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君のいる明日  作者: ほろほろほろろ
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入院生活

 私が高校の近くの市民病院へ入院してから、明日で一週間になる。ここでの生活を言葉に表すと、まさに『退屈』の二文字に集約されることだろう。それほどまでに、私はこの生活にうんざりしていた。

 毎日毎日、私の体に変化はないか、症状が悪化していないかを調べるために、問診をしたり、ヘンテコな機械に通されたりした。そんな検査が数時間くらい続けばまだ良かったのに、2時間もかからずに全部終わっちゃうものだから、残りの時間はずぅ~っと暇になる。

 この病室でできる暇つぶしといえば、テレビを見るか勉強をするかぐらいだ。でも、テレビは大抵面白くない番組しか映さないし、勉強も一人でやると思いのほか早く終えてしまう。学校の授業は全員にあわせるために進行が遅いんだなと実感したものだ。

 病室に閉じこもってるのがつまらないなら部屋の外はどうかと思って、最初の数日は病院内を散歩することが多かった。けれど、どこもかしこも白いだけで全く代わり映えしない院内の風景にすぐ飽きてしまった。だからと言って、もちろん病院の外へ出ることはできない。ああ、こんなところ抜け出して、何か甘いスウィーツとか食べにいきたいなあ。

 という事で、ここでは全くと言っていいほどやれることがないのだ。まぁでも、こうしていろいろと愚痴をこぼしても仕方ないので、私は大人しくベッドに横になりながら音楽を楽しむことにしている。お母さんに頼んでCD数枚とプレーヤーを持ってきてもらったのだ。

 まあこんな日々だけど、良いことがまったく無いというわけでもない。なんと、朝早くに起きる必要がないのだ。だから私はここ数日間、目覚まし時計に邪魔されることなく早朝のまどろみをたっぷり楽しむことができた。うん、これだけは認めざるを得ない。遅起き万歳。

 こんな私の入院生活に楽しみは実はもう一つある。御嶋さんが毎日お見舞いに来てくれるのだ。こんな無機質な空間だから、人と接するどころか見かけることもあまりない。お父さんやお母さんだって暇じゃないから、2、3日に一回くらいしか来れないのだ。そんな中、毎日会いに来てくれる御嶋さんはまさに心のオアシス。学校が終わるくらいの時間になると、御嶋さんが来るのを今か今かと思う日々なのだ。

 御嶋さんは毎回、なにかしらのお菓子を持ってきてくれる。プリンだったり、シュークリームだったり。ショートケーキを差し入れてくれた日もあった。そんなに毎日お菓子をもらうなんて悪いから、その度に御嶋さんには気を遣わなくていいよって言うんだけど、対して向こうは気にしないでの一点張り。そして、いつも私はそれを受け入れてしまう。私は甘いものに目が無いのだ。

 そういえば、何故か昨日だけはお菓子じゃなくてリンゴを持ってきてくれた。しかも丸々1個。これまでずっと甘味一直線だったのに、突然酸味を混ぜられたことに驚いた私はつい訊いてしまった。「どうして今日はリンゴなの?」って。

 そうしたら御嶋さん、「入院してる人へのプレゼントって言ったらリンゴは外せないでしょ?」だって。う~ん、ほんとにそんなお約束みたいなのがあるのかな。

 あ、でも御嶋さんって料理ができなかったはず。大丈夫かなあ。ちゃんと皮剥けるのかなあ。そんなことを思いながら心配な眼差しでその様子を見守る中、御嶋さんはいよいよ取り出した果物ナイフをリンゴにあてがって皮をむき始めた。結果として出来上がったものはと言えば、いびつな形をした八つの塊たち。これがリンゴだって言われなかったら、いや、言われても納得できない仕上がりだった。そしてこれを生み出した本人は、これでも練習したんだけどなあ、と申し訳なさそうに頭を掻いていた。

 そのとき、私は嬉しかった。他のどんな甘い差し入れられたときよりも一番嬉しかったんだ。料理はからっきしなはずなのに、私のために難しいリンゴの皮むきの練習までしてきてくれて。形はヘンテコだったし、味だって特別美味しいリンゴだったわけじゃない。けれど、御嶋さんの気持ちが素直に私の心に響いたんだ。


