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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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4 裏 エイド将軍と狂犬



 見るからに(いか)めしく、猛々(たけだけ)しいとされるローム王城。

 それは広い敷地に色々な建物を内包するローム王国の(かなめ)だ。


 その日、エイド将軍は、腹心でもあるロメスを探していた。

戦いの場にあっては、豹変したかのように荒々しく戦うロメスだが、普段の日は温和で心優しい若者である。

変わり映えのしない日々を送るエイド将軍に対し、時にはその気晴らしになるようなものを持ってきたりして、楽しい気持ちにさせてくれる男だ。まさに子とも孫とも思う程に、エイド将軍はロメスを可愛く思っていた。

立場上、城から離れられないエイド将軍に対し、ロメスはささやかながらも本当に欲するものを見つけては持ち帰ってくる。


「将軍。街でこんな味付けの燻製肉が売られていました。食べてみませんか?」

「ふむ。なかなかいけるな」

「そうでしょう? スミナの街道が通行できるようになり、行商人が運んできたようです。変わった味付けだったので、食べていただきたかったのです。・・・こうして手に入れた平和は、将軍の努力あってこそです。素晴らしいことだと思いませんか」

「お前なしに、俺の評価はないよ。・・・なあ、ロメス」

「私が従うのはエイド将軍のみです。それよりも、奥様にもお土産で持って帰ると喜ばれるかもしれませんね。こちらがお土産の分です」


 こんな調子である。

 エイド将軍も勇猛で知られた男だが、さすがに年には勝てない。一生を戦地にありたいと思う気持ちとは別に、代替わりは必要であろうと考えていた。

 基本的に軍で名を挙げた者は、今度は敵からも味方からも狙われる存在となる。高名な軍人を(たお)して名を挙げようとする者は枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 名声を手に入れたらさっと引退するのが習わしでもあった。


(不敗を誇った英雄とて、最期に一度敗れたらそれまでの名声も何もかも失われ、惨めな最後となるのだ。ゆえに人は、去り際の美学を追求するというのに)


 ロメスを始めとして、部下達はそのエイドの気持ちを理解しようとしてくれない。

 悩ましくもあり、そこまでロメスに実の父の如く愛されている自分がくすぐったくもなる。

 エイド将軍にとって、そこまで部下に愛されているというのは、一つの誇りでもあった。ロメス自身はかなりの実力者だけにだ。

さきほどローム王に呼ばれて、

「お前ん所の、あの狂犬だがな・・・」

と、言われた為、その狂犬、つまりロメスを探していたのだが、どうしてあんなにも心優しく穏やかなロメスを誰も彼もが狂犬呼ばわりするのか、エイド将軍にとってはかなり不本意でもあった。

 しかし国王には逆らえないのが辛いところだ。

 何よりロメスはそれを知っても、

「エイド将軍にとっての忠犬というのが悔しくて、そんな変な呼称になったのでは? どこも上官だからといって部下に慕われているわけではありません」

と、爽やかな笑顔で笑い飛ばしたのだ。

 なんという清らかな心根の青年なのか。


(犬呼ばわりされて怒らぬばかりか、私に気遣って笑ってみせるような好青年だというのに・・・!)


肝心のロメスは訓練場にも溜まり場にもいなかった為、今更戻るのも気が済まず、裏庭まで探しに出る。

すると、地面に座り込んでいるロメス達の姿が見えた。どうもロメスとその二人の部下達で何かを話しているらしい。

エイド将軍は、繁みの側から近づいていった。声を掛けようとしたところで、彼らの会話が聞こえてくる。


「いいかげん、あそこまで譲りたがってらっしゃるんですから、ロメス様もエイド将軍を解放して差し上げたらいかがですか。将軍も、やはり新兵を鍛えたりする側にまわりたいんじゃないかと思いますがね。将軍を辞めたところでいきなり全てから引退なさるわけではないでしょう」

「私もカイエスの意見に賛成です。勇猛果敢で知られたエイド将軍ですからね。憧れの人が鍛えてくれるならと、うちに入りたがる新兵も多くなるでしょう。新兵の訓練場といえば通常は左遷に思われるでしょうが、エイド将軍ならば誰もがテコ入れだと理解します。勿論、新兵と言ってもエイド将軍の教えを受ける者は先に選別してしまえば、いつかは自分も教えを受けたいと皆がやる気を出すでしょう」


