春の国
この世界は理不尽で出来ている。
勇者はレベル3のザコモンスターに苦戦して、
僧侶は2次元にはまりにオタクになり、
弓使いは筋肉馬鹿になった。
山賊は今や公務員になって真面目に働き、
女騎士は村人Aと結婚して今は2児の母、
賢者は大学の教授になり、
遊び人はパチンコの会社の社長になっている。
この世界の人は捕まった私を助けてくれない。
それどころか、私の存在も忘れられている。
私は一国の姫であった。
私を奪った魔王は綺麗な妻が出来ていて、
さらに先月女の子まで生まれた。赤毛で元気いっぱいの子供だそうだ。
魔王の奥さんは食費がかかるから、早く追い出してと私を指さす。
そして、今日私は数年ぶりに眩しい太陽をこの目で見た。いろんな意味で涙が出てきた。
このまま帰っても、国の人達はきっと私の事など覚えてないだろう。
そうだ。旅にでも出よう。
捕まってた分、これからは自由に生きよう。
誰にも邪魔されず、自分の意思で過ごそう。
「助けて下さい!」
勇者の格好をした男が植物系魔物の
【ツルツタン】の子どもに遊ばれていた。
触手プレイか……。変な奴。
「僕、ナツキって言います! 夏の国出身で昨日旅に出たんですよ!」
何で、危機的状況で自己紹介をしているのか……。あいつは馬鹿なのだろうか?
すると、ツタが私のところに伸びてきて、
左腕を巻きつかれた。もしかすると、あのバカの仲間だと思われたかもしれない。
そんなの絶対嫌だ。
私は持っていた食事用のナイフでツタを切る。
すると、ツルツタンの子どもはびっくりして逃げ出す。
赤くなった腕を見ながら、歩いていると
後ろから、男の声がする。
振り返ってみるが、誰も居なくて、気のせいだと思い、また前を向く。
「師匠と呼ばせて下さい!」
歳は16ぐらいで金目の所持品は全く無さそうな自称見習い勇者の男、
唯一良いものを身に付けているのは剣だろうか。
「僕ナツキって言います。昨日、夏の国から来ました! 僕を弟子にして下さい!」
嫌だ。しかも、自己紹介さっき聞いたし
私は一人で旅をしたいんだ。それにこんな奴といたら絶対頭おかしいと私まで思われる。
『嫌だ。』と言い、ちゃんと断るか。
「ぃ……。」
私の声はまるで、水を失い枯れた土のようだった。何も表現出来ず、何も伝えられない。
そうだ。これは風邪だ。
町へ行って、医者に診てもらい薬を貰おう。
ここから、一番近い町は……どこだ?
地図を開き、現在の位置を確認すると
春の国だそうだ。
春の国といえば、花や山の幸で有名だと聞いた事がある。
新鮮な野菜で、いつも暖かい気候だが、年中花粉があって、花粉症の人は隣の国に逃げるらしい。
さて、春の国に行くか。
現在
主人公 レベル5
ナツキ レベル2
ーーー
「師匠! どこへ行くんですか?」
「師匠! この草、凄い不味いんですよ」
「師匠! 師匠、ここ虫がいっぱいいます!」
「師匠! 蜂蜜ですよ。美味しそう……」
「師匠! 子どものベアタンです! 蜂蜜食べてる……可愛い」
「師匠! 助けて下さい! ベアタンが襲ってきました!」
という風にナツキは私の後ろを付いてきて、
私は全て無視をした。
「師匠。僕の事、わざと無視をしたんですか?」
【ベアタン】から逃げ切ったナツキはやっと、気付いたようだ。やはり、鈍感と言うか。馬鹿だ。
「もしかして、虎が我が子を崖から落とすみたいな感じですか!」
まず、虎じゃなくて、獅子な?
私はあんたをただの崖じゃなくて、海が後ろにある崖に落とて沈めたい。
「師匠、目が痒いんてすが、何ですかね?」
ナツキはくしゃみをして、目を擦っている。
唾をこっちに向けないで欲しい。
「春の国って書いてありますよ」とナツキは目を擦りながら、看板を指差す。
私は無視をして、前へ歩き始めると、
急に力強く後ろに手を引かれた。
「前、崖ですよ」
下を見ると、町が見えた。
花の香りと、暖かい風、噂に聞いた通りだ。
大きなくしゃみが隣で聞こえ、横を見たらナツキは消えていた。イリュージョンでも使ったのか?
