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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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18 裏 カスクレ村の神父


 カスクレ村のあちこちに煙が立ち上り、そして道端には死体が転がっている。

 ケリスエ将軍は一人で歩きながら、物憂(ものう)げに辺りを見渡した。


(誰が敵で誰が味方か。それすら分からなくなるのが戦の常か)


 油断しきっていた他国兵は、抵抗する術を持たぬ村人にしたい放題だったようだ。他の騎士団と違い、ケリスエ将軍配下には傭兵的な人間が多い。つまり、クセが強く一人でも動ける人間が多いのだ。そして今回は、彼らの訓練という運びになった。

 ルールは簡単だ。

村人の中に、他国の兵士がいる。それらの様子をうかがい、その油断に乗じて夜陰に潜んで村人とは思えぬ人間を討ち取っていく。それだけだ。

その為に、純朴な村人にこっそりと話しかけてかくまってもらい、かくまってもらう代わりに、その村人を困らせている他国兵を討ち取っていくやり方を選んだ人間は多かった。村人も自分達を救ってくれる王都からの兵士達だ。喜んでかくまった。

第五大隊の中でも個人プレーを選ぶ者、チームを組む者、旅人を装って入り込む者など、色々いたようであるが、それができたのも、結局は村人の命は失われても構わないという前提だったからである。



― ◇ – ★ – ◇ ―



カスクレ村では村民と隣国の兵士との入れ替わりが行われていた。そうなってはもう仕方がない。

 カスクレ村の民を救わなくてもいいからその隣国の騎士や兵士達を全滅するようにと命じられたケリスエ将軍だったが、それはとてもたやすい話だった。

 村を第五部隊で囲み、殲滅すれば良いだけだ。

 今回、カスクレ村の異常を知らせてきた砦にも連絡をとらず、いつでもカスクレ村を囲める状態で森の中に陣を張り、ケリスエ将軍と第五部隊長ソチエトにカロン、そして第五部隊の主な面々は、先行して村の様子を見に行っていた兵士からの報告を聞いて判断を下そうとしていた。


「殲滅か。・・・まあ、村人の人数を考えると妥当な命令だろう」

「そうですな。かえって人質の命などが無い分、我らも思いっきり暴れられます。半日もかかりますまい」


 ケリスエ将軍と第五部隊長がそうまとめようとしたところで、カロンが茶々を入れてきた。


「そんなことより、俺は個人的に暴れ足りないんですよねぇ。なんと言っても、ほら、勝手についてきたっていうんで、ケリスエ将軍にタコ殴りにされたんですよ。このむしゃくしゃする気持ちをぶつける先って必要だと思いませんか?」

「自業自得だろう」

(しか)り」

「ひでぇ。第五部隊長だって、俺にあそこまで相手させたんです。少しはかばってくださいよ」

「男をかばう趣味は無い」


 呆れて第五部隊長が却下するが、カロンはこたえていないようだった。


「どうせ全員殺しても構わないんでしょ。ならその前に少し遊ばせてくださいよ」

「何をする気だ?」


 ケリスエ将軍が問うと、カロンはニヤリと笑った。


「俺にあの村へ潜り込ませてください。で、毎晩、村人に混じった敵兵を俺が殺していくんです。毎晩毎晩いつのまにか殺されていく・・・。次は自分の番かもしれないと、生き残った敵兵は怯えて殺されるのを待つんです。ね、怖いでしょう?」

「アホか。そんな異常事態があった時点で、離れたところに待機している奴らに連絡されて援軍が来てしまうだけだろうが」


 呆れて第五部隊長が却下すると、話を聞いていた他の面々が身を乗り出した。


「面白そうですな。それならカロン殿よりも多く闇討ちできたら褒美をいただけませんか?」

「そういうことなら吾輩(わがはい)もぜひ。元々は農民の出ですからな。村人に溶け込んでそのまま闇討ちすることなど造作でもございません。カロン殿のようにがっしりした体格の方よりもうまくやれると自負しております」

