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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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 ザアザアと降る雨が屋根をダダダダダと叩きつける森の中の一軒家で、セイムとユリアナは向かい合って座っていた。


「ふっきれるのが早すぎませんか、セイム様」

「大丈夫だ、私に限ったことではない。古来より誰もが経験する境地ではないか」


 世の中には「開き直り」という言葉がある。

 それまでずっとウンウン唸りながら思い悩み、心をジタバタとのた打ち回らせ、様々に思いあぐねた挙句に人が辿り着けるという、素晴らしい境地のことである。


「いえ、それ、何かが違うと思いますけど」

「細かいことにはこだわらないでくれ、まじない師殿」

「うわぁ、いい笑顔ですね。ええ、褒めてませんけど」


 開き直りの境地に辿り着いた者は、もう全てがどうでもいいやといった心持ちになれるという。

 当初のセイムは、

(占いを頼むという触れ込みで訪れ、まずはユリアナの人となりを確かめよう)

と、思っていた。

 しかし蓋を開けてみれば本名も用件もしっかりバレていたのだ。何ということだ。もう、ここは開き直るしかない。そうだろう? そうに違いない。

 セイムはユリアナに狙いを定めたのだ。

 恥ずかしい思いはさせられた。させられたが、今は妙に清々しい気分である。

 このユリアナは、自分が全て知っていることを黙っていてセイムの話を聞くこともできたのに、最初から自分は知っているのだと明かしてきた。

 そうなれば何の遠慮もなく、相談できるではないか。


「だからって、私を相談相手にされても困るんですけど」

「まじない師殿の出してくれるものはとても優しい味がする」


 そういう流れで、セイムは割り切ることにした。

 さっきから顔の表情だけで、

(あの・・・。私の所に持ちこまれるの、迷惑なんだけど、・・・な?)

というユリアナの、消極的な意思表示には気づかぬフリをして。


(困る? それがどうした)


 そう、はっきり断れない人間が悪いのだ。言いたいことははっきり言って初めて相手に通じるものである。

 大体、最初からこういう人間関係のアレコレを深く考えるのは、セイムの性に合わなかった。自分の苦手な分野は人にやらせるものだ。それが人を使うということではないか。

 そんなセイムの心が伝わったのか、諦めたようにユリアナは言葉を続けてきた。


「そもそも、結婚相談なんて、結婚している人にしないと、意味がないと思うのです。やはり経験者の言葉は大切ですよ」

「乗りかかった舟ではないか。こちらとて、かなりしんどい思いをしてココにたどり着いたのだ。もう、次に行く気力など無い。諦めて私の力になってくれ」


 本当に困り果てた表情で、ひょいとセイムがユリアナを上目遣いで見てくる。

 未婚女性の一人暮らしと聞いて、彼は彼なりにユリアナが威圧感を覚えぬよう、少し猫背になって体を縮めてくれていた。


(あ。この人、こうすると少し子供っぽく見えるんだ)


 ユリアナの目線にあわせて腰をかがめてきているのだが、覗きこんでくるセイムの顔がそうすると少し可愛く見える・・・ことはない。

 そうだ、頑張れ自分。小手先の演技に騙されてはいけない。

 これに乗せられたら終わりだ。要求してきている内容は全然可愛くない。

 そもそも譲る気なんて全くないのが分かる。


(騙されちゃ駄目よ、私)


 嘘をこけと、ユリアナは生ぬるい笑みを浮かべた。

 なぁにが「次に行く気力など無い」だ。

 三日三晩不休で行軍できるくせに、よくぞ言う。

 雨の中をわざわざ来たのも、この天気ならユリアナが一人でいると踏んだからだろう。雨の日に来る客はまずいない。


(私が、それすらも知らず、気づくこともないとでも思っているわけ?)


 思っているのだろう。そういう人だ。人を騙すことなど何とも思わない。だからいつだって自然に嘘をつく。

 知ってる、そんなこと。そういう人だった。

 だから忘れられなかった。


「より経験のある人に相談なさる方が確実です。・・・それがあなた様にできる私の最大の忠告でございます」

「その忠告は意味がない」


 ユリアナの忠告に対して一瞬の考慮もせず、セイムは切り捨てた。


「なぜですか?」


 あまりにも早いその結論に、ユリアナは面食らう。


「なぜなら、既婚者にはことごとく相談したからだ。すると、

『たとえ最初は好みにあわずイヤイヤ結婚したのであっても数十年たてば諦めの気持ちがわいてくるものです。過去の賢者もそう申しましたものですよ。皆、通る道です』

とか、

『結婚は打算なんだ。とりあえず良い条件の女と結婚しておけ。見るのが嫌になったらサルグツワでも噛ませて放置しとけばいいんだから』

とか、

『女は女優だぞ。お前が頼めば、お前の好みにあわせてくれるんじゃないか』

とか、どれも諦めて受け入れろという意味のことばかりを聞かせられた。ならば問うが、そこに私の悩みに対し、解決に役立つものがあるか?」

「あー。そりゃ・・・役立ちませんね」


 ハハハハと、ユリアナは乾いた笑いでごまかした。

 占い師として語るのであればもっと言葉の形も整えるが、この男が占いなど本気で求める人間ではないことは知っている。

 普通の世間話をしてお茶を濁し、そのまま帰ってもらえるなら帰ってもらいたい。

 そう思っていたというのに。

 ちらちらと見える優しさも分かるから放り出せなかった。


(やっぱり私になるのかな)