「助けて下さーい!」
下から声がして、そちらを向くと
枝を掴み、叫び助けを求めているナツキがいた。
私は手を差し出すとナツキは掴み、右腕に体重がかかり、バランスが取れなくなり、 私も崖に落ちてしまった。
「師匠は俺守ります」
そう言うとナツキは私を抱きしめ、
そのまま落下。
再び、目を開けると木の中にいた。
木や葉っぱがクッションになっていたようだ。
あっ、私は死んでない。
体を起こすと、私の下にナツキがいた。
本当に下敷きになってくれたのか……?
私はナツキの頬を叩き起こすと、ナツキは薄く目を開けて、私の手を握った
「怪我、ありませんか?」
頷くと、ナツキは優しく笑い、また目を閉じた。
私はナツキの体を揺すると、下から声がした。
「どうしたんだい? ……まあ!」
老婆は私達を見つけ、どこかへ走り去る。
数分程で屈強な男が二人現れ、私達を下ろすと
ナツキをどこかへ連れ去る。
私は追いかけようとすると、老婆は私を見て
「大丈夫よ」と話す。
私はナツキを追いかけて、ある建物に入ると
歳をとった医者がナツキを診ていた。
「ああ、付き添いの子かい?」
私は小さく頷くと、医者は小さく微笑みながら、「ちょっと、頭を打っただけだ」と話す。
「すぐに起きるよ」
私はポケットからお金を出して、医者に差し出すが、医者はお金を受け取らなかった。
「私はボランティアでやっていてね」
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そんな私を見かねたのか、医者は「じゃ、何か手伝って貰おうかな」と髭を触りながら呟く。
「私の妻がね、レストランをやっているんだが、一日手伝って貰うってのは、どうかな?」
私は首を縦に何度も振った。
「じゃ、妻に話してくるよ」
医者は部屋を出ると、私はベットに腰掛け、
ナツキの頭を撫でる。
うねっている髪を触ると、ふわふわとして、
まるで、わたあめのようだった。
犬みたい! もふもふ! ふわふわ!
なんだ、これ。凄い可愛い! (髪のみ)
しばらく、撫でているとナツキのまぶたがゆっくり開いた。
「ん……師匠? ここって、病院ですか?」
頷くとナツキはこれまでの事を思い出したのか。
私の事を心配し始めた。
「大丈夫ですか! 怪我ないですか?」
起き上がって私を見ようとするが、私はナツキの腕を押さえて、また寝かせる。
「僕、もう大丈夫ですよ。
それよりも師匠は大丈夫ですか?」
「あっ、起きたんだね」と医者は部屋に入り、
ナツキの様子を見て、医者は笑顔で頷く。
「ありがとうございます。僕、ナツキって言います!」
「あの崖から落ちたのかい?」
「はい!」と元気よく返事するナツキに、医者は少し驚いた表情を見せる。
「君は体が丈夫なんだね」
「体力には自信があります!」
誰も体力とは言ってないぞ。こいつはやはり、馬鹿なのか。それとも、落ちた時頭を打ったのか?
「あっ、妻が明日の夕方の5時から来て欲しいそうだよ」
頷くと、ナツキは何のことやらと首を傾げた。それを察した医者はこれまでの経緯を話し始めた。
ナツキは何度も「ありがとうございます」と繰り返した。
そして、胸に手を当てて「僕も手伝います!」と話す。
「それはありがとう。では、伝えておくね」
さて、私は町をふらついてみるか。
武器もいつまでもナイフだと弱々しい……。ちゃんとした物を買わないと。
部屋を出て、私は広い市場に向かった。
そこは簡易的な市場だった。食料から服や武器まで売っており、とても賑わっていた。
さすが、町の中心部。
いろんなのが揃っている。
しかし、こんなに多いと無駄遣いしそうになるな。
紙を取り出し、必要な物を書いた。
武器、食べ物、薬に……。
あと……必要な物は?
「買い物ですか? 師匠?」
うるさい奴の声が後ろからした。
振り返ると馬鹿みたいな(実際に馬鹿な)笑顔のナツキがいた。
すると、ナツキは紙を見ていた。
「師匠、これ何て書いてあるんですか?」
夏の国と私の国、字が違うのか……?
