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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
46/64

23 裏 ロメスと謎の城



 難攻不落の城とはこういうものだろうか。

 さすがのロメスもゴクリと唾を飲み込んだ。

 小高い山の上に建つ、塔のような城。大きさだけでいえば、あまり大きくはない。しかし、あまりにもその外壁は高すぎる上、まだ出入りできる通用門は桁違いの鉄壁ぶりである。

 敷地そのものはかなり広いだろう。


「何だ、これ?」


 こういった城の場合、食料などを運び込む為の小さな通用門がある。勿論、ロメスはそこが開くのを待ち、外から中に食料や生活必需品が運び込まれるのを、木陰に隠れて見ていたりもした。

 だが、その通用門すら凄かったのだ。

 通用門自体が数段構えなのである。

 まず、通用門の所にある紐を引っ張ると、中に合図が届くらしい。しばらくすると、通用門の木戸が開けられて、人が一人出てくる。だが、その木戸よりも数メートル内側に、鉄の門扉が閉まっているのが確認できる。そんな状態で招き入れられた食料を積んだ馬車が木戸の内側に入ると、一番外側の木戸は閉められる。

 つまり、通用門が開いた隙に侵入しても、一番外に出てきた人間一人が犠牲になるだけで、中には忍び込めないのである。

 しかも、その後の音から察するに、その通用門の内側の鉄扉の更に内側にもまだ二つ程、扉はあるらしい。内側の一つが開けられると外側の一つが閉められる。それを繰り返しているようなのだ。

 たかが通用門ですらそこまでの厳重な警戒ぶりである。

 では、本来の門はどうか。

 外壁すら、見上げる首が痛くなるような高さである。

 しかもその門は、どうやら跳ね橋のような仕掛けとなっているらしく、その跳ね橋が外壁から斜めに下ろされる仕組みに見えた。

 問題は、その外壁が高すぎて、跳ね橋すらかなり急な坂道となるシロモノである。無理にその跳ね橋を駆け上がっても上から油や水を流されたらそれだけで危険だ。


「これは、最初から人を寄せ付けない為の城なのか?」


 どう見ても、誰かを招き入れることなど考えてもいない城だ。全てを拒絶していると言ってもいい。

 人を拒んでいる。それだけは分かる。


「今まで入り込んで戻ってきた者はいないと言うが、・・・どうやって入ったんだ?」


 ロメスは途方に暮れた。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 その城には、闇のように黒い髪、夜を映した黒い瞳、抜けるような白い肌、リンゴのような赤い唇の、美しい娘が住むという。

 その娘を手に入れた者は、その城をも手にすることができる。

 だが、その城に入って出てきた者は誰一人としていない。

 ある者は通用門の扉から一夜の宿を乞うた。それは無視された。

 ある者は通用門の扉から商人を装って訪ねた。それも無視された。

 ある者はそこに食料を運ぶ商人を懐柔しようとした。その者は、川で遺体となって発見された。

 ある者は食料を運ぶ商人を脅して通用門の中に入った。しかし城から出てきたのは商人だけだった。

 ある者は外壁をよじ登ろうとした。そして途中で落下して命を落とした。

 ある者は火矢で火事を起こして城の人間をあぶりだそうとした。だが外壁が高すぎて矢が届かない。

 その城の娘を誰が手に入れるのだろう。それを知るのは手に入れた男だけ。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 そんな難攻不落な城に住む娘なんて自分が手に入れる為にあるんだろうがと、そう決めつけてやってきたロメスだが、すごすごと逃げ帰るつもりなどない。

 ゆえに城が建つ山を這いずり回り、ほとんど自棄(やけ)になって侵入できそうな手をどこまでも試し続けた。


「ふふ、なかなか賢いのね、泥棒さん」

「それはイヤミか」

「あら、褒めているのよ?」


 その結果、泥だらけのロメスは鉄格子の中にいた。

 入りこむ手段を見つけたというのは我ながら立派だと思う。だが、それで捕まっては意味がない。

 既に剣も衣服も取り上げられていた。

 勿論、本来のロメスならそんなものをむざむざと取り上げられる前に相手を殺す。だが、まさにえげつないやり方で取り上げられたのだ。

 ロメスは自分の敗因を考えずにはいられなかった。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 馬車で運び入れられる食料を見ていたロメスは、ふと思った。そもそも城の中にはどれくらいの人数がいるのだろうか、と。