 セイムと名乗る男。彼のことは、特定の分野に属するかなりの人が知っている。

 彼は女嫌いで有名だ。そして、何より彼は高名な軍人でもある。

 今となっては手の届かない人だからこそ、別世界の住人として係わりたくなかった。


「そうだろう? やっと分かってくれたのが君だ。全くどいつもこいつも私のことなどどうでもいいというのが見え見えなんだ」

「仕方ないですよ。みんなよりリードしている人がいて、ちょっと(つまず)いてるようだなと思ったら、ここぞとばかりに足を引っ張るのが大人の世界なんです」


 ユリアナが何かを思い出すかのように緑の瞳を伏せながら言えば、セイムは我が意を得たりとばかりに大きく(うなず)く。


「まさにそれだ」


 彼に隣国からもたらされた結婚話は、王族傍系にあたるお姫様との結婚であった。見事に逆玉の輿である。

 問題はそのお姫様が嫁いでくるわけではないということだった。そうなると、彼が隣国へと婿入りすることになる。

 だが、この国としては彼を隣国に取られるわけにはいかなかった。しかし隣国のお姫様の婿として迎えてもらえるのに、大した理由もなく断ることはできない。

 セイムとて貴族の一員。そんな無礼な真似はできないと分かっていた。

 一番角が立たない方法としては、とっくに結婚しているということにするのが望ましい。

 従って彼は隣国からの結婚話を断る為にも、早急に結婚しなくてはならないのだ。

 しかしセイム、すなわち本名セイランドが身のまわりでさえ使う女なんて、よぼよぼのお年寄りか、全く愛想のない既婚者だけである。その理由は、「話しかけられたくないから」だとか。


「不思議なことにな、隣国のそのお姫様と会って踊ったのだが、全く拒否反応が出なかったのだ。普段なら、触ったら耐えがたい吐き気がくるというのに」

「相性は良かったと。しかし隣国へ嫁ぐわけにもいきませんものね」


 男が嫁ぐというのはあり得ない。だが、相手は王族に連なるお姫様である。どちらの立場が上か。勿論、お姫様の方だ。それなら嫁はセイムだろう。

 少し雰囲気を明るくしてみようと、ユーモアを見せてみたユリアナだが、自分でも言った後で失敗したなと思った。


(いいとこ無しの縁談だもんねぇ)


 これが普通の妻として嫁ぐのならその家の女主人として家庭内の実権を握ることもできるが、婿というのは基本的に家庭内でも家庭外でも権限を持てないことが多い。嫁よりも立場が弱いシステム、それが婿入りだ。

 そんなつもりはなかったが、微妙にユリアナが立場の弱さを表現に滲ませてしまったものだから、その場がいたたまれない空気になったらどうしようと怯えたものの、セイムもその意味は分かっているらしく反応してこなかった。


「ああ。隣国に行けば、肩身狭く暮らさぬ為にも武勲はあげねばならないだろう。そして隣国が私に命じるのは、この国を攻めることだろうからな」


 この男を隣国にくれてやるわけにはいかない。

 偉い人達はそう考えていることだろう。だからといってストレートに断ることもできないのが、偉い人達の世界だ。


「普段、どんな女性であってもさわると吐き気がしたり、皮膚にブツブツができるのですね」

「そうだ。声を聞いているだけでも気持ち悪くなることがある」

「それなら、私と話している今も吐き気があるのですね?」


 そこで少しセイムは考えて言った。


「いや。君とは、・・・何とも感じない。隣国のお姫様と一緒だ。先ほども少し触れたが、特に何も起こらなかった」

「なるほど。・・・何が理由なのでしょう」


 そういえばユリアナも皿や服を渡す時など、セイムに触れてしまっていたと思い返す。

 ユリアナが、

(その理由に心当たりはありますか?)

と、目線で問えば、セイムは困ったように目を泳がせた。

 自分でも訳が分からないらしい。


(ゴロゴロ惰眠してたから、白粉(おしろい)とか塗ってなかったし、香水も使ってないからそのせい?)