いや、そんなはずはない。
「僕、字読めないんですよ」とナツキは少し恥ずかしそうに笑った。
私は簡単な文字を書いて、果物を指差す。
「師匠、なんですか? オレンジ?」
私はオレンジを指差し、文字を指差す。
すると、ナツキは理解したのか、頷く。
「これ、おれんじって読むんですね!」
ナツキは大声で紙を指差し、町中の視線を集める。
すると、ナツキは私の手を引っ張り、空や水などいろいろ指差す。
その度に私は紙に書き、ナツキに見せる。
もう、疲れた……。手痛いし、もうすぐ夕方だし。
早く買う物買って、早く寝たい。
「ってか、師匠、今日何買うんですか?
食べ物ですか?」
私は頷くと、ナツキは私手を引き、歩き出す。
「さっき、良さそうな物見つけたんですよ!」と嬉しそうに話す。
「これ、どうですか?」
ナツキは携帯食料を指差して、私は首を横に振る。
「楽ですよ?」
確かに楽だが、バランスが悪いじゃない。
絶対、体に悪い。
私は野菜売り場に直行し、野菜を選ぶと横からナツキが現れた。
「えっ、ニンジン……ですか? それに玉ねぎも」
そりゃ、野菜スープにする予定だし、野菜入ってないと嫌だろ。食感がないぞ?
「肉にしましょうよ!」
肉だと高いだろ。肉だけはバランスも悪い。
絶対駄目だ。
私はナツキ意見を無視して、野菜を買う。
続いてパンも買い、町の外へ出る。
「宿で寝ないんですか? また野宿ですか?」
木の枝と石を寄せ集め、かまどを作り、火を起こし、調理をする。
ナイフで野菜を切り、小さな鍋の中に入れる。
少し時間が経ち、私はお皿にスープを注ぎ、パンを2つに分ける。
その時、私は気づいた。
なぜ、こいつに料理を作っているんだ。
「師匠、食べないんですか?」
私はパンを口に運び、ナツキを見る。正確には睨み付けると言った方が正しいかもしれない。
「な、なんですか?
あっ、片付けなら僕がやりますよ」
問題はそこじゃない。
何でお前が当たり前のように私のパンを半分食べて、スープを食ってるって事だ。
おい、崖から落とすぞ?
「ってか、師匠、火を起こすの上手いですよね。
僕、出来ないんですよ」
何で上から言うんだよ。
スープをお前の顔面にぶちまけるぞ。
ってか、さりげなく野菜を残すんじゃない!
「ご、ごちそうさまー」と言うナツキの肩を掴み、無理矢理座らし、野菜を指差す。
「野菜嫌なんです」
多分、野菜もお前の事嫌いだろうな。
でも、食え! 野菜や農家の人に失礼だろ。
野菜をスプーンですくい、ナツキの口の前に持っていくと、ナツキは野菜から逃げるが、
私は舌打ちをして、ナイフを取り出し、ナツキを動かないように気に服をとめて固定する。
こいつ、めんどくさいな……。
男なら、堂々と構えろよ!
「し、師匠!」
私はナツキの口を無理矢理開けて、野菜を押し込み、口を手でふさぐ。喉が動いたのを見ると、私は手を離し、ナイフを抜き、ポケットにしまう。
私はナツキの頭を褒めるように撫でると、恥ずかしそうに、そして、何か言いたげにナツキは見る。
私はまたナツキの頭を少し乱暴に撫でる。
片付けの最中にナツキは、私を見た。
なんだ? 私は首を傾げる。
「そういえば、師匠の名前なんて言うんですか?」
今頃かよ!
聞くの遅すぎるだろ!
