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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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 目覚めるのはセイムの方が早いので、朝食はセイムが作る。

 朝食や掃除や洗濯などを終え、ユリアナはせっせと軽食を作っていた。

 フィツエリ領にやってきた軍隊の中に友達がいるから会いに行ってくるとセイムが言ったからだ。


「ふふっ。兄さんの友達かぁ。やっぱりお上品そうな人なのかなぁ」

「いいや? 筋肉自慢って感じの奴さ。不愛想で、子供が見たら泣きだすようなゴツゴツした男だ。ま、夕方には戻れるだろ」

「別に遅くなっても平気だよ。友達とは会える時に会っておかなきゃ。僕は英気を養っておくからへーき」

「そうだな。何なら買っておきたい物とかも買っておくといい」

「うん」


 昼食用に頼まれていたバスケットには、色々なおかずやパンを詰め込んだユリアナである。

 軍ともなると大鍋で一気に作る料理が多いらしいから、つまめる物がいいだろうと考え、更に少し日持ちするようなものも入れてみた。


「行ってらっしゃい、兄さん」

「ああ、行ってくる」


 セイムが出ていった後、ユリアナは目立たないように顔を帽子で隠し、小屋を出ていった。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 教えられていた宿屋に行くと、不機嫌そうな男が出迎えた。


「ここのお姫様とは会うこともできませんでした。この後、カンロ領に向かいます」

「どうしようもないな。三人の内、二人も駄目とはどういうことだ。最後の一人でどうにかしろ。セイランド・リストリこそが本命だと何度言えば分かるんだ」

「・・・申し訳ありません」

「全く私までこんな所に来る羽目になっていい迷惑だ。今度はカンロか。こちらの宿が決まったら知らせる。とりあえず鳥は持って行け。怪しまれぬようこの地図の印がついている場所で補給される。その際に飛ばすんだ」

「かしこまりました。ですがセイランド様は、治安を見ながら決めるとおっしゃっていらしたので、場合によっては違う街道を行く可能性もあります」

「その時はそう連絡してくればいいだろう。お前の事情など知ったことか」

「・・・はい」


 彼も自分も全てを理解しているわけではない。細かいことの打ち合わせなどしたくてもできないのだ。

 どういうルートでカンロ領に向かうかを知らせてあった為、もう連絡地点の手配はされているのだろう。

 行きたくないと、ユリアナは思った。だけど行かないという選択肢は自分に許されていない。


「失礼いたします」

「ああ。わざわざ同行してるんだ。これで結果を出せなかったらどうなるかぐらい分かってるな?」

「・・・はい」


 どうすればいいのか分からない。

 ユリアナはルクスの顔を思い返した。

 いざとなれば逃げるしかないのかもしれない。あの森の中の家も、街に借りていた部屋も、全てを捨てて・・・。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 フィツエリ郊外の廃墟を、なんだかんだと言いながら活用しているような気がしているセイムである。

 人気が無いというのが有り難い。

 この辺りは崩れやすいこともあって、子供達も行かないように大人達に言い聞かされているそうだ。


「まさかこんな長閑(のどか)な場所で、のんびり語り合う日が来るとは思わなかったな」

「それはお互い様だろう。ところで、本当にこんな日中に抜けてきて大丈夫なのか?」


 空を見上げるセイムに対し、カロンは何か理由があって来ているのではないかと気遣(きづか)ってくる。

 まさか結婚相手の弱みを握ったり、まだ耐えられそうな人選をしたりしに来たとも言えないセイムだ。

 重々しく頷くことでごまかした。


「心配ない」

「それならいい。ところで酒はいけるクチか?」

「もらおう。つまみは干した果物と肉ならある」

「そりゃ最高だ」


 崩れた建物の日陰に入り、適当に腰を下ろす。二人は持ってきた酒やカップ、そしてつまみを広げた。

 干した果物と肉と言ってはみたが、実はそれ以上に作ってもらったセイムだ。


「もうそれ、ピクニックか? 至れり尽くせりだな。何人で食べるつもりだったんだよ」


 セイムが籠の中から取り出した軽食に、カロンがくくっと笑い出した。


「普通の酒場に入るわけにもいかないんだからしょうがないだろ。みんなが聞き耳立ててくるのが分かってるんだし、誘った以上は・・・」


 友達と一緒に食べると言ったので、ユリアナも六人ぐらいを考えたらしい。本当はもっとあったのだが、部下達のいる家に差し入れで分けてきた。


(親父を巡って狼と姫が決闘騒ぎってんなら、もう本人から聞き出した方が早いってもんだよな)