 もしかしたら女性が使う何かが原因かもしれない。かぶれやすいような化粧品の話は聞かないのだが。


「さぁ。ただ、君は女性なのだろうが、・・・今はあまり女性とは感じないのだ。おそらく・・・ではあるが、私に向かって倒れてきたり、腕を絡みつかせてきたり、上目づかいでニヤリと笑ったり、私に触りながら話しかけてこないからだろう」

「・・・それは色仕掛けと言って、女かどうかを通り越した別問題」


 ユリアナはセイムの認識している世界に不安を抱いた。

 正しく状況は伝えてほしい。それは「倒れてきた」のではなく、体を預けてきたと言う。ちゃんと胸の膨らみだって当たっていた筈だ。

 腕を絡みつかせてきたのは、それこそエスコートしてもらおうといったことだったに違いない。相手にしてみれば親しさの表れだ。

 上目遣いでうふふと微笑むのを、ニヤリはないだろう、ニヤリは。

 ボディタッチしながら話し掛けずして、どうやって女性は男性を誘惑するというのだ。


(駄目だ、こりゃ)


 ユリアナはそう思った。

 あまりにも青年とは思えない女性の捉え方である。

 そうだ、自分の前にいるのは年上の男性ではない。性別の差も理解しない幼児なのだ。

 ユリアナはそう認識しなおすことにする。


「隣国のお姫様はやはりそれらをしてこなかったのですね?」


 ユリアナはそこを確認してみた。隣国のお姫様とて、自分の意思など関係ない結婚話だろう。

 だが、そのお姫様にも心はあって、何かしらの意思表示はしていた筈だ。

 実は二人とも、初対面ながらもとても良い相性を感じ取っていたかもしれない。女性だって誰もがベタベタしていたいわけじゃないのだ。


「そうだな。どちらかというと、顔はそっぽを向いていて、私の前からさっさと立ち去りたいという感じだった」


 それは一般的に嫌われていると言う。

 普通はそんな態度をとられると誰だって傷つくものなのだが、それを有り難がっているとは、変な男だ。


(なんて言うのか、ほんと、マイペースな人よね。少しは落ちこまないのかしら)


 深刻な話すら、とても軽い感じになってしまうではないか。

 そういう飄々(ひょうひょう)としたところが彼の要領の良さだ。何があっても切り抜けていってしまいそうで、任せたくなる。


「やっぱり、結婚相手にサルグツワ、かませておいたらどーですかね?」


 投げやりになってしまったユリアナは、それを勧めたセイムの知人の気持ちが分かってしまった。

 誰だって面倒臭くなる。当たり前だ。

 深刻な状況ですら、笑いに変えてしまいそうな器の広さが彼にはある。

 同時にセイムが女嫌いになった理由も理解できたユリアナだった。

 たとえ器用に生きているように見えても、彼はとても誠実で優しく真面目な人だ。


(心の問題なのかもしれない。そうなると難しいかも)


 このままこじらせると、セイムは自分を嫌っている女性にしか好意を持てなくなるだろう。

 彼もまた被害者、いや、患者なのだ。

 そう思うと、彼に優しくできる・・・気がする。多分。

 とはいえ、深く考えると凄い世界だ。


(自分を嫌っていると分かりやすい人にしか好意を抱けなるぐらいに、女性に迫られ続けてきたのかしら)


 それなりの令嬢達が揃いも揃って色仕掛けとは、・・・貴族の世界は恐ろしい。貴婦人のイメージがガタガタだ。

 普通の女性はいないのだろうか、ロームの貴族には。


「それでも国内の中からあなた様の結婚相手にふさわしい候補は絞られた筈です。どこのお嬢様方か、お聞きしても?」

「そう。それが問題なのだ。どうかまじない師殿。私に同行してくれないか」

「え」

「どの女性が、まだ私が長く耐えられる女性なのかを、一緒に見極めてほしいのだ」

「あの、それ。私がいても意味ないですよね?」

「そんなことはない。何故なら男がご令嬢と同じ部屋でずっと居続(いつづ)けることはできん。会話とて皆が聞き耳を立てている。踏みこんだ話などできる筈もないのだ。君ならどうにでもなるだろう」

「どうにでもって、・・・私、貴族じゃありませんよ?」

「当たり前だ。貴族令嬢をそんなものに同行させたら、その令嬢こそに私が責任を取らねばならないではないか。だが、君なら大丈夫だろう?」

「そ、そりゃそうですけど」


 自分は女性とは同じ部屋に長く居るのも耐えられそうにないから、同じ女性であれば自分の代わりに見極めることもできるであろうと、頼まれる。

 ユリアナは天井を見上げた。


(問いかける形を取りながら、全然問いかけてないですよね?)


 彼が口にした時点で、ユリアナの同行は決まっているのだ。その水色の瞳を見れば分かる。

 それはもう彼の中で決定事項なのだと。

 ああ、なんて貧乏くじを引いてしまったのだろう。

 だけど、この話は断れない。


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