木の枝をナツキに取らせ、地面に『リン』と書くと、ナツキは黙って地面を見つめていた。
「何て読むんですか?」
私はリンゴの絵を描いてると、ナツキはひらめいたようだ。
「リンゴさんですか?」
ナツキは何度も「リンゴさん」と言う。
私はナツキの「ゴ」と言うタイミングぴったりに、ナツキの頭を叩く。
「な、なんですか? もしかして、リンさん?」
塩酸みたいに言うな。
お前の顔面に塩酸かけるぞ。
ま、名前に関して(イントネーション抜きで)は間違いではないので、私は頷いた。
「リンさん、どこ出身何ですか? 秋の国ですか? もしかして、村ですか?」
答えるのがめんどくさい質問しやがって……。
何でしかも、春の国から逆方面なんだよ。
私は首を横に振ると、ナツキは地図を広げて、国や村を探す。
「春、夏、秋の国じゃないなら、冬の国ですか?」
私は首をまた横に振る。
「春の方面なら、聞いたことあるはずだし……。冬春村ですか?」
私は首をまた横に振る。
「もしかして、空からきたんですか?」
私はナツキに鋭いつっこみ(腹パン)を入れ、地図の右隅辺りを指差すが、ナツキは首を傾げる。
「ここ、知りませんね……。ん?」
ナツキの頬に雫が落ちた。
「あっ、雨ですね。
師匠、今日は宿でとまりましょう!」
確か、一番始めの雨にあたるのは馬鹿って昔聞いたな。あっ、なるほど……。
街に戻ると、警備員が門を閉めていた。
ちょうど、閉門の時間だったらしい。
「なんで閉めるんですかね?」
お前は魔物に襲われたいのか?
ってか、襲われろ。魔物の餌になってこい。
私たちは宿に入り、その日はここで終わった。
ーーー
「師匠、おはようございます!」
朝から馬鹿デカイ声で私は布団を掴み、頭までかぶり
出たくない意思を見せる。
「師匠、のんびりしてたらお昼になっちゃいますよ」
ナツキは私の体を揺すり、ナツキの手を軽く叩き、
もう一度寝る。 「師匠ー!」とナツキは私の手を体を揺らす。
「朝ですよー!」
うるさい と言う感情を抑え、ゆっくり起きる。
ナツキはパッと顔が明るくなった。
「早く街に行きましょう!」
それが目的だったか。ま、いい。
私も昨日買えなかったものが沢山あるしな……。
ーーー
「師匠、何買いますか?」
そうだな。今日はまだ武器が買えてないから買いたいと思ってる。
「あ、鳥ですよ!」
ナツキはかごに入ってる鳥を指さし、話しかける。
「おはよう、おはよう」とナツキは繰り返すが、
残念、この鳥は話さないし、それに食料用だ。
正直見てるこっちが恥ずかしい。
私はナツキの服を掴み、歩き出す。
次から、ナツキに首輪でも着用すべきか?
勝手にどっかに行くし。まったく、危なっかしい。
「あの鳥、話しませんでしたよ」
ナツキは鳥の事をペラペラと話すが、
私は未だに話せない。
私は武器屋に入り、ナツキはキョロキョロと周りを見て、いろんな武器を指さす。
「かっこいいですね!」
ナツキは弓や槍を指さして、鏡のように輝いている剣を見つめ、「欲しい!」と目を輝かして、自分のお財布を見るが、足りないらしい。
「師匠、お金貸して下さい!」
金は貸さないぞ?
タダ飯食ってないで、いい加減働け!
私は財布を閉じて、胸元にしまう。
「師匠ー!」
んー、そうだな。槍とかいいな。
近寄ることを許さない、あの長さ。かっこいいな。
いや、待てよ。銃も捨てがたいな。
持ち運びに適してるし、見た目もしっかりとしてる。
でも、オノもかっこいいし……あ、鎌も捨てがたい。
ま、 今はナイフがあるから大丈夫かな。
店を後にして、私は少しずつ軽くなっていく財布に心細くなっていた。
「師匠、またあの店に寄りましょう。
僕、欲しい物があったので」
一人で行け。めんどくさい。
「師匠、あれはなんですかね?」
ナツキが指差す先には、何かに群がってる人間。
野菜の特売でもやっているのだろうか。
「特売でもやってるんですかね?
ちょ、何押してるんですか!」
私はナツキの背中を押して、人混みの中に入れる。
ナツキの姿が見えなくなると近くのベンチに座り、
雲ひとつない空を見る。
私は何をしたいのだろうか?
自由に旅をして、邪魔するものを倒して、
自由に生きて……そしたら?
そしたら、どうするの?
そして、死ぬの?
暖かい風が私の頬を撫でて、葉っぱが空を舞った。
私よ。今更、何を怖がってるのだ
皆、私を裏切ったんだろ
誰も助けてくれなかっただろ
どうせ、自分が一番可愛いんだ
ナツキはぼろぼろな状態で歩伏前進で野次馬から抜け出して、チラシを持って来た。
「師匠、姫が山賊に拐われたらしいですよ。
それで今助けくれる勇者を探してるそうです」
チラシを見せてきて、
『私の娘、ハルコ姫が拐われました。勇者募集!
