16 裏 エイド将軍の鎧
その日、エイド将軍の前に、にこにことしたロメスがいた。
「機嫌が良さそうだな、ロメス」
「はい。以前から頼んでいたものができあがりましたので。もう少ししたら将軍に見ていただきたいのです。あとでお付き合いしてくださいますか?」
「お前が誘ってくれるものなら何であろうとできる限り付き合うとも」
やがて見習いの少年がロメスを呼びに来る。
「ロメス様。お客様がおいでです」
「分かった。すぐに行く。すみませんが将軍、少し席を外します」
「ああ。構わない」
少年と共にロメスは出て行ったが、しばらくたってから戻ってきた。
「では将軍。さきほどのお約束通り、どうぞこちらへ」
― ◇ – ★ – ◇ ―
ロメスに連れて行かれた部屋には、一組の戦用装束が揃えられていた。
まさに体全体を覆うような鎧である。
「なんと。これはまた頑丈そうな造りだな。変わった意匠だがどこのものだ?」
「以前、蛮族と戦った折に見かけ、面白そうだったので持ち帰っていたものをこちらの工房に出しました。工房で色々と試行錯誤した結果、これであれば多少斬りつけられたところで怪我などもしないだろうと思える出来になりまして」
「ほう。しかしこんなにも体を覆ってしまって剣など振り回せるのか?」
「関節のあたりには金属の板を重ねることで動きやすくしてあります。どうぞ着てみてください」
「・・・これはお前が使うのだろう?」
「は? まさか。これは将軍の為に作らせたものですよ?」
「はぁ? 何を考えとるのだ、お前は」
呆れて、エイド将軍はロメスを見返した。
鎧や剣、槍に斧、名馬といったものはまず自分の為に用意する物だ。上司に部下が用意してどうするというのか。
「実は将軍。秘密にしておりましたが、以前から奥様に、エイド将軍がもしも戦で大きな怪我を負ってしまったらどうしようかとご相談いただいておりました。戦であれば死ぬのは誰もが覚悟していることではございますが、それでも奥様にとって最愛の方です。どうぞ奥様の為にも、こういう頑丈なものをお使いになってくだされば、と」
エイド将軍は深く感じ入った。
なんという優しい部下と妻であろうか。自分は幸せ者である。
「使いにくいところがあればおっしゃってくださいませ。我々も初めて製作したものですので、まずはそれで体を動かしていただきたく存じます」
再度促されて、エイド将軍はそれらを身につけてみた。今までの物よりもはるかに重いが、その代わり多少の剣など弾き返しそうである。
「素晴らしいわ、あなた」
ふと、この場で聞こえるはずのない声に振り向くと、エイド将軍の妻がそこにいた。
「なぜ、こんな所に」
「ふふ。ロメスさんがね、ぜひあなたが身に着ける所を一番に見てくださいっておっしゃって、誘ってくださったの。隣の部屋にずっといたのよ?」
「あえて装飾もなく全体的に鏡面となったそれは、外側に油を擦りこむことで、斬りつけられてもそれを滑らせるものにしてあるそうです。あくまで将軍の身を守ることを第一優先事項として作らせました。奥様の都合がいい日に納品していただくことにして」
「なんと・・・」
妻と部下に似合うと褒められ、エイド将軍はうっすらと涙ぐんだ。
聞けば、この代金は妻のへそくりから出ているのだとか。
だからと言って、わざわざ妻を呼び寄せて見せてあげようとする心優しい部下なしに、これは手に入れられなかっただろう。
次の戦からこれを使うと約束し、エイド将軍はそれを執務室の片隅に飾った。折角だから、他の人にも見せびらかしたかったのである。
勿論、自分の部下の思いやりについて語ることは決して外せない。
― ◇ – ★ – ◇ ―
ある日、自分の部下達とロメスは休憩をとっていた。日の当たる裏庭は、人が近寄ってきたらすぐに分かる。
内緒話には最適だ。
「ロメス様。エイド将軍から見せられましたよ、例のアレ」
「自分もです」
「そうか」
変わったデザインということもあり、色々な人が見に来た鎧である。
フィゼッチ将軍もその重さに驚いていたらしい。
「将軍が敵から斬りつけられても大丈夫なように、だとか」
「マジで信じてましたよ、エイド将軍」
「そうか」
ロメスの副官である二人は知っている。
装着する者が死なない強度と厚みを割り出す為に、ロメスこそがあの鎧に工房で斬りつけては試行錯誤させていたことを。
二人の責めるような視線を受けて、ロメスはそっと明後日の方向を見やった。
「仕方ねえだろ。あれが最善の策だったんだ」
「お可哀想なエイド将軍。まさかロメス様があの鎧を作らせた理由が・・・」
「まさか、血に酔って敵味方の区別がつかなくなったロメス様が間違って斬りつけても大丈夫なようにだなんて、きっとカケラも疑わなかったんでしょうね」




