夏の一大イベント
「以上で、臨海学校の説明を終わる。何か質問のある者は……いないな。では、本日のHRを終わる。解散」
先生の号令とともにチャイムが鳴り響いて、教室中が一気に騒がしくなる。一日の授業が終わったからではない。みんな口々に「海とっても楽しみ~」とか「どんな水着持ってこうかな~」とか、友達とワイワイ楽しそうにおしゃべりしている。
臨海学校、か……。
どうやらこの学校では、2年生は夏休みに入る前の7月の半ばに臨海学校という行事があるらしい。
さっきの時間に配られたしおりによると、実施日は来週。二泊三日でいろんなことを体験できるらしい。
水難救助の訓練だったり、カヌーを漕いでみたり、魚を獲って夜ごはん塩焼きにして食べたり、などなど。どれも大変そうなことばかりだ。
屋外での活動が苦手な私は、クラスのみんなほど楽しみだとは思えない。魚を獲って夜ごはんって、もし魚を獲れなかったらお米だけのおかず無しになるのかな?
こういった行事が私はあまり楽しみじゃないと言ったけれど、多分そういう人も結構多いと思う。特に、水難救助訓練なんてのを喜んでする人なんて、遊びたい盛りの高校生たちの中にはいないだろう。
だけど、そんなみんなを惹きつけて止まないイベントが1つ、二日目の午後一杯の時間を使って行われる、その名も「自由時間」。
午後の2時から7時までの5時間だけは、学校指定ではない、各々の持ち込んだ水着に着替えることが許可される。この時間内では、海ではしゃぐも良し、宿泊するホテルでのんびりするも良し、それぞれが思い思いに楽しむことができる。ちなみに、持参の水着は事前チェックが入るので、際どいやつは持ち込めないようだ。特に女子。
「ねぇ、星乃さんはどんな水着着るの?」
急に横から女の子に声をかけられた。彼女の名前は確か、出浪さん。それとその隣には片岡さんもいる。
「星乃さんはスタイル良いし、ビキニが似合うと思う」
「え~、そんなの着たら、男子なんかみんな悩殺されちゃうんじゃない? アンタの彼氏が星乃さんにメロメロになっちゃうかもよ?」
「リョ、リョウは浮気なんてしないもん。でも、出来るだけ刺激の弱いやつでお願い」
「くすっ、私なんかに男の子は興味ないから大丈夫だよ」
水着か~。みんな、かわいい水着を着てくるんだろうな~。中には、ここぞとばかりに張り切って意中の男の子を落としにかかる子もいるんだろうな~。
はっ、まさか御嶋さんもその仲間の一人だったりするのかな。男の子がどんな体型が好みかは分かんないけど、御嶋さんって綺麗だし、その気になればどんな男の子でも落とせそう。いや、落ちるに決まってる。
あぁ、ほんとに御嶋さんが片思いの相手がいたりしたらどうしよう。そして、この臨海学校を機に付き合い始めたりなんかしたら……。ちょっとそれとなく気になっている男子がいないか探りを入れてみよう。
それで、肝心の御嶋さんはどこかなと背伸びをしてその姿を探す。席替えのせいですっかり離れてしまった彼女の席のほうを見れば、彼女もちょうど帰り支度が済んだところのようだ。御嶋さんもこっちのほうを見てきたのでお互い目が合った。
「じゃあ、私はこれで帰るね」
「うん、また明日~」
お話に来た女の子たちに挨拶を残して、私は御嶋さんの待つほうへと向かって行った。
二人並んで、短い短い帰路を辿る。梅雨が明けたと思えば、今度はどんどんと暑くなっていくばかり。こんなに短い道を通るだけで汗がだらだらと私の体を伝っていくのが分かる。
この学校の敷地内に沢山木が植えられているせいか、そこかしこからセミの鳴き声が聞こえてくる。全く、こんなに暑いのにセミ達は元気なものだ。
元気と言えば学校のみんなもそうだった。臨海学校という一大イベント、みんな楽しみにしているけれど、御嶋さんはどう思っているんだろう。
「来週から臨海学校だね」
「海とか行くの久々だから楽しみだなぁ」
「御嶋さんは泳げるの?」
「ん~まぁ、人並みには。中学の頃に泳ぎを教わったことあるんだ」
「へぇ~、泳げるなんてすごいなぁ。私なんて全然だよ~」
「ふふっ、それじゃあ、水難救助の訓練で逆に救助されちゃうんじゃない?」
「あははっ、それは恥ずかしいな~」
私は額の汗を拭いながら御嶋さんに遅れじと歩く一方、彼女は暑さのあの字さえ知らないといったように涼しい顔でスタスタと歩いていく。これが体力の差なのかな?
「それにしても、持参の水着着ていいなんてすごいよね。なんか女子たち、妙に張り切ってたし、これはカップルの大量成立の予感がビンビンだね~。御嶋さんはそういう相手いないの?」
「え、あたし? いや、そういうのは今は無いかな」
「ほんと? あの、よく一緒にいる……加山くんとかは?」
「あはは。あの人はないな~。前にも話したと思うけど、加山くんは去年一緒のクラスでさ、それなりに話す仲だけど、ただのクラスメートだよ。どうしてそんなこと訊くの? もしかして、怜佳ちゃんも誰か狙ってたりする?」
「ま、まさか! そんなの……うん、全然ないよ!」
狙ってるだなんて、そんなことある筈が……いや、御嶋さんにかわいいと思われたいという気持ちが無いわけじゃないけど。
「ほんとに~? 全力で否定するあたり怪しいな~。ほら、誰にも口外なんてしないから、言ってみなさいな」
御嶋さんがじりじりとにじり寄ってくる。普段よりも近い距離に御嶋さんを感じて、私の心臓が一気に高鳴り始めた。
「ほんとにそういうのじゃ。あっ、もう寮に着いちゃった。それじゃ、また明日ね~」
寮の入り口に着くなり、私は普段使うエレベーターには乗らず、その脇にある階段をさっきまでの疲労など忘れたように駆け上がっていった。
御嶋さんと言葉を交わすには短すぎると思っていた私だけど、今日限りはその短さに感謝の気持ちが芽生えたのだった。
「う~ん、水着か~」
自室に着いた私は、早速来週の臨海学校で着る水着について悩んでいた。
「学校指定のものじゃなくて良い、なんて言ったらみんなスク水なんて着ないよね。でも私、水着なんて……あっ、家にならまだ去年のがあるはず。でも、サイズ合わなかったらどうしよう。新しいのを買おうにも今の手持ちじゃ足りないだろうし……。まぁ、いざとなったらお父さんにおねだりしよっ」
じゃあ、今週末に水着を取りに一旦家に帰ろう。最近はお母さんたちともメールや電話ばかりで顔会わせてないし、良い機会だ。そうだ、せっかくだから一晩くらい泊まっていこう。うん、それが良い。
「ふふっ、臨海学校か。御嶋さん、どんな水着を着るのかな? きっと、いや、絶対綺麗だろうなぁ」
私は体をベッドに横たえながら、御嶋さんの水着姿を目蓋の裏に映し出す。次々と着せ替えられる御嶋さんは、困ったと恥ずかしいが混ざったような顔をしていた。
「ふふっ、楽しみだなぁ……」
私は期待と高揚感を抱きながら、静かに眠りに落ちていった。




