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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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 フィツエリ男爵は、長男のロカーンと次男のカルロを呼び寄せていた。他の重臣も同席している。

 次男のカルロは子供だが、こういう場に立ち会わせることで、フィツエリ家の男子としての自覚を持たせようと、男爵は考えたのである。


「父上。カスクレ村にケリスエ将軍が第五部隊長ソチエト殿と向かい、それに第六部隊長のカロン殿が単独で同行したというのは本当でしょうか」

「ああ。既に早馬による報告は済ませたそうで、街の外に野営を設置するとのことだ」

「将軍や部隊長を野営させるわけにもいかないでしょう」

「うむ。だから将軍と部隊長、小隊長といったある程度はこちらでお迎えしようとも思っているのだが」

「しかし、うちにはルーナもおります。何かあってからでは遅い」

「心配ない。娼館と宿屋を一つずつ貸切にする予定となっておる」

「ああ、なるほど」


 長男のロカーンにしてみれば、通常であれば客は自宅の客室に招くものである。そこが心配だったのだろう。あからさまにほっとしていた。


「ただ、今回は第六部隊長が同行していらっしゃるとか」

「うむ。この際、ルーナと引き合わせようかとも考えておる。相性が悪いようであれば、先にそれを知っておきたいのだ」

「しかし、姫様にそんな屈辱的なことをさせてよいものでしょうか。私は反対でございます」

「私もでございます。未婚の姫がそのお姿をさらして良いものではございません」


 重臣が口々に反対する。


「ルーナを外に嫁がせる以上、ここの文化とは相容れぬ文化になじむ必要もあるだろう。他領ではここと違い、女であろうとベールもせずに男と会話し、外出しておる」

「それは存じておりますが・・・」

「もしもルーナがよそで頑なにフィツエリの文化を通そうとした場合、今度はルーナが愚かな娘だとあざ笑われることになろう。今回は良い経験になるかもしれぬ」

「そうでございますな。王都では王妃様すらベールはかぶっておられませぬ。私は賛成でございますぞ」

「そうですぞ。今回はフィツエリ領ならではの湯殿を体験したいとありましたが、それは建前で、姫様と第六部隊長の相性をあちらも見たいと思われたのではないでしょうか。なんと申しましても、互いの利益に結び付く婚姻か否かは大切なことでございます」

「私も賛成でございます。これで互いの相性が悪すぎたらどうなることか。相手は何と言っても貴族ではないのですから、政略結婚の意味がない婚姻になっては目も当てられません」


 王都にも出かける機会のある重臣は、引き合わせることに賛成である。


「ふむ。ロカーンはどう思う?」

「そうですね。会ってみた方がいいと思います。皆も勢揃いしていたなら、あちらも無体な真似はできますまい。ルーナにはベールをかぶせておけば構わないでしょう。それに、ルーナはベールで隠さなくてもそれなりに見られる娘ですし」

「なるほど。これでも私的な場をとってと思っていたのだが?」

「ケリスエ将軍は第六部隊長の養い親とも聞いております。ルーナが苦労しないかどうかを見定める必要もあります。この際、あちらの主だった方々と、こちらの主だった人間、そういった場を設けてはいかがでしょうか」

「ふむ」


 そういった流れにより、今回は、大がかりな宴会を開くことになってしまったのである。

 たしかに良家の子女は慎み深くあるべき文化だが、同時にこの辺りは踊り子などの職業につく女性にそういった慎みを要求しない。

 そして楽団や踊り子達を使う宴会は、かなりエロティックである。

 初めに宴に招き、そしてルーナを引き合わせて同席させながら、後のもてなしは踊り子達のお酌などに任せるということになった。

女にだらしない人間かどうかも、その辺りで分かるだろう。


「お任せくだされ。目をみはるような美女を揃えてまいりましょうぞ」

「それでしたら、流し目一つで男を惑わすと言う娼妓に、こちらは伝手がございます」

「鼻の下一つのばそうものでしたら叩き斬ってくれましょう」


 ある程度大きくなって人前に出なくなったルーナだが、小さな頃はよく男爵達に連れられては、重臣達にも「じい」「じい」と懐いていた姫である。

 変な男にはくれてやらぬという思いが、父や兄だけではなく、重臣達にもあった。


「大人って・・・えげつないんだね」


 カルロは一つ、大人の階段を上った。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 宴会があることを伝えると、ケリスエ将軍は自分を含めて6名で伺うと返答してきた。あまり数が多くても少なくてもまずいだろうと思ったようで、こちらからの使者と相談して決めたらしい。

