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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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22 裏 ロメスの休暇


 王都騎士団の筆頭隊長ロメス。エイド将軍の秘蔵っ子とされている青年だ。

 ちなみに関係者の間ではこっそりと、エイド将軍を詐欺被害者だと呼んでいたりもする。加害者はロメスだ。

 それでもエイド将軍が金銭や財産をだまし取られているわけではないので、誰もが口をつぐんでいた。

 ロメスを敵に回した男は、大抵が裏の路地に転がるからだ。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 ロメスは、時々エイド将軍に連休を願い出ることがある。王都を離れ、どこかに行っているらしい。

 そこまではいい。たまには気晴らしも大事だろう。

 そう思ってエイド将軍はいつもロメスがそう言い出す度に許可を与えていた。

 しかし休暇が終わって顔を見せる度、ロメスはかなり痩せてくるのだ。

 時には怪我をしていることもある。

 大丈夫なのかと尋ねても、

「ちょっと油断してました。世間は色々と物騒ですね」

と、笑って答えるものだから、それ以上は聞けなかった。

 決してロメスは弱くないというのに。

 エイド将軍としては、ロメスが何やら無茶なことをしているのではないかと心配でならない。

 それなのに、二番隊長、三番隊長、四番隊長といった面々に相談しても、

「いえ。できれば出かけてくださっている方がありがたいので・・・。それなら何をなさってもよその土地のことですから」

と、あまりにも薄情な言葉しか戻ってこない。

 それならばとロメスの部下達に相談を持ち掛けても、彼らはもっと辛辣(しんらつ)で、

「心配ございません。ロメス様なんて将軍が気にかけて差し上げる必要など全くありませんから」

「そうですよ。単なるガスを抜いたらちょっとへこんだだけですよ。すぐに大きく息を吸って復活します」である。

あんなにも心優しいロメスに対し、周囲は冷たいのではないかと、エイド将軍は心が痛い。


(ロメスのことだ。旅先で哀れな物乞いなどを見つけて全部の所持金を渡してしまったとかではないのか。食うや食わずで戻ってきたのかもしれぬ。あの顔で野宿など、危険なだけであろうに)


 ロメスのことだ。強さありきの騎士団で、油断していたとは言えないと、辛い目に遭っても口を閉ざしているのだろう。

 誰だって万全の状態でなければどうしようもないというのに。

 そんな部下の健気(けなげ)さに今日もエイド将軍は感涙するのである。

 さて、今日も今日とて、ロメスが連休を願い出てきた。


「それは構わないが、・・・なあ、ロメス。お前は何か無理をしているのではないか?」

「そんなことはありませんが?」

「お前はいつもそう言うが、休暇を取る度、やつれて帰ってくる。何かきつい計画でも立てて実行しているなら言ってくれ。俺とて何らかの力になれると思うぞ」


 エイド将軍の言葉にロメスの紺色の瞳が丸くなり、すぐに彼は感動に潤んだ瞳を隠そうと下を向く。


「もったいないお言葉です。本当にご心配いただく必要はないのです。まさかそんなご心労をおかけしていたとは。実は・・・」

「うむ。なんだ?」


 やっと打ち明ける気になったかと、エイド将軍が促した。


「恥ずかしいので今まで理由は申し上げてはおりませんでしたが、実は休暇を取っているのは、自分の修業の為なのです」

「ほう。修業とな」

「はい。皆様は私を褒めてくださいますが、まだまだ私には努力が足りぬこと、十分に分かっております。だからこそ山に入ってどんな足場でも動けるように訓練し、獣を狩り、自分を鍛えているだけなのです。やつれてしまっているのは、ひとえに私が至らぬ人間であればこそ。己がどんな岩山であろうと獣を狩ることができ、水場を見つけ、きちんと食べていられたならそんなことにはなりません。結局、私が未熟なだけなのです」

「なんと」


 エイド将軍は深く感じ入った。

 山に入って運よく獣を見つけられるとは限らない。それどころか、戦の際、蛇やウサギ、ネズミといったものを手際よく狩って調達してくるのは、ロメスが一番上手ではないかと、エイド将軍は思っている。


