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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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2 裏 ユリアナの弟子入り


 自分にあって、他人に無いものを説明するのは難しい。ましてや幼い子供であれば余計に。

 ジルバルドは、可愛い養い子が自分の背中というより脚の裏に隠れたものだから、手だけを後ろに回してその小さな頭を撫でた。

 妻もいないのに子供など育てられるのかと自分でも不安だったが、自分達はうまくやれている方だろう。


「どうした、ユリアナ。あっちでドルクさんが子供達にお菓子をくれているぞ。行かないのか?」

「いや」


 その日、

「甘いものはあまり得意ではなくてね」

というドルクが、いつものように近所の子供達を集め、

「ほら、お食べ」

と、お菓子を配っていた。

 ドルクはこの繁忙期に雇われている小作人の一人だが、女房が菓子作りを得意としているのだとか。二人の間には子供がいないそうで、だからだろう、ドルクは子供達を見ると優しい眼差しを向けて話しかけるのが常だった。


「ありがとう、ドルクおじちゃん」

「きょうはね、いもうとももらっていーい?」

「勿論だとも。可愛い妹だね。名前はなんて言うんだい?」

「エミー」


 幼い姉妹が嬉しそうに笑い、お菓子をもらって食べている。


「おじちゃん、ともだちにももらっていい?」

「勿論だとも。どこの子だい?」

「あっちの山の中にすんでるんだ」

「おや。それだとここまで来るのは大変だろう。一人でここまで来てるのかい?」

「そうなんだ。おじさんたちがいそがしいから、しょっちゅう、うちでとまってくんだよ」

「ほう」


 腕白坊主達も、焼き菓子をもらえるとあってとても素直だ。

 それなのにユリアナは、ドルクが来ると絶対に隠れて出てこない。人見知りが激しい子だ。

 顔を見られたくもないとばかりに、腕で顔を隠して逃げていったこともあった。

 今はジルバルドのシャツを腰部分でひしっと掴み、太ももにひっついて離れない。どこのセミだ。まあ、幼い子供にひっつかれた所でどうということもないが。


「お菓子は好きだろうに」

「だって、さらわれちゃう」

「あぁ?」


 また変な物語と現実をいっしょくたにしているらしい。

 呆れながらも、仕方がないとジルバルドは放っておくことにした。色々と体験して、子供は大人になるものだ。その内、怖がらなくてもドルクからお菓子をもらえると理解するだろう。

 そう思ったからだ。

 そんな矢先のことだ。


「うちの子を、うちのエミーを見なかったかいっ? まだ帰ってこないんだ。こんなにも暗くなっているのに」

「手分けして捜そう。もしかしたら崖かどこかで落ちて、帰れないのかもしれない」

「昼ぐらいには見かけたぞ? たしかあっちの公園で遊んでいなかったかい?」

「そうなんだよ。うちのミーナがさっきまで一緒にいたってのに、いきなりいなくなったんだ」

「なら、遠くまでは行ってないだろう。すまないがみんな、一緒に探してやってくれや」


 小さな子供は大人では入りこめない所に入りこんで、出られなくなっていることがある。早く見つけてやらねばと、皆が手分けして捜した。


「ファンルケ先生もすみません」

「いいや、うちもユリアナがいる。他人事(ひとごと)じゃない。あの子もよく目の前のことに気を取られて足元も見ずに動いてたりするんだ。いつ大怪我してるかと気が気じゃない。早くエミーちゃんを見つけてあげないと」