 フィツエリ男爵の元に戻ってきた使者は、かなり配慮のあるお方ですねと、感心していた。

 そして、初めて大人の宴席に参加できるとあって、ルーナも大喜びだった。ただし、その母親は娘が宴席に出ると知って卒倒しかけていたが。


「なんてことでしょう。そんな(はずかし)めを受けるだなんて。ああ、ルーナ。可哀想に」

「辱めどころか、主役なのだが」

「いいえ、いいえ。あなた様はご自分の娘が可愛くないんですわぁぁぁぁ」


 泣きわめいて手のつけられない妻だったが、

「そんなことはない。だからどこに出しても恥ずかしくない服を用意してやってくれ」

と、フィツエリ男爵が言うと、はっと娘の衣装が気になったらしく即座に立ち上がり、

「こうしてはいられませんわっ。すぐに仕立てなくてはっ」

と、途端に元気になって娘の部屋へと立ち去ったのであった。


「どうして女というのは服にあそこまでこだわるんだ?」

「さぁ」


 夫と長男は、お互いに首をひねった。服なんて見ている男はいないだろうに。

しかし、それを言ってはならぬことだけは理解していた。


 

― ◇ – ★ – ◇ ―

 


 通常は威信をかけて大勢でやってくるものだが、ケリスエ将軍は本当に六名でやってきた。

 使者にこっそりと教えてくれたそうだが、任務のついでに湯治というのを部下にさせてやりたかっただけらしい。


「この度は、逗留を快く許してくださいましたことを感謝申し上げます。将軍職を拝命しておりますケリスエでございます。また、付き従っておりますのは、第五部隊長のトル・ソチエト、第六部隊長のカロン・ケイスにございます」

 

 ケリスエ将軍が一番前、その後を二人の部隊長、更にその後ろに三人の小隊長が並んで挨拶してきた。後ろの三人はわざわざ紹介しなかったが、それは必要ないと判断しただけらしい。

 実際、フィツエリ家の興味はカロン・ケイスにしか無かった。


「丁寧な挨拶、恐縮である。将軍の顔を王都で見かけることはあっても、こうして親しく言葉を交わせる機会などなかなか無く、立ち寄ってくださったことを嬉しく思う。この度はかなりの戦果を挙げられたとのこと、お喜び申し上げる。お疲れでもあろう。簡単にこちらの挨拶をさせていただこう。そして後ほどはゆっくりとお話をお聞かせ願いたい」


 フィツエリ男爵も、重臣を一人一人紹介すると、ケリスエ将軍はそれら一人一人を見据えるように目礼をしてくる。

 やがて将軍一行を宴の会場へと案内させると、ロカーンが小さく呟いた。


「あれがケリスエ将軍ですか」

「そうだ」

「噂など当てにならないと実感しました。あの全身から漲る覇気。・・・実力ではないのですか」

「だから実物を確かめるのは大切だというのだ」


 傭兵のような癖のある男共を率いるケリスエ将軍に関して、ろくでもない噂は多い。その為、ロカーンも今回は部隊長だけ注目するつもりだった。

 だが、何としたことか。彼らが入ってきた時から、ケリスエ将軍から目が離せなかったのだ。

 

「それで肝心のカロン・ケイスはどうだった?」

「何も口を開かなかった男なんて分かりませんよ。・・・ああ、いい体でしたよね」

「ふむ」

 

 宴の会場は、壁側に沿って腰かけられるようなベンチが一人一人に用意されていた。その手前にそれぞれのテーブルが置かれている。

 隣の人間ともそれなりにスペースが空く訳だが、こういったベンチであれば、酌をする女も隣に腰掛けやすく、また話も隣に聞きとられにくい。

 そして中央の広いスペースでは、踊り子達が妖艶な舞を披露していた。

 フィツエリ男爵は自分の隣に娘を置いていた為、さすがに酌をする女もルーナを気遣って、なにくれと世話を焼いてくる。


「姫様。果汁をお持ちいたしましょう。何がお好きでいらっしゃいますか?」

「ありがとう。オレンジがいいわ。ねえ、さっきの布を使って舞っていたの、とても素敵だったわ。あれってどれくらい練習するの? 私もできるようになるかしら?」

「まぁ、おほほ。では、取ってまいりますわね」

 

 ある程度、場がなごんだ辺りで、フィツエリ男爵はルーナを連れてケリスエ将軍の元へと移動する。


「楽しんでおられますかな?」

「恐れ入ります。楽の音も舞も、酒も食べ物も、全て堪能させていただいております」

「紹介いたしましょう。娘のルーナです」

「ルーナ・フィツエリと申します。お目にかかれて光栄です、将軍様」

「美しい姫君でいらっしゃる。ケリスエでございます」


 そう言うと、ケリスエ将軍は席を立ち、ルーナの前で跪いてそのベールに口づけた。


「姫君に剣舞を捧げたいが、お許し願えますか?」

「まあ。・・・喜んで」

「カロン、剣舞の相手を」

「はっ」


 ケリスエ将軍は今まで自分が座っていた席に真っ赤になったルーナを促して座らせると、違うベンチに座っていたカロンを連れて中心に出る。

 それと察した楽団に、ケリスエ将軍が耳打ちすると、今までとは違うテンポの曲が流れ始めた。


「お父様。私、・・・夢みたい」

「なんとまぁ」

 

 年頃の娘が宴席に侍るというのは、あまり外聞の良いことではなかった。しかし招かれた将軍がその娘の為に芸の一つも披露するとなると、全く事情が違ってくる。しかもルーナが座らされたのは第一の客席だ。

