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ネーテル城にまじない師の兄弟を装って入りこんだユリアナだが、基本的に彼女は町の娘さん相手の占いもしていた女のまじない師である。
恋占いは乙女の特権であると、ユリアナは信じていた。
いつか素敵な恋人ができるかしら、それとも何かと声をかけてくる彼は私に気があるの?
そんな風に胸をときめかせてやってくる乙女達。
だから恋占いとは、可愛らしく甘い占いじゃなくてはならないのだ。
薄く明るい色の花びら、ふわふわと優しく触れてくる羽毛、キラキラと光るガラス細工、そういった乙女だけに似合うモチーフは、ムサい男の世界とは無縁でなくてはならない。
(なのに、なぜなんだろう。なぜなのかな)
ユリアナはペシャンコになった枕の気分で、自分の商売道具を片付けていた。
― ◇ – ★ – ◇ ―
スザンナが口にした言葉の中で、「縁が切れる方法」よりも「恋占い」という言葉に重点を置いて用件を解釈することにしたユリアナは、恋占いにぴったりであろう道具を荷物から取り出していた。
「に、兄さん。これ、敷くのお願いしてもいい?」
「ああ」
その間も、セイムは下を向いて重々しい雰囲気を出している。
ユリアナには分かった。顔を上げたら悲鳴をあげてしまうであろうセイムの心が。
(そんなに怖いっ!? そんなにも怖いのかっ、女がっ!)
セイムにしてみれば、人前で吐くわけにはいかないという切実な理由があったのだが、今一つ親身になれていないユリアナである。
スザンナの見た目は、とてもゴージャス系な美しい娘だった。
遠く離れて眺める分には、楽しいと言えるだろう。この年頃のお嬢さんなら、思ってもいない憎まれ口をたたいてしまうこともあるが、それすら可愛らしいものではないか。
好きな人に好きと言えない、そんな乙女心が、縁談を壊したいというような方向に向いてしまっているだけなのだ。
(うふふふ、私としたことが、そんな天の邪鬼さんな女の子の気持ちを見失っていただなんて、ダメね、もう)
そう気を取り直し、ユリアナは深く濃い藍色の地に金糸で模様を描いてある布をセイムに広げてもらった。
美しいその布の上に、桃色や紫の水晶、様々な色合いのメノウ、そういったもので作られたインタリオを幾つか置いていく。インタリオは、様々な模様を石に彫りつけたものだ。インタリオにはそれぞれ幻想的な動物や人の姿が彫りこまれている。
そうしてインタリオで周囲を取り囲み、真ん中に小さなピラミッド型の金色に光る石を置いた。
「それは何?」
「これは恋の行方を占う石でございます」
「だから行方なんてのはいらないわ。壊す方法だけよ、私が知りたいのは」
「・・・はぁ」
ユリアナは困ってしまった。なんとも強情なお嬢様である。
恋占いって言ったよね? 言ったでしょう? 言ってましたよね?
「あのね、私は本当に恋の行方なんていらないの。さっきも言ったけれど、私が知りたいのはとある騎士様との縁をすっぱり切ってしまう方法なのよ。たとえば、その騎士様がどこかで行方不明になって帰ってこない方法とか、違う女性と恋に落ちて駆け落ちして消えてくれる方法とか、もしくは戦場で華々しく散ってしまう方法とか、いきなり病気になってしまって帰らぬ旅路に出る方法とか、そういうものなの」
「・・・それは、殺したい程憎んでいるということなんでしょーか」
ハハハハと、乾いた笑いで場をなごませようとしつつ、ユリアナは隣のセイムの様子をうかがった。
(こんなにも憎まれてるなんて、何をやらかしちゃったの、セイランド様っ)
そんなユリアナの心も知らず、セイムは和やかな、それこそほっとしたような表情を浮かべていた。
この分なら、スザンナが自分に迫ってくることはなさそうだとでも思っているのだろう。
さっきまでは殺されるかのような恐怖の表情だったのに、今は平和を満喫しまくっている。
いやいやいや、根本的なものを見失っていると思うよっ!?
その前にここまで嫌われていることが気にならないのか、この男は?
ユリアナは頭を振ると、セイムには期待しないことにした。
「そんなにも毛嫌いなさることはありますまいに。不憫な騎士様でございます。姫様のような美しい方にそんなにも嫌われていると知ったら、男であれば死にたい程に傷ついてしまわれることでございましょう」
「あらまぁ。・・・そうね、言いすぎたかもしれないわ。考えてみたら会ったこともない騎士様なんですもの。だけどね、仕方ないのよ。その騎士様を抹殺でもしない限り、私は結婚させられてしまうのだから」
「・・・・・・ほかにお慕いする方がおいでなのでございますね。羨ましいことでございます。その方が正々堂々と名乗りをあげてくだされば、きっとその英雄と名高い騎士様なれば、真実の愛の前に身をお引きになることでしょうに」
身を引くだけではなく、心の底から喜んで祝福だってすることだろう。
するとスザンナは悲しそうに眼を伏せた。そばにいるリアンは、なんだかげんなりとした表情をしている。
こんな貴族のお姫様なら、恋愛事情は周囲の侍女が把握しているはずなのだが、あまり望ましいとは言えない相手なのだろうか。
「ふふ、本当にね。だけどその方はまだお帰りにならないのだから仕方ないわ。私はただ待つしかないの。それでも何もせずに待つだけではいたくないわ。私はその方を待つために、騎士様をどうにかして愛を貫くだけよ」
「姫様・・・」
耐えかねたように、フォンナが気遣うような声を掛ける。リアンは視線を明後日の方向に向けたままだ。
同じ侍女でも、フォンナがスザンナを見続けているのに、リアンはスザンナに背を向け続けている。
「大丈夫よ。私は諦めないの」
「姫様。ですけど・・・もう、あの方は姫様の為にと、身をお引きになったのではないのでしょうか」
「そんなの、私は望んでないわ」
厳しくも強い瞳がフォンナを射抜いた。
(仕えているお嬢様が不幸になると分かっていて、後押しできる使用人がどれ程いるというのかしら。憎まれているならばいざ知らず)
ユリアナは、主従を見ながら溜め息を押し殺した。
だけどその心は止まらないだろう。そう、この手の女性は愛に生きる。
そんな自分の性に気づかず、おとなしく貴族のお嬢様で生きていけばいいものを。
愛に生き、幸せをつかんだ者もいる。だが、破滅していく者も多い。
占ってもらいにくる人達の中にも、そういった者はいた。どう考えても幸せにはなれない。だが、分かっているのに彼女達は留めるユリアナを振り切って愛に殉じた。
見送る人間のやりきれなさなんて、彼女達には分からないのだ。
その不幸へと続く道へ行かせたくない者の気持ちなど。
自分の思いに囚われていたユリアナは気づかなかった。
隣にいたセイムがいつの間にか、スザンナを嘲るような目で見始めていたことを。
「それならば、まじない師ではなく、策士としてお雇いになったらいかがです?」
そんな低い声が、ユリアナの隣から響いた。