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冬の王様  作者: 法田波佳
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一人ぼっちの王様




 少女が冬の城に来て、8日が経ちました。けれど、一度も王様とは言葉を交わしていません。それどころか、最初に会ってから一度も王様の姿を見ていません。王様は、自分の部屋にこもったきり、出てこようとしないのです。

 せっかく中に入れてもらったのに、これではどうしようもありません。少女は、毎日王様の部屋の前まで行って、会ってくれるよう呼びかけました。けれど、やっぱり王様からは、返事のひとつもありません。だんだんと、少女から元気がなくなっていきます。返ってくる気配のない返事を待ち続けるのは、少女にとってつらいことでした。

 そんな少女を慰めてくれたのは、雪の精たちでした。彼らは、この城に住みつく精たちで、とてもいい子ばかりでした。一人ぼっちの少女のもとに来て、城の中を案内したり、お話をしたり、雪遊びをしたりしてくれました。

 次第に、少女の顔に笑みがもどっていきます。一人きりで不安な中、雪の精たちと遊ぶのが、少女にとって何よりも楽しいものでした。



 ある日、少女はまた王様の部屋まで行きました。そして、中に向かって呼びかけます。


「王様、外で雪遊びでもしませんか?雪の精たちも、みんな楽しみにしています」


 きっといつものように返事はないだろう、少女はそう思っていました。けれど、今日はどうやら違ったようです。大きな足音が聞こえて、バンッと勢いよく扉が開きました。それを見て、少女は期待に胸を躍らせます。けれども、返ってきたのは予想外の言葉でした。


「うるさい!向こうに行けっ!!」


 それは、ライオンの咆哮のように大きな大きな声でした。少女はびっくりして、思わず動きを止めました。そして、恐怖でさっと顔を青ざめさせます。王様はそんな姿を見ると、中へともどって、また勢いよく扉を閉めました。


 広い広い部屋の中。一人きりで王様は、窓の外で雪の精たちと楽しそうに遊ぶ少女を眺めていました。その胸の中では、後悔と羨望が入り乱れていました。

 王様も、本当は少女と遊びたかったのです。


 この広い城の中、何百年も一人でいた王様は、誰よりも他人を欲していました。

 けれどその分、誰よりも他人を傷つけることを恐れていました。

 冬の王様には、春の王様のように綺麗な花を咲かせることはできません。夏の王様のように暖かな日差しを降り注ぐことも、秋の王様のように豊かな実をならせることもできません。

 冬の王様にできるのは、空を曇らせて雪を降らし、冷たい風を吹かせることだけ。けれど、それが人間にとって害でしかないことを、王様はよく知っていました。


 もう少女は自分のところに来ないだろう。

 さっきの少女の怯えた顔を思い出して、王様はそう思いました。それにほっとすると同時に、どこか悲しくもなりました。



 けれど次の日、扉はまた叩かれました。王様の予想に反して、少女はやってきたのです。

 王様はとても驚いて、思わず扉を開けてしまいました。扉の向こうでは、少女が驚いた顔をして立っていました。


「どうして来た?私が怖くないのか」


 王様は少女に尋ねます。少女は、王様を真っ直ぐに見て、答えました。


「怖くないと言ったら嘘になります。けれど、私は王様のことを何も知りません。それなのに、勝手な先入観だけで避けるのは失礼です。本当に怖い人なのか、ちゃんと中身まで知ってから決めます」


 少女の言葉に、王様は眼を丸くしました。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのです。そんな王様を見ながら、少女は続けます。


「だから、私は王様とお話がしたいです。一緒に過ごしたいです。・・・王様のことを、知りたいのです」


 王様の眼を見たまま、にっこりと微笑んで少女は言いました。

 それは、王様がはじめて他人から向けられた笑顔でした。

 王様の胸に、じんわりと温かいものが広がっていきます。けれど、それが何なのか、王様にはわかりませんでした。

 どうしたらいいかわからなくなって、王様は勝手にしろ!と言うと、また部屋の中へともどって行きます。その後ろから、勝手にします、と少女の明るい声が追いかけてきました。





 その日から、だんだんと、けれど着実に二人の距離は近づいていきました。

 最初は、王様が部屋から出てきてくれるようになっただけ。けれどそれから、挨拶を返してくれるようになり、話をしてくれるようになり、一緒に過ごしてくれるようになり・・・。

 そうやって、だんだんと二人でいる時間が増えていきました。



 しかし、距離が近づくほど、王様の中である不安が広がっていきます。

 もし、一年中冬でなくなったら、少女はいなくなってしまうのではないか。

 少女がこの城にやって来たのは、冬の王様に力を緩めてもらって、季節を冬以外にしてもらいたいから。その願いが叶えられたら、少女がここにいる理由はありません。この城から出て行ってしまうでしょう。

