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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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 ユリアナは困ったなと思っていた。

 フィツエリ領にある各地への手紙や荷物を運ぶ荷運び屋だが、それは記録が残るのだとか。

 金だけ受け取って途中で荷物や手紙を処分されない為らしい。また紛失時の補償も考えてのことだとか。高い利用料を取るだけはある。

 どうやらそれはカンロもそうらしい。

 だから言われた場所で鳩を買うようにと言われていた。


(セイランド様。鳩のお料理、あまり好きじゃないみたいなのよね。鶏ならいいみたいなんだけど。牛とかの方がお好きみたいだし)


 勿論、セイムは好き嫌いなど言わない。ユリアナが何を作っても、美味しいと言って食べてくれる。

 それでもユリアナはセイムが本当に美味しいと思っているのか、実は苦手なのかを見抜くテクニックを有していた。


(だけどそこまで深く考えてないところもあるもの。同じ鳥類ならけっこう騙されそう)


 こうしている日々が楽しくないわけじゃない。

 本来は雲の上の人だが、弟としてじゃれついても笑って受け入れてくれる。

 本当の弟とごっちゃになっているのか、まさにいたずらっ子な弟だと言わんばかりの雑な撫で方や抱え方に、実は本当の兄じゃないのかと混乱してしまいそうだ。

 一緒にいる時間が苦にならない。

 どうやらセイムもそう感じてくれているようだった。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 ケリスエ将軍がフィツエリ領に立ち寄ったのは、第五部隊長ソチエトを(ねぎら)ってあげたかったのと、カロンの結婚相手候補者の顔を見ておきたかったのと、更には自分がその土地に行ってみたかったというだけのことであった。

 フィツエリ領が案じていたように、武力を見せつけるといったつもりはさらさらない。

 だからこそ兵士達も街の外に野営させ、交代で買い物や観光をすることを許しはしたが領民を怯えさせぬようにと心がけている。

 その気持ちはすぐに伝わったようではあった。


「若い日は、本当に矢のように通り過ぎていくものだ。妻を娶った日、子供が産まれた日、子供は小さく、本当にわずかに少しずつ大きくなっていくように思えても、それらは瞬く間に過ぎていった。今や、初めての子供はかつての若き日の自分の如く育ち、自分が年老いていくことを実感するばかりだ」


 だからだろう。

 今やフィツエリ男爵が愚痴を零せる相手がケリスエ将軍になっている。


「まだまだご壮健でいらっしゃる。老いを感じるのはお子様方の更にお子が同じくらいに育ってからでよろしゅうございましょう。・・・・・・それに、私の出身の部族は、女であっても戦って勝ち取るということを良しとしておりました。男爵には別のご意見もございましょうが、姫ほどのご器量、我らが部族であれば、その心意気や良しと、部族長すら己が身一つで狙えたやもしれませぬ」


 疲れた気配を濃厚に漂わせるフィツエリ男爵に対し、ケリスエ将軍はそう慰めていた。

 さすがに貴族の姫君としてはアウトすぎると分かっていたからだ。

 そちらからのフォローはもう無理である。


「勿論、我らが部族の文化など、男爵にとっては恥ずべき文化かもしれませぬが。・・・しかし、我らは男女を問わず、強さを追い求める民でもございますので」

「いいや、本当にケリスエ将軍にはお詫びのしようもない」


 フィツエリ男爵とて見る目はあるのだ。いくらケリスエ将軍がそう言ってくれても、自分の娘にそこまでの強さがないこともまた分かっていた。

 慰めようとしてくる気持ちは伝わるもので、それが救いである。フィツエリ男爵が疲れきった溜め息をつくと、自然と二人は窓の外に目を向けた。

 フィツエリ男爵とケリスエ将軍がいる二階の部屋には、面白そうな表情を隠せない面々と、困惑を隠せない面々とに分かれて存在している。

 全ての視線の先にいるのは、中庭に立つ二人だ。

 カロンとルーナである。

 若い男と女が二人きり。

 何か間違いがあってはならぬと目が離せない、違う意味で。

 

