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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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 セイムは面白くなさそうな顔をして、その報告を聞いていた。


「つまり、ロームへ戻れ、と」

「はい。先ほど、ロームから通常連絡がありまして、ロームで舞踏会を催すと決定したそうです。勿論、セイランド様も出席するようにとのことです」


 そう言って、隊長が困ったような顔で、早馬の使者が持ってきた封書とは別の紙片を指し示す。

 隊長達が滞在している郊外の一軒家にセイムはひそかに呼び出されていた。


「ロームからの早馬ですが、当たり前のことながらカンロ伯爵に向けられた使者も同じ方向だったわけでして、その使者とここへの到着はほとんど変わらない日数で着いたとか」

「そうなると、それよりも早い連絡があったというのは、どういうことなんでしょうねぇ? ユリーちゃんてば実は有能すぎてびっくりですよ」

「お前の言い方って、いつも思うけどイヤミたらしいよな、テイト。・・・まあ、つまりアレだ。今回の舞踏会を王にねだったのは王妃なんだから、つまりそういうことなんだろうよ」


 隊長の報告にテイトが茶々を入れると、スカルがそれを補足する。

 セイムは不機嫌な気配を更に強く漂わせた。


「セイランド様のお気持ちも分からないわけではありませんが、そうなると逆らえるものでもなかったでしょう。どうぞ・・・」

「黙れランスッ」

「は」


 鞭のように鋭く飛んできたセイムの声に、ランスは首をすくめた。

机を叩き壊しかねない程に、セイムの怒っている気配が室内に満ちる。

 誰もが口を閉ざした。


――― まさかと思うが、斬り殺す気じゃなかろうな。


 誰もがその怒りにユリアナを案じずにはいられない。

 かなりの長い時間がたち、セイムはゆっくりと息を吐き出した。


「ロームに戻る。引き払う用意をしておけ」

「はっ」


 隊長以下、すぐに頭を垂れた。誰もが、今のセイムに掛ける言葉を持たなかった。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 馬と供とを断り、セイムは足早にその家を出た。

荒れ狂う気持ちをぶつける先を、今はどこにも見出せない。

 郊外に広がる林に入り、人気のない場所を見つけて滅茶苦茶に剣を振り下ろせば、枝があちこちへと散らばった。

やがて汗だくになり、疲れきって座り込む頃には、心も少し静まる。

 木の幹にもたれて、セイムは目を閉じた。


――― 兄さんの瞳は空の色だよね、以前から思っていたけど。


 そんなユリアナの言葉を思い出す。


――― え? だって兄さん、オリーブ好きでしょ? だからだよ。兄さんの好きな食べ物くらいお見通しだよ。


 最初に会った時は、人の体をじろじろ見てくる変な女だと思った。けれども兄弟を装って旅する内、本当の弟妹のようだとも感じていた。


――― スザンナ様を逃がす為に無茶したんじゃないかって・・・。それなのにっ、兄さんの馬鹿っ。


 いつだって本音でぶつかってきてくれるのだと信じていた。その言葉を疑うこともなかった。

 信じられるお互いの絆が生まれていたのだと・・・。


「くそっ」


 背後の幹を殴った手に、血が滲んだ。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 大量の布を持って帰ったセイムに、ユリアナは目を丸くした。


「どうしたの、兄さん、それ?」

「ああ、よく分からんが安売りしていてな、・・・売りつけられた」

「売りつけられたって、一般人にここまで売りつけるのっておかしいよっ?」


 慌ててセイムの荷物をせめて机の上に置かせようと、ユリアナが慌てて近寄ってくる。

 どんな詐欺に遭ったのかと心配するユリアナに、セイムは、商売を終えて地元に帰る商人が、通りがかったセイムに売れ残った品物をまとめて売りつけたのだと説明した。


「だからって、こんなに沢山・・・。兄さんもどんだけお金持って行動してたのさ。かなりいい生地だよ、これ。いくら処分品でも高かった筈だよ」

「これ全部で銀貨三枚だと言うんだ」

「えっ、何その安売りっ」


 ユリアナは更に目を丸くした。

 カンロの物流は凄すぎる。いくら売れ残りでもこれが銀貨三枚。


「ごめん、兄さん。その人、まだいるかな。ちょっと買い出しに・・・」

「ほらな、お前だってそう思うだろ?」

「うん」

「だから土産だ」

「ありがとう。・・・って、なら払うっ、払わせてくださいっ。そんな大金分、お土産なんかでもらえないよっ」


 土産で銀貨三枚ものお金は使わせられない。それに、その程度ならユリアナとて払える。

 これだけのものとなると安いくらいだ。

だが、セイムは首を振った。イヤそうに、それらの布を顎でしゃくる。


「いいからもらっとけ。だってそれ、俺には使い道なんてないぞ?」

「う。全部、女ものだね」


 良い物なのだが、模様がどう見ても女性用である。たしかにセイムでは使い道がないだろう。

 だが、自分を見下ろしてくるセイムの表情が、どこか距離を置いたものであることにユリアナは気づいていた。


「だろ? ちゃんと運ばせる。あの家に持って帰れ」

「・・・いいの?」

「ああ。・・・今まで付き合ってくれてありがとう。カンロは打ち切りだ。ロームに帰ることになった」


 真面目な顔をして告げるセイムは、既に兄の顔をしていなかった。そこにいるのはセイランドだった。


(ああ、やはりそうなのね。私はもう役立たずとなった)


