15 裏 大将軍と三将軍
リガンテ公爵は、大将軍でもある。軍において、大将軍の上には王しかいない。つまり偉い人だ。
しかしリガンテ大将軍は、フィゼッチ将軍、エイド将軍、ケリスエ将軍の上司ながら、戦上手というわけではなかった。
公爵でもあるリガンテ大将軍は戦というより体を動かすこと全般が苦手である。
つまり甲乙つけがたい三人の将軍の誰かを最高指揮官にするわけにはいかないこと、高位の貴族が軍をまとめておかねばならないこと、そういった様々な事情による大将軍なのである。
それでもリガンテ大将軍は、三人の将軍にとって悪い上司ではなかった。
少なくとも国王との間にワンクッションあるだけで気も楽になるというものだ。
「こうして三人が集まると、やはり迫力があるなぁと実感するよ」
にこにことリガンテ大将軍が微笑んだ。
部屋の中にはリガンテ大将軍、フィゼッチ将軍、エイド将軍、ケリスエ将軍の四人が集まっていた。
たまに三人の将軍を呼んで話し合う場を設けるリガンテ大将軍だが、その際、ねぎらいの意味もこめて少し豪勢な酒肴を用意する。
本日も子豚の丸焼き、鶏の炒め物、香草を入れて焼き上げたパン、蜂蜜をたっぷりと使った菓子、果物など様々なご馳走が用意されていた。酒は壺で各自に用意されており、帰りには再度なみなみと酒を満たして土産にさせている。
本来こういった酒の場であれば給仕の女性をつかせるのだが、集まる人間と話の内容を考えて人払いがされていた。
「そうでございますかな。いや、たしかにエイド将軍の体を拝見しますと、いつも迫力があるとは感じいってはおりますが。たたき上げてきた猛者とはかくいうものであると、常にうちの部下達も感心しております。こればかりは実戦あるのみでしょうが。そういえば、かなり重量のある戦装束をお作りになったと聞き申した。ぜひ拝見させていただきたいですな」
四人の内、最年長のフィゼッチ将軍が、王都騎士団のエイド将軍に話を振る。
「いやいや。所詮、私は無骨なだけにて。フィゼッチ将軍のようにバランスのとれた体にこそ、品位と言うものを感じます。今回、戦装束といっても、少々切り付けられても傷つかないものを作るべきだと、うちのロメスが言い張って作らせたものでして・・・。こちらこそ良かったらご覧になり、忌憚のないご感想をいただきたい」
「ロメス殿、ですか。それはまた・・・、エイド将軍の身を案じていらっしゃるのですな」
照れながら説明するエイド将軍に対し、フィゼッチ将軍も言い方を考えずにはいられなかった。
信じられないことにエイド将軍はロメスを好青年だと思いこんでいるのだ。
「お恥ずかしい。なにぶん心配性な奴でして」
「いやいや、羨ましいことです。うちの副官なんぞ、私に仕事を押しつけてはあちこちへと出かけては帰ってこない有様ですからな。全く落ち着きやしません。その点、たとえ狂け、いや、ロメス殿は常にエイド将軍に付き従っていらっしゃる。時々、羨ましくなります。私もそろそろセイランドに将軍位を譲りたいと思ってはいるのですが」
「いやいや、たたき上げとおっしゃってくださいましたが、それゆえにもう衰え始めていることには気づいております。ロメスに少しずつ任せていきたいとは思っているのですが、いかんせん・・・。最近の若い者はどうものし上がろうという気概がないのが困ったものでして」
「ああ、分かります。うちもですからな」
貴族出身のフィゼッチ将軍だが、エイド将軍との相性は悪くない。お互いに褒め合いながら、・・・やがて二人は溜め息をついた。
「二人とも、まだまだ頑張っていただかねば困ります。引退など王が許しませんよ。付き従うといえば、ケリスエ将軍の副官も常に忠実でいらっしゃいますね。かつて敵として戦った相手であっても、やはり子供として引き取ったのが良かったのでしょうか」
「はて・・・。いつか私の首をとるようにとは言いつけておりますが」
「は?」
「私はあれの父を目の前で殺しました。ゆえに、いずれ力をつけて私の首をとれるようになれと言いつけてあります。それまでは私を父と思って孝養を尽くし、いずれ私を殺して解放されてみせろ、と」
