3 裏 ユリアナの夢 雨
目を閉じると、違う人生が私にかぶさってくる。
それは私と触れ合っては消えていく。私はあのお方の車輪だから。
様々な道筋と触れ合っても、私は違う道へと移動していく。
「Wake up(起きなさい)!
Hi(ほら)、Good morning(朝よ)!」
「Unnn」
眠いから起きたくない。ああ、だけど今日は起きなきゃ。
サリーに呆れられたら何を言われるか。
「It‘s raining cats and dogs( 猫と犬が降っているわよ=ひどい雨よ) ※ 」
――― ※ ※ ※ ―――
猫は雨を支配し、犬は風を支配する魔力を持っていたと思われていたことから、ひどい土砂降りのことを、英語ではそう表現する。
――― ※ ※ ※ ―――
そんなに怒らないでよ。天気なんて私のせいじゃない。
だけどそこでハッと気づく。
「Oh, Really(えっ、本当)? I‘m going on a trip today(今日から旅行に行くのに)」
びっくりして飛び起きた。
サリーと今日から旅行に行くのに、まさか雨だなんてっ。
起こしてくれたお姉ちゃんが目を丸くしてい・・・・・・・・・あれ?
なんで空色の目? お姉ちゃん、いつ性転換したの?
「どうした、ユリー。俺に頭突きをかます気か?」
飛び起きた私に、セイムが驚いたような顔でのけぞっていた。
「え? あれ?」
「寝ぼけただけか。まあ、早起きは良いことだ」
「えっと・・・、今日は雨・・・」
「雲一つない空だな?」
呆れたように両肩をすくめたセイムが立ち上がり、埃を払った。
「起きたんならいい。俺は川で顔を洗ってくる。お前も身支度を整えとけよ。ああ、鍋の中の豆は少しなら食べてもいいぞ。朝食は今から作るから、ちゃんとお腹は空けておけよ?」
「あ、うん」
見ると、鍋の中に炒られた豆があった。こうしておくと、そのままボリボリと食べられる携行食になるのだ。少し味見をしておいてもいいらしい。
(ああ、そうか。豆を炒る音を、雨の音と勘違いしたんだ)
ヤケドしないように豆を少しつまんで食べる。素朴な味だ。
だけど歩きながらでも、馬車の中でもそのまま食べることができるし、スープの中に入れれば具になる。
空腹を満たしてくれるとても手軽で栄養豊富な食べ物だ。保存性もいい。
(安心できるんだよね、持ってるだけで)
素朴だけど安心して口にできる。
それはまるでセイムのようだった。
― ◇ – ★ – ◇ ―
宿で泊まるつもりが、この辺りの街道筋の宿だとベッドの中にシラミが多いと聞いて野宿しているセイムだが、それはどうやら正しかったようだ。
(あんな警戒心の足りないユリーでは、宿なんて何が起こるやら知れたものではないな)
夕方には街道から少し入りこんだ場所に小さな天幕を張り、焚き火をして野宿する方が衛生的なのだ。
何か起きた時の為、服を着たまま寝るのだが、問題は朝だ。
ユリアナは一度寝たらなかなか起きない。
(私が朝食など作っていたら、それこそ兵士が飛んできて取り上げたものだったが)
いくらセイムが女嫌いだと言っても、男は男だ。そしてセイムはユリアナなら平気で触れる。
普通は警戒心バリバリで、ちょっとの物音にも飛び起きる事態ではないのか。
(まあ、いいか。屋外の夜は冷えるし)
ユリアナは恐らく気づいていないだろう。
寝入った後でぬくもりが恋しくなるのか、セイムの方へと転がってきて、勝手に抱きついて寝ていることを。
(本当に豆みたいによく転がる子だな。両親をなくしているなら、もっとしたたかに育ちそうなものだが)
別にセイランドもそこまで朝が早いタイプではないが、ユリアナがあまりにもぐーすかぐーすかと寝入っているので、明け方に部下が近づいてきて打ち合わせしていくようになった。
それでもユリアナは気づかない。
(私がいない間に着替えてくれているといいんだが。いや、あの子のことだ。豆を食べる方に夢中になっていそうだな)
これでもセイムは紳士だ。部下達に水を汲みに行かせて用意しておいてあげる優しさはある。
男が近くにいたらいくら天幕の中でも着替えることには躊躇するだろう。
そう思ってのことだが、ユリアナはユリアナで水と布を見てもそれで体を拭いて着替える所まで考えつかなかったようだ。
だから今日はちゃんと身支度をしておくように言ったのだが。
顔と体を洗って着替えてセイムが戻ると、ユリアナは炒った豆を小袋に分け終えていた。
「着替えておけといったのに、どうしてまだ着替えてないんだ、ユリー」
「ふっふっふ。そこが兄さんの浅はかさ。これでも僕は庶民っ。同じ服を何枚も持っているから大丈夫なのさっ」
「・・・そうか」
どうやら着替え終えたが、昨日と同じデザインの服だったらしい。
「水は使わなかったのか? 服が濡れたら嫌だろうと置いておいたんだが」
「え? 何かに使うのかなって思ってた」
「いいけどな。顔を洗うのにあっちまで行くと、どうしても足を滑らせたりするかもしれないだろう? それで洗うといい」
「うん。ありがとう、セイム兄さん。思うんだけどホント兄さんって優しすぎるよね。こんなので世渡りできるのかって、たまに心配だよ。変な大人に騙されて身ぐるみ剥がれないでね」
心配なのはお前の方だ。
そうは思ったが、セイムはユリアナの頭を軽く撫でておく。
生意気なセリフも、相手がこのかりそめの弟ならば許せる気がした。