 人数が多ければ多いほど、人の出入りはあるものだ。しかし、食料が運び込まれているのに誰も出てこない。

 中で修行僧がいるというのであればともかく、全く外に出ない日々を若い人間が受け入れられるものだろうか。

 城の中にいるのは、まさに一人か二人だけということはあり得ると、ロメスは考えた。

 城に美しい娘が住むという噂。同時に腕に覚えのある者ならば挑戦したくもなる話。

 まるで、あの食料を運ぶ馬車を襲えと言わんばかりだ。あれは罠ではないのか。

 では、本当に城にいる人間は一歩も外に出ないのだろうか。・・・あり得ない。

 ならば抜け道はある。見えぬ所に。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 森の中を丹念に調べ、ロメスは寂れて打ち捨てられた小屋を見つけた。

 ぼろぼろで屋根も壊れていたが、長く放置されていた割には、少し違和感があった。何かと行動しているロメスだからこそ気づく。

 本来はもっと雑草が()(しげ)っているものだ。

 その小屋の床板や古井戸を調べてみると、床板が外れて、地下へと続く穴が出てきた。


(はん。やっぱりな。ここが秘密の通路か)


 ロメスは蝋燭を多めに用意し、そこへと入り込んだ。あまりにも明るいものではまずい。侵入に気づかれるからだ。

 長く真っ暗な地下道を長い時間かけて辿って行くと、うっすらと通路の遥か先に地上の光が差し込んでいるのが見えた。

 ロメスはその光を目指して進んだ。

 おそらく城の庭へと繋がっているのであろうその光の場所を目標に進んでいくと、どんどん通路が広くなっていく。狭かった筈の通路は、既に横幅は馬車が二台並んで通れる程の広さとなっていた。


(つまりこの地下に大勢の人間が姿を隠し、そして少人数ずつあの小屋から外に脱出できるってことでもあるわけだ)


 どれ程の時間をかけてこんな地下道を作ったのか。

 感心しながら進むと、いきなりロメスの前後左右に、鉄格子がガシャンッ、ガシャガシャッと一斉に天井から下りてきた。

 それも間隔を開けて五重となっている鉄格子であった。

 たとえ、一つの鉄格子を運よく避けられても、その外側の鉄格子との間に挟まれて逃げられなかっただろう。

 完全に捕まえる為の罠だった。

 通路の上側に覗き窓でもあるのか、幾つかの鉄格子が上がったり下がったりして、まさにロメスの周囲にだけ三重の鉄格子が下りている状態となる。


(チッ。上から監視してやがる。問題はそれも監視穴であって人が通れる隙間じゃねえってことだ)


 そのまま二晩放置された。空腹もあり、ロメスもこのまま餓死することを覚悟する。

 三日目の朝、その三つの鉄格子の先に現れたのが、その女だった。


「ねえ、その腰につけている剣を渡してくださる? 武器を持っている人なんて怖くて近づけないわ。ちゃんと武器を全て渡してくれたら、食べ物と水をあげるけど?」


 いくら携帯食料と水を持っていたとして、二日間放置はさすがにきつい。あえて空腹に耐えられなくなるまで放置してからそれを言い出してくるえげつなさが、ロメスの好みにはまりすぎていた。

 まさに心臓がゾクゾクする程だ。


「武器を渡したとして、その約束を守る保証がどこにある?」

「あら。武器だけ取り上げたいのなら、あなたが餓死してからでも良かったのよ? 十日後にまた来た方がいい? それとも一ヶ月後?」


 まだ十代であろう年下の娘にころころと笑われてしまえば、交渉できる余地がないのも分かる。


「どうやって剣を渡せばいいんだ?」


 ロメスは負けを認めた。意地を張っても仕方がない。女は、長く薄い板を鉄格子にさすように通してきた。


「鞘をつけたまま、その剣と衣服を全てこの板に載せてちょうだい。その履き物もね」

「そういうことをさせるなら、男を寄越すべきだと思うがな。それとも俺の体に興味があるのか?」

「私、お風呂に入ってない男の人に興味ないわ。あなた、自分の恰好、分かってる? 髪ももじゃもじゃ、髭もぼさぼさ、泥だらけの野犬じゃないの」

「・・・・・・」

「それにね、そうしたらあなたが殺されちゃうわよ。だって、うちの剣士ってば、忍び込んでくる人間は全て殺すべきだって言うんだもの。だってこんな面倒な思いをしてまで入りこんでくる人が良い人なわけないでしょう? そう思わない、泥棒さん? それとも山賊さんって呼んだ方がいい?」