 王様は怖くなりました。

 誰かがいる幸せを知ってしまった今、もとの孤独にもどるのは、すごく、すごく恐ろしかったのです。

 冬でなくならせることなど、王様にとってはいとも容易いことです。力を弱めるだけでいいのですから。けれど、その簡単なことが、今の王様にとっては、とても難しいことでした。

 いっそ、このまま冬のままで・・・だったら少女はいなくならないだろう・・・。そんな考えが、王様を襲います。けれど、王様、王様と自分を慕ってくる少女を見ていると、心がズキズキと痛みました。


 そして王様は、冬を終わらせることに決めました。

 一人になる恐怖は消えません。けれど、これまで一緒にいてくれた少女への恩返しのような気持ちで、王様は力を緩めていきます。

 空を厚くおおっていた雲はだんだんと消えていき、日差しが差し込みだします。積もっていた雪もゆっくりと溶けだしました。雪がなくなった地面からは、小さな芽が顔を出しはじめました。

 長い長い冬は、終わったのです。


 少女はそれを見て、急いで王様のもとへ行きました。

 けれど、王様の部屋は、最初の頃のようにぴっちりと扉を閉ざしていました。


「王様?どうしたのですか」


 少女は中に向かって呼びかけます。少しの沈黙の後、中から小さな声が聞こえてきました。


「冬は終わった。お前はもう自由だ。どこへでも、行けばいい」


 その声はいつも通り平坦なものでしたが、少女は気づいてしまいました。声の奥に、一人で膝を抱えてうずくまっている、王様の姿が見え隠れしていることに。少女は、扉に耳を近づけてまた尋ねます。


「本当に、それでいいんですか?王様は、本当にそう思っているんですか?」


 また、沈黙が返ってきます。けれど、少女は辛抱強く中へと呼びかけ続けました。

 すると、しばらくすると中からまた小さな声が聞こえてきました。王様は、ぽつり、ぽつりと言葉を落とすように話していきます。



 それは、少女が生まれるずっとずっと前のお話でした。


 今から何十年も昔、今とは違ってまだこの国に四季があったころ。王様は、今と同じように一人きりでいました。

 春や夏、秋の王様のもとへは、民たちがひっきりなしに訪れては、日々楽しそうに宴会が開かれています。けれど、冬の王様のもとには誰も来ません。王様は、誰もいない城の中、ほかの城の楽しそうな様子をじっと見ていました。

 寂しくて寂しくて、王様は考えました。どうやったら、みんなが訪ねて来てくれるか。

 そして思いつきました。

 もし、ずっと季節が冬のままだったなら、みんな困って頼って来てくれるのではないか、と。

 王様は、試しに力を強めてみました。すると、すぐに空からは雪が降り出しました。見る見るうちに地面には雪が積もり、季節は冬へと変わりました。

 王様は喜びました。これできっと訪ねて来てくれるに違いない。民たちが来るのが待ち遠しくて、首を長くして待っていました。


 けれど、民たちが頼ったのは、ほかの三人の王様でした。

 城へとやって来た王様たちを見て、冬の王様は落胆しました。それと同時に、自分が欲しいものをやすやすと手に入れているほかの王様が、憎くて、憎くてたまらなくなりました。

 ほかの王様を国から追い出せば、今度こそ、民たちは頼ってくれるに違いない。そんな考えが王様の頭に浮かびました。本当なら許されないことですが、そんなこと王様には関係ありませんでした。このままずっと、一人ぼっちでいるのは嫌だったのです。

 どんどん力を強めていって、ついに王様たちを国から去らせることに成功しました。

 けれど、民たちは冬の城へはやって来ませんでした。

 待てども待てども、訪れる気配はありません。

 王様は、一人ぼっちのままでした。


 そうやって何十年もその状態がつづいて、やっとやって来たのが少女だったのです。




 王様が語ったそれは、長い冬のはじまりのお話でした。




 話し終わると、また沈黙が二人の間に流れます。

 少女は、試しにドアノブに手をかけて回してみました。すると、鍵がかかっていると思っていた扉は、いとも簡単に開きました。

 部屋へと入ると、広い部屋の真ん中で、王様が背を向けてうずくまっているのが見えました。その後姿があまりにも心細げで、今にも消えてしまいそうで、少女は思わず駆け寄りました。王様の背に、手を当てて寄り添います。その背中は、服越しにもわかるくらい、まるで氷のように冷え切っていました。


「・・・王様、私はここにいます。傍にいます。言ったでしょう?私には帰る場所なんてないんです。ここしか、ないんです」


 少女の言葉は、王様にとって願ってもないものでした。けれど、嬉しい反面、どこか悲しくもありました。それがなぜなのか、王様にはわかりませんでした。





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