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君のいる明日  作者: ほろほろほろろ
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君のいる明日

 過去の情景は決して変化したりしない。それは、写真に撮った風景がいつまでも変わらないのと同じだ。だから、過去の思い出ばかりを描いてきたあたしは、言うなれば写実主義的であった。絵の練習のために描かされた小物や道具類も、楽しかった思い出たちも、あたしはありのままの姿を描いてきた。そこに一切の主観は存在せず、まさにそれは、写真そのものであった。

 しかし、今あたしが描いているものは一体何だろうか。頭の中に浮かぶイメージをキャンバスに描いていくあたしは、その情景の正体を掴めずにいた。それらはあたしのこれまでのどの記憶にも一致せず、また絶えず姿かたちを変えていく。ただひとつい言えることは、この絵を描いているときはとっても楽しいということだ。

「できた……」

 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、そして迎える作品提出締め切りの日、あたしは遂に自分の作品を完成させることができた。

 描き上げたばかりの絵を、あたしはまじまじと見つめる。あやふやな線にはっきりしない色合い。頭に浮かぶイメージが一定じゃなかったせいで、描いている途中も、あたしは自分が何を表現しているのかはっきりしなかった。しかし、こうして描き上げた絵を眺めていると、あたしはあることに気が付いた。

「これって……ヒト?」

 絵の中には人間らしき影があった。1つは長髪の人の影、その隣には背が低く、髪の長さはセミロング程の影。そして、身長が高く短髪の人の影もある。その周りには他にもたくさんの影があり、みんな仲良く手を繋いでいる。

 そのことに気が付いた瞬間、さっきまでは何物かはっきりしなかった絵が何を表しているかが徐々に見えてきた。青い空の下、人影の後ろには見覚えのある建物、学校らしきシルエットが浮かび、それを挟むように右には青い海が、左には満天の星空が広がっている。他にもいくつか建物が立ち並んでいて、その中にはかつて怜佳ちゃんと一緒に行ったクレープ屋も混じっていた。

 あのクレープ屋の春季限定メニューをまた一緒に食べに行こうねと、怜佳ちゃんと約束したなあ。それと、あの冬休みに加山くんと綺麗な流れ星を眺めたとき、怜佳ちゃんにも見せてあげたいと思ったものだ。

 注意深く見る程に、絵に描いてあるものの正体が分かっていく。そして、その度に思い出すのは怜佳ちゃんと交わした約束や、あたしの『~したい』っていう思い。

 ここまできて、あたしはやっとこの絵たちが一体何であるかを理解した。

「そうか……これは、未来なんだ」

 怜佳ちゃんと約束したことや、これから怜佳ちゃんと一緒にしたいことがたくさん詰まった、あたしたちのこれからを想像した絵。想像ゆえにおぼろげで、でもそこには夢や希望があふれてる。

 あたしはこれまで過去ばかりを絵に描いてきた。過去という確かなものだけを心の拠り所としてきた。しかし今、あたしは初めて未来を描いた。初めて未来という夢を見たんだ。

 そして、その夢の中心にあるのは、学校でたくさんの人たちに囲まれている1つの影。セミロングの髪を持つその影は、表情は見えないはずなのにとても楽しそうだ。

 前に怜佳ちゃんは言っていた。ずっと普通の学校生活を送るのが夢だったって。この人影は、きっと怜佳ちゃんに違いない。そしてこの絵は、まさに怜佳ちゃんの夢を表していた。


「部長、展覧会に出す作品ができたよ」

「あら、本当!? よかったあ」

 あたしのその報告に、スケッチブックに落書きをしていた部長はぱぁっと笑顔になる。あたしは例の作品を机の上に置き、部長に見せた。

「どうかな……」

 やっぱり自分の作品を誰かに見せるときは少し緊張する。あたしは別に評価を気にしたりはしないけど、もし下手だと面と向かって言われたら、それはそれで落ち込むものがある。

 あたしの絵を一目見ると、部長は少し驚いた表情を見せた。

「これまでの絵と……雰囲気が大分違うのね」

 それもそのはず。何せこの絵は、あたしがこれまで描いてきた絵と対極に位置しているものだから。

「これまでの御嶋さんの絵って、具体的で写実っぽいところあったでしょ? でもこの絵はとても抽象的だから、御嶋さんが描いた絵だって思うとちょっと驚いちゃった」

「あはは、そうだよね。あたしも自分がこんな絵描いたことに驚いてる。それにこういうの描いたの初めてだから、あんまり上手じゃないかもだし……」

 あたしがそう言うと、部長はもう一度あたしの絵を見て、にっこりと笑った。

「いいえ、とってもいい絵よ。それに、美術は上手い下手の前に、一体何を表現したいのか、その作品にどんな気持ちを込めたいのかって所が大事。そうでしょ?

わたしね、最近の御嶋さんが絵描いてるところをよく見てたから分かるの。御嶋さん、とっても良い笑顔だったわ。だから、この作品にはあなたを笑顔にさせる気持ちがこもってる。きっとそれは、この絵を見るひと全員に伝わるわ」

 部長がそう言ってくれるなら、あたしも安心だ。あたしはほっと胸を撫で下ろした。

「じゃあ、これはわたしが責任を持って預かるわね。お疲れ様」

「うん、お願いね」

「あ、ちょっといいかしら」

 作品も渡し終え、帰ろうと踵を返すあたしは後ろから再び声をかけられた。あたしはもう一度部長と向かい合う。

「どうしたの、部長」

「この作品のタイトルを聞いてもいいかしら」

 この絵のタイトル、か。当然もう決めてある。けれど、人に自分の口から言うのはちょっと恥ずかしいな。恥ずかしさにもじもじしていると、部長は目をキラキラさせてこちらを見つめてくる。これは期待を裏切ることはできないなあ。

 あたしは小さく咳払いをし、覚悟を決める。

「『君のいる明日』だよ」

「……そう、それは良い題ね」

 少し考えた後にそう言うと、部長はまた視線をあたしの絵へと移す。タイトルを聞いてからだと、作品に対して感じるものが違うんだろう。もう一度あたしの絵を眺める部長の顔には、とてもやわらかな笑顔が浮かんでいた。

 あたしはその様子の部長に背を向けて、そのまま美術室を後にした。


 あたしはその後、怜佳ちゃんのお見舞いのためにいつもの病院へと向かったが、怜佳ちゃんと会うことはできなかった。なんでも、手術に備えての準備がいろいろ大変らしい。できれば今日、手術前の最後の挨拶ができればなと思っていたんだけどな。ちょっと残念。

 でも大丈夫。きっと、怜佳ちゃんは展覧会にきてくれるから。だってあたしたち、約束したんだから。

 怜佳ちゃん、あたし、待ってるから。展覧会で会ったら、あたしの絵の感想、聞かせてね。

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