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セイム達に連れられて落ち着いたのは、一軒の家だった。
なんでもリアン達はこの男達と行動を共にしていたらしく、このフィツエリ城下で短期にこの家を借りているのだそうだ。小さな庭もあり、馬小屋もある。
「セイム兄さんのお友達が見守ってくれてたからなんですね。道理で山道で全く危険な目に遭わないと思いました」
「はは。名乗り出て同行した方が安全だったんだが、怖がらせたらまずいと思ってな。あんな逃走時に味方だとか言って現れたって信じられないだろ? だから陰ながら見守るようにしてたら、そこのリアンがうろちょろしてたんで確保したのさ」
「そうだったんですか。おかげで助かりました。ネーテル領内で見つかってたらとんでもない騒ぎになってたと思います」
普段の食事は適当に食べに行っているということだったが、今日は男達の中の一人が屋台に買い出しに行き、色々な食べ物を買い込んできていた。
テーブル二つには様々な料理が並べられたが、さすがのユリアナもどうすればいいのか困っていた。
セイムとユリアナ、ルクスにスザンナ、そしてリアンが同じテーブルについていたからだ。
まるで隔離されているかのようだ。知らない男達だが、できれば自分もあちらのテーブルに行きたい。この中で自分だけが部外者じゃないのか。
(セイランド様とスザンナ様は結婚相手候補者同士。ルクスさんとスザンナ様は引き裂かれた恋人同士? ルクスさんとリアン君は兄弟ってわけで・・・。私、関係ないよね?)
ユリアナが立ち上がろうとしたその瞬間に、セイムが声をかけてくる。
「ほら、遠慮せず食えよ、ユリー。ルクスさんとリアンさん、ついでにスザンナ姫も」
「うん、ありがとう。セイム兄さん」
おかげですとんと座り直してしまったユリアナだ。
セイムの優しさが身に沁みるが、色々と問いただしたいこともあったし、ここでは何も言ってくれない方がありがたかった。
どう考えても食事が美味しく亡くなるメンバーだ。
「ありがとうございます。リアンを保護してくださった上、スザンナ姫が無茶な旅に出ようとするのを助けてくださっていたなんて。セイムさんやユリーさん、そして隊長さん方は本当に天使のような人達です」
感動しているルクスと違い、スザンナはセイムの言い回しに引っかかっていたようだ。
「なんで私がついでなのよ」
「いや、なんとなく?」
「スザンナ姫は綺麗だからね。どんな男性だって一番に名前なんて言えないよ。女好きな人ならともかく。セイムさんは紳士だから余計に誤解を招かないよう心掛けてるんだと思うな」
「まあ、ルクスったら」
ルクスは本当に穏やかというか、性別を間違えて生まれてきたかのように優しい男性だった。
(この人、こんな性格でよく生き延びてこられたなって、そっちこそが大きな謎なんだけど。兵士として戦いに行ってたんだよね?)
ユリアナは信じられない思いでルクスを眺める。
そんなルクスに、リアンはひしっと抱きついたままだった。
「本当に懐いていますね。仲がいいのは羨ましい。うちの弟なんて俺のことを『クソ兄貴』呼ばわりですよ」
セイムは微笑ましいと言わんばかりにルクスへと話しかける。
ユリアナは確信した。それはスザンナへの嫌がらせだと。
「えっ!? ユリーさんがですか?」
「ああ、ユリーじゃない方の弟です。ユリーは素直な子なんですけどね」
「そうでしたか。じゃあ、うちと同じかもしれないですね。リアンは末の弟ですから。父や母は忙しく、僕がこの子を育てたようなものです。離乳食を食べさせたり、体を洗ってやったり、寝かしつけたり・・・。離れている間、この子がちゃんと食べているか、病気になってはいないかと、心配でなりませんでした。この子は僕と同じ体質なのか、体も小さくて」
「それこそあなたの子供のようなものですね」
「ええ。弟というより息子のようなものですね。この子の成長が僕の喜びです」
その会話を聞き、スザンナが震えた声でルクスに声を掛ける。
「ちょっと待って。ルクス、あなた、間違えてるわ。リアンは女の子、でしょう?」
「いいや? まさか自分の弟の性別を間違えたりなんかしないよ。リアンは男の子だよ。たしかに女の子に間違えられることはあるけど」
「待ってよ。その子、私のメイドとしてそばにいたのよ? ファスットの推薦で、無愛想だけど身元もしっかりしている女の子だって」
そこでリアンが少し顔をあげた。
「好きで女装していたわけじゃありません。兄が近くにいたから誘惑されたのだと言いがかりをつけられ、だから今度は女装してスザンナ姫のそばにつけと命じられ、そうなると従わざるを得なかったんです」
「ごめんね、リアン。僕のせいだね」
「ううん、兄さん。兄さんは悪くないよ」
ユリアナはやっぱりなぁと、パンをもそもそとかじることで表情を見られぬようにうつむいた。
リアンが男だと、あの時に気づいたから同情していたのだが、やはり本人にとっても不本意だったらしい。
(そりゃ、男の子が女装を常にさせられるだなんて可哀想すぎるよ。体が小さく、顔もかわいかったから違和感はなかったけど。・・・ルクスさんをスザンナ様が好きになっちゃったことは予想外だったにせよ、信頼できるという意味ではファスットさんの子供はかなり高評価だったんだろうな)