「第五部隊長。きちんと姫に警護はつけていような」

「はっ。第六部隊長の剣は刃を潰したものに変えておりますし、第六部隊長には何があっても痕の残るような傷はつけるなと厳命しております。また、すぐに取り押さえることができるよう、十人を周囲につけてあります」


 安心させようと思ったのか、わざとフィツエリ男爵の前で確認してくるケリスエ将軍に対し、第五部隊長は笑い出したいのを抑えて真面目な声音で返事する。

 そんな二階の部屋や、廊下などからの視線を無視して、カロンとルーナは二人の世界に入り込んでいた。


「最初にあんたを見た時から思っていたんだ」

「奇遇ね。私も最初に見た時から分かっていたわ」


 政務に使われる棟だけあって、中庭にはほとんど物がない。ただの土と背の低い木や草があるばかりだ。それだけに、体を動かしたい時には良い場所でもあった。


「この女だけは気に食わねぇってな」

「あなたを消し去ればいいってことをね」


 すらりと二人が剣を抜く。

 女性はベールで体を覆い、男性の前には出ない文化のフィツエリ領。フィツエリ男爵の娘でありながら身動きしやすい服装に身を包んだルーナの姿は、今やもうそういった文化を超越的に無視して、城の注目をかっさらっていた。

 よりによって、ケリスエ将軍に求婚した自領の姫として。

 もう、その姿をベールがどうこうではないのである。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 それは宴の後日、改めてケリスエ将軍がフィツエリ男爵に会いに来ていた時のことであった。

武装した兵士達を連れている以上、誤解を招くことはあってはならぬと、ケリスエ将軍はなるべくフィツエリ男爵やその重臣達に挨拶する時間を作るようにしていた。

どうしても近衛騎士団のフィゼッチ将軍と交流が多いフィツエリ男爵だったが、先入観を取り払ってしまえばケリスエ将軍の話はローム王国内のあちこちの新鮮な情報だ。

ご機嫌で受け入れていた。

 するとケリスエ将軍が訪れることを知ったルーナは、それに合わせて父や兄の所へ顔を出し、堂々とケリスエ将軍にまとわりついたのである。

 本来は屋敷の奥深くに閉じこもっておくべきルーナの行動に対し、あっけにとられたフィツエリ男爵とその息子だったが、ケリスエ将軍の傍にはカロンがいる。これは良い傾向かもしれぬ、縁談相手が気に入った姫なりのアプローチなのだろうと、解釈した。

 やはりルーナには幸せになってほしい。政略結婚の相手を愛せるのであればそれに越したことはない。どうせ皆の目もあるわけで、不埒(ふらち)な真似をされることもなかろうと、誰もが油断していた。

 当事者以外、誰も分かっていなかったのだ。真に不埒な真似をするのはカロンではないという事実を。

 従ってルーナを止める人間が実質不在となっていた。

おかげでフィツエリ男爵の長男にしてルーナの兄であるロカーンが、何故ルーナは見合い相手のカロンと全く会話していないのだろうと気づいた時、ルーナはケリスエ将軍を口説きに入っていたのである。


「ねえ、将軍様。もしも私が将軍様と一緒に暮らしたいと申しましたら、ご迷惑ですか?」

「そんなことはございませんよ。姫のような可愛らしく美しい女性が同じ家に住んでくれるのであれば命もいらぬという男は大勢いるでしょう。私も、もしも義理の息子に嫁をもらえるのであれば、姫のように気立てのよい女性であってくれればと神に祈るばかりです」


 兄のロカーンとて妹には幸せになってもらいたい。

 カロンを引き取って育てたというケリスエ将軍とうまくやれるのであれば何よりだと、そのあたりについては踏みこみすぎだと思いはしたものの、まあいいかと油断していた。

 ルーナが嫁いびりされては哀れすぎるが、これなら大丈夫かもしれない。


「まあ。ところで、将軍様は義理の息子さんと一緒に暮らしていらっしゃいますの?」

「そうですね。小さな家に、義理の息子と、息子の副官、それから従者を一人住まわせております。通いで世話をしてくれる人を一人雇っておりますが。もし、義理の息子が結婚したら、息子にその家を譲るか、もしくはよそに家をかまえさせることになるでしょう」

