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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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 リアンは重苦しい気分で、街を歩いていた。

 セイムは実は偉い人だったらしく、隊長と呼ばれている男を中心に十人程が、セイムの周囲で護衛しているそうだ。


(兄がそんなに偉い騎士で、弟がまじない師っていうのも不思議だけど、王都ならそういうこともあるんだな)


 家族は大抵似たり寄ったりの職業に就くことが多いと思っていたリアンだが、やはり世間は多種多様なのだと実感する。


(弟がまじない師として修業の旅に出るのに、兄が部下を連れて護衛につくだなんて)


 こう言ってはなんだが、ルクスよりもひどい兄バカではなかろうか。しかも弟が目をつけられないようにと、旅先では兄がまじない師のフリまでするのだから、すごい甘やかしっぷりだ。

 今回、その内の五人がユリーとスザンナを離れた場所から護衛していたところに、それを尾行している不審人物として自分は彼らに捕まっただけだったらしい。

 分かってしまえばリアンも納得だ。


(それでも彼らと過ごした数日間で色々なことを教わった気がする)


 昼前にルクスとスザンナ、そして四人の男達がスクリッスへと()った。

 ルクスは最後までリアンの心配をしてくれていたが、もしもテイトの所で世話になるようだったらきっと会いに行くからと約束した。


(本当にね、そうなったら良かったのに。だけど僕はスザンナ姫のメイドとして付けられていた)


 街の店で羊皮紙とペンを買う。ついでに荷運び屋の場所も訊いておいた。荷運びが目的地に行く予定があれば、手紙を有料で運んでもらえるからだ。

 適当な空き地で岩に腰かけ、リアンは手紙を書き始めた。


『父上。報告申し上げます。

 夜明け前、物音に気づいて起きた私は、怪しい人影を城の庭で見かけ、盗賊ではないかと思い、後を追いました。アジトに向かうかと思ったその人影は山中へと向かい、太陽がさす場所でその顔を確認したところ、なんとそれは姫でした。

 城を出るつもりだったそうです。

 姫に近づき、戻るよう説得している最中、姫と私は数人の男達に囲まれ、連れていかれました。どうやら人さらいだったようです。

 姫は、自分の身が汚されることも、利用されることも良しとされず、自害なされました。

 力及ばなかったことをお詫びいたします。

 姫の形見を同封いたします。勿論、私もこのままおめおめと生き恥をさらすつもりはございません。

 二度とお会いすることはかないませんが、どうぞお元気で。

 尚、そこで捕まっていた人の中に、兄ルクスのことを知っているという人と会いました。戦では死ななかったが故郷に戻る資格はないからと、兄は他の地に去ったとのことです。五体満足で仕事も見つけていたとのことでした。 リアン』


 二通書き上げ、スザンナから切らせてもらった髪を手紙と一緒に包む。それぞれ厳重に丸め、蝋で封をした。

 同じものを二つ作るのは、届かなかった場合を考えるからだ。別々の荷運び屋を訪ね、早馬がいるというので、高くついたがそれを頼む。

 行き先も、城宛てと自宅宛てとに分けた。

 そうしてリアンは、昨日、スザンナを連れ出した廃墟へと一人で向かった。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 ネーテル領よりも南にあるこのフィツエリの地はとても暖かい。

 廃墟ではあるが、うららかな太陽の光が辺りを照らし、とても長閑(のどか)で時間が止まっているかのような気分になる。

 スザンナを連れてきた場所よりも奥に進み、その中で適当な建物に入った。

 今にも天井が崩れてきそうな傾き具合は、今の自分にふさわしい。壊れた場所から差し込む光が、埃の姿を浮かび上がらせる。


(スザンナ姫には言えなかったけど、本当はもっと厄介な事態だった)


 昨日、自分がスザンナに語ったことを思い出す。

 あれは嘘だ。自分は姫を殺す役目など命令されてはいない。


(だけど生きて戻ることが許されないのは兄さんも僕も同じだった)


 昔から、兄が語るネーテル城の姫が嫌いだった。自分にはルクスしかいないのに、どうして何もかも持っている姫が、自分の兄までとっていくのか。

 スザンナ姫が兄を好きにならなければ、誰も不幸にならなかったのに。

 城主の姫君に好かれてしまったばかりに、兄は死地に志願していった。自分の兄をそんな目にあわせた姫に、女装してまで仕えろと言われた。


(そこまで信頼できるというのなら、その信頼を恋愛感情にまでした姫こそを責めるべきだろう。ルクス兄さんが何をしたって言うんだ。似てる顔だから女装しろ? そんなことを言われる気持ちなんてスザンナ姫には分からないだろうよ)