 ユリアナはいい子だが、やはり子供なので変なことをやらかしたり、迷子になったり、落とし穴にはまっていたりする。

 かくれんぼしたりしている内に寝入ってしまっただけだろうが、早く見つけてあげないと恐ろしい思いをするだろう。もしくは足を怪我して動けないのかもしれなかった。

 小さな子供はちょっとしたことで命が失われるのだ。

 近所の人達がほとんど総出で捜したが、エミーは見つからなかった。

 あまりにも小さな子だったから、川に落ちたか何かで流されてしまったのかもしれない。

 そう諦めるしかない結論に至ったのは、遺体すら見つからなかった数日後だった。

 だが、子供の行方不明はその後も続いた。


「すまないが、この辺りで金髪に茶色い目をした男の子を見なかったかい? 大事な預かりものの子なんだ。いきなりいなくなっちまって・・・」

「ああ。お宅で暮らしてた子だろう? 今日も兎を追っかけてるんじゃないのかい?」

「そうだと思ってたんだが、まだ帰ってこないんだ。ご飯の時間になったら絶対に帰ってくる子なのに」


 それはエミーだけで終わらず、ちょくちょくと同様のことが起こり始める。

 近所の子供が、一人、また一人と突然いなくなった。

 どこかに入り込んで帰れなくなったのか、誰かに連れ去らわれたのか、はたまた獣に襲われるといった何かがあったのか・・・。


「いたか?」

「いない。廃屋に入りこんでるんじゃないかと見て回ったんだが・・・」

「小屋とか納屋も見た方がいい。子供はそういう所が大好きだ」


 皆で探し回ったが、見つからなかった。勿論、ドルクも参加して一生懸命探していた。

 その後、ひょんなことから、ドルクが人身売買に関わっていたことが分かった。


「遠い街で見つかった子が、うちの村の子だったらしい。その子が、ドルクに連れていかれたと・・・」


 ドルクは捕らえられた。

 あの気の良さそうな男がと、誰もが驚かずにはいられなかった。

 おとなしくて従順そうな妻もいるからこそ、あまりにもそぐわなかったのだ。事情がどんどんと明らかになると、ドルクは決して善人ではないことだけが次々判明していった。

 ドルクの妻という女は、やはり昔に連れ攫われた被害者で、仲間にされていたらしい。


「ユリアナ。もしかしてドルクが怖い人だって知っていたのか?」


 自分も気が緩んでいたのだろう。あの男の闇に気づかなかったとは何たる不覚かと、ジルバルドは己の慢心を反省した。

 だが、ユリアナはどうしてそれに気づいていたのか。何かを見ていたのか。


「だって、こわいひとだよ」

「どうして分かった?」

「そんなの、みればわかるじゃない」

「・・・?」


 大きく手を広げて「こぉんなかんじだったんだよ」と、色々と説明されても、意味が分からない。

 ユリアナは、

「だって、あんなこわそうなおじさんたちと、こわいかおでおはなししてたんだよ。たくさんのこども、ないてた」

と、そう言うのだが、どこで見たのかと問えば、

「わかんない。なんかね、ひとがころされてたの。そのおうち、あのひとたち、つかってたの。ころされたひとは、あなにいれられてたの」

と言う。

 ここでそんな事件があったなら騒ぎにならない筈がない。

 子供達がいなくなった時、様々な空き家が調べられ、誘拐ならいなくなっている奴もいる筈だと人数チェックも行われた。


(この子はいつだって一緒にいた。遠くまでなんて出かけていかない)


 それからのジルバルドは、ユリアナをじっくり観察することにした。

 意味の分からない話も真面目に聞き、色々と質問してみる。


「きれいなあおいキラキラ、いどのなかにおちちゃったの。だけどね、いまのおねーさんのこどものこどものこどもが、いつかみつけるの」

「綺麗なキラキラだったら悲しいだろうね。井戸の中に潜るわけにもいかない」

「うん。だけどにせもの、つくるからへーきなんだって。だけどね、ときのしゃりんがまわって、いつかそれがほんとうじゃないってわかっちゃうの。おねーさんのこどものこどものこども、それをおちたいどでみつけて、おーさまになるの」

「・・・ふむ」


 ユリアナは毎日のように眠れば変な夢を見て、起きていても自分達が見えているものとは違う世界を見ているらしい。

 子供の想像力だけでは落ち着かない程に、意味の分からない世界をユリアナは語り続けた。


「どうして分からないの? あんなにもはっきり見えているのに」


 そう(なじ)られても、ユリアナの見えているものが自分には分からない。

 時間とは勝手に経過しているもので、時の流れは車輪なんかではないのだ。


(夢の中で、ユリアナは他の場所における出来事を見ることができるのか・・・?)


 まさかと思う。

 けれどもユリアナは時間が流れることを、水車が回るそれに見立てて手を丸く動かして説明するのだ。

 いや、あり得ないことではない。古き神々のそれを受けてのことであれば・・・。

 かつての古き神々は歴史の中に埋もれて消えたとされているが、神々は人の世界からお気に入りの人間を選び取り、その力の一滴を与えたと言われる。

 この場合は神の依り代、もしくは巫女となるのか。

 だが、今の世界では異端でしかあるまい。

 ユリアナにはそういうことを口にしないよう、言いつけた。


「ユリアナ。君はまじない師になりなさい。僕が知っていることを君に教えていこう。これからは僕をお師匠様と呼ぶんだよ」


 普通の女として生きれば、気味悪がられるだけだろう。ならば反対にそれを()かせばいい。

 女の医師は体を診なくてはならないから男の患者に悩まされ、苦労するだけだが、薬師ならば薬を渡すだけだから重宝もされるだろう。そして薬師としての腕を持つまじない師となれば、不思議なことを言っていたとしてもそんなものかと受け入れられるに違いない。

 ユリアナを不幸にはしたくなかった。

 意味が分かっていないのか、きょとんとした顔をしていたが、やがてユリアナはにっこりと笑った。

 

「はい。おししょーさま」



― ◇ – ★ – ◇ ―



 時が流れ、ユリアナのその能力も少しずつ落ち着いてきていた。

 子供だからこそ、神の憑代(よりしろ)としてダイレクトに受けていたそれも、色々と人間としての知恵や思考や行動が増えてくれば薄まるものらしい。


(もしかしたら、生活する中で人と合わせることを覚えただけかもしれないな。世が世であれば、それこそ古き神々の神殿で大切にされただろうに)