 あっちに見つかって何をしているのかと怪しまれるより、堂々と訪ねていった方がいいと判断したセイムは、先手必勝とばかりにカロンを指名して会いに行ったのだ。

 訪ねてきた理由を問われて、

「以前から友達になりたかったんだが、王都だと人の目が多いから」

と、答えたらそれで納得されてしまったのだが、いいのだろうか。いいことにしよう。

 近衛騎士団は他の騎士団からお高く留まっていると思われがちで、あちらから声を掛けられることもまずないし、こちらから声をかけた時には警戒されるという孤独な騎士団だ。

 今回、フィツエリ領に来ているケリスエ将軍とソチエト第五部隊長とケイス第六部隊長。

 誰もが常に不機嫌そうにむすっとしているローム国騎士団の代表者達だが、セイムが行ってみたところ、けっこう(なご)やかだった。

 セイムが訪ねてきたことには取り次ぎの兵士も驚いたようだが、この服装からして内緒なのだろうと判断して騒がずに案内してくれた。

 

「自分の部隊を連れて来てないのは肩身が狭いんじゃないかと思ったんだがそうでもなかったな。身の回りのこととか苦労しないのか?」

「身の回りのことは自分でするから特に・・・。自分の部隊の方が肩身が狭い」

「そ、そうなのか」

「ああ。いや、お宅が思っているような意味じゃない。まあ、可愛がってはもらってるさ。単に俺が娯楽だと思われてるだけで」

「・・・ああ。うちにもそう言えば人をおちょくって遊ぶのが止まらない奴がいる。あれはもう言って聞くもんじゃない」

「そうだな」


 トンボがスーイスイと、近くを飛んでいく。ふと、少年の日を二人は思い出す。


「思えば殺伐とした状況じゃない中、外で食べるのは新鮮だ。セイランド殿もそんな庶民の恰好ができたんだな。焦げ茶の髪を黒髪にしたところであまり印象は変わらんが」

「それでも似合ってるだろ? だが、ロームに戻ったら、従者がいなけりゃボタンも留められないって顔をしとかなきゃならないのさ。言われてみればそうだな。外で食べる時は戦場かその往復ってとこだしな、お互い」

「ああ。ところで、ここで初めてザクロを食べたが、なかなか面白い果物だったぞ。ロームに無いのが残念だ」


 皮を剥いては実を探すのが面白かったカロンだが、セイムはザクロをそのまま食べた時は途中で飽きて、ほとんどをユリアナに譲っていた。

 何故なら皮を剥いて実を探すのが面倒だったからだ。


「ザクロ? そういえば同行者が色々と料理にも試していたな。ここの郷土料理だとかいう、肉を煮込んだシチューにも一緒に入れていたか。まあ、悪くはないが、やはり慣れ親しんだ味が一番いい」


 そう言いながらセイムはその牛肉のシチューそのものは悪くなかったと思い返す。鳩の肉よりも食べ応えがあった。

 そこでふと小屋の隅にあった鳥かごを思い出す。そう言えば牛肉料理だったのに、どうして鳥は減っていたのだろう。

 

