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君のいる明日  作者: ほろほろほろろ
28/34

天体観測

 冬休み、ほとんどの学生たちにとってのそれは、まさに至高の期間と言ってもいいだろう。毎朝の、空気も凍るような寒さに震えながらの登校。暖房の行き届かない教室の隅の席。風邪を引き鼻をかもうにも、破り難き静粛な授業風景。それらから解放され、今ごろみんなは温かい布団に包まれながら惰眠を貪っている頃だろう。

 時計は7時を指している。暑かろうが寒かろうが、やっぱりあたしの生活サイクルは変わらない。今日も今日とて6時に目が覚めた。習慣とは、頭ではなく体で覚えるものなのだろう。

 すでに朝の身支度を済ませたあたしは、目覚めの運動がてら散歩へと出かける。普段着の上に、それを隠すように厚手のコートを羽織り、首には加山くんから貰ったマフラーを巻く。これで寒くはないだろう。

 よし、行こう。と心の中で呟いて、あたしは自室を後にした。


 寮の中は、まるで誰もいないかのように静かだった。一階にあるちょっとした購買も、まだ開店していないようだ。こうも静かだと、なんだかあたしだけここに取り残されたような感覚に陥る。ちょっと寂しいな。


 学校の敷地から出る。そこでも、見かける人はほとんどいない。町全体も、やはり活気を失っているように思えた。朝だし、今は休暇中。人が少ないのは当然だ。それでも、たまに人を見かける。何枚も重ね着をしたおばあさんが犬の散歩をしていたり、四十くらいのおじさんが冬にしては薄着の格好でランニングをしていたり。

 あたしの足は自然と学校前を流れる川に沿って進んでいた。この川を挟んで植えられた桜の木々は、この寒さの中を裸で耐え忍んでいる。そして、この寒さが去っていく頃には、また綺麗な花を枝いっぱいに咲かせるのだろう。木々の下をくぐりながら、あたしは来る春を思い浮かべては胸を躍らせるのだった。


 今日は少し長めの散歩だったらしく、部屋に戻った時、時計は9時を指していた。

 それにしても暇だ。散歩から帰ってきたあたしは、これからどうしようかと悩んでいた。

 午後は部活があるし、今夜はちょっと『用事』があるんだよな~。でも午前は暇なんだよな~。

 長い休みは嬉しいけど、時にこんな悩みの種を落としていく。日頃から強制されたスゲジュールで動いていると、いざ時間が空いたときにどう過ごせばいいか分からないのだ。

 うんうんと唸りながらも、頭の中の思考は今夜の『用事』へと向かって行った。

 机の上に無造作に置かれたケータイを開き、メールボックスから1つのメールを開いた。

『明後日、良かったら一緒に天体観測に行かない?』

 一昨日、加山くんから来たメールだ。

 突然のお誘いだったけど、もちろんOKした。天体観測なんてこれまでやったこと無かったし、夜に外を出歩くのってちょっとワクワクするから。それに、一緒に星を見るって、なんかすっごく仲良しっぽい。漫画でも何回か友達同士2人で星眺めてたりっていうシーンあったし。ん? あれは友達同士じゃなくて恋人同士だったかな? まあいいや。

 でもどうせ行くなら怜佳ちゃんも一緒にと思って連絡したら、加山くんはいいよって言ってくれたけど、怜佳ちゃんには遠慮しとくって言われちゃった。う~ん、怜佳ちゃんに断られるとは思っていなかった。もしかして、怜佳ちゃんは加山くんのことあまり良く思ってなかったりするのかな?

 そんなこんなで、今夜は加山くんと一緒に天体観測だ。場所は、ここから少しはなれたところにある小さな丘。電車で行く程遠くではなく、かと言ってバスが通っているわけでもないので、そこまでは自転車で行くことになった。でもあたしは自転車持ってないから、加山くんの自転車に乗せてもらうことになった。そうなると、当然二人乗りになるから、途中で補導とかされないかと心配になる。でもそれ以上に、あたしは加山くんと一緒の天体観測が楽しみでならなかった。

 今晩のことに期待に胸を膨らませていると、あたしはふと本来の悩み事を思い出した。

「……とりあえず、今は冬休みの宿題でもやろう」


 やがて日は暮れ、例の待ち合わせの時間が近づいてきた。あたしはちょっとおしゃれな服を選んで、その上に厚手のコートを着る。首にはまた、加山くんから貰ったマフラーを巻いた。

 心臓がドキドキと弾んでいるのが分かる。今日はずっとそうだった。今晩のことを意識したときから。そのせいで、部活でコンクール用の絵を描かないといけないのに、テーマの違う星空なんかを描いちゃって全く進まなかった。それほど、あたしは楽しみにしてるんだろう。加山くんとの天体観測を。

 今部屋を出ても待ち合わせ時間には少し早いかもしれない。けれど、あたしはどうしてもこの高鳴る気持ちを抑えられなかった。カイロに温かいお茶、懐中電灯などを持ち、さあ、行く準備は整った。では出発だ。