「それを言うなら、自分もあまり人に警戒されにくいので、村人に近づいてかくまってもらい、夜になったらこっそりと敵兵を斬っていくことなら十分できると思います」


 それらの後押しにカロンは頷くと、ケリスエ将軍と第五部隊長に向き直った。


「命のやりとりなんて、面白く遊ばないとやってられないでしょうが。俺らはそういう人間なんすよ。俺一人ならそりゃ射ち洩らしもあるかもしれませんが、一人じゃないわけです。それに援軍が来たって勝ちますよ。どうせならあの村で遊ばせてください」


 ケリスエ将軍が第五部隊長に目で合図すると、彼はふっと鼻でせせら笑った。


「なるほど。・・・では、野郎どもぉっ。小隊ごとに代表を三名ずつ出しやがれっ。個人プレーでもチームプレーでも構わんっ。討ち取った敵兵の首ごとにカウントしていく。いいかぁっ、たかが第六部隊長の小僧ごときに負けやがるなぁっ」

「おおっ」「了解っ」「第六部隊長に目にもの見せてやりますぜっ」「よっしゃぁっ」「狼なんぞ目じゃねえっ」「腰ぎんちゃくの出る幕じゃねえって教えてやろうぜっ」

「・・・・・・え? 俺、そんな嫌われてたんすか?」



― ◇ – ★ – ◇ ―



 村人を間違って殺してしまったらその分の点数は差っ引くと後から決め、殺した敵国の兵士の額に決められたチームの目印をつけていくことになっていた。

 そのせいだろう。思ったよりも村人に被害は出ていない。

 そのことに安堵しながらも、見回るケリスエ将軍の瞳には憂鬱さが消えなかった。


「あのっ、剣士様っ」

「何か? 神父殿」


 そこでケリスエ将軍を呼びとめる声がかかる。その存在には気づいていたが、声を掛けられてからケリスエ将軍は神父を振り返った。


「この度はありがとうございました。村人の命を盾にされ、手も足も出ない所でしたが、本当に助かりました。お礼を申し上げたく・・・」

「今回の礼をというのであれば、『第五部隊長のソチエト殿』と名指しなされば、誰かに教えてもらえるだろう。私は一介の兵士にすぎぬ」


 面倒なので部下に丸投げしようとしたケリスエ将軍だったが、神父は首を振った。


「いえ。私共が感謝申し上げる方はあなた様でしょうから」

「なぜ?」


 それに神父は答えず、ただ感謝の笑顔を向けた。

 話す気がないのだなと察したケリスエ将軍は、面倒なので訊くのを諦めた。

 一応、第五部隊長と共に率いてきたのは自分なのだから、もしも代表者は誰かと訊かれた兵士が神父に喋っていたのであれば、肩書はバレバレだ。言葉を重ねて恥をかく必要はない。


「殺されたり連れていかれたりした村人もおります。しかし希望をくださったことに感謝申し上げます」

「再建の方が難しかろう」


 火をつけられ、燃えてしまった小屋などを見やり、ケリスエ将軍は呟いた。


「それでも生きていればこそ立ち上がることも進むこともできますから」

「人は、・・・強いな」


 それはいつもケリスエ将軍が感じることだ。

 どれ程、無残に人が人を殺し続けても、生き延びて何かを成し遂げたり作り上げたりする人達がいる。


「もしも兵士がろくでもない行動に出たりすることがあれば、遠慮なく申してこられよ」

「ありがとうございます。教会は常に開かれております。小さな教会ではございますが、いつでもおいでください」

「たしか兵士の為の食事の煮炊きを教会でさせてもらっていると聞いたが」

「ええ。村の子供達が食事の用意を手伝い、兵士の方も子供達の相手をしてくださったりしていますので、とても良い関係を築けております」

「それは良かった」


 ケリスエ将軍は一人で動き回りがてら、金を払って農家などで食事をもらうことが多かった為、教会での食事には行っていなかったのである。

 