 ああ、そんなことがこの一週間であったな。なんて思いながら、私は今御嶋さんからの差し入れのドーナツを味わっている。それにしても御嶋さんの勘はなかなかに鋭い。一度も教えたことないはずなのに、私の一番大好きな”ポン・デ・リング”を買ってきてくれるなんて。ん~、このもちもち食感がたまらない。

「おいしい?」

 私のベッドの脇のイスに座った御嶋さんがそう訊いてくる。ちなみに、御嶋さんが食べてるのはチョコリングだ。

「うん、私これ大好きなんだ」

「そっか。良かった、喜んでもらえて」

 短い会話を挟みながら手元のドーナツにぱくつく。ドーナツはあっという間に無くなってしまった。

「……」

 今日で最後か。こんな風に御嶋さんと過ごせるのは。そう思うと、ちょっぴり悲しくなる。

 別にこんな生活を続けたいわけじゃない。私だっていつも通りの、御嶋さんと一緒の学校生活を送りたいと思う。けど、無機質で非日常なこの空間で過ごす御嶋さんとの時間が、とても特別なものに思えるんだ。ここでならきっと、御嶋さんはず~っと私のことを見ていてくれる。私のことだけを見ていてくれる。この空間では、私だけが御嶋さんを独り占めできるんだって、そんな夢を見られるの。

 だから私はこの部屋を出たくないと思ってしまう。初めはこんな生活は嫌だったけど、今ならそれでも良いとさえ思う。御嶋さんと一時だけでも、こうして一緒にいられるのなら。

 でも、それは許されない。私も、もう夢から醒めなければいけない。

 だから、

「あのね、御嶋さん……」

「ん、なに?」

 私は懸命に申し訳なさそうな顔と声で言った。

「私、実はこのあと検査を受けないといけないんだ。だからね、そろそろ……」

「えっ、そうなの? 受付で何も言われなかったけど……」

 御嶋さんは小首を傾げる。ごめんね、御嶋さん。その受付の人の言ったことは間違ってないんだ。

「う~ん、きっと言い忘れちゃったんだね。だから、ごめんね、御嶋さん」

 私は小さく頭を下げる。下を向きながら、私は唇をかんだ。

「いいよ。検査があるんじゃ仕方ないからね。もうちょっと一緒に居たかったけど、邪魔しちゃ悪いし」

 私も、もっと御嶋さんと一緒に居たかったよ。

 御嶋さんは荷物をまとめて、イスから立ち上がる。

「じゃっ、今度は学校で。またね」

「うん」

 お互いに小さく手を振り合うと、御嶋さんは踵を返して出口へと歩いていく。ドアを開け、もう一度こっちを振り向くと、御嶋さんは笑顔を残してこの部屋から出て行った。

「はああぁぁ~~」

 御嶋さんが部屋から出て行くのを見送ったら、自然とため息が漏れてきた。御嶋さんには、申し訳ないことをしたなぁ。それに、私だって御嶋さんともっと一緒に居たかった。嘘を吐くのも胸が痛んだ。発作とは違う痛みだった。

 窓から空を見上げる。茜色の差す、綺麗な空だ。

「来て……くれるかな」

 この美しい風景を眺めながら、一方で私の頭の中は不安が渦巻いていた。


 空から赤が引いていき、夜を感じ始めた頃。私はベッドの上で足を伸ばしながら、あの人が来るのを今か今かと待っていた。心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。少しだけ、緊張しているのだ。