そんなリアンにルクスはちぎったパンや肉を食べさせている。まさに甘やかし放題だ。恋人だったって、あそこまで甘やかされることはないだろう。
「お城で勤めていたんなら食堂だったわけだろう? ちゃんと食べてたのかい?」
「うん。うちと違って兄さん達に取られることもなかったし」
「それならいいけど」
兄弟間で食事の取り合いもあるからこそ、弟の分を確保していたのか。ルクスの軌跡が見えたような気がする面々である。
そりゃ懐くよね。懐かないはずがない。
ああいうのが当たり前な日々で育てられたら、そりゃブラコンにもなるだろう。お兄さんというよりもお母さんという感じだが。
「その前に、男だと知らずにメイドとしてそばに置いていた私への謝罪はないの?」
「そもそもスザンナ様が普通の姫様なら、あり得なかった事態です。女装しても不自然じゃないという訳の分からない理由で選ばれた僕こそいい迷惑です。それも普通の女の子が軒並み面倒見きれないと逃げ出す我が儘っぷりだからって」
リアンはけっこう口が悪いようだ。かなり鬱憤も溜まっていたのだろう。
ユリアナにはその気持ちがよく分かった。
何故なら仕えているお嬢様が変な行動をした場合、まず叱責されるのは世話をしている侍女やメイド達だからだ。変な思想や思考を吹きこんだのだろうと叱られ、責任もってきちんと道を正させるように説教される。
――― 分かるっ、分かるよ、その気持ち。いい迷惑な仕事って本当にあるよね。
人の目がなければ、リアンの手を取ってその思いを分かち合いたいユリアナだ。
身分が高い人の要求は、無茶ぶりが激しすぎる。
「あとね、あなた、一人で食事もできないの? 恥ずかしいわね」
「スザンナ、お願いだからリアンをそう責めないであげて。リアンは昔から食が細くて、こうして食べさせないと本当に食べない子だったんだ。最近ではちょっと食べるようになってきていたんだけど。こうして再会してみたら、こんなに痩せてしまっていて」
「女の子の格好をする為に、あまり肉をつけるわけにはいかなかっただけだよ。ちゃんと食べてたから心配しないで」
「成長期になんてことを。リアン、スープなら食べられる? これからはちゃんと食べるんだよ」
「うん」
そう言って見つめ合う兄弟の周囲には、穏やかで愛情に満ち溢れた空気が存在していた。
「なあ、隊長。俺にはあそこにいる男二人の方が天使に見えるんだがな」
「安心しろ。俺にもそう見える」
「性別って時に残酷だな」
「あの二人の方が恋人に見えるぜ」
「いつもはツンツンしてるのに、お兄ちゃんの前だと甘えまくる子ウサギちゃんか」
「あのツラだから許せるが、うちの弟だと甘えんなって手が出てたかもな」
「娘は父親にとって最後の恋人って言うぜ。甘々なのは仕方ないだろ。うちだって妹は親父に甘やかされまくりだ」
「アレって父親か? 母親じゃねぇの?」
「ふむ。お気の毒ですが、スザンナ姫にとって最大の敵は、義理の弟にあったということでしょうね。あそこまで溺愛されて育てられた小姑、まさに悪魔千匹に等しい」
「違いない」
ゲラゲラと違うテーブルで笑う声がユリアナの耳に届く。
勿論、スザンナにも届いているだろう。
ユリアナは黙ってカリカリに焼き上げられた肉をかじった。
(そう、私は肉をかじるのに忙しい。だから顔をあげられないだけなの。決してスザンナ様を見たくないわけじゃないのよ。ええ、決して)
リアンに同情するが、今まで一緒だったスザンナを裏切ることもできない。
巻きこまれたくないユリアナは難しい立場なのだ。
「なあ、スザンナ姫。で、お前さん、これからどーすんの? ルクスさんは生きてたわけだけど、ここで手に手を取って故郷に帰るってのは無理って分かってるよな?」
そんな中、どこまでもセイムはストレートだった。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
食べ終えてしまえば、今までのお互いの状況を擦り合わせにも入るものだ。だが、詳しい流れが分かっていないのはユリアナとスザンナ、ルクスとリアンだけだった。
「ルクスさんはね、戦では従軍医師の手伝いをしていたそうだ。そして戦が終わると、その中の一人の医師についていき、その手伝いを今もしているとか」
「その通りです。僕はもうネーテル領に帰るわけにはいかない身。戦で死ななかったとあれば、他の地で生きるしかありません」
セイムの説明を受けて、ルクスも頷く。
「え。じゃあ、兄さん、帰ってこないの?」
「ごめんよ、リアン。もう、それは仕方ないことなんだ。父さんと母さんには、そう伝えてほしい。生き延びてはしまったけど、二度と戻りはしないから、と」
「そんな。母さんだって、兄さんのことを思って今も泣いているのに。父さんだって、父さんだって・・・」
「ごめんね」
ルクスは涙をぽとりと零したリアンの頭をよしよしと優しく撫でた。
(言われてみれば色合いも顔立ちもよく似てるのよね。だけどスザンナ様が兄弟、いえ、兄妹とかって全く思わなかったのは、性格が違いすぎるというか、浮かべる表情が違いすぎるからかも)
本当に愛情垂れ流しな男性である。
ユリアナは砂を吐きそうになった。
こんな女性よりも女らしい人が戦場にいて、よくぞ男に襲われなかったものだ。
ん? 待てよ? 従軍医師?
