一人ぼっちの少女
それからしばらくして、春夏秋の王様が国にもどってきたという風の噂が、冬の城に届きました。
外はすっかり温かくなっていて、それが本当であることを物語っていました。
二人は変わらず、穏やかに時を過ごしていました。
一緒に話をしたり、本を読んだり、・・・ゆるやかに一日が過ぎていきます。王様は、一人じゃなくなって嬉しくて仕方がありませんでした。けれど、あの日、少女がここにずっといると言ったあの日から、胸の中にもやもやしたものが居座り続けていました。王様は、それが何なのかわからないままでした。
そんなある日のこと、突然少女が倒れてしまいました。
王様は焦りました。こんなこと、少女が来てからはじめてだったのです。
雪の精たちの力も借りて、看病をしていましたが、一向によくなりません。
病気になどならない王様には、何が原因なのかも、どうすればいいのかもさっぱりわかりません。頭を抱えた王様は、秋の王様に聞いてみることにしました。人間とかかわりがある彼になら、わかるかもしれないと思ったのです。
雪の精をつかわすと、すぐに返事は返ってきました。けれど、それは驚くべきものでした。
四季を司る王様たちは、とても大きな力を持っていて、微量でも常にそれは外に放たれています。実は、人間にとってはその微量な力ですら大きすぎ、傍にいるだけで影響を受けるのです。加えて、王様たちがいる城も、王様の力で維持しているようなもの。少しならいいのですが、そんな中でずっと暮らすということは、命を危険にさらすようなものなのです。
秋の王様からの返事を聞いて、王様は愕然としました。
そして、どうしようかと困ってしまいました。
少女を助けるには、城から帰さないといけない。けれど、そうするとまた王様は一人になってしまいます。もう一度一人ぼっちになるのが、王様は怖くなりました。だけど、それ以上に、少女を失うのが何よりも怖かったのです。
王様は、少女が、かけがえのない大切な存在になっていることに気がつきました。
それは、はじめて王様が、誰かを愛した瞬間でした。
王様はますます悩みました。けれど、何日悩んでも答えは出ません。
そうしているうちにも、少女は日ごとに弱っていきます。温かかった肌は、だんだんと冷えていって、王様と変わらないぐらいの冷たさになっています。
苦しそうにする少女を見て、王様は決意しました。そして少女のところまで行くと、事情を説いて、城から出て帰るようにと言いました。
少女は、王様の話を聞くと、青白い顔にいつものように笑みを浮かべました。
「・・・どこに帰れと言うんです?私には、帰るところはないんです。だったら、このまま王様の傍にいて、死んだって構いません」
その笑顔は、笑っているのにとても悲しそうに見えました。
王様は、少女の言葉を聞いて、やっと胸のもやもやの正体に気がつきました。
少女は、ここにいたいからいるわけではなかったのです。王様の傍に、本当にいたいわけではなかったのです。少女が城にいたのは、ほかに行くところがなかったから。孤独な王様に同情したから。
少女が愛しくて、大切だから傍にいたい王様と、ほかに行くところがなくて、王様が可哀想だから傍にいる少女。
その決定的な差に、王様はたまらなく悲しくなりました。
王様は、少女に仕方なく一緒にいてほしいわけでも、同情で傍にいてほしいわけでもなかったのです。ただ、少女に、自分から望んで一緒にいてほしかったのです。望まぬまま傍にいるのなら、二人でいても一人でいるのと変わらないと王様は思いました。
王様はじっと、ベッドに横たわる少女を見下ろします。少女は、ずっと黙ったままの王様を不思議に思って眼をやりました。すると、その顔は少し怒っているように見えました。
「・・・王様?」
どうしたのかと少女は王様に尋ねかけます。王様は、それを聞いて口を開きました。
「絶対に、治してやる!ここに残るかはそれから考えろ、残るなら本当に望んでにしろ」
珍しく声を荒げて言う王様に、少女は目を丸くします。王様は、言い切ると、すぐに部屋から出て行ってしまいました。
それから王様は、必死で治す方法を探し出しました。
まずはじめは、ほかの三人の王様たちに何か手立てを知らないかと手紙を出してみました。けれど、どの王様からも、知らないという返事しか返ってきませんでした。
次に王様は、城の書庫にこもって、探してみることにしました。
書庫にいくつもある、天井まで届く大きな大きな本棚に収まっている本を、手当たり次第に読んでいきます。
もう全部の本を読んだのではないか。王様がそう思いはじめたころ、ある文献が眼にとまりました。『分割の法』と書かれたそれは、どうやら人ならざる者たちの間で力をやり取りするための方法のようでした。王様は、ふと思いました。もし、自分の力を少女に分け与えることができたら、ひょっとしたら治るのではないかと。
急いで、それを読み込みます。そこには、方法が事細かに書かれていました。
冬の城の周りにある森の、奥深くにある小さな湖。その湖の真上に月がやってきた時に、ちょうど一筋だけ月の光が差し込んだ水面の真下。ずっとずっと、その水面の下を潜っていった先の地面に、埋まっている”月の涙”を手に入れ、それに力を込めます。すると、”月の涙”を飲んだ人は、それに込められていた力を手にするといったものでした。
もっとも、この方法は人ではない者が使うもの。そして、”月の涙”に込められていた力は、そのままでは伝わらず、それを飲んだ人の力に合うように体内で変えられてしまいます。