 時計の秒針の音がする。約束の時間までもう少し。私は高鳴る胸を押さえながら、落ち着こうと深呼吸を繰り返す。

 コンコンッ

 唐突に部屋の引き戸が叩かれる。来た。来てくれたんだ。

 私はもう一度深く息をして、そのトビラの向こうの人に向かって言った。

「ど、どうぞ」

 それを聞いてか、トビラがゆっくりと開かれる。その隙間から見えたのは、戸惑いを隠せないと言った表情の加山くんだった。

「こ、こんばんは」

「こんばんは……」

 ……。

 沈黙。だめだ、どう切り出せばいいのか分からない。私は何から話そうかと焦ってしまう。すると、加山くんの方から先に切り出してきた。

「この手紙、お前からので合ってる……よな?」

 加山くんが右手に白い封筒を持ってこちらに見せてくる。封筒の口は見覚えのあるキャラクターシールで閉じられている。間違いない。私からの手紙だ。

「うん、合ってる」

「じゃあ、これに書いてあった、大事な話って…」

 加山くんは早速本題について訊いてきた。まあ、私も別に世間話がしたくて加山くんを呼んだわけじゃないから好都合だ。だけどその前に、

「立ったままだとアレだから、まずは座って?」

 さっきまで御嶋さんが座っていたイスを指さす。加山くんがそれに座り、私に向かい合う。気が付けば、私の心は大分平静を取り戻していた。

「ねぇ、加山くん」

 私は加山くんに問いかける。

「な、何だ?」

 とっても、シンプルな質問を。

「あなたは……御嶋さんの事、好き?」

 その瞬間、イスが音を立てて倒れた。加山くんが急に立ち上がったせいだ。

「お、おま。急になな、何を……! だ、だれがあいつのこと……」

 御嶋さんが以前に、加山くんのことをからかって面白がってたことを思い出した。今ならその気持ちが分かる気がする。加山くんはすっかり顔を赤く染めて、目に見えて動揺してる。相変わらず分かりやすい人。

 でも、今はそんな態度に無性に怒りが湧いてくる。私はなにも君をからかって面白がろうなんて微塵も思ってない。私は真面目な話をしたいんだ。

「真剣に答えてっ……!」

 だから、無意識に少し語気が強くなってしまった。けど、そんな私の言葉を聞いた加山くんは私が如何に真剣かに気付いてくれたみたい。イスを戻して座りなおし、私と向かい合った。

 加山くんはまだ踏ん切りがつかないようで目を泳がせている。しばらく、お互いに何も言わなかった。

 1分か、2分か。もしかしたら5分かもれない。それほど長く感じた沈黙は、加山くんの言葉で破られた。

 加山くんは、真っ直ぐに私の目を見て、こう言った。

「俺は……御嶋の事、好きだ」

 うん、知ってる。それに、今の君の目を見れば君の言葉が嘘じゃないって分かる。

「そっかぁ。それじゃあ……」

 ひとつ、深呼吸をして、

「協力してあげる」

「……へ?」

 加山くんがまぬけな声を出した。

「だから、御嶋さんと恋人同士になるの、協力してあげる」

「え、えぇ? いやいや、なんでそうなるんだよ?」

 さっきまでの真剣な眼差しの加山くんはどこへやら。またすっかり元の加山くんへと戻ってしまった。

「そもそも、お前には関係ないことだろ? それなのにどうして協力するなんて言い出すんだよ」

関係ない……だって?

「なに? そう言うってことは、自分の力だけで御嶋さんと付き合える自信でもあるってこと? あの臆病な君が?」

「なっ、誰が臆病だって?」

「だってそうでしょ? 好きなくせに、なにも行動を起こさない。好きだっていう気持ちを打ち明けて、告白して、フラれるのが怖いんだ。それが臆病じゃないんなら、一体なんなのよ」

 興奮で息が荒くなる。こんなこと初めてだ。だれかと言い合いになるなんて。

「……確かに」

 加山くんは俯いて、絞り出すように言った。

「確かに、お前の言う通りかもしれない。俺は、御嶋のことが好きだ。けど、告白して、フレれたらって思うと、どうしても今の関係を壊したくないんだ。ああ、そうだ。お前の言う通り、俺は臆病者さ」

 まるで自分に言い聞かせるように、これまでの自分を省みるように、加山くんはそう呟いた。

「でも、仕方ないじゃないか。フラれた後も仲良くしてくださいだなんて、俺には無理だ。自分の告白を無かったかのようにして再びあいつと接するなんて、俺は耐えられない。だから、今の関係に甘んじるほかに道は無いんだ」

 その声は、尚もか細い。私は、すっかり弱った加山くんにそっと語りかける。

「だから、私が協力してあげる」

 加山くんは俯いたまま、何も言わない。構わずに私は続ける。

「君はずっとフラれた時のことばっかり考えてる。だから、今以上の関係に進めない。最初の一歩を踏み出せないんだ。だから、私が環境を整えてあげる。私が君の背中を押してあげる。君はただ、成功することだけを考えればいいの」

