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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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21 裏 セイムは風邪をひいた



 雨が降ったら店仕舞いだ。朝から雨ならもう店は開けないと決めていた。

 昨夜も急な冷え込みだったが、今朝になって雨も降りだしている。今日は仕事にならない。

 小屋の隅にいる鳩も、羽を大きく膨らませている。


「ハックシュン」

「大丈夫、兄さん?」

「ああ。悪いな」

「それはこっちのセリフだよ。兄さんの毛布を取ってしまってたんだから」

「その程度で風邪をひく方が情けない。最近、たるんでんな」

「なんでそうやって自分の体をいじめようとするの。ほら、飲んで。温まるから」


 呆れながら、体が温まるようにと、いくつかの香辛料や肉を入れて煮込んだスープを飲ませる。

 昨夜は寒かったのだが、どうもセイムは震えて寝ているユリアナに自分の毛布を掛けてくれたらしい。それなら同じ毛布で一緒に寝てくれれば良かったのにと言うと、セイムはユリアナにもっと危機感を持つように説教をかましてきた。

 同じ小屋で寝起きしている時点で、どうでもよいと思うのだが、言われてみればセイムは男でユリアナは女。更にユリアナにセイムは触ることができるのだ。

 つまり男と女の間違いを起こすことが可能な間柄である。

 そう考えると、やはりユリアナが悪い気がした。

 そこでおとなしく謝り、毛布のお礼を伝え、ユリアナはセイムの看病をしているのである。


「何を入れたんだ、これ? 汗が出てきたぞ、ユリー」

「それでいいんだよ。汗をかいて病気を体から追い出しちゃうの。もう一杯飲む?」

「ああ」


 ユリアナもそのスープを口に含んだ。雨で冷え込んだ体から、冷たさが追い出されていく。


「さ、飲み終わったらまた寝て」

「眠くない」

「じゃあ、眠くなるようにお話をしてあげる」

「俺は子供か」

「ワガママ言って寝ない大人は子供と一緒ですぅ」


 唇をとがらせてそう言うと、ユリアナはセイムの肩まできちんと毛布を掛けた。

 セイムは逆らわなかった。おとなしく目をつぶる。

 ユリアナは静かに話し出した。


「それははるか昔の物語です。

 ある国に、仲の良い王様とお妃様がおりました。ところが、ある日、お妃様は病気で亡くなってしまいます。

 王様はとても悲しみました。お妃様を生き返らせようと、あらゆる手段を尽くします。そこへ魔法使いが現れて言いました。


『お妃様を生き返らせることができますが、その代わり、王様もお妃様も恐ろしい悪魔になってしまいます。それでも生き返らせたいと思いますか?』


 王様は悩みました。そして、王子様に王位を譲ると、その魔法使いに、悪魔になってもかまわないからお妃様を生き返らせてほしいと頼みました。

 魔法使いはその願いを叶えました。

 悪魔になった王様とお妃様は、人がやってこない深い森の中に住むことにしました。昼間は眠り、夜になると森の中にやってきた山賊や旅人を襲っては自分達の餌にしたのです。

 やがて、お妃様はそんな悪魔である自分を悲しみ、人を食べないようになりました。どんどん体が弱っていきます。王様は自分の血をお妃様に分け与えました。

 ですが、お妃様はもう一度死にたいと繰り返すばかりです。

王様はお妃様の願いを叶えようと決心しました。

それはとても清々しい、雲一つない晴れた日の朝でした。

 王様は弱ったお妃様の体を抱いて、森の中にある湖のそばへと向かいました。そこはとても気持ちの良い太陽の光が差し込むのです。

やがて、太陽の光を浴びて、二人はどんどんと体がなくなっていきます。しかし二人は幸せそうに微笑んでいました。

そうして月日が流れ、王様とお妃様が亡くなった場所には、可愛らしい花が咲くようになりました。桃色の花と、水色の花です。

いつしか、王様の子供だった王子様も亡くなり、かつて王様が治めていた国もなくなりました。

ある日、戦で逃れた村人がぼろぼろに傷ついた状態でその森の湖にたどり着きました。

湖のそばに咲く、その花畑の上で倒れこんだと思ったのですが、目覚めると大きな傷がふさがっていました。これはどうしたことかと思ったものの、やがてその花には血を止める効果があることが、その後、とある治療師が研究して分かりました。