お礼金あり!』
「助けに行きませんか?」
金か、または勇者って言う言葉に引かれたのか。
「一緒にハルコ姫を助けましょう!」
私の事は誰も助けに来なかったのに。
なんで他の奴の助けに行かないといけないんだ。
「ハルコ姫絶対泣いてます。心細いですよね。
早くその場から逃がしかたいんです!」
ナツキが持ってるチラシを手に取り、
私はビリビリに破り、ナツキに向けて紙吹雪を息で飛ばす。
「何してるんですか! 苦労して取ったのに!」
ナツキを無視して、
私は手伝いのためレストランに向かった。
「あら、本当に来てくれたのね!」
おばあさんは嬉しそうに手を握って、
私は頷き、ナツキは後ろに隠れていた。
私とナツキは背中を押されて、お店の中に入った。
エプロンを渡され、私はキッチンに立って、野菜を切り、下準備をする。
ナツキは黙って掃除をしていた。
おばあさんが料理を作り、ナツキが運ぶ。
仕事を終えて、おばあさんは賄いを作ってくれた。
私とナツキはロールキャベツを食べて、さらに寝床も用意してもらった。
「師匠……」
だが、私とナツキをリア充か夫婦かと勘違いしたのか。部屋が一つしかないと言う事件が起きた。
「部屋が一緒ですよ。どうしましょう?」
「師匠?」
ナツキは私の肩に揺らして、マントを被って寝てる私に少し驚いて
ナツキは私を担ぎ、ベットに寝かせる。
「こんな服装だと寝にくいですよ」
ナイフとコートを取り、机の上に置き、
ため息をつきながら、ベットに腰かけた。
「ペンダント?」
ナツキは首にかけているペンダントに触れて、横にあるロックを解除して、写真を見つめる。
「師匠、幼い頃も可愛い……」
ナツキは私の頭を撫でて、おでこにキスをした。
バサッとマントを羽織り、ドアを開ける。
「師匠。僕は勇者なので姫を助けに行ってきます」
ナツキのくせに格好つけやがって……。
こんな事なら、狸寝入りしなきゃ良かった。
ま、いっか。もう寝よう
夜が明ける頃、ナツキは姫が捕まってると聞く洞窟に入り、剣を抜き走り出す。
「姫! どこに居ますか?
居たら返事をしてください!」
ガムの破裂音が洞窟で響く、その音でナツキは剣に力をが入れた。剣を持った勇者の前には15人程の男がいた。
「姫を返せ!」
「俺を倒したら、教えてやってもいいけどな」
ヘラヘラと笑い、山賊は威嚇なのか。ハンマーを洞窟の壁にぶつけると、小石がパラパラと落ちる。
「そのへなちょこな剣で勝てると思ってるのかよ!」
武器を持った山賊が一斉にナツキの所に襲いかかる。
―――
おばあさんの家を出て、私は街を歩く。
朝早いのか、人がまだそんなにいなかった。
「師匠! ウサギです。可愛いですね!」
「豆のスープ美味しそうですよ!」
「今日も良い事あると良いですね」
さっきから、ナツキがいないのにナツキの声が頭の中で再生される。ナツキはいないのに……
街の隅で近くの石に腰掛け、
この前のパンを口に運び、水で流し込む。
このパンは塩でも入っているのか?