 そう言われてしまうと、結局、この城には女しかいないのか、男もいるのか、分かりようがない。

 ロメスは全ての持ち物を板に載せた。女はそれを全て受け取ると、笑顔を見せた。


「ふふ、なかなか賢いのね、泥棒さん」


 そして言われたのが、皮肉とも思える褒め言葉とやらであったのだ。


「それはイヤミか」

「あら、褒めているのよ? だってここでまだ地面にナイフを隠そうとか、その髪に針を隠そうとかしていたなら、私だってもう助けてあげられないわ」


 たしかにロメスもそれは考えないでもなかった。

 そこは勘が働いたというべきか。自分の前に現れた女を裏切らない方がいいような気がしたのだ。


「じゃあ、待ってて。温かい食事と着替えとを用意するわね」


 娘が服や剣を持ち去ると、しばらくしてロメスのいる鉄格子のすぐ外側の天井が動き、上から湯の入った壺、布、衣服、食事、尿瓶が載せられた板が下りてきた。

 ロメスがいる鉄格子の外側だが、鉄格子の隙間から手を伸ばせば、受け取ることができる。これが鉄格子の内側ならば、その天井へと鉄格子を伝って侵入することもできただろう。

 つくづくと、手も足も出ない状況である。


(別に体なんざ一週間や二週間、拭かなくても気にならんが、あの分じゃ何言われるか分からんな)


 壺に入った湯に布を浸して絞り、ロメスは汚れた体を拭いた。そして衣服をまとうと、新しいものではないが、それは清潔なものだと分かった。

 玉葱と猪肉が入ったスープもたっぷりで、パンも多めに置かれていた。

 すぐに殺す気はなさそうだ。


(いや、かなり配慮されているというべきか? 領主の城ですら、牢なんてひでえ有り様だ)


 食べ終わった容器をその板の上に置く。しかし、何も変わらなかった。見られているのは感じるというのに。

 もしかしてと思って、湯の入った壺を置くと、板はするすると上に引き上げられていった。

 どうも尿瓶以外の陶器を渡す気はないようだった。割って凶器にできるからだろう。

 夕方になると、また板が下りてきて、食事と湯の入った壺が与えられる。

 地上の光がうっすらと辺りを包んでいる為、昼か夜かの区別だけはついた。

 次の日も同じことの繰り返しだった。その間、誰もロメスの前には現れなかった。

 三日目の昼頃、また娘が現れた。


「俺をどうする気だ?」

「どうすると言われてもね。別にあなたになんて用事はなかったわよ? 読んだ覚えもないのに勝手に入りこんできて、丁重にもてなされるとでも思ってたの? こっちだって忙しいのよ。あなたなんて後回しに決まってるじゃない」


 その通りである。忍び込んだのはロメスの方だ。


「あなたはどうしてここにいるの?」

「そりゃ、難攻不落の城に住むという娘に会いたかったからさ」

「・・・男って馬鹿よね。その城に住む娘さんって言われている人、実はよぼよぼのおばあちゃんになってるって知らなかったの?」

「は?」


 娘の説明によると、その噂は実は数十年前からあるのだそうだ。


「おかげで何十年もかけて、こっちの罠も進化し続けちゃったのよね。いないって言っても、忍び込んでくるような犯罪者が信じるわけないじゃない?」


 数十年、侵入者がちらほらあれば、難攻不落の度合いもレベルが上がるだろう。

 ロメスは何とも言えない気持ちになった。

 きちんと噂を確認しなかった自分が悪いのだが、忍びこむ理由になればそれでよかったのだ。

そもそもロメスは本当に城の女あるじに興味があったわけじゃない。

ロメスは翻弄され続けているだけだ。この心を突き動かす衝動に。

退屈な日々なんてまっぴらだ。刺激がないと呼吸すら止まってしまうだろう。


「そうだったのか。だが、忍び込んだ価値はあったな」

「そうなの?」

「ああ。お前に会えた」

「何それ」


 娘が胡散(うさん)(くさ)そうなものを見る目になった。

 まさに、呆れた時のロメスの部下達のような目だ。きっとロメスのことを、間抜けなロバのように思っているに違いない。


「名前を教えてくれないか?」

「どうして?」

「求婚するには、まず名前を知らなきゃできないだろう?」

「・・・別に私に求婚しても、あなたの命が助かる保証なんてないわよ? あなた、女の人の名前を知る度に求婚してるの? その目も見えないボサボサ髮にお髭ボウボウ状態で?」

