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冬の王様  作者: 法田波佳
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冬の終わり




 それからしばらくしたある日、王様は少女の部屋を訪れました。

 珍しい王様の訪問に、少女はびっくりしました。そんな少女に、王様は手にしていたものを差し出します。よく見るとそれは、分厚い巻物でした。

 きょとんとする少女に、王様は、巻物を開くように言います。開くと、そこには流れるような字がびっしりと書かれていました。


 一つ、朝は七時に起きること。

 一つ、勝手に互いの部屋に入らないこと。

 一つ、ひとの部屋のものは勝手に触らないこと。


 ずらずらと巻物に書かれたそれは、どうやら二人で生活するための決まりごとのようです。王様は、誰かと過ごしたことがないから上手く暮らしていくために作ってみた、と言いました。それを聞いて、少女はくすくすと笑い声をたてました。あまりにも王様が初々しくて、可愛かったのです。

 そして、巻物を巻き直すと、王様へと返します。いぶかし気にする王様を見て、少女は言いました。


「王様、一緒に暮らすのに、たくさんの決まり事なんていらないんです。たった二つでいいんですよ」


 王様は、少女の言葉に首を傾げます。少女は、にっこりと微笑みながら続けます。


「一つ目は、お互いを思いやって暮らすこと。二つ目は、嘘や隠し事をしないこと。この二つさえ守っていれば、きっと大丈夫です」


 少女の言葉に、王様はなるほどと頷きます。そして、持っていた巻物を捨て去りました。






 それから、何年もの時が流れました

 いくつもの季節が巡り、少女は、もう女性へと変わっていました。

 変わらず、穏やかな二人の日々が続く、そんなある年の冬、それは起こりました。



 何気ないいつも通りの日。

 けれどある日、王様は自分の力が弱くなっていることに気がつきました。最初は勘違いかと思っていましたが、ゆっくりゆっくりと、けれど着実に弱くなっていっています。

 空から降る雪はまばらになり、地面に積もった雪も溶けだしてきました。城の壁をおおう氷も薄くなっていっているようです。

 力が弱くなっていることは、少女も気がついていました。

 本来なら、何千年と生きる王様たちですが、冬の王様は、気が遠くなるほど長い時間をかけて使い切るはずの力を、あの長い冬で使い過ぎてしまったようなのです。

 もう、王様の力は多くは残っていませんでした。

 

 王様の身体が弱っていく、それに比例するようにして、寒さは和らいでいきます。

 次第に、王様は自分で動くことすら難しくなってきました。起きている時間より、寝ている時間の方が長くなっていきます。そんな王様を、少女は甲斐甲斐しくお世話していました。きっとよくなる。そう信じて。


 けれど、王様の調子は一向によくなる気配が見られません。

 ふと、窓の外を見て、地面に積もった雪がとても少なくなっていることに、少女は気がつきました。白い雪の間から、地面の茶色が顔を覗かせています。

 少女は焦りました。そして、ひどく怖くなりました。

 積もった雪の量が、王様の命の期限を表しているような気がしたのです。

 溶けていく雪を見るのが怖くなって、少女はカーテンを開けなくなりました。一日中、日の光も、月の光も浴びずにいる少女を、王様はただ黙って見つめていました。





「君は、私がいなくても大丈夫かい?」


 ある日、ふいに、ベッドの上の王様が呟きました。傍の椅子に座っている少女は、リンゴを剥く手を止めて王様に眼をやります。

 王様は、じっと少女を見つめていました。その眼は、今まで見たことがないほど真剣でした。だから少女も、真っ直ぐに王様を見つめて答えます。


「大丈夫です。私は、あなたがいなくても笑っていられます」


 それは、初めて少女が約束を破ってついた嘘でした。

 少女の言葉を聞いて、王様はふっと笑みを浮かべます。


「君は強いなあ」

「そうです、私は強いんです!だから王様も見習ってくださいよね」


 震えそうになる声を必死に堪えながら、少女は言います。王様からは見えないところにある手は、ぎゅっと真っ赤になるほど握られていました。





 それからしばらくして、王様はゆっくりと息を引き取りました。

 王様の身体は白く光りながらゆっくりと溶けていき、最後には水しか残りませんでした。

 力が消えて、すっかりボロボロになった城の中、少女は、声をあげて泣きました。それは、少女がこの城に来てから、はじめて流した涙でした。




 泣いて泣いて泣いて・・・もう涙も出なくなった頃、少女は一人きりで城を出ました。

 外に出ると、ぽかぽかした陽気に包まれました。

 少女は、それではじめて、春が来ていたことに気がつきました。空はよく晴れ、地面には花が咲き乱れています。何よりもきれいな光景のはずなのに、少女はそれが悲しくてたまりませんでした。




 村へと帰って来た少女を、民たちは温かく迎えました。

 英雄の帰還のように、盛大なパーティーが開かれます。たくさんの人に祝われて、感謝されて、嬉しいはずなのに、少女は自分が一人きりのように感じました。


 もう女性となっている少女に、民たちは縁談をすすめました。それは、少女が本来嫁げるはずもない、とても貴い身分の人でした。けれど、少女は断りました。それから何人も紹介をされましたが、そのたびに少女は断っていました。

 少女にとって、未来を共にしたいと思う人など、一人しかいなかったのです。





 そうやって春が終わり、夏が終わり、秋が終わり、王様がいなくなってはじめての冬が来ました。

 けれど、王様がいないのだから冬になるはずはありません。


 そのはずなのに、空は見る間に曇り出し、雪がちらつき出します。

 来るはずのない冬の訪れに、民たちは驚きました。それは少女も同じです。いえ、それ以上に少女は驚きました。王様はもういないはずなのですから。


 少女は、慌てて冬の城へ向かって走り出しました。息を切らしながら長い長い山道を駆け上がって、城へと向かいます。

 相変わらずの獣道で、何度も転びそうになりながら上がることしばらく、やっと城へと辿りつきました。するとそこには、透明な氷でおおわれた、それはきれいな城がありました。

 それを見て、少女の胸は高鳴ります。

 ひょっとしたら、ひょっとしたら・・・。期待を胸に、はやる足を抑えながら、城の中へと入っていきます。中も、昔のように氷が張られてきれいなままでした。

 少女は、迷わず王様の部屋へと向かいます。恐る恐る扉を開けば、懐かしい冷気が身体を包みました。

 そして、中にいた人を眼にして、少女は笑みを浮かべます。


「もどったぞ」


 何よりも愛しい冷たい声に、少女は、何があっても必ず季節は巡るのだと知りました。












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