 加山くんが顔を上げる。今度は私の方から、その目を真っ直ぐに見つめる。

「だから、私に協力させてくれないかな……?」

 しばらく加山くんは、考え込むように視線を下に落としていたが、やがて考えがまとまったのか、加山くんも真っ直ぐに私の目を見てきた。

 そして、ようやく加山くんは私が望む答えを口にした。

「ああ、俺の方こそ、頼む」


 いつの間にやら日は沈み、辺りはすっかり暗くなってしまった。今日は天気が良かったから、星がよく見えるかも。そう思い立った私は、病室の電気を消し、ベッドに横になりながら夜空を見上げる。いくつかの星がキラキラと輝いている。

 今日、私は1つ契約を交わした。同じクラスであり、御嶋さんのことを一途に想うある男の子の告白に協力するという契約。でも、契約なのだから私にも見返りが無ければいけない。

 加山くんは帰る前に、私に1つ質問をしてきた。なぜ、なんの交換条件も無しに俺の恋路に手を貸すのか、と。それは違う。私は何も善意でこんなことをしようと思っているのではない。ちゃんと理由あってのことだ。でも、それを加山くんに話すことはしなかった。話すべきではないと思った。

 ……これは、御嶋さんへの罪滅ぼしだ。

 私はかつて、御嶋さんとある約束した。ずっと傍にいる、勝手に居なくなったりしないという約束を。でも、それは私には無理難題だって知っていた。知っていて、それでも尚私はその約束を交わしたんだ。あの時は、そうする以外に方法はなかった。

 だからこれは、私の御嶋さんへの罪滅ぼしだ。

 いつか私が御嶋さんの傍にいられなくなった時、私の代わりとなる人が彼女を支える。その支えとなる人を見つけるのが私の目的。契約の交換条件。つまり、加山くんが御嶋さんと付き合うこと自体が私の目的なのだ。

 勿論、御嶋さんと付き合う相手は誰でも良かったわけではない。その相手は加山くんじゃなきゃいけなかった。その理由はただ一つ。御嶋さんも加山くんのことが好きだからだ。

 私が入院する前の半月程、丁度文化祭が終わった頃から、御嶋さんの加山くんに対する態度は決定的に変わっていた。御嶋さんが加山くんに対して笑顔を見せていたのだ。まあ、面白がって加山くんをからかって笑っていたことは何度もあったけど、それとは違う。これまで私以外の誰にも見せたことの無かった自然な笑顔を、あの加山くんに向けたのだ。それを見たとき、私は確信したのだ。御嶋さんは加山くんに気があるってことに。もっとも、本人にはその自覚が無いようだけど。

 まあとにかく、目的を達成するために早速策を練らなくちゃ。加山くんには大船に乗ったつもりで居ろ、くらいの勢いで言っちゃったけど、実のところどう2人をくっつけるか全く考えていなかったのだ。はて、古典的なものでいくべきか、それとも……。

 それにしても、今晩は星空が綺麗だ。暗さに目が慣れて、さっきよりも星の光がよく見える。ああ、そうだ。星を一緒に眺めるなんてどうかな? とってもロマンチックな雰囲気でいいと思う。

 御嶋さんと一緒に、夜空の下で星を眺めながらのデート、か。2人で小さな丘に寝そべって、手とか繋いじゃったりして。あれがなんとか座だよ、綺麗だねって御嶋さんが言って。でも、私から見たら御嶋さんのほうがもっと綺麗で。そう言ったら、お互いに恥ずかしくなっちゃって、顔背けちゃったりして……。あぁ、想像しただけでドキドキしちゃう。

 一通りの妄想を終えると、ほぅっと息をつく。そこで私は重大なことに気が付いた。さっきまでの妄想に、加山くんは一欠けらも現れなかったことに。

 今度はため息が漏れた。加山くんにあんなことを言っておきながら、私自身が御嶋さんをまだ諦めきれていないのだ。

「御嶋さん……。あとどれぐらい、あなたと一緒に居られるのかな……?」

 夜空に向かって語りかける。答えは返ってこない。

 次第に眠気が強くなる。目蓋に視界を遮られ、たちまち星の光は消え失せた。真っ暗闇に私は一人。その中で、私は願う。


 あなたと共に歩む道がこの先に無いとするならば、せめて一時の幻であったとしても、どうか私に夢を見させてください。

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