 自分の願望ばかりを垂れ流すスザンナ姫を見る度にムカついた。

 あんな姫をあそこまで褒めていた兄が分からない。ちやほやしていた男共もバカだと思う。

 セイムがスザンナ姫にずばっと言ってのけた時に、やっと胸がスカッとした。


(まあ、男を見る目だけはあると言ってあげてもいいけどね)


 どんなにおとなしく穏やかであってもルクスは決して弱い男ではない。テイトにもほめられたが、ルクスはいざとなった時にリアンが生き延びられるよう、様々なことを教え込んでいた。

 罠の仕掛け方、異常を知る方法、身の隠し方など。

 おとなしく本を読むことを好んでいた兄の知識は相当だったのだ。


(だから僕だけが気づいた。スザンナ姫が城を抜け出そうとしていることに)


 スザンナ姫は愚かだが、兄を想う気持ちは本物だった。だから兄を見つけるかもしれないと思った。

 気づいたスザンナ姫の違和感に、それを伯爵や父に報告すべきかどうか、迷わずにはいられなかった。


(だからこそ言えなかった。ユリーは、兄さんの刺繍を褒めてくれたから。そしてスザンナ姫が接した中で、信頼できると思えるまじない師だったから)


 リアンは大きく息を吸い込んだ。


「嫌いだ、あんな女」


 だけど、だからといって、兄を愛し、兄が愛した人を、辱めたいとは思わない。

 悩まずにはいられなかった。

 このご時世である。伯爵はスザンナ姫の周囲に護衛の騎士もつけてはいたが、同時にリアンが姫に伝えたあれらはその騎士達に命じられたものだった。

 当たり前だ。たかだか十二歳の子供にそんなことが遂行できるとは誰も思わない。


(本当に殺せと命じられていたのは、あなたの周囲にいた護衛の騎士達ですよ、スザンナ様)


 肝心のその騎士達は、スザンナ姫が抜け出したことにも気づかない間抜けだったが。

 だけどリアンは下働きみたいなこともしていた。だから木陰で聞いてしまったのだ。

 その騎士達が、もしも姫が逃げ出すようなことがあったなら、殺す前に自分達で楽しんでもいいだろうと話し合っているのを。


(そんなことだけは許せなかった)


 リアンにとっては気に食わない存在だが、一般的に見てスザンナ姫は美人だ。騎士達にとっても手の届かない高嶺の花である。

 どうせ遺体はその場に埋めてくるのだから、せっかくだから自分達でどう楽しむかと、ろくでもないことを話し合っている姿は本気で醜かった。

 彼らは雁首揃えていながら姫が城を抜け出したのにも気づかなかったアホ共だ。今頃は責任をとらされているだろう。

 スザンナ姫と一緒にいなくなった自分に関しては、「不審者を追跡します」という一言だけを書いて置いてきたから保留となっているだろうが。

 だからこそ、自分ももう戻れない。

 スザンナ姫がネーテル城に戻らないのであれば、もうネーテル領に居場所はないのだ。

 お仕えするスザンナ姫に好かれたという理由でルクスは死地に向かい、家出したスザンナ姫を守りきることができなかったというので十二の子供が命で持って責任をとった。

 そうなればファスットを誰も責められない。他の兄達にも累は及ばないはずだ。


(父さん。ずっと苦しんでいたって知ってる。どうか悔やまないで)


 リアンは唇を噛んだ。自死は大罪だ。犯してはならぬ罪。

 自分は地獄に落ちるのだろう。けれども、これで兄は一人じゃない。

 流れの民はさておき、通常、人は生まれた土地で育ち、死んでいく。故郷へ戻れぬ兄の孤独は、スザンナ姫がこれから慰めていくだろう。

 あんなライバルに兄をくれてやるだなんて納得できないが、それでも兄を大事に想っている女だ。


(ユリーさんも言ってた。ファンルケ医師は、恐らくルクス兄さんを保護する為に自分の世話役にしたんだろうって。だから大丈夫)


最後に会えた。それでもう思い残すことはない。

剣を抜き、刀身を見つめ、リアンは静かに目を閉じた。


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