「それなら僕も兄さんについていく。もう会えないなんてやだよ」
「リアン。そんな無茶を言わないの。大体、僕のお給料じゃ、さすがにリアンを養うなんてのは無理だよ」
「僕も働く」
「あそこでそんな苦労をお前にはさせられないよ。いいかい、リアン。ちゃんと大人になるまでは父さんの庇護のもとで暮らしなさい。誰だっていつかは大人になる。子供でいられる時期は短いんだから」
リアンには想像もつかないだろうが、ユリアナには分かった。いや、ここにいるセイム以下、男達には分かっているだろう。
ルクスのいる場所は、苦痛と血、そして死が集う場所だ。連れていけばどうしても手伝いを頼むようになる。
その時、絶え間なく続く苦痛の悲鳴や怨嗟の叫びにリアンの心が耐えられるだろうか。
ルクスが連れて行きたくないのは、連れていったらリアンが苦しむと分かっているからだ。
「あのー。すいません、ルクスさん。医師の手伝いとおっしゃってましたが、その医師のお名前をお尋ねしても?」
「勿論かまいませんよ、ユリーさん。ファンルケ医師です」
のほほんとした声で尋ねたユリアナに、空気が変わることを期待したか、ルクスが笑顔で答えた。
「もしかして、ルクスさんのしているお手伝いとは、その医師の世話係なのでは?」
「よくお分かりになりましたね。ええ、本当に家事や片付けが苦手な方で、しかし風紀の問題上、女性を連れ込むわけにはいかないのです。今、色々と教えを乞いつつ、生活全般を世話させていただいています」
「そうですか。今、どちらにお住まいになっていらっしゃるんです?」
「ロームよりも東にあるスクリッスという街です。今回、大きな怪我を負った人達はそこに集められているのですよ」
「ああ。ロームからけっこう近いんですね」
「ええ」
そこへ、いつの間にか近寄ってきていたテイトが口を開く。
「親離れできていない子猫ちゃんには困ったものですね。ところでリアン。君、僕の所に来ることに決まってたでしょう?」
「・・・行くなんて言ってません」
リアンにとってルクスと再会させてくれたセイムは恩人だが、その仲間という彼らには警戒心が今もバリバリだった。
父でも行方が捜せなかったルクスをあっさりと見つけてくることができたのだからそれなりの身分があるのだろうと察してはいるが、出会いがまさに山賊との出会いの如きそれである。
ましてやテイトには玩具のようにからかわれ続けた覚えしかなかった。
「そういうこと言うんですね。やれやれ。ところでリアン。僕は基本的にロームにいるんだけどね、もしも僕の所に来たとして、馬にさえ乗れるようになったら休みの日にはお兄さんの所に行けるって分かってる?」
ぴくっとルクスの腕にしがみついていたリアンが顔をあげる。
セイムは空色の目を丸くして帝都に問いかけた。
「なんだ、テイト。お前、この子に目をつけたのか」
「ええ。うちの子も師匠離れが出来てませんからね。兄弟子にでもなれば少しは大人になるかもしれませんし、この子猫ちゃんをお土産にしようかと」
「ふぅん。ま、勝手にしろ」
誰が子猫だと反発しながらも、彼にとってはまさに子猫のようなものなのかもしれないと、リアンは思う。
今まで無様に負け続けたことを思い返したリアンは、テイトを静かに見上げた。
「僕の腕ではあなた方の足元にも及びません」
「知ってます」
「ならば、どうしてですか?」
「人の生きる道は騎士だけではありませんよ。勿論、騎士としての修業をすることにはなるでしょう。しかし王都には違う道を行く人達も沢山います。それを知り、違う道を行きたいと思えば、そこで違う道を選べばいいのです」
「それではあなたにとって何も得るものはありません」
「退屈しのぎができます」
判断しかねたリアンは眉根を寄せ、セイムに目を留める。
「セイムさん。お尋ねしますが、テイトさんは、あなたから見てどういう方ですか?」
「あのねえ、リアン。僕のことは僕に聞いてほしいんだけどな」
テイトはかなり不本意そうだ。