「それを言ったらおしまいだ。ヒマワリの種は食べてみたか?」

「いや?」

「持ってきたから食べてみろ。こうして歯で割って中身を食べるんだ」


 自分の好みにうるさくて我が儘な人の相手には慣れているカロンだ。第五部隊にも、ちまちま食べるのがやってられないと、ザクロを食べるのにブチ切れる男はいた。

 ヒマワリの種なら木の実みたいなものだし、ザクロほどイライラしないだろう。


「ほう。結構いけるな」

「軽いし、保存もきく。問題はカスが多いことか」

「なるほど。土産に後で買っていってやるか」

「・・・もしかして同行者は女なのか?」

「・・・・・・」

「いや、いい。こちらが聞く筋でもない」

「・・・・・・」


 尋ねておいて自己完結されたセイムは、うーむと思った。

 やはり同じ時間を過ごしてしまうと、噂との乖離(かいり)(はなは)だしい。

 今までカロンとは何度も顔を合わせていたが、その時に浮かべていた表情と今の顔はあまりにも違っていた。


「何だ? じろじろ見て」

「いや。そういう所が本当にケリスエ将軍とそっくりだなと。・・・いや、見た目の話じゃないぞ? ほら、あの方もあまりそういう踏み込んだことは言わないだろう。しかし、あれできちんと目を配っていらっしゃる。・・・まあ、目を配っているのに鈍い所もおありだが。まさか本当にロームに狼が出ると信じられるとは、フィゼッチ将軍も目を剥いていらした」

「ほっとけ」


 セイムが苦笑を漏らすと、カロンはそっぽを向いた。


「悪いな。同行者はたしかに女なんだが名誉の為に名を変えさせて男ってことにしてあるんだ。だから反応に困っただけだ。勿論、手は出してない。だが未婚の娘さんにとって、そんなのはほら、不名誉になりかねんだろう? だから・・・」

「ああ、分かった。気にするな。そっちの不名誉を言い始めたらうちのトップはどうなる」

「そりゃそうだ。だが、あの強さの前には口説き言葉すら許されんってところさ。男にだってなけなしのプライドはある」


 ケリスエ将軍に絡むことでは暴れ狼とも称されるカロンだが、セイムに悪意がないのが分かったのか、特に気色ばむ様子もない。

 だからセイムは本題に入った。


「ところでフィツエリのルーナ姫に、あのカロン殿が一目惚(ひとめぼ)れして、姫の元に日参して結婚を申し込み続け、ついにはその愛情に感じ入ったフィツエリ男爵の祝福の元、ロームへの帰還に同行させることとなったというのは本当か?」

「ざけんな、誰があんなクソガキに惚れるんだ」


 なるほどとセイムも納得する。カロンはやはり年上趣味か。


「だよなぁ。俺もびっくりした。いや、どんな姫なのかは知らんが、そもそも他の男ならいざ知らず、どんな美女であろうとカロン殿がなびくとはとても思えなかったのでな。じゃあ、王都に連れ帰るというのもデマか」

「・・・・・・それは本当だ」


 その声はとても不本意であると、今からでも撤回されないかと言わんばかりの苦悩に満ちていた。

 そうなると疑問が渦巻くわけで、セイムはそこに至った流れが分からない。


「もしやケリスエ将軍にそっくりな姫だったのか?」

「似ても似つかねえクソ生意気なガキだ。・・・ああ、やれるもんならそこらの山に埋めるか、川に沈めておきてぇ」

「もしかして、嫌いなのか?」

「そんなことはない。単に抹殺したいだけだ」


 セイムは黙り込んだ。


「すまん。色々とあったんだな。無神経な質問をしたいわけじゃなかったんだが、正直、結婚したくないってのは俺も同じ立場なんだ。いや、フィツエリの姫君をカロン殿が引き受けるとは思わなかったってのもあってな」

「分かってる。だからあんたには怒ってない」


 引き受けたわけではないのだが、では何があったのかと問われても困るカロンである。


「まあ、飲め」

「ああ」


 二人はしばらくの間、黙って酌み交わした。

 

「自分がこう言うのは間違っているかもしれないが、・・・・・・フィツエリは爵位こそ低くともおろそかにできない勢力がある。後ろ盾としては悪くない。ケリスエ将軍の所は他部族の人間も集まっているから、何かあった時にいきなり当たりがきつくなったりもする。自分の立場としては何も言えんが、個人的には、お宅にとって良かったとも思っている」

「あんたは本当にお坊ちゃんだな」

「よく言われる」


 貴族的な視野でカロンの立場を考えた言葉だ。だからカロンも腹を立てたりはしない。


「それだけ恵まれているのだろうと思うとむかつくが、・・・同時にその穏やかさが俺は嫌いじゃない」

「よく分からんが、・・・ありがとう?」

「そこで礼を言ってどうする」

「同行者にも言われてるところさ。お育ちの良さが透けすぎだって。これでも庶民に溶けこんでるつもりなんだが。野宿の時の朝食だって俺が作ってる」


 ユリアナは何かと朝の言動がおかしすぎる。セイムは駄目だこりゃと思ったら、人に期待せず自分で動く男だった。


「朝食ぐらいで威張(いば)るなよ」

「威張ると言えば、あのローム城の裏門の兵士の口髭(くちひげ)ってなんか威張ってる感じがしないか? みんなに言っても、おしゃれでいいじゃないかって言われるんだが、あれっておしゃれなのか?」

