風景を絵に描きたい気持ちで一杯になった。
「そういえば、莉英ちゃん」
「ん、なに?」
隣を歩く怜佳ちゃんが唐突に口を開いた。
「あの絵、本当に貰ってよかったの? あの、展覧会に出したやつ」
「ああ、あれ。別に構わないよ。ってか、そもそも欲しいって言ったのは怜佳ちゃんでしょ?」
「うぅ、そうなんだけど……」
あの日のことを思い出す。
展覧会二日目のこと。あたしの予想に反してぴんぴんした様子で会場に現れた怜佳ちゃんは、あたしの絵を見るなり言葉を失っていた。あたしはてっきり気に入ってもらえなかったのかと思ったが、そうではなかった。なぜなら、あたしの絵を見つめる怜佳ちゃんの顔には笑顔が浮かんでいたから。
その後怜佳ちゃんからこの作品はどうなるのかと聞かれた。あたしの手元に戻ってくるよと答えると、是非とも譲ってほしいと言われたのだった。そんなにも気に入られたことが素直に嬉しかったし、なによりあの絵は怜佳ちゃんの為に描いたようなものだ。あたしは快くその絵を怜佳ちゃんに譲った。
それにしても、ずっと気になっていたことがある。怜佳ちゃんは一体あの絵のどこをそんなにも気に入ってくれたんだろう。一見すると普通の抽象画だし、絵画に関して素人の怜佳ちゃんは一体何を感じ取ったんだろうか。
「ねぇ、怜佳ちゃん。欲しいって言ってくれたのは嬉しかったんだけどさ、あの絵のどこがそんなに気に入ったの? 自分で言うのもなんだけど、あれって抽象的でよくわかんなくなかった?」
「うぅ~ん、確かによくわかんなかった」
やっぱり。じゃあ怜佳ちゃんはどうして欲しいなんて言ってくれたんだろう。
「けどね、あの絵を見てると、不思議とワクワクするの」
「ワクワク?」
「そう。きっとそれは言葉に表せない、絵だからこそ表現できる何かだって思ったの。それにね、あの絵を見てると、莉英ちゃんが私のことを思いながら描いてくれたんだなって伝わってくるの。だから、欲しくなっちゃった」
あたしは、あの絵を完成させた日に部長がかけてくれた言葉を思い出した。
「美術は、その作品にどんな気持ちを込めたいのかって所が大事。わたしね、最近の莉英ちゃんが絵描いてるところをよく見てたから分かるの。莉英ちゃん、とっても良い笑顔だったわ。だから、この作品にはあなたを笑顔にさせる気持ちがこもってる。きっとそれは、この絵を見るひと全員に伝わるわ」
怜佳ちゃんにはちゃんと伝わっていたんだ。あたしの気持ち。それを知れて、あたしは途端に嬉しくなった。
「ねぇ、莉英ちゃんはこれからも絵を描くんだよね?」
「そりゃもちろん。たくさん描きたいものあるんだ」
あたしがそう答えると、怜佳ちゃんも嬉しそうな笑顔と声で言った。
「ふふっ、楽しみだなあ。これから先、莉英ちゃんのどんな絵が見られるのかしら」
大晦日の夜に書き始めて約六ヶ月、四苦八苦しながらなんとか書き上げました。記念すべき、私の処女作品です。
しかし、その長い執筆期間とは裏腹に、出来上がったものといえば全体的に断片的で稚拙な文章の集合体。せめてもう少しまとまりのある文章にするべきだったなぁ、と反省しております(直すつもりはありませんが)
話の流れについても、初めは二人の主人公がくっつく展開を想像していましたが、気がついたら今のような展開になっていました。まぁしかし、これはこれでうまく落ち着けたかなと、個人的には思っております。
そんなお話でしたが、読んでいただいた皆様に少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、最後になりますが、最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。