少女に使えるのかどうかもわかりませんし、使えたとしても王様の力がそのまま伝わるわけではないので、治るのかどうかはわかりません。
けれど、王様は賭けてみることにしました。
何もせず、手をこまねいているよりは、失敗かもしれなくても、やってみた方がいいと思ったのです。
王様は、毎日夜になると、湖へと出かけて行きます。
何日も何日も何日も。
けれど、いっこうに”月の涙”は見つかりません。一筋しか光が差し込んでいないところなど、見当たらなかったのです。
諦めずに、王様は毎晩毎晩探しに行きます。
そんな王様のことを、少女は雪の精から聞いて知っていました。
少女は不思議になりました。なぜ王様がそこまでしてくれるのかと。気になって雪の精たちに聞くと、精たちは嬉しそうに笑って教えてくれました。
「王様は、あなたのことが大切なんですよ。大切だから、どうにかして元気になってもらいたいんです」
少女はそれを聞いても、まだわかりませんでした。
誰かに大切に思われたことなど、少女はなかったのです。
少女は、生まれた時から一人でした。
両親は、少女が生まれてすぐに流行り病で亡くなったと、周りの大人から聞かされていました。面倒を見てくれる人はいましたが、どの人も面倒なものを押しつけられたと言わんばかりでした。
季節が冬のままになってから早何十年。食料は十分にあるとは言い難く、親戚でも何でもない少女をすすんで養いたいと思う人など、誰もいなかったのです。
少女は、自分が迷惑な存在なのだと、うすうす感じていました。だから、嫌われないように、必要としてもらえるように、必死に頑張りました。
わがままも言いませんでしたし、お手伝いだってすすんでしました。不愉快にさせないように、いつだって笑っていました。けれど、周りの人は、少女を必要とはしてくれませんでした。それどころか、気持ち悪い子と言っていました。
それがなぜなのか、少女にはわかりませんでした。
どうしたら必要としてもらえるんだろう。少女は考えに考えました。
そんな時です。
少女のもとに、生贄にならないかという話がきたのは。
それは、少女がはじめて誰かから必要とされた瞬間でした。
少女は喜びました。そして、快く引き受けました。
これで、みんなの役に立てる!そのことがたまらなく嬉しかったのです。
そうして、少女は王様のもとへやって来ました。
王様のところでも、少女は嫌われないように頑張りました。もし機嫌を損ねて、村へ帰されることになったら、何を言われるかたまったものじゃありません。
それに、生贄になった時点で、帰る場所など少女にはもうありませんでした。
冬の城に来て、王様と過ごすうちに、少女は王様が孤独なことに気がつきました。そして、王様が誰よりも、一人ぼっちを怖がっていることに気づきました。
少女は、そんな王様を可哀想に思いました。そして、一緒にいてあげたいと思うようになりました。
けれど、どうやらそれは王様を怒らせたようです。
でも、少女にはそれがなぜだかわかりませんでした。
王様は、めげずにずっと探し続けているようです。それを見て、少女は申し訳なくなりました。自分なんかのことで迷惑をかけてるのが、とてもつらかったのです。
それを聞いた雪の精は、少女に語りかけます。
「ねえ、どうしてそんなに迷惑をかけるのを嫌がるの?」
「だって、迷惑だとみんな嫌いになるでしょう?」
少女は答えました。それを聞いて、雪の精は首をかしげます。
「そうなのかしら?あなたは、誰かに迷惑をかけられると嫌いになっちゃうの?」
「いいえ、ならないわ。だって、頼られてるってことだもの。むしろ、必要とされて嬉しい」
少女の答えを聞いた雪の精は、にっこりと微笑みました。そして、続けます。
「王様もね、きっとそうなのよ。迷惑だなんて、それだけで嫌いになったりしないわ。それにね、王様はあなたが大好きなの、大好きだから世話をやきたいのよ」
雪の精の言葉に、少女は王様のことを思い返しました。毎日やって来ては、心配そうに自分を見てくる王様のことを。
思い出してみて、少女は、自分の胸がじんわりと温かくなるのを感じました。そんな少女に、雪の精は優しい笑みを浮かべながら尋ねます。
「あなたは?あなたは、王様をどう思うの?」
雪の精の言葉に、少女は王様と過ごした日々を思い返していきます。
はじめて会った時の冷たい姿、はじめて話してくれた時の顔、はじめて見た自分を心配する眼・・・。
ひとつひとつ、思い返していくにつれて、だんだんと少女は、自分の心に哀れみとは違う感情が生まれていくのに気がつきました。
そして、はじめて王様に触れた時の冷たい体温を思い出して、少女は、自分の気持ちに気がつきました。
同情でも何でもなく、少女は王様を大切に思っていたのです。
そして、ここにいたいと、王様の傍にいたいと思いました。
ある夜、王様は慌てた様子で部屋へと飛び込んできました。
土で汚れたその手には、”月の涙”がしっかりと握られていました。
王様は少女の身を起こすと、自分の力を込めたそれを飲みこませます。
すると、少女の身体が、白く光り出しました。そして、だんだんと顔色がもどっていき、体温も温かさを取りもどしていきます。
どうやら、治すのに成功したようです。
元気になった少女に、このまま城に残るか王様は尋ねかけます。少女は、王様の眼を見て、そしてにっこりと微笑みました。その笑顔は、まるで花がほころぶようでした。
「私はここに残ります。ここにいたいんです、・・・王様の傍にいたいです」
少女の言葉に、能面のようだった王様の顔に、ぎこちなく笑みが浮かびます。
それは、一人と一人が、本当に二人になった瞬間でした。