「お前程の腕であってもまだ修業を行い続けるとは、本当に謙虚な男だ。そういうことであればもう何も言うまい。ただ、無理はせぬように」

「勿論でございます。それでは、しばしお暇を」


 同じ部屋でその会話を聞いていたロメスの部下であるロムセルとカイエスは、明後日の方向を向いていた。

 二人の顔には、「よく言うよ」という心がでかでかと表れていたので、エイド将軍に見られるわけにはいかなかったからだ。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 エイド将軍の前を辞したロメスは、手際よく旅支度を整えた。

 とても嫌そうな顔でロムセルが尋ねる。


「今度はどちらへ?」

「そうだな。何でも押し入った盗賊が全て帰ってこないという城があるそうだ」


 カイエスが大切なことを訊いてみた。


「その一人になったらどうするんです?」

「人生、いつかは終わりがくるものさ」


 ロメスの部下達は、そこで思いっきり溜め息をついた。両手を広げて呆れてみせる。少しはロメスも理解するだろう。

 だが、ロメスはロメスだった。全く見えてないとばかりに、戸棚にあった資金も持ち出していく。

 山で獣を狩るどころか、旅の途中は美味しい食事と美しい女と旨い酒を楽しむのがロメスなのだ。

 さすがのカイエスもブチ切れた。


「なーにが山で修業ですか。前回は山賊と一緒になって盗賊稼業した後、そいつらの財産巻き上げて、殲滅させてきたでしょうっ。どっちが犯罪者ですかっ」

「勿論、その山賊さ」

「開き直らないでくださいっ。その前は荷運びの男共に混じって働いていたと思ったら、あと少しで奴隷として他国に売りとばされる所だったじゃないですかっ。こっちが取り締まりに行かなかったら今頃は外国で奴隷ですよっ、奴隷っ。それで今度はどこぞの城に盗賊ですかっ」

「まあ、そんな所だな。それにおかげで人身売買組織が潰れたんだからいいことだったろ? そう怒るな。ちゃんと呼びつける時には呼びつける」


 肩をすくめてロメスが返事をすると、部下達は再度同時に溜め息をついた。

 呼びつける前にそんな所に行くなというのが分からないのか。


「どこまで無茶やらかせば気が済むんです? しかも今回は完全にあなたが犯罪者ですよ? そのまま牢に入れられたら恥って分かってます?」

「まあ、そう言うな。なんでもその城には美しい女が住んでいるらしいぞ。今度の土産はその女かもな」


 ロムセルの苦言にも、ロメスは「美女だぞ、美女」と、全く考え直す気がない。

 カイエスはエイド将軍にこそ、この姿を見せたくてたまらなかった。


「何をバカなこと言っているんですか。エイド将軍は真面目にあなたが山で修業するんだと信じていらっしゃるんですよ?」

「持つべきものは、真実を見抜いて信じられる上司だ。うん、俺は恵まれている」


 部下達の毎度の懇願を振り切って、ロメスは馬に飛び乗った。


(さ、行くか。大体、誰でもできるような仕事なら誰かに押しつけとけってことだろ)


 大体の場所だけは部下に伝えてある。邪魔しない程度に近くで部下も待機しているので、何かあった時はどうにかなる時もある。・・・勿論、ならない時もあるのだが。

 さすがに奴隷として売りとばされそうになった時にはヤバかったが、それでも部下が駆けつけた為、どうにかその奴隷商人を処分できた。


(どうせ俺の名前は出ない。勝手にいつの間にか悪の組織が消えてるわけだ。何の問題もないだろが)


 生きるか死ぬか。

 その狭間でないと、生きている実感を得られない。

 何も考えられないくらいに体を酷使したい。死んだように眠りたい。いつか永遠の眠りにつく日まで。


 ロメスは、ふと目を閉じてから見開いた。

 

 さあ、退屈な人生を彩る日を一つ増やしに出かけよう。




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