 数多くの下卑(げび)た噂も多いケリスエ将軍だが、同時に全くそれが人事に影響していない。その意味を、フィツエリ男爵は理解した気がした。

 ケリスエ将軍と一緒に舞うカロンも威風堂々とした若者である。

 王都では同じ将軍でもフィゼッチ将軍との交流が多く、ケリスエ将軍はあまり目に入っていなかったフィツエリ男爵だが、己が噂に惑わされていたことを強く実感する。

かなり心が動いていた。

 型として決まっているのであろう緩急を取り混ぜた二人の動きは、武人なれば目を離せぬものらしく、剣を使う者は皆が見入っていた。


「ほぅ」

「おや」


 中腰になった二人が、肩と同じ高さを保ったままゆっくりと横に流した剣先は、かすかなブレもない。

 かと思いきや、二人が剣を連続して打ち合わせる時は、くるくると全身を使って回りながらの合間である。少しでもタイミングがずれたらどちらかが大怪我をするであろう速さだった。


「あれを披露するたぁ、将軍も奮発したなぁ」

「ですね。第六部隊長の十八番じゃないですか」


 第五部隊長に部下も相槌を打つ。

 有名なメロディーに様々な剣の型を当てはめて作った剣舞だと、第五部隊長はケリスエ将軍が言っていたことを思い出す。

 ケリスエ将軍が少年だったカロンに教えたものだが、重い剣を振るような自分達には向かない型でもあった。だから久しく見ていなかったのだが・・・。

 優れた技は美しい。

 頭上に掲げた剣先すら、腕と一体化して美しくそびえていた。

 最後にケリスエ将軍とカロンの剣が、キィーンと美しい音を立てて同時に交差し、ルーナに差し出される。

 その音もまた計算された当たり方によるものだ。

 会場にいた全ての瞳が、ルーナに向けられる。今、主役は彼女であった。

 

「ありがとうございます。お二人とも。とても素晴らしい剣舞を見せていただきました。きっと私、一生忘れません」


 父親であるフィツエリ男爵もまた感動に目を潤ませる。


(不調法な人間だからと余興などは全て断るケリスエ将軍が、我が娘の為であればあれ程のものを披露するとは・・・! まさに王女の如き扱われようではないか)


 周囲からも割れんばかりの拍手が響いた。

その後、カロンとルーナが改めて引き合わされたが、二人の会話は弾んでいるように周囲からは見えた。

流れとして、二人は同じベンチに座ったからである。


「ねえ、カロン様。ケリスエ将軍はどんな食べ物がお好きなのかしら?」

「さぁ。何でも食べますから」

「それなら、何を作って差し上げたら喜ばれると思います?」

「はっきり申し上げまして、深窓の姫君が作る料理なんて食えたもんじゃないです」


 周囲からは、二人が休む暇もなく笑顔でお喋りしているかのように見えていた。

 そのこと自体は間違っていない。


「じゃあ、将軍はどんな色がお好きかしら。お召し物は何色を好まれていらっしゃいますの?」

「色にこだわりを持つのは、それしか能のない女ぐらいでしょう。将軍は何色でも気にしませんよ」

「ま。懐が広くていらっしゃるのね。素敵。あれだけの存在感があるんですもの。かえって落ち着いた色の方が将軍を引き立ててくれると思うの。ねえ、将軍が今お召しになっていらっしゃる赤色も素敵ですけど、あれを黒とか深緑にした方が、将軍のお姿が引き立つと思いません? 白銀が映えると思いますのよ」

「あ? まあ、・・・そうかもしれませんね」


 ケリスエ将軍にちょっかいを出す者は排除一択のカロンも、勝手がつかめずに突破を許す一場面もあった。

 

「でしょう? 将軍はお菓子って召し上がるのかしら?」

「出されたら食べますね。ところで、姫君はもしかして将軍に気があるのでしょうか?」

「まあ、はしたないことをおっしゃいますのね」

「いやいや。あなた程はしたない令嬢は存在しません」


 見合いみたいな状態に置かれている二人だが、趣味やお互いの好みについて話し合うどころか、やってることは対立宣言だ。


「そういえば、将軍の養い子でいらっしゃるとか?」

「ええ、そうです。ですから、もう家族は不要なんですよ、ええ」

「じゃあ、私のことを『お母様』って呼んでくださっても構わないのよ?」

「ざけんな、小娘」


 生憎とカロンは、自分より年下の娘を母と呼ぶ嗜好を持たなかった。

 もう何に怒ればいいのかも行方不明だ。


「ほほ。お酒に酔っていらっしゃるのね」

「大人の宴席に紛れ込んだ子ネズミ程じゃねぇがな」

「人間、いつかは親離れしなくてはならない日がくるものですわ。さあ、ここで少年の日に別れを告げましょう。ね、新しいあなたの母がそれを見届けて差し上げますわ。そこまで大きくなったんですもの。もうさっさと出ていかれたらどうかしら」

「叶わぬ初恋は親の胸で泣いて終わらせとけや、このクソガキが」


 カロンのベンチには、カロンとルーナしか座っていなかった。

 勿論、不埒なことがあってはいけないので、周囲の目はかなり多かったが、会話までは聞き取れなかったのである。

 

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