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君のいる明日  作者: ほろほろほろろ
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海の夢

 ザザァーン、ザザァーン

 静かな音を立てる細波が、砂浜へと押し寄せては引いていく。

 あたしはその波に足を晒しながら、ぼんやりと、遥か遠くの水平線へと消えゆく夕日を眺めていた。

 空も海も、このあたしも、みんな茜色に染められて、このまま全部溶け合っていくような感覚に陥る。

 ザザァーン、ザザァーン

 いつの間に潮が満ちてきていたのだろう。気が付けば、押し寄せる波たちはあたしの足首にまで達していた。

 あたしはしゃがんで、波を手でそっと受け止める。波の冷たく、そしてやわらかい感触が心地良い。

 細波たちに洗われる砂浜には、たくさんの綺麗な貝殻がひょっこりと頭を覗かせていた。

 あたしは一番手近に埋まっていた貝殻を1つ、砂浜からゆっくりと引き抜く。

「……」

 でも、それには埋まっていた部分は無かった。あたしの手の中には、貝殻のほんの欠片だけがあった。

 あたしはそれを、そっと波へ乗せた。するとたちまち、波は欠片を遠くへと攫っていく。

 立ち上がって砂浜を見回せば、他の貝殻たちも夕日を受けてはきらきらと輝いて美しい。でも、これらもみんな、きっとさっきの欠片と同じ。軽く辺りの砂を払ってやるだけで、細波にだって簡単に流される。そう思うと、この光景をどこか物悲しく感じてしまう。

 あたしは時が過ぎるのも忘れて、その光景を、夕日に目を細めながら眺めていた。

「あっ、いたいた。こんなところにいたのか。探したぞ」

 誰かが誰かを呼ぶ声がする。その声はだんだんとあたしに近づいてきて、ついにはあたしの後ろで止まった。

 振り返ると、懐かしい、あの人が立っていた。

「こんなとこで何してたんだ?」

 あなたはあたしに問いかける。

 あの頃と、全く変わらないあなたで。

「夕日を……見てたの」

「夕日かぁ。……綺麗だな」

「うん……」

 しばらく、夕日を2人で眺めていた。夕日はだんだんと、水平線の下へ沈んでいく。やがて、あたしたちを染めていた夕日の赤は次第に届かなくなり、辺りを黒が支配し始めた。

「じゃっ、そろそろ行くか。他のみんなも待ってるから」

「……うん」

 後ろから、あなたが砂を踏んで歩く音が聞こえる。あたしも夕日のあった方角へ背を向けて、その音について行こうとする。

「っ!?」

 しかし、あたしは前へ進むことは出来なかった。夕日が落ちてすっかり黒へと染まった水が、あたしの膝までを飲み込んでいた。必死になってもがくけれど、まるでどろどろの液体にはまってしまったかのように、全く足は前へと進まない。そんな状況のあたしに気付かないのか、あなたは背を向けてどんどん遠ざかっていく。

「ま、待って。待ってよ!」

 あたしは叫んだ。しかし、あなたは振り向くこともなく、どんどんあたしから遠ざかっていく。

「どうしてあたしを置いて行くの!? お願いだから待って、行かないで」

 あなたに向かって手を伸ばす。でも、あなたには届かない。

 あたなが行ってしまう。あたしの手の届かないところに。そう直感した途端、恐怖があたしを襲った。

「あたしはあなただけ一緒にいてくれればそれでいいの。あなたと手を繋いだり、あなたとお話したり、あなたと笑いあったり。それだけであたしは幸せなの。それなのに、どうしてあたしを置いて一人で行っちゃうの? 約束したじゃない。ずっと一緒だって。あたし……あなたがいないと……」

 黒い水がどんどんとあたしの体を飲み込んでいく。腰から胸へ、そして首へと。それに抗おうと、必死になって腕を伸ばす。あなたが、この手を取ってくれることを信じて。

「お願い……一人にしないでっ……! 遥!」

 あたしがあなたの名前を叫んだとき、ついに頭の先まで、あたしは黒い水に飲まれてしまった。

 あぁ、攫われる。流されていく。あの貝殻の欠片のように。

 黒い水の中は、真っ暗で何も見えなかった。何も聞こえなかった。唯一感じるのは、この水の冷たさだけ。それがより一層、あたしの恐怖を加速させた。

「……」

 水の中にいるのに、あたしの頬を涙が伝っていくのがわかる。

 あなたは、最後まであたしの手を取ってくれることは無かった。あたしの声に、応えてはくれなかった。

 先を見通せぬことへの恐怖、誰も感じられない孤独、そして、あなたを失ったことへの悲哀。それらがあたしの心を苛んだ。

 ただ苦しかった。辛かった。だからあたしは、自分を押し殺さずにはいられなかった。

(……あたしは)

 あなたとの記憶はすべて捨てよう。あなたの残した足跡はすべて消そう。あなたと過ごした日々はすべて、なかったことにしよう。そうすればもう、苦しまずに済む。あとは、この広くて、真っ暗な水の中をただ彷徨うだけだ。

(これでいい……いいんだ)

 あたしはたった一人。でも、最初から一人なら、孤独も感じなかった。

 だから……。

(さよなら……遥……)

 あなたを消すための言葉を、静かに呟いた。

 これであたしは、苦しみから解放される。

 される……筈だった。

「……っ!」

 突如、真っ暗な海を空から眩い光が照らし出す。

 その光は次第に強さを増しながら、あたしの元へと近づいてくる。

「……そっか。忘れさせては……くれないんだね」

 光は何も反応せず、ただ力なく伸ばしたあたしの手にそっと触れた。

 その瞬間、あたしの纏っていた黒い水は次々に元の水へと還っていく。あたしの体は自由を取り戻していった。

 あたしはその光を優しく手に取った。こんなにも暖かい光なのに、手には冷たい感覚が伝わってきた。でも、どこか心地良いような、安心するような感覚だった。

 やがて光は大きくなり、あたしの体を包んでいく。

 あたしの心は、ただただ穏やかだった。

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