「巻き毛な(ひげ)なんだと思ってた」

「確かにくるりんって上向いてるな。巻き毛だからってあそこまで上向くもんなのか?」

「言われてみれば・・・。あれは何らかの主張なんじゃないか? ほら、その道の達人が同じ口髭だったとか」

「その道の達人か」

「そう。門番の達人とか」

「いるのかよ、そんなの」

「さあ?」


 しばらくは他愛のない話が続く。

 もうすぐ日も暮れかける時刻となった時、カロンが酒瓶等を片づけるようにして立ち上がった。


「そろそろ帰るか。久々にうまい酒だった」

「俺もだ。慣れ親しんだ仲間と飲む酒もいいが、・・・たとえ互いの属する場所は違っても、いい男と飲める酒はいいものだからな」


 よくぞ照れずに言えるもんだとカロンは呆れかえる。


「それを言う相手は選べよ、坊ちゃん。変な誤解されても知らんぞ」

「お互い様だろ。話して分かったが、カロン殿は噂が先に立ちすぎだ。こんなにいい奴だって知られたらすぐに友達が溢れかえる。・・・王都で会おう」

「ああ、またな」


 互いに馬へと乗り、先にカロンが出るようにと、セイムは促した。夕方ともなれば帰路についている役人もいるだろう。フィツエリ男爵家の重臣や役人ともなればセイランドの顔を知っている者もいないとは限らない。

 単独ならば他人の空似ですむとしても、カロンと馬首を並べられる存在は限られた。

ルーナ姫と何やらあったらしいカロンと自分が一緒にいるのを見られていいことなど一つもない。

 やがてカロンの姿が見えなくなると、セイムはゆっくりと馬を歩かせ始めた。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 食べるヒマワリの種を買いたいのだがと尋ねたら、普通にあちこちで量り売りしていた。

今まではセイムモユリアナもただの種だと思って何も考えずにその前を通過していたという奴だ。


「えっ、これ、何?」

「ヒマワリの種だそうだ。なんでも、歯でカラを割って中身を食べるらしい。やるよ」

「ヒマワリの種、食べちゃうの? どんな味なのかなぁ」

「火は通っていたようだが塩っぽい味がついてたぞ? ポリポリつまむのにいいかと思ってな」

「そうなんだ。ありがとう、兄さん」


 嬉しそうに受け取るユリアナに、セイムは微笑んだ。


「いや、こっちも助かったよ。ユリーが作ってくれた挽き肉とオリーブ入りのパン、あれはとても喜んでもらえたからな。残ったものも連れに食べさせたいからと持って帰ったくらいだ。ブドウの葉でくるくると巻いてあったツマミも好評だったぞ」

「ああ、兄さんのお友達? 喜んでもらえたなら良かった。」

「それとな、今いる軍勢は明日には発つそうだ。俺達もその後出発しよう」

「そうだね。次はカンロ、だよね」

「ああ」

「ここで収穫が無かったのは残念だけど、肝心のルーナ姫が、ちょうど滞在していた剣士様と運命の恋に落ちたならしょうがないよね。だけどさあ、家族以外の前に出られないお姫様がどうやって恋に落ちたんだろう」

「・・・さあな」


 恋が始まる前の問題だったとも言えず、セイムは視線を逸らす。

 ふと、そこでセイムは小屋の隅にいた鳩が一羽、いなくなっているのに気づいた。

 そういえば、今日のつまみに鳩か何かの燻製があったかもしれない。そうなるとむしった羽はどうしたのだろう。


「どうしたの、兄さん?」

「いや。・・・今日は早めに休もう。明日から、また旅だ」

「そうだね。カンロは寒い場所だから、色々と途中で買い込むことになるだろうし。ね、このヒマワリの種、食べてもいい?」

「お前に買ってきたんだからお前が好きにしていいんだよ」

「兄さんも一緒に食べよ?」

「ああ」


 穏やかに、その夜は過ぎていった。





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