無言だったケリスエ将軍に話をふったリガンテ大将軍だったが、何とも言えない顔で黙り込んだ。
貴族出身の人間が比較的多い近衛騎士団と、貴族でも位が低かったり爵位のなかったりする貴族出身者や力自慢の町民や農民などが多く集まる王都騎士団に比べ、ケリスエ将軍が率いるローム国騎士団は変わり種が多く傭兵的な要素が強い。その為、ケリスエ将軍は他の二将軍に対して一歩下がっている傾向があった。
三つの騎士団でも一番格が低いとされている。ただし、人数は一番多い。
ゆえにケリスエ将軍も人から話しかけられたら応えるが、自分からはまず話しかけない。
「しかしねぇ、仮に最初はそうであっても、あの狼・・・いや、カロン殿は既にケリスエ将軍を討とうとは思っていないんじゃないかな」
「然り。ケリスエ将軍はお若いのに頭が固すぎますな。なんでも先日の宴で将軍に酔って絡んだ若造が、帰り道でどこぞの狼に襲われて腕の骨を折られたとか」
「そのようですな。どうもその若造、うちのロメスも嫌いな奴だったらしく、先を越されたと、口惜しがっておりましたぞ」
リガンテ大将軍に追随し、フィゼッチ将軍とエイド将軍が含み笑いをケリスエ将軍に寄越した。
部下達はともかく、代将軍ばかりか二人の将軍もケリスエ将軍に対しては率直にその実力を認めていた。
「私に絡んだ、ですか。それはいつのことでしたかな」
「ちょうど十日ほど前ですな」
呆れてエイド将軍が答える。ケリスエ将軍は考え込んだ。
「そういえば何か変な男がおりましたな。いつの間にか姿を消していたのでそのまま忘れておりました。そんなに酔っていたなら、転んで骨を折ったのでしょうか」
「うん、転んだんじゃなくて、狼に襲われたんだと思うけどね」
リガンテ大将軍が部下の認識を修正してみる。
「恐れながらリガンテ大将軍、フィゼッチ将軍。このロームの中心区域で狼などが出たなどとは初耳です。一応、見回りの際には気をつけるよう伝えておきましょう」
三人は呆れて黙り込んだ。
頭が悪いわけではないのだが、冗談が通じないというか、ケリスエ将軍は自分と身の回りに対する認識能力がかなり欠如していた。
果敢にエイド将軍が言葉を重ねてみる。
「ケリスエ将軍。お宅のカロン殿が、お宅が誰かに侮辱されたりする度に、執拗な狼の如き執念でもって闇討ちしていることはご存じないのか?」
「それはありますまい。カロンは誰よりも私に対して侮辱的です。もしもそうならば、あれはあれ自身をまず闇討ちせねばなりますまい。単なる偶然ではございませんか?」
「ああ、うん。そういうケリスエ将軍だから、ああいう一癖も二癖もある人間が集まるんだろうね」
「そうかもしれませぬな」
「いや、恐れ入った」
「?」
三人から生温かい目で見られたケリスエ将軍は、困った顔で豚肉を食いちぎった。
咀嚼しながら考える。
自分は何か変なことを言っただろうか。
なぜか会話が会話になっていないようで、ケリスエ将軍としては居心地が悪い。
― ◇ – ★ – ◇ ―
やがてお開きとなり、土産に酒と肴をもらって帰ったケリスエ将軍は、それらを待っていた六つの大隊を率いる部隊長達と共に席を囲んだ。
部隊長達にしても、リガンテ大将軍が持ち帰らせる酒は高級品なので、楽しみなのである。
「で、本日はどのようなお話し合いを?」
「いや、それが・・・。特に戦の気配もないらしく、単なる雑談だったな。ああ、そういえばロームの中心区域で狼が出たそうだ」
「は? ここで狼?」
一番大隊を率いる部隊長クネライが水を向けると、ケリスエ将軍は、先ほどの話を思い出しながら語った。
「なんでも、十日程前の宴で私に絡んだらしい若造が狼に襲われて腕の骨を折ったのだそうだ。とりあえず見回りの際には気をつけておくように」
その場にいた部隊長達の視線がカロンに集まる。カロンは動じずに頷いた。
「そりゃ恐ろしいですね。きちんと見回りの人間には言い聞かせておきましょう」