「そう思うならブラシぐらい寄越せ。体を拭くぐらいの湯しかなくて、洗うようにいくとでも思ってるのか」

「宿代も払わない上、招いてもない侵入者の分際でケチつけるんじゃないわよ」


 ぽんぽんと言い返してくるあたり、話していても楽しい。


「まあな。ここまで居心地のいい牢は初めてだったのも事実さ。そしてお前を見た時に心が震えた。それだけだ。お前は文句を言うが、求婚以外に女を手に入れる方法なんてあったか? 見た目も性格もかなり好みだ」

「さて、私も色々と用事があるのよね。だからさっさとすませなくっちゃ」


 あっさりと娘はその言葉を無視した。そしてロメスにどこの人間なのかを訊いてくる。

 王都ロームのしがない民だと答えると、更に胡散臭そうな目になった。

 腐りかけた生ごみを見ているかのような眼差しだ。

 王都ロームからこんな所までそんな噂に惑わされてやってくるような人間は、ネズミ以下だとでも思っているのだろう。

 ああ、ぞくぞくする。


「まあ、いいわ。王都の人なのね」

「おい。お前の名前は? 名前くらい教えてくれてもいいだろう。お前だけ人のことばかり聞くっておかしいじゃないか」

「本当に馬鹿な男ね。あいにく私はあなたの名前にも興味はないの。だから私の名前を教える必要はないわ。だけど、・・・そうね。もしも私に名乗らせることができたら、その求婚、考えてあげる」

「おいっ、約束だぞっ?」


 娘は鼻でせせら笑った。


「あなたに強要されるものなんて何一つないわ」


 黒い髪に黒い瞳、抜けるような白い肌、リンゴのような赤い唇。


「お前こそが・・・」


 本当はこの娘こそがこの城の主ではないのか?

 だが、その問いに娘は何も答えない。ロメスは、自分の意識がなぜか遠くなっていくことを感じていた。

 そういえばおかしかった。

 自分はいきなり訳もわからずに求婚などする男ではない。いくら、相手に興味があっても。

 そう、おかしかったのだ。


「何を、・・・した?」


 娘は答えない。その微笑だけが、ロメスのぼやけていく視界に残る。

やがてロメスの意識は完全に闇に落ちた。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 次に目覚めた時、ロメスは王都の自警団に保護されていた。

 街中で意識を失って倒れていたのを住民が見つけ、

「酔っぱらいの兄ちゃんが倒れてるんだ。預かってくれよ」

と、そんな感じで街の青年団によって保護されたのだという。

 そして自警団から王都の治安を守る部隊に連絡が行き、ロメスは帰宅することができた。自分の剣も腰に下げられていた。


(服も洗って剣も返してくれたってか。護身用のそれは革袋に入れられてるし)


 既に、休暇の期限は過ぎていた。

 ロメスは部下を城のそばにある森へと行かせて小屋の様子を探らせたが、森にそんな小屋は無かったと報告された。ただ、小屋が燃えたような跡はあったらしい。しかし、地下に通じるような通路は全くなかったとのことだった。


(夢なんかじゃない。俺はたしかに会った)


 無様に負けたのだ。しかも情けをかけられて。

 口惜しくもあったが、ロメスはそれ以上に喜びを感じていた。


(難攻不落の城に住む伝説のババアより余程いい。鉄格子の向こうに(たたず)む不可侵の娘。今度はその名を自分から名乗らせてやろう。他のどんな男にもあれはくれてやらん)


 いつか、あの娘を手に入れる。今度は鉄格子などに邪魔させない。自分が本気で狩ることのできる獲物をロメスは見つけたのだから。


「何やってんですか、ロメス様。ニヤニヤしてないで、さっさと溜まった仕事片付けてくださいよ」

「カイエスの言う通りです。いなくなったと思ったら、酔っ払いで自警団に保護されてるんですから。ホント情けない。普通だったら身ぐるみ剥がれてますよ。その顔と剣見て、自警団も保護した方がいいって判断したみたいですけど」

「まあまあ、お前達。そうロメスを責めるな。ロメスだって羽目を外すことはあるだろう」

「エイド将軍はロメス様を買いかぶりすぎなんです」

「全くです」


 今日もエイド将軍は、可愛い部下ロメスを案じている。

 

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