なかなか分かっている部下である。

そう、エイド将軍も戦に疲れていたのだ。しかし現役を去りたいと思う程ではない。騎士や兵を鍛えるというのは、自分にとってもいい案だった。


「駄目だ。将軍には私の上官でいてもらわねば」


うんうんと茂みの陰で頷くエイド将軍だが、ロメスは部下の意見をバッサリと却下した。


「ですが、ロメス様だって十分武勲を立ててらっしゃるじゃないですか。こう言っては何ですが、エイド将軍が不在でも、あなたのキレっぷりは健在だと思いますよ? なあ、ロムセル?」

「そうそう。エイド将軍にしてみれば自分よりも真っ先に血まみれになって戦う部下ですからね。そりゃ、後は安心して任せられると思っていらっしゃることでしょう」

「ええ。ロメス様が反対するからおっしゃらないだけで、ロメス様が賛成すればすぐに引退なさってしまうと思いますよ」


その通りである。ロメスであれば任せられるだろう。

更に大きく、エイド将軍は繁みの中でうむうむと頷いた。

カイエスとロムセルは常にロメスの側にいるだけあって、物事をよく分かっている。


「だからだ。くれぐれも将軍の引退など進めるなよ? エイド将軍には私が死ぬまで上官で居てもらわねばならん」

「・・・そこまで将軍が好きですか、ロメス様」


呆れたようなカイエスの声に、自分も同感である。お前はいつまで私を働かせる気なのだ、ロメス。


「仕方ないだろう。エイド将軍の本質は戦嫌いだ。どれほど武勲を上げていても、あの方は人を殺すことが嫌いで、それでも故国が踏みにじられるくらいならばと、戦っているだけだ」

「はぁ」


 やる気のなさそうなカイエスの相槌(あいづち)だった。


「その点、俺はそういう思いなんて無い。単に殺して勝つ、それだけだ。そんな人間が軍を率いたらどうなる。単なる虐殺だ。敵も味方も俺は殺しまくるだろう」

「・・・今でもそうだと思います」

「変わらないですよね」


 エイド将軍は、ロメスの戦いっぷりを思い返す。


(たしかにロメスは戦の時には普段の明るく爽やかな気配を一気になくすところがあるな)


 戦の時にはガラリと性格が変わる男だとは思っていた。戦いに生きる以上、それは誰だって大なり小なりそういうものだろう。

 しかしロメスはそんな自分に苦しみ、悩んでいたのかもしれない。


「自分よりも上の人がそういうのを嫌っている。だから俺は自分を抑えることができる。あの人は俺の良心だ。少なくともエイド将軍がいればこそ、俺は普通に戦えている。何でもいいから勝てばいいだけなら、それはただの賊徒となる。良心を失わぬエイド将軍が率いてこそ、その軍の勝利に価値があるんだ」


エイド将軍は、そっと踵を返した。

既にロメスの武の才能は自分を追い抜いて余りある。将軍とは力ある者が手にする位だ。そんな中、どうして恥ずかしげもなく自分がそこに居座り、彼を部下にしたまま置いておけるだろう。

そんな思いもあった。

だが、ロメスにも苦しみはあったのだろう。あのロメスにとって自分の存在が救いというのであれば、飾りであっても将軍位にあり続けてもいいのかもしれない。


(あれ程の才があっても、お前もまた苦しんでいたのか。ロメスよ)


今しばらく、ロメスに将軍を譲る話は保留しておこうと、エイド将軍は空を見上げた。

たとえ狂犬と呼ばれていようとも、ロメスは穏やかで優しく、どうしようもない苦しみに耐える若者なのだ。自分以外の誰が守ってやれるというのだ。



― ◇ – ★ – ◇ ―



「あー・・・、エイド将軍、もう行ったみたいですよ?」

「そうか」

「お気の毒に。きっと将軍のことだから、ロメス様の為にまだ将軍でいるんでしょうねぇ」

「るせえ、黙れ」


部下二人は将軍に同情していた。

ロメスの上官になったばかりに、気の毒な将軍もいたものである。

変な芝居に巻き込まれた部下二人の詰るような目に、ロメスはきまり悪そうに言った。


「仕方ねぇだろ。俺、色々と作戦を考えて動くのはいいが、あんな報告書だの、後でちまちまやるのは嫌いなんだ。その場で考え、決断し、行動するから生きてる実感があんだろうがよ。今のままなら手柄は全て将軍のものですねーとか言って、後始末と言い訳と人間関係の煩わしい作業は全部エイド将軍に押しつけられるが、居なくなったら全部俺だろが。何かと王や大将軍に呼びつけられるのもごめんだね。それに・・・・・・」

「それに?」

「今なら俺が愛想よくするのはエイド将軍一人でいいが、これ以上出世したら、誰にでも愛想よくしなきゃならねぇ。やってられっかよ」


狂犬と呼ばれるロメス。彼を理解していないのは、その飼い主だけであった。



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