 あたしは玄関の、冷たく重い扉を押し開けて外へ出た。


 あたしたちの寮からほんの少しの距離にある小さな公園に、彼は既に着いていた。公園の入り口付近に停めた自転車に体重を半分預けた体勢で、街灯の光に照らされている。しきりに腕時計を確認しては、空を見上げてを繰り返している。

 待ち合わせの時間までまだあと5分もある。彼もきっと、あたしとおんなじで待ちきれなかったんだろう。全く、お互いせっかちなんだから。

 あたしは少し駆け足になって彼へと近づいていく。あたしの足音に気がついたのか、彼はこっちに目を向けると手を振ってきた。あたしも手を振り返す。

「ごめんね~、待てせちゃって。寒かったでしょ?」

 彼の元に着くなり、あたしは手を合わせてごめんねのポーズをする。

「いいよ。俺も今きたとこだし」

 お約束だった。

 でも、そう強がる彼の頬は寒さのせいか赤く染まっていた。それを見たあたしは、また思わずイジワルをしてみたくなって、

「えいっ」

 コートのポケットに入ったカイロで温まっていた両手で、彼の頬を包んだのだ。やっぱりというか、あたしの手には冷たい感触が伝わってきた。

「……っ。ちょっ、よせよ」

 彼は驚いていたのか、しばらくあたしの手の温もりに包まれた後、はっと我を取り戻してあたしの手を払った。う~ん、やっぱり彼の反応は見ていてつまんなくなっちゃったな。前だったらきっと、さらに顔を真っ赤に染めて、しばらく拗ねて口を利かないくらいしただろうに。そう思いを巡らすあたしをよそに、彼は自分の自転車に跨って、後ろの荷台をトントンと叩く。

「さあ、そろそろ行こうか。あんまり遅くなると、星見逃しちゃうよ」

「うんっ」

 別に遅くなっても星は逃げないじゃないかと思ったりしたが、まあ気にしないこのにしよう。

 あたしは体を横に向けて荷台に腰掛ける。彼が『しっかりつかまってろよ』と言うので、あたしは彼の体に腕を回し、体をその背中に預けてた。普段は頼りなく思えるその背中が、今だけは少しだけ大きく思えた。


 彼の運転する自転車の荷台で揺られながら、あたしの鼓動は一層激しくなっていた。あたしはその訳が分からず、ただただこの気持ちを持て余していた。理由も分からずドキドキして、それが彼に伝わったりしないかと心配になり、それがさらに鼓動を早くした。大体15分くらいで目的地に着くはずなのに、あたしにはそれが一時間にも、二時間にも感じた。

 あたしがそんな心配をしているうちに目的地に着いた。時計を見ると、公園を出発してから15分しか経っていなかった。まあ、当然なんだけど。

 ここで自転車は降りて丘のてっぺんまでは歩いて向かう。小さい丘なのですぐにてっぺんだ。

 辺りは大分静かだった。市街地から少し離れていることもあって、聞こえるのは冷たい風の音くらい。おまけに真っ暗だ。あたしたちが今頼りにできるのは懐中電灯の灯す明かりだけ。彼は自転車を押さないといけないから、あたしが足元を照らした。そうして少し歩くと、すぐに丘のてっぺんに着いた。

 彼は近くに自転車を停めて、持ってきた敷物を芝生の上に敷いた。その上に2人で寄り添うように並んで、仰向けになった。

「…………」

 言葉にならなかった。

 あたしの目の前には、まるで数多の宝石を散りばめたような、そんな景色が広がっていた。とても、綺麗としか言いようがなかった。

 これまで、夜空を見上げることなんてほとんどしたことがなかった。まして天体観測なんて初めてだ。だからなのか、こんなに美しいものがあたしたちの頭上にいつもあったなんて、知りもしなかった。あたしは何も言えず、ただ感動するばかりだった。

 彼も何も言わず、同じ夜空を眺めている。ふと気が付くと、彼の手があたしの手を握ってきた。ドキドキしながらも、あたしもその手を握り返す。その時だった。

 見上げる星空に、一筋の光が流れたのが見えた。あれは、流れ星?

 そして1つ、また1つと、光の筋が次々と流れていった。間違いない。流れ星だ!

 そう確信した途端、あたしは興奮で思わず声を上げてしまった。

「流れ星、流れ星だよ、加山くん。すご~い、あたし初めて見た。流れ星見れるなんて運がいいね、あたしたち」

 現れては消えていく流れ星を指差しながらはしゃぐあたしに、彼は不思議そうに訊いてきた。

「なんだ、もしかして知らなかったのか?」

「知らないって、なにが? あっ、また流れた」

「何がって、今日のこの時間に流星群が見れるってことだよ。テレビのニュースとかでやってたの、見てなかったのか。俺はてっきり、お前がこれを知ってるから一緒に来てくれたんだと思ってたよ」

 そう言われれば、そんなニュースをやっていたような気もする。基本的に天体とかに興味がなかったあたしは、知らず知らずの内に聞き流していたのかもしれない。なんともったいないことだろう。