「息子さんが結婚なさったら、一緒には暮らさないのですか?」

「勿論です。息子と結婚してくださる女性に、私に気を遣わせるつもりはありません」


 思ったより使用人が少なすぎるが、かえって見栄を張りすぎて内情は火の車というよりもいい。

 しかも別居であれば嫁いびりされる確率はがくんと下がる。

 暮らしている家を譲るのであっても、嫁の好みで家を建てるのであってもどちらでもいいというニュアンスに、そういうことであればルーナの好きにできるだろうと、ロカーンは考えた。

 この従順さなどない妹にとって、かなり良い縁談ではないのか。


「では、もしも将軍様が結婚なさいましたら、息子さんはどうなりますの?」

「私が、ですか? あいにく、私は婚姻関係を重視する部族の出身ではないのです。いえ、勿論、したければしても良いのですが、好きな相手と暮らし、好きな相手と子を作り、そして母親の元で子供は育ちますので、あまりそういったとらえ方はありませんでしたね」


 ケリスエ将軍は独身だ。だからこそそちらの心配もしているのかと、呆れたロカーンだったが、大切なことかもしれないとも考え直す。

 しかしケリスエ将軍に恋人がいたとして、養子の縁談が出ている時にそれをぺらぺら喋ることはないだろうとも思った。


「では夫婦が一緒に暮らしたくても一緒に暮らせないのですか?」

「そういうわけではありませんよ。別々に暮らしても一緒に暮らしてもいいのです。大事なのは母親の血を引いていることで、父親はどうでもよいと考える、それだけのことです。・・・とはいえ、今はそれらの考え方も失われましたが」

「では、お互いの『好き』という気持ちが全てなのですね?」

「ええ、それに近いでしょう。これはと見込んだ男の子供を作り、育てる。全てを女性が決めるのです」

「まあ、素敵ですね」

「そうおっしゃってくださったのは姫が初めてです」


 様々な少数民族の文化が戦いの中に消えていく時代である。ケリスエ将軍の部族もまた様々な理由で数を減らし、文化を知る人間もいなくなったのだろう。よくある話だ。

 しかしロカーンは、そこで自分の妹が発した言葉に全ての動きを止めた。


「じゃあ、私がケリスエ将軍の元に行きたいと申し上げましたらどうなりますか?」

「・・・カロンはたしかに養い子ですが、私の家を継ぐ者として利用する気はありません。もしも姫がカロンの元に嫁がれましても、私に気兼ねする必要は全くございませんよ」

「違いますわ。ケイス殿なんてどうでもいいのです。私はあなたをお慕い申し上げております。ケリスエ様」

「・・・・・・あの、いえ、姫。いささか誤解があるようですが、私は男性ではないのですが」


 ケリスエ将軍も男に絡まれるのとは違い、相手が男爵家の姫君ともなると勝手が違ったらしい。

 戸惑いながらも突き放せず、ぐいぐいと押されている。


「そんなこと、見れば分かりますわ。私は男性か女性かどうかなんてどうでもいいのです。あなたが女性でもいいのです。いいえ、女性だからこそかもしれません。私はあなたを一人の人間として美しいと思ったのです。体に刻まれた傷も、鍛え上げられた肉体も、あなたが困ったように微笑む時のしぐさも、全てをお慕い申し上げております。どうか私をお連れくださいませ」

「・・・・・・・・・」


 さすがにロカーンばかりか、全ての人間が動作を止めていた。

 ケリスエ将軍に至っては、自分に縋って抱きついてくるルーナを抱きしめていいのか、それとも遠ざけるべきなのか、それすらも分からずに困惑している。

 さもありなん。

 誰だって、カロンとルーナとの相性を見ようとしていたのだ。どうしてケリスエ将軍をルーナが選ぶと思うだろう。

 いち早く自分を取り戻したのはカロン・ケイスだった。

 つかつかと近づくと、無理やりにルーナをケリスエ将軍から引き離す。


「きゃっ」

「何が『きゃっ』だ。よりによって、この人に色仕掛けなんざすんじゃねぇよ。クソガキが。将軍に近づきたきゃ、まずは俺を倒してからにすんだな」

「いいかげんに親離れなさったらいかが? そこまで図体もでかくなる程に育ててもらったならもう十分でしょ。お世話になった将軍に、この後は幸せな人生を送らせてあげようと思わないの?」