 ユリアナは目を伏せる。

もう兄弟の時間は終わりを告げるのだと、その決定的な言葉を聞くのが辛かった。分かっていたのに。


「姫は、どうするの?」

「どうしようもできん。ロームに戻れと言われたら戻らざるを得ない身だ。お前はちゃんとあの家まで部下に送らせる」

「結局、力になんてなれなかったね」

「そんなことはない。感謝している。・・・明日、ロームに向けて発つ」


 声音もいつもより低い。話し方も端的だ。決定事項を伝えてくる。それで終わりだ。

分かっている、ユリーの兄である間は、弟を大事にしている兄のセイムでいてくれただけ。そう、もうお芝居の時間は終わったのだ。

 ユリアナは顔を上げた。


「分かりました。ですが送ってくださらなくても大丈夫です。一人旅は慣れていますし、その前にスクリッスに寄る用事もありますから」

「スクリッス? また、どうして」


 意外な地名にセイムがきょとんとした顔になる。

 あそこは何もない場所だからだ。


「あの、それが、・・・実はルクスさんの時に言いそびれていたのですが、ルクスさんがお世話になっているというファンルケ医師というのは、・・・おそらく私のお師匠様だと思うのです」

「は?」


 耳まで赤くなって下を向くユリアナに、セイムは口をあんぐりと開けてしまった。


「本当はあの森の家もお師匠様の家なんです。私は、その、留守番、みたいなもので・・・。ルクスさんの話を聞いて、おそらくその従軍医師の方は私のお師匠様だろうと。名前も特徴も行動パターンも一致しますし。まさかスクリッスにいるとは思わなかったから・・・」

「そうか。じゃあ、スクリッスまで送って行こう」

「えっ? いえっ、いいです、そんなの。だって、・・・早くお戻りにならなくてはいけないでしょう? これでも旅は慣れてますし、本当に心配なさらないでください」


 ユリアナはぱたぱたと手を横に振る。


「スクリッスはロームの目と鼻の先だ。寄ったところでロームへの到着日は変わらん。商人を装わなくていいのなら馬で駆け抜けていけるし、その程度、負担でも何でもない」

「・・・ありがとうございます」


 スクリッスと言っても一つの街だ。自分で人ひとり探し出すのは不安だったので、その言葉はとてもありがたい。

 セイムはファンルケ医師のいる場所を知っているのだから、間違いなく辿り着けるだろう。

 安堵の表情を浮かべるユリアナに、セイムは人好きのする笑顔で頭を撫でてきた。


「気にするな、弟を送り届けるくらいのことはさせてくれ。ああ、だからって今ある荷物は処分しなくていいぞ? 全部まとめておけ。あいつらに運ばせるから」

「ありがとう、・・・兄さん」

 

 そうなると、この大量の布もどうにかしなくてはならない。ユリアナは、どさどさと置かれたそれらの布を、上から畳み直していくと、チャリンと音がして何かが落ちた。


「ん? 何?」


 拾い上げると、それは綺麗な赤い石のついた金色の首飾りだった。


「ちょっと兄さん。こんなの混じってたよ」

「あぁ? へえ、良かったじゃないか。そういえば装身具も一緒に売っていたな。どうせもう商人は街を発ってる。そのままもらっておけ」

「こんな高そうなの、兄さんがもらっておくべきだよ。大体、買ってきたのは兄さんじゃないか」

「言っとくが、俺はそんな物つけんぞ」

「う。・・・じゃあ、有り難く頂きます」

「ああ、そうしろ。あ、スクリッスへ行くのとは別に、お前の家に直接荷物を運ばせるから、ちゃんと自分が持ち運ぶ荷物とそうじゃない荷物は分けておけよ」

「はーい」


 そう言うと、セイムも自分の荷造りをしに行ってしまう。

 布や今までに買い込んできた荷物などはそのまま森の家に運んでもらうとして、ユリアナはその首飾りを小さな袋に入れてポケットに仕舞い込んだ。

 装身具というのはお守りになるのだと聞く。

 まぎれていただけにしても、セイムからもらった物だ。きっと一生手放さないだろうと、そう思った。


 


― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 カンロ伯爵は、公私に厳しい男である。

 娘のエイリを仕事に立ち会わせていても、仕事の時に家庭の話をすることなど許さない。

 しかしカレンについてはどうなのだろうと、エイリは改めて疑問に思っていた。

カレンは仕事で来たのだろうが、同時にカレンは身内である。

 そもそもカレンは父にとって公私のどちらに含まれているのだろう。


「おはようございます、伯爵様、奥方様、エイリ様、ロレア様。お久しゅうございます」

「まあ、やっと数年ぶりに会えたと思ったらそんな水臭い呼び方だなんて」

「そうだぞ、カレン。リネスの言う通りだ。なんなら『お父様』『お母様』と呼びなさい」

「あら、素敵。そうね、カレン様なら養子にしても構わないわね。そうしたらもっと会えるもの」

「失礼しました。おはようございます、伯父上、伯母上」


 さくっとカレンは呼び方を変えてくる。養子にはなりたくなかったらしい。

 エイリは眩しい思いでカレンを見つめた。

父の弟の娘、カレン。

だが、カレンは全く伯爵家の人間と似ていない。黒い巻き毛が頬を彩るカレンの容姿は、金色の滝が流れるようとも称されるエイリやロレアと対照的だ。

種類は違うものの美人であることには変わりはない。問題は・・・・・・。


「おはよう、カレン。本当に久しぶりだわ。もっと来てくれればいいのに」

「エイリ様にもご機嫌麗しく」

「養子になる?」

「エイリ姉上にもお変わりないようで安心いたしました」

「全く強情ね。ところであなた、その格好は何なの?」

「ああ、これですか? だけど馬で駆け抜けてきたんですもの。男装は仕方ありませんでしょう?」


 ウィンクしてくるカレンは、全く悪いと思っていないようだ。ロレアとは違う奔放さがそこにあった。


「殿方の格好をした女性がどう見られるか、知らないわけじゃないでしょう、カレン?」

「エイリ姉上は本当にお変わりなくいらっしゃいますこと。ですがご心配いただくには及びませんわ。仮に男装をしていようとも、私が身に纏うロイスナーの紋章を見て、愚かな行為に出る男はおりませんもの」


 ころころと、カレンは笑い飛ばした。

シャツとズボンだけの男装ならば、たしかに誰もが眉をひそめるだろう。しかし肩から垂れ下がる袖のない膝丈の上着、それをカレンは身に着けている。その胸部と背部には、ロイスナーの紋章が大きく刺繍されていた。

 紋章を持つというのは、特別な家門の人間であることを示す。

その上着を幅広の布でサッシュのように締めたカレンの姿は、いっそ凛々しくもあるだろう。サッシュは柔らかな布が使われるものだが、カレンは革で裏打ちされたものを使っているとか。

 使われている布地もかなり質が良い。たとえロイスナーの紋章を知らなくても、その質の良さを見れば、おろそかに扱ってはいけない相手であると、誰もが分かる。


「カレン姉様は相変わらずねぇ」

「ロレアはますます綺麗になったわね」

「カレン姉様が言うのは皮肉にしかならないわ。・・・ね、実は私、鍛冶小屋を作ってもらったの。カレン姉様、後で相談に乗ってもらえる?」

「あら、それなら私の方が役立ちそうね。いいわ。伯しゃ・・・伯父上との話が終わったらロレアの所に行くわね」

「ありがとう、カレン姉様」


 そんな娘達を見ながら、リネスがほぅっと息をつく。


「残念だわ。フォルとは会った事がなかったでしょう。会わせたかったんだけど、ちょっとあの子は・・・」

「ああ、フォル様なら、・・・いえ、フォルには既に会いましたわ、伯母上。昨日の真夜中に着いたら、お城の庭で探検していらしたんですもの。あまりに可愛い子ウサギさんだったので、つい、えいやって捕まえてしまいましたの。だけど小さな子供には大冒険だったようですので、今朝はまだ起きられないでしょうね」


 カレンにかかると全ては笑い話になるようで、真夜中で泣きべそをかいていたフォルがどんなにいじらしかったかを面白そうに語ってくる。

 そんな真夜中に到着するよりも、一日遅れてもいいからきちんと宿屋に泊まるようにと説教したいエイリだったが、諦めることにした。

 カレンは既に自分の意思を尊重される立場にあるからだ。

 たとえ主筋にあろうとも未だに父から認めてもらえない自分と、既にロイスナーの紋章をつけることが出来るカレンとでは、権限が全く違う。自分は父の了承がないと何もできない。

 自分にとってカレンは眩しい存在だ。この心の痛みを常に伴わせる程に。


(私よりもカレンの方が優秀なんだもの。ロイスナーはカンロ領の主要拠点を全て押さえている)


 そんなエイリの気持ちを知ってか知らずか、カレンはエイリに小さく指をチッチッチッチと振ってきた。


「エイリ姉上。そんな暗いお顔をなさっては幸せが逃げてしまいますわよ? そうだわ、クマのダンスとやらを教えてくださいます?」

「え?」

「昨日、フォルにクマのダンスのパートナーの申し込みをされたのですけれど、・・・残念なことに私、ワルツは踊れてもクマのダンスは踊れないんですの。なんでも体をフリフリしなくちゃいけないんですって」

「踊らなくていいから」

 

 いや、やはりカンロ家を守れるのは自分しかいないと、エイリは拳を握りしめた。




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