やがて、その治療師はその森に小さな住まいを作りました。

その治療師が作った住まいに、やがて志を同じくする仲間が集うようになります。

その森がどこにあるのか、誰も知りません。ですが、ある思いを抱く人は、その森に招かれると言います。

そして、森に住む人に尋ねられるのです。


『悪魔となっても死んだ人を生き返らせることを望むか』

『生きる為にその傷を塞ぐことを望むか』


大事な人を亡くした人が招かれるのか、それとも大きな怪我をした人が招かれるのか、それは行った者にしか分かりません。ですが、もしかしたらいつか私達もその森にたどりつくかもしれないのです。

それははるか昔の物語。いつか私達がたどり着く、未来の物語なのです」


「ちょっと待て。それは昔のことなのか? それともこの先にある話なのか?」


 セイムがそこをつっこむ。


「どっちも同じでしょ?」

「いやいや、全く違うだろう」

「同じなんだよ、こういうおとぎ話は。時の流れのどこにあっても、昔であって未来なんだから」

「は?」


 ユリアナは困ったように微笑んだ。

 あまり教会関係者には聞かれたくない話だが、別に秘密でも何でもない。

 雨の音で周囲に会話がもれないと分かっていたが、あえて小さな声で囁いた。


「あのね、人は時の流れの先、つまり未来へ向かって生きていくでしょ? そうしていつか命を終えて死んでいくよね。だけど、命を終えた心は、時の始まりに戻るんだ」

「・・・死んだら、心が過去に戻ると?」


 雨の音が眠気を呼ぶのか、尋ねながらもセイムの瞼が閉じていく。


「そう。生きている時でも、体は時の流れの先へと、未来へと動いていくけど、気持ちや思いといった、感じる心は常に昔へと戻るでしょ? 思い出して? 常に心が繰り返すのは過ぎ去った時ばかりじゃない? 過去を懐かしみ、過去に囚われて生きる人はいても、未来を懐かしんで未来に囚われて生きる人はいないよね。・・・だからね、死んで肉体から離れ、命を終えた心は始まりに戻るんだよ。生きている間に失われてしまった全てを取り戻す為に」

「心は過去に、か」


 眠りに引き込まれかけているセイムを見ていると、ユリアナも眠気を感じ始めた。


「そう。だからいつか離れ離れになっても、命を終えた先でまた会える。失われた人の心も思い出も、この先でまた、あなたの心と再び出会う日を待っている」

「じゃあ、・・・いつか、また・・・会えるかな」


 少年を装っていたユリアナの口調がいつしか娘のものに戻っていることに、二人共気づいていなかった。

 だけどどうせ周囲は雨だ。誰も聞いている人はいない。


「ええ。あなたが失ったと思った人達が、いつかあなたを出迎える」

「・・・そうか」

「時は流れていくの、未来へと。そして過去へと。その中で我らは未来を過去を、夢に見る・・・」


 雨の音が眠気を誘ってきていたのだろう。

いささか緩慢な動きになっていたが、セイムは本格的に寝入ったようだった。つられてユリアナも眠気に逆らえなくなってくる。

 そのままセイムの横に寝させてもらおうと、ユリアナは毛布の空いているスペースへと潜りこんだ。入り込んでくるユリアナに、セイムも無意識で場所をあけてくる。

 ユリアナは大きな欠伸をして、本格的に眠りについた。寝ぼけた声で呟きながら。


「また会えるわ、セイランドゥルエス。だから、今は生きて」



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