「余計なお世話だ。少なくとも将軍の幸せな人生に、色気づいた子供が入りこむ隙なんざねぇよ」


 油断していて倒れこんだルーナだが、口げんかでは負けていない。埃を払って立ち上がると、敢然としてカロンに向き直った。


「しょうがないわね。将軍様との甘々な日々を送る為、まずは害虫駆除をして差し上げるわ。覚悟なさい」

「はっ。その鼻っ柱、叩き潰してやるよ」

「何を言ってるんだっ、ルーナッ」


 そこで慌ててロカーンが制止に入る。

 同じ部屋にいた第五部隊のメンバーはゲラゲラと、

「いいっ、あの姫」「第六部隊長に張り合えるたぁ、なんて豪傑な姫さんなんだ」「強敵ついに現るか」と、腹を抱えて笑い転げていた。


「いいかげんにしろ、ルーナ。ケリスエ将軍にもお詫び申し上げる。妹は、まだ憧れと恋との区別もつかぬ子供でして・・・」

「いえ。光栄でございます」


 二人の間に、ルーナ(いもうと)カロン(むすこ)のいさかい、そしてその直前の出来事を無かったことにしようという、視線による会話が素早く交わされた。

 ケリスエ将軍は膝をつくと、ルーナの手を取る。


「武人として、姫にそのような寿ぎをいただける程嬉しいことはございません。もしも姫が縁ありまして、我が息子の元に来てくださる時には、この身を姫の為に賭すことをお誓い申し上げましょう」

「まあ。息子さんではなくあなたですわ、私が向かう先は。私もあなたの為に命を賭しましょう。ですからあなたも私にあなたをくださりませ」

「まだ言うか、この小娘」

「いいかげんにしろ、ルーナ。もう下がれっ。ええいっ、ロシータは何をしてるんだっ」


 ルーナといつもいるロシータがいれば連れて帰ってもらえるものをと唇を噛んだロカーンだが、ロシータは王都からやってきた人々と顔を合わせぬように室内にこもっていた。

 そして今回、ルーナが結婚相手候補者の一人と顔合わせして、とても仲良く同じベンチでお喋りしていたというので(ただし、ルーナからは「嫌いよ、あんな奴」とか言われていたが、照れ隠しなのだろうと思うことにした)、輿入(こしい)れの際の新しい衣装などを縫っていたのである。

 まさかロシータもこんなことになっているとは予想もしていなかった。


「いいえ、お兄様。お父様にもお願い申し上げます。私は、ケリスエ様をお慕いしているのです」


 あたふたと慌てる人達は意味不明だとばかりに周囲に説明を求め、その場は混乱の渦である。

 当事者(ルーナ)の兄ロカーンは混乱を収めようと頑張っていたが、父親のフィツエリ男爵は理解不可能な話に硬直していた。


「そのしつこさに免じて相手してやるよ。表に出な、小娘。引導を渡してやる」

「いいでしょう。()(づら)かかせてやりますわ。私が勝ったら『お母様』とお呼びなさい」




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 今日も今日とてユリアナは市場で薬を売っていた。

 少量なのに銀貨一枚する傷薬も、先日の小隊長から話を聞いたのか、何人かが買いに来てくれていた。

 そして今日も、やはり話を聞いたらしい男が買いに来てくれている。小隊長サマサマだ。


「こっちでよく効く傷薬が銀貨一枚で売られていると聞いたんだが」

「はい、ございますよ。後ろから持ってくるので少し待っててくださいね」

「ああ」

 

 かなり大柄な体格だったが、性格は温和らしい。ユリアナを怖がらせないようにと思ったのか、店の前で腰の横にあった剣を背後に回してくれていた。

 こういう時、剣をちらつかせて安くしろと言い出す男もいるのだが。


(いい人だ。それに値切ったりしない感じがする)