 はっ、こうして呑気に話している場合じゃない。

「加山くん加山くん、願い事しないと」

「願い事?」

 加山くんがまたも不思議そうな顔を向けてくる。

「そうそう、流れ星に願い事をすると叶うって言うでしょ?」

「あはは、そうだな。じゃあ、2人で願い事するか」

「うんっ」

 そう言った直後に1つ星が流れた。それを見てから、あたしは目を瞑って心の中で手を合わせた。

 どうか、これからも怜佳ちゃんや加山くんたちとずっと仲良く、一緒にいられますように。

 目を開ける。願い事が終わっても、いまだに流れ星は止まない。隣をみると、彼も願い事をし終えたみたい。

 あたしは、加山くんがどんな願い事をしたのか気になったので訊いてみた。

「ねぇねぇ、どんな願い事したの?」

「言わねぇよ、恥ずかしい……」

 彼は顔を背けてしまった。あたしは口を尖がらした。

「え~、それくらいいいじゃない。因みにあたしはね、怜佳ちゃんと加山くんと、これからも一緒にいられますようにってお願いしたの」

 すると、彼は今度は少し心配そうにこちらを振り向いてきた。

「大丈夫なのか? 自分の願い事を人に言ったりして。なんかそういうことすると、叶わなくなるって聞いたことあるけど」

 あたしはすこしギクッとした。

「だ、大丈夫だよ。そんなの迷信みたいなものでしょ?」

 そう言って、あたしは笑ってみせる。

「そんなこと言ったら、流れ星に願い事だって迷信だろ」

 うっ、もっともな指摘。

 でもいいんだ。迷信なんて都合の良いものだけを信じれば。あたしはそれで幸せなんだから。


 あれからどれだけの流れ星を眺めたことだろう。あたしたちは飽きもせずに星空を眺め続けていた。でも、さすがにこれだけ長時間寝そべっているとだんだん体が冷えてきた。あたしは、そろそろ帰ろうかと彼加山くんに提案しようとした。が、それは彼の言葉に遮られてしまう。

「なぁ、御嶋」

「うん? なあに?」

「お前に、話したいことがあるんだ」

 彼は夜空ではなく、あたしのほうを真っ直ぐに見つめてくる。あたしも彼を見つめ返した。

 なんだろう、急に心臓がバクバクし始めた。さっきまでは普通だったのに、彼と見つめ合った途端、思い出したかのように心臓が高鳴りだした。彼がより強くあたしの手を握る。

「俺、お前のことが……好きだ。1年のころからずっと、お前のことが好きだ」

「…………」

 あたしは、混乱していた。壊れちゃうんじゃないかっていうくらい、心臓が激しく脈打つ。あたしは必死に状況を理解しようとしていた。

 加山くんはあたしのことが好き? でもあたしは、加山くんのことはとっても仲の良い友達だって思ってて。一緒にいると楽しいし、嬉しいし。それにドキドキする。でも、怜佳ちゃんと一緒にいるときはドキドキはしなくて。あれ? じゃあこのドキドキは? 今も感じてるこのドキドキはなに?

 いろんなことが頭の中を駆け巡った。彼は尚もあたしの返事を待つように見つめてくる。寒さはもう感じていなかった。

 あたしは思い出していた。これまでの加山くんと過ごした時間を。1年生の頃、初めてあたしに話しかけてきた男子は加山くんだった。用も無いのにあたしに話かけてきた男子は加山くんだけだった。あたしはそんな加山くんをからかっては面白がっていた。でも、この秋くらいから加山くんはちょっと変わった。あたしをよく誘っては、どこかへ出かけるようになった。あたしがからかっても、動揺することが減っていった。その代わりに、加山くんと一緒に居ると、あたしは胸がドキドキするようになった。

 ずっと、この気持ちは友情なんだと思っていた。そう勘違いしていた。でも、気付いてしまった。この気持ちの正体に。

 あたしは、加山くんのことが好きだったんだ。

 その途端、視界が涙でぼやけていく。目の前の彼の顔も見えなくなってしまった。彼は慌てたような、焦ったような声を出した。

「えっ、あ、そ、そんなに嫌だった? ご、ごめん。さっきのは忘れて」

 久々に聞いた動揺した加山くんの声だった。あたしは身を起こし、どんどんと溢れてくる涙を指で拭っていく。でも、あたしの口元は笑っていた。これはうれし泣きだ。

「ちがう、ちがうの、加山くん。全然いやじゃない。むしろ、うれしいの」

 加山くんも体を起こして、ハンカチを渡してくれた。それで涙を拭う内に、少しずつ落ち着きを取り戻していった。涙の晴れた先には、あたしを見つめる加山くんの姿があった。意識した途端、また心臓が早鐘のように打ち始めた。

 伝えなきゃ、この気持ち。あたしも、加山くんに伝えなきゃ。

「あたし、あたしも……加山くんのこと、大好きだよ」

「御嶋……」

 あたしの満面の笑みに応えるかのように、彼はあたしの手を再び握る。もう、言葉は出なかった。凍えるような寒さの中、ただひたすらに恋の炎に焦がれていた。

 そんなあたしたちを祝福するかのように、頭上の夜空をたくさんの星々が彩っていった。


 これは、何でもない冬休みの、星降る夜の出来事だった。

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