28 裏 ダンスを教わる理由
基本的に、上司であるエイド将軍の前では常にロメスは猫をかぶっている。
なぜかというと、上司とは自分を庇ってくれる為に存在するからだ。
自分の代わりに数えきれない程の雑音を引き受けてくれているのだ。ならばその上司一人に愛想よくしておく程度のこと、何ほどでもないだろう。
「上司が部下を庇うというのであれば、私達についてはどう思ってらっしゃるんですかね?」
恨みがましい目で、ロメスの部下にあたるカイエスが軽蔑の視線を投げてくる。
ロメスの部下達にしてみれば、あんなにもあからさまな猫かぶりに気づかないエイド将軍はあまりにちょろすぎるというか、気の毒すぎるというか、・・・もう少し部下をきちんと締め付けてくれないものかと思うばかりだ。
ロメスはちょっと考え込んで言った。
「俺にとって、部下とは後始末を押し付ける為の存在だな」
「・・・たまに上司を変更できないものかと思わずにはいられなくなる時があります、ええ」
「全くカイエスの言う通りですよ。ロメス様だってそのひねて歪みきった性格とどす黒い根性さえどうにかすればイイ線いくんですから、もう少しエイド将軍の前以外でも努力してくださいよ」
部下達はため息をつく。実際、アーモンド色の髪を撫でつけてきちんと身なりを整えている時のロメスは姿勢も良く、なかなかの色男なのだ。
それなのに、退屈すぎてやってられんとか、生きてる実感がどうだのこうだのとか、ロマンとスリルは人生の華だとかぬかしてアホをやらかしてくれる時は、髪もボサボサ、無精髭もまばらに、どこぞの破落戸とばかりにガラが悪くなる。
退屈しのぎにと山賊に混じっていた時は、本当に違和感のない悪党面だった。そのまま山賊と一緒に処分しようかと思ったくらいだ。
こちらの被害の方が大きくなりそうだったから諦めたが、あの時、一緒に討伐対象にしていいんじゃないかと迷った者は多い。
しかもやらかした事態の収拾には遠慮なく部下を使いまくってくる迷惑人間だ。
部下達にしてみれば、できればエイド将軍だけじゃなく、他の人の前でもロメスが猫かぶりで過ごしていてくれたならと願わずにはいられない。
誰だって狂犬のような上司は持ちたくないのだ、早死にさせられそうで。
「俺の心は常に澄み切った湖のように、美しく平らかだと思うんだが」
「・・・冗談で場を和ませてくださるお気持ちはさておきまして、今度の舞踏会ですが、かなり大がかりになるそうです。酔っぱらった貴族が面倒を起こさないよう警備を兼ねて紛れ込むようにと連絡が来ていました。うちからも舞踏会に参加して踊りながら警備をする人間を5名出すようにということでしたので、リストにして提出してあります」
文句を言いながらもカイエスは仕事が早い。
「ああ、ご苦労」
「そういう訳で、ロメス様も舞踏会参加ですから」
「却下」
「それこそ却下です」
「なぜ」
「うちの軍、ダンスを踊れる人間がロメス様を入れて5人しかいないからです」
「・・・俺は踊れないんだが」
「ええ、踊れるのは分かってますから。ロメス様がサボリでいなかったので、エイド将軍にサインはいただきました。既に処理済みです」
「分かった、今からダンスの講習をしろ。踊れる人間を作れ」
あんな面倒な所に行けるかと、吐き捨てるロメスに部下達は白い目を向けた。
ロムセルが分かりやすく説明する。
「ダンスの練習には女性の練習相手が必要なんですよ。どうやって調達するんですか。俺らが女官達に声をかけて頼もうものなら、まず悲鳴をあげて逃げられるのがオチです」
「フィゼッチ将軍の所ならともかく、うちは農民あがりも多いですからね。あんなお上品なものなんてできない奴らばかりなんです。諦めてください」
むむーぅと、ロメスは唸った。
使い勝手の良い部下だと思っていたら、たまにこいつらはこうやって反抗してくるから困る。
本当に部下には苦労させられる。・・・上司とは辛いものだ。
― ◇ – ★ – ◇ ―