とても、しょっぱい。
それにあまり美味しくない
ナツキに会えば、私が泣いている理由を
答えをくれる気がする。
なんでパンが美味しくないのか
なんで涙が出てくるのか
食べかけのパンをしまい、街の外に出る。
ここの魔物は弱いが、山賊は国の兵も手に負えない程に強いらしい。
洞窟はひんやりした空気が流れて、ブーツの足音が洞窟中に響く。時折、笑い声が不気味に響き。
奥の方に近付くと薄っすらお酒の匂いがしてきた。
「やめて下さい! そのお方はもうボロボロです」
「姫。お気遣いありがとうございま……」
姫の声がして、大きな石の影に隠れて様子を見ているとナツキは倒れ山賊に腹を蹴られ、殴られて、アザや血も出て、少しお酒も飲まされているのか、意識がもうろうとしていた。
このままだと、ナツキが死んでしまう。
敵は15人ほど、他はナツキと姫のみだ。
二人だけを連れ出して逃げるのが一番良いと思うが、姫は手を拘束、ナツキは歩ける状況ではない。
こっそり抜け出せない……
頭は酒を飲んで笑っているやつだろう。
仕方ない。酔いが回るのを少し待つか……
鉄のような物がカラカラとなった。
ナツキの剣がこっちに飛ばされたのだ。
剣は折れて歯はボロボロ、全く使い物にならない。
「師匠……」
「こらこら、勇者の大事な剣を飛ばしたら駄目だろ?」
剣を拾いに来たのか、手下がこちらに向かってくる。
私は立ち上がり、ナツキの剣を先に拾い、剣を手下向ける。
「誰だ。お前! こいつの仲間か」
私は話すことが出来ない。だから、行動で示す。
ナツキの剣で手下斬り、倒れると、
暴力を振ってるやつまで走りだし、剣を振り回す。
なんか、山賊達の動きがゆっくりしている。
一人を斬り、剣の向きを直しつつもう一人斬る。
自分だけ世界が違うようだ。
次々と来る山賊を斬り、奥へ走り、ついには頭らしき人物を斬る。
動けない山賊達を見て、私は姫の手を解き、
ナツキの腕を肩に乗せて、歩く。
「師匠、僕は情けないです」
私は黙ってまで歩き続けた。
―――
数日後。
私はこの国の英雄になった。
皆から、祝福された。名誉あることらしい。
「さすがです。師匠」
まだ傷が酷いのかナツキはベットで寝ていて、包帯が巻かれている手で拍手を送る。
だが、私は英雄ではない。
「僕は相変わらず弱いままです」ナツキは傷だらけの顔で笑い、まだ痛むのか時々苦しそうな顔を見せる。
「僕、勉強も運動も駄目で……。
駄目過ぎて、両親や友達にも見捨てられたんですよ」
確かに字も書けないし、計算遅いし、
逃げ足も遅いし、攻撃は弱い、好き嫌いは多いし、
花粉症だし……
「僕は足手まといになります。僕を捨てて下さい」
私は紙に文字を書き、ナツキに見せる。
「僕、字読めないんです!
師匠は僕と会話したくないんですか?
それとも僕をバカにしてるんですか?」
紙がハラリと落ちて、私は黙って外に出ると
おばあさんが部屋に入る。
「大丈夫?」
「はい。だいぶ傷は癒えました」
おばあさんは紙に書いてある文字を見て、
首を傾げる。
「それでも構わない。一緒にいよう。
……これはお嬢ちゃんが書いたのかい?」
「えっ……」
ナツキは起き上がり、歩き出そうとするが
傷の痛みで足に力が入らず転んでしまった。
「松葉杖使いなさい」
立て掛けてあった松葉杖を差し出し、
ナツキは「ありがとうございます」と受けとり、
不器用に歩き、ナツキは英雄を探す。
「こんな僕でも構わないと言ったのに、
僕は師匠に失礼な事を言ってしまいました」
ナツキは人にぶつかり、転ぶと落ちた松葉杖を見つめる。ナツキは松葉杖を拾いにいこうとすると、通りすがりの人が拾った。
拾った人はナツキの手に松葉杖を持たせて、ナツキを立たせる。
「ありがとうございま……って、師匠!」
ナツキは抱きついて、私に寄りかかる。
重さに耐えきれず、私は地面について座り込む。
「ごめんなさい!」
ナツキはこどもみたいに大声で泣いて、通りすがりの人はこちらを注目して、
「痴話喧嘩か……」という目で見る。
「僕の事を馬鹿にしてるって思ってませんから!
僕の事が大事に思ってくれたの知ってます!」
やめろ。これ以上注目されたくない
まず、黙れ。恥ずかしいから
「大好きだからぁー、嫌いにならないで下さい!」
勘違いする発言やめろ。
あんたとは付き合ってないからな!
「僕の事嫌いですか? 好きですか?」
しつこい上に、めんどくさい
何? 行動で示せってか?
私はナツキの頭を撫でて、柔らかくふわふわな髪にキスをして、彼が欲しがっていた剣を与えると、ナツキは顔を赤くして、口をもごもごとさせる。
「師匠大好きです!」
現在
主人公 レベル10
ナツキ レベル4
春の国篇おわり