25 裏 セイムの嘘はばれている
フィツエリ領の食文化は時にセイムへ驚きを連れてくる。
「ん? これ、何だ?」
「米っていう野菜だよ。お肉とかの付け合わせにするんだって」
ユリアナが容器の中の米だけ残し、そのまま漬けていた水を捨てるのを見て、セイムは首を傾げた。
「小さな野菜なんだな。これ、そのまま食べるのか?」
「違うよ。スープに入れて炊くんだって」
ユリアナは羊の脂を火にかけて、水切りした米と刻んだ玉葱、人参、羊肉を放り込んでいく。羊の脂を野菜と肉になじませると、上からスープを注ぎ、鍋の中をぐるぐると掻き混ぜた。
「スープに入れて食べるのか?」
「ううん。こうしていると、段々スープのお湯だけなくなっていって、味がこのお米にまとわりつくらしいよ」
「へぇ。そこまで煮たら焦げたりしそうだが」
「焦がしちゃ駄目なんだって」
ユリアナもお店の人に教わった通りに作っているらしい。どんなものが出来上がるのかは分からないが、セイムは静観の構えだ。
作り方が分からないので、手伝いようがない。
火にかけた米入りスープは段々蒸発していき、米が見えてくる。途中で色々な調味料も足していたせいか、うっすらと米に色もついていた。
やがてスープがほとんどなくなると、ユリアナは火からおろして蓋をする。残っていたスープの水分も蓋をして蒸らしている内に米が吸い取って、米がパラパラになるのだそうだ。
「さて、今日のおかずは牛肉です」
刻んだ香草や潰した木の実などをまぶした牛肉に大きな串を突き刺して、火で炙る。肉の焼ける良い匂いが漂い始めた。
肉の焼けた部分からナイフで皿に削ぎ落としていく。
二人の皿に削ぎ落とした牛肉を適量入れ終わると、ユリアナは先ほどのスープで炊いた米をその横に盛り付けた。
パンと果物も忘れてはいけない。それがフィツエリの食文化だ。
「さあ、召し上がれ」
「いただきます」
セイムは恐る恐る削がれた牛肉と米を一緒に匙で掬いながら食べてみた。思ったより、米というのは味のない野菜らしい。セイムはパンをちぎって食べながらユリアナに訊いた。
「へぇ、面白い味だな。何ていう料理なんだ?」
「えっと、・・・ピラーヴ、だったかな? なんか変な名前だよね」
「こんな小さな野菜があるんだな。なんだか小麦みたいだったのに野菜なのか」
「そうだね。だけどあっさりしていて美味しいかも。スープと羊の脂がうまく絡みついてる」
「付け合わせにそこまで手間を掛けるなんて、フィツエリってのはかなり食い道楽だよな」
「そうだね。だけど兄さんもどんな料理でも食べるよね。普通、慣れた味じゃないと駄目っていう人は多いのに」
「好き嫌いしていたら生きていけないからな。それにユリーは料理上手だし。けっこう良いものを見分けて買ってきてるだろ?」
「うん。結局、一番美味しく食べられるのは、良い材料を使うことに尽きるからね」
正直な所を言うと、セイムも食べ慣れていない味はあまり好きではないが、ユリアナが平気で食べている以上、絶対に好き嫌いなど言えないと思う。
それに、あまり好きではないだけで食べられたらどうでもいいのだ。
「美味かった。ご馳走さん」
「どういたしまして。あ、兄さん。はい、口直しにどうぞ」
ユリアナが果汁を水で割った飲み物を出してくる。果汁そのものだと味が濃すぎるのだ。
微炭酸で清涼感のあるそれは、最近のセイムのお気に入りである。
口直しという言葉にひっかかりつつも、セイムはそれを受け取って飲んだ。
「これ、本当にいけるよな。なんだかシュワシュワしていて」
「こういうお水が採れる泉が近くにあるんだって」
「へぇ」
やがて、セイムが出ていくと、ユリアナは米を綺麗に包み直す。
「森の家に持って帰って食べればいいか。日持ちするそうだし」
セイムは気づいていないようだが、セイムは苦手な食べ物だと飲み込む時に息を止める癖があるのだ。
昔、偶然気づいた癖だったが、本人はそんな癖があることに気づいていない。
それに苦手な食べ物でも、セイムはちゃんと「美味しい」と褒めてくれるから。
だから・・・。その時の笑顔を見たくて、いつもつっこめない。
「だけどいつか結婚するなら、ちゃんとそういうの、正直に申告するのは大事なんだって教えておいてあげた方がいいのかなぁ? どうせ料理人がいるから大丈夫かなぁ」
一生騙し通せるのであればいいけれど、ふとした時に、実は嫌いな食べ物も「美味しい」と言って食べていたことが分かったら、普通の女性は激怒するだろう。
(セイランド様ってば、いつもやせ我慢しちゃうのよね。どうせ死ぬまで騙しとおせばいいとか思ってそう)
本当に、セイムは嘘を何とも思わないから困る。
人を騙しても構わないと最初から思ってる。だけど優しい嘘だ。いつだって。
ユリアナは顎に手を当てて考え込んだ。
「言うべきか言わざるべきか、それが問題だ」