ロメスの上司であるエイド将軍は愛妻家だ。筋肉もりもりのエイド将軍に、よくぞあんなたおやかな女性が嫁に来てくれたものだと噂されたりもしていたが、その嫁もエイド将軍にベタ惚れなのだから、男女の仲とは分からない。
そのエイド将軍の家をロメスは訪ねた。
「まあ、ロメスさん。よく来てくれたわね。どうなさったの?」
「実は奥様にお願いがありまして・・・」
「まあ、何かしら。どうぞおっしゃって?」
何かと気を遣ってくるロメスに対し、エイド将軍の妻も好意的である。そこでロメスは切り出した。
「実はうちの軍でもダンスを踊れる人間を増やしたいと思っているのですが、どヘタクソな練習に付き合って下さる女性の心当たりがないのです。奥様のお力をお借りできませんでしょうか」
ロメスの部下は、王宮の若い女官に声を掛けても悲鳴をあげられるとか何とかぬかしていたが、それは下心満載で若い女性に声を掛けることを前提としているからだと、ロメスは判じたのである。
「まあ。だけど私達では若いお嬢さんともなると・・・」
「いいえ。そうではなく、できれば奥様のお友達の方にお願いしたいのです。つまり、貴婦人の入り口にいるような令嬢ではなく、真の淑女に教えを請いたいと思いまして」
ダンスを教えてもらうだけなら、別に母親より年上の女性でもいいではないか。
自分が教わるなら願い下げだが、部下達が教わるのであれば相手が死にかけの老女であってもロメスは気にしない男だった。
「うちの若い人間を、どうぞ育ててやっていただきたいのです」
「そういうことなら喜んでお友達に声をかけさせてもらうわね。だけど、本当に私達のような老女でいいのかしら。やっぱり若いお嬢さんの方が嬉しいのではないかしら?」
「とんでもないことです。それこそ年長者の導きを必要とする若いお嬢さんに何が教えられるでしょう。かつて社交という華やかな場をくぐり抜け、それこそ淑女のたしなみも紳士のマナーも全てご存じな方が必要なのです」
ものは言いようで、そうなると若い女性の心当たりも幾人かはあったエイド将軍の妻だが、脳裏でぐるぐると誰がいいだろうかと考え始める。
たしかに若い女性が必要ならば、このロメスがにっこりとお願いしたらすぐに集まるだろう。
エイド将軍の妻は、ロメスが狂犬呼ばわりされていることを知らない為、見たままの好青年として評価していた。わざわざ夫の部下が自分を頼ってきたのだ。できれば力になってあげたい。
「我らはあくまで警備の為に踊れるようになる必要があるのです。失礼なことがあってはエイド将軍の恥にもなりましょう。どうぞ手取り足取り、女性の扱いについてもビシバシ教えていただきたく」
「そういうことでしたら、おっとりした人よりも厳しい人の方がいいのかしら」
「そうですね。ええ、遠慮なくやってくださる方が望ましいかと」
ロメスはエイド将軍の自宅を辞すると、部下に命じて十代から二十代のそれなりに顔が良さそうなのを見繕ってリストアップさせた。
「古来、生け贄ってのは顔が良くなきゃ喜ばれないと決まってるからな」
「鬼ですか、あなた」
そして彼らにダンスを教えると通達したのである。
喜んだのは、選ばれた青年達だった。
王宮に勤める女官には美しい娘も多い。ダンスを踊れるようになれば、目当ての娘を誘うこともできるだろう。
彼らはワクワクする気持ちで、講習の為の会場に向かった。どんな美女が自分達にダンスを教えてくれるのだろう。
「ほほほ。まあ、いい体の子供達だこと。息子よりも若い男の子とダンスだなんて、若返ってしまいそうだわ」
「坊や達、手取り足取り腰取り仕込んでさしあげてよ」
「本当、いい体ねぇ。お肌もピチピチ」
そこに待っていたのは、○十年前の美女達だった。
マジか・・・。
終わった・・・。
帰りてぇ・・・。
騎士道精神を発揮して口こそ閉じたものの、彼らはぺたぺたと自分達の体を触ってくる手に精気を吸い取られながら、ダンスをマスターさせられたのである。
「ですが今回の舞踏会には間に合いませんからね。次回からはともかく、今回のロメス様の参加は強制ですから」
「わぁーったよ」