「どうぞあなた様の行く先に光がありますように」

「神父殿にも。さ、行かれよ。あなたを必要としている人はとても多いはずだ」


 神父の寿ぎに照れくさそうに笑うと、ケリスエ将軍は神父を促した。

 やがて神父が立ち去ると、ケリスエ将軍はそのまま中断していた見回りを再開した。やがて道を曲がった先で、神父が変な男に捕まったことも知らずに。


「なあ、神父サマ? 何、やってんだ? ん?」

「誤解です。単にお礼を申し上げていただけじゃないですか。その小剣をしまってください」

「ああ、すまないな。で、いらんこと喋ってないだろうな」

「喋ってません喋ってません。あなたがケリスエ将軍の為に村人の命をなるべく多く救おうとしただなんてっ」

「・・・てめぇ」


 小剣をつきつけられたままの割に、神父はサラリと暴露する。

 おかげで二人の姿をケリスエ将軍から隠してくれている家に暮らす人達には会話が筒抜けだ。窓はしっかり開いている。


「大丈夫。言っていません。あなたが村人の命をできれば救いたいと感じていらしたケリスエ将軍の為に、夜にこっそり敵兵ばかりを討ち取るという面倒な計画を立てて実行しただなんて。そして教会を拠点に動いていたことも。そのケリスエ将軍が目立ちたくないからってお名前も告げず、護衛もつけずに歩いているのを、あなたがこっそり尾行して護衛しているだなんてっ」

「・・・殺していいか、あんた?」


 がっくりときたカロンだったが、そこで目を離したのが敗因だったのだろう。

 次の瞬間には小剣が奪い取られ、反対に自分の首にその小剣が突きつけられていた。


「ああ、すみません。教会って、時には戦って神の教えを広めねばならないものですから。そんなわけで手品が得意です」

「なるほど。今度は油断しないようにしておくよ」

「それが良いでしょう」


 すぐに小剣を返してきた神父に敬意を表し、カロンはそれを鞘にしまった。


「この先はT字路になっており、右に行けば湖に出ます。左に行けば森に入ります。湖の近くの木には子供達の為に網が置いてあります。それで小魚を捕まえて子供達が食べたりするのですよ。いいおやつになりますから。左の森に行く道は、そのまま丘の方に行ってしまいます」

「わかった」


 そのままケリスエ将軍を追いかけて行くカロンの姿に、神父は苦笑をもらした。

 きっとT字路の所でケリスエ将軍に声をかけ、湖へと促すのだろう。

 あの将軍は毎日違う村人の家で食事をもらっては謝礼を払っているらしいが、なんといっても敵兵に搾取されていた後で、出されるものはわずかなパンとスープ程度だ。あの将軍の体格からしても、それでは体がもたないだろう。

 それでも出されるわずかな食料に感謝して食べていくのだという。村人も、それが自分達に金を渡す理由なのだと気づいていた。


(たとえ味方であっても軍が動けばそれなりに強奪はされるものですが、ここまで自分達で食料持参を徹底した軍など初めてかもしれませんね。子供達も見慣れない顔を見つけた途端、兵士に近寄っていって報告してますし。子供達には軍の食事を分けて食べさせてくれているのがありがたいところです)


 村人全員の炊き出しをする余裕はないが、少量ですむ子供達には食べさせてくれるというだけでも助かる話だ。

 その事実がカスクレ村にも安心をもたらしていた。

 おそらく適当に言い訳を並べ立てて魚を獲って将軍に食べさせるだろうカロンを思うと、ある意味でおかしい。

 

「別に、将軍の為に努力しましたって言えばいいだけでしょうに。あれほど陰に隠れてばかりというのは、何か理由があるんでしょうかね?」


 情報収集でやってきたカロンに対し、人数からして村人ごと殺されることを察していた神父はできるだけ村人の命を救って欲しいと頼みこんだことを思い返す。

 それはカロンにとっても渡りに船の要望だったらしい。

 命令だから従わなくてはならないケリスエ将軍だが、できれば救ってやりたいと思っていたことを知っていたからだ。


(あの将軍は、殺される辛さも生き残る辛さも理解しているのでしょう)


 それでも来てくれたのが彼らでよかったと、そう思った。


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