「嫌なことでも必要だと思えばそれを実行できる強い男だ。性格も悪そうだし、まさに軟弱人間を地で行ってるような奴だが、俺はテイトほどしなやかな心を持った人間を他に知らない。どれほどひどいことをやらかしていても、そこには深い考えがある。ここぞという時に一番いやな役目は自分が引き受け、誇り高さを失わず信念に生きる男だ」
「ちょっとちょっと、何をいきなり褒め殺ししてくれるんですか。明日は雨が降るじゃないですか」
セイムの賛辞にテイトが赤くなった。
「いいから言わせろ。お前もからかうような言動をするから誤解されるんだ」
「本気なんですけど」
「マジか」
「マジです」
心配そうに、ルクスがリアンを見る。
「リアン・・・」
「ごめん、兄さん。これは僕のことだから」
元々、ルクスはリアンが剣を持つことにあまり賛成していなかった。今も心配してくれているのだろう。そんな翳りがその表情を満たしている。
「あ、・・・ああ。うん、そうなんだけど」
リアンがテイトの方へと視線を向ければ、その腰に下げた剣が目に飛び込んできた。
ここ数日、リアンが手入れを任されていた剣だ。
リアンはルクスの腕を外すと、立ち上がってテイトに近づいた。少なくとも、自分が椅子に座ったまま答えていい質問ではない。
「申し訳ありません。とてもありがたい話ではありますが、少し、・・・考えさせてください」
「別に返事は今すぐじゃなくていいですよ。ただ、あまり待たさないでくださいね」
「はい」
頭を垂れながら時間の猶予を乞うリアンに、テイトは優しく微笑んだ。
リアンは己の足先を静かに見つめた。
(夢はもう終わりだ。最後に兄さんに会えた。それだけでいい)
顔をあげたら表情をテイトに読み取られてしまうだろう。
あまり接触のなかったリアンの去就などどうでもいいセイムは、肝心の話に移った。
「そんじゃ次はスザンナ姫か。とりあえずこのまま出奔するなら、最低限、二度とスザンナと名乗らない覚悟は必要になるんだがな」
「分かってるわ。いいわよ、ただのアンナとして生きていくもの」
「で、問題はだ」
セイムが面白そうにルクスを見る。
「ルクスさんは、スザンナ姫じゃなくて、ただのアンナさんと結婚する気あるのかってことなんですがね」
「え、っと、あの、その、僕は・・・」
「うんうん。スザンナ姫なんて嫌いだって言うなら、遠慮なく振ってあげていいと思いますよ。こんな高慢ちきな姫なんて、誰だってイヤですよね。姫もあなたに振られたら、諦めておとなしく城に帰ることでしょう」
ここぞとばかりにセイムが言い放っているのは、やはり色々とむかついていたからなのか。
自分が色々な苦悩を背負っているというのに、結婚相手候補者がコレだと思うと憎悪せずにはいられないのかもしれない。
ユリアナはそっと心の涙を拭った。
「スザンナは高慢ちきなんかじゃないですよ? とても心優しく、愛情深く、何事にも真摯に取り組む、そんな勇気と明るさを兼ね備えた素敵なお姫様です」
「・・・・・・今、俺にはあなたこそが慈悲の天使に見えましたよ」
「ルクス。私、あなたとならどんな苦労も平気。あなたといたいの」
白けた空気のセイムと、感動に赤く頬を染めたスザンナの対比が著しい。
「だけどスザンナ。君は庶民の暮らしを知らない。僕の仕事場は常に血まみれでうめき声ばかりが響いている。そんな所にどうして君を連れて行けるだろう。君にはいつだって平和で穏やかな場所で笑っていてほしいんだ」
「あなたがそうやって人を助けているというのなら私も手伝うわ。私が心から笑えるのは、あなたの前だけよ」
どうもルクスの前では悪人は存在しないようだと、ユリアナは思った。
負けている、女としてルクスに負けている、私。
そりゃファンルケ医師も手伝いという名目で保護するだろう。こんな人、世間に出せるわけがない。
「あのー、ルクスさん。あなたが医師の世話を一手に引き受けているということは、実は人手はかなり足りていないんじゃないですか?」
「ええ、よくお分