 ユリアナが戻ってくる間に興味深く店の物を見ていたのか、がっしりとした体格のその客は香油の瓶を指さしてきた。

 

「それは何の瓶だ?」

「ああ、こちらは主に女性がお使いになるのですが、肌に擦り込む香油です。男性がお使いになるなら、こういった甘い香りよりはさっぱりとしたものがありますよ」


 五本の指を立てて銀貨を五枚渡してきたので、ユリアナも傷薬五個を包んで渡す。


「そうか」

「ですが、剣を扱う方が肌にすりこむ香油を使うのであれば、こちらが良いでしょう」


 ユリアナは箱の中にあった瓶を取り出し、蓋を開けて香りを立ちあがらせてみせた。男性好みの爽やかな香りにしたつもりだ。


「どう違うんだ?」

「虫が嫌う香草を漬け込んだ油です。それに、そのまま剣の手入れなどにも応用がききますから。つまりどこかで野宿とかする時用ってことなんですけど」

「なるほど。それ、二個くれ」

「ありがとうございます。銅貨2枚です」


 先程の傷薬の包みを返してもらって一緒に包み直し、

「おまけです。これ、汗かいた時に水に少し混ぜてください。その水に浸した布で体を拭くと汗がさっぱりします」と、もう一つ小瓶を入れる。


「それは売らないのか?」

「ええ。売る程の量がないので。それに兵士さん達だと怪我もしやすいでしょう? これ、傷についちゃったらとんでもなく痛いんです。あ、だから怪我した場所には触れさせないでください。だけど汗だらだらで熱気がむんむんする時、水に垂らしてその水を頭からかぶるとさっぱりします」

「分かった」


 なんとなくこの客には親切にしておいた方がいいような気がするユリアナだ。

 その気持ちが伝わったのか、頭をぽんぽんと撫でられる。


「まじないもやるのか、坊主?」

「ええ、ご希望とあれば。銅貨一枚いただきますけど」

「・・・・・・ついでだ。一つ、占いを頼む」

「はい、どういったお悩みが?」

「実は、・・・とある娘がいるんだが、それがある、・・・男に恋をしたんだ。だが、その男に恋されても困る。その娘の気持ちを変える方法を占ってくれ」


 なんだかとても踏ん切りのつかないような口調で語られてしまったユリアナは、言うに言えない事情があることを()ぎ取った。


「それは、もう、占うレベルをはるかに超えているかと」

「そうだな。・・・やるしかないか」

「待ってください、早まってはいけませんっ」


 何をやるのか聞きたくもなかったが、勘だけでユリアナは男の行動を止めた。さっさと身を翻して向かおうとする男の腕を掴む。

 伝えなくてはならないという、そんな気がした。

 ユリアナの頭は動いていなかったが、勝手に口が動く。


「その娘さんの気持ちは止まりません。ですが、放置したり止めたりするよりもマシな方法があります」

「それは何だ?」

「あなたがその娘を確保することです。あなたは、・・・それができるはず。いずれ違う使い方もできましょう。一時の私情にとらわれてはなりません。そしてそれが全ての幸せに向かいましょう。あなたにとっても、あなたの大切な方にとっても」

 

 それは火を見るよりも明らかなことだ。そこにその男の幸せもあるだろう。

 男は驚いたようにユリアナを見たが、ユリアナの表情がこわばっているのを見ると、何か察したようだった。


巫子(みこ)か。ならば銅貨一枚は安いかもな」


 ユリアナが気づいた時には、その手に銀貨が握らされていた。


「あれ? 何してたんだっけ、今。なんで私、お金握ってるの?」


 既に男は消えていた。

 気を取り直して、ユリアナは在庫を調べ始めた。なぜか、もうこの場所にとどまる必要がなくなったと感じていた。


(ここのお姫様の運命は動き出したもの。セイランド様とは交わらない)


今夜にでもセイムと旅程について話し合おうと、ユリアナは思った。



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