 だが、もう時代が違うのだ。違う国に行けばまだ古き神々への信仰も残っているだろうが、私ではユリアナがどの神の力の下にいるのかすら分からない。

 そういった能力を持っていて役立つことはあるにせよ、人に気づかれたら排斥されかねないリスクだってつきまとう。

 ユリアナの幸せな人生の為に、できればそれはそのまま消えていってほしかった。

 

「お師匠様っ、またこんなに散らかしてっ」

「しょうがないだろ。だけどそこは触らないでくれ。少し寝て起きたら頭もはっきりするからな。もしかしたら、そういうやり方の方が効き目がいいかもしれないんだ。だが、今はもう眠い」

「・・・もうっ。じゃあ触りません。だから早く休んでください」

「はいはい」


 いい年をした男が小さな女の子と暮らしているというのは、どうしても変な目で見られやすい。


(私もユリアナも緑の目だから親子かと思ってくれることを期待するには、顔立ちが全く似ていない。それなら堂々と他人としておく方が怪しまれずにすむ)


 そう思えばこそだったが、人とは不思議なものだ。

 小さな子供に師匠と呼ばせ、まだ幼い弟子だと表明してみたら、今度は親子と思われ始めた。

 親子だと言いぬけようとした時は、赤の他人だと見破る人の方が多かったのに。


(いや、このこだわりが人には見えていたのか。ユリアナ、お前の父親と母親は、お前を愛していた)


 医師を必要とする地域を探して転居を繰り返す内、居心地のいい場所に長居をする。あまりにもいいお医者さんとして定住してしまうと、今度はお金を払わずに診てもらおうとする患者が増えるのだ。

 だが、慈善事業で飯は食えない。金がなければいい薬も手に入らない。

 

(親は子より先に死ぬのだ。ユリアナ、お前が惨めな思いをして生きていかずにすむようにしてやりたい)


 そんな決意はともかく、ユリアナはもう養い親を手のかかるおじさんだと思い始めている。女の子の成長は早い。

 ユリアナの自分に対する口うるさいお説教が近所に鳴り響くからだろう。人は、

(師匠と呼ばせちゃいるが、本当は実の親子か姪か何かなんだろう)

と、そう勝手に思うようになってくれていた。


――― 先生は結婚なさらんのですか? あそこのお嬢さん、良い縁組だと思ったんですがねぇ。

――― ありがとう。だが、結婚は考えてないんだ。

――― なんでまた・・・。やっぱりユリアナちゃんが原因で?

――― いや。実の所、生活はかなりぎりぎりでね。よく効く薬草をと考えれば、値段も高いし、本当に儲けはないんだ。妻なんて養えない。

――― はあ・・・。


 性欲なんて、日中の出先ですませてくればいいだけのことだ。

 大切なユリアナを立派に育ててやりたかった。だが、継子に対して寛容な女性はとても少ない。


(お前の幸せが、俺達の願いだ)


 心の底から楽しそうに笑う姿を見ていれば、それだけで自分の決意が間違いではなかったのだと思える。

 そういったことを考えていたら、いきなり扉が開いて、ひょいっとユリアナが顔を見せた。

 

「あーっ。お師匠様っ、早く寝てくださいって言ったのにぃっ」

「あー、悪い悪い。この椅子からケツが動かなくなる魔力が出てたんだ」

「またそんないい加減なことをっ」


 ぷんぷんと怒りながら、それでもユリアナは本当に怒っているわけじゃない。


「ちゃんと休むよ。その代わり、籠に入れてあった薬草を乾いたものから選別しておいてもらっていいかな? ユリアナにしか頼めない」

「はいっ」


 嬉しそうに返事するユリアナに、

「あれは苦い。だから、少しだけ噛んで味を覚えておきなさい」

と、伝える。


「はーい。・・・えへへへ。お師匠様の調合を管理できるの、私だけですね」

「生意気な。ま、ユリアナが有能なのは仕込んだ奴が良かったんだろうな」

「うわぁ、お師匠様ったら自分でそーゆーこと言いますか」


 弟子入りを申し込まれたことがなかったわけじゃない。だが、それらは全て断っていた。

 何故ならそういった弟子入り志願は少年が多いからだ。同じ家に住むユリアナに、変な劣情を抱かれても困る。


(女は愚かで、こういった知識を覚えることもできないとされている。弟子入りしてきた少年が力をつけるにつれ、師匠の妻はともかく、娘を自分の女中扱いすることも珍しくない。所詮、女は学ぶこともできない存在だと思っているからだ)


 だが、ユリアナ。いずれ君は知るだろう。

 女であろうと君は決して愚かなどではないのだと。

 私から教わった知識はお前の力となる。それら全てお前が愛し、愛される者の為に使えばいい。

 どうか忘れないでくれ、愛しい娘よ。

 お前を心から愛した親達のことを。

 親が望むのは愛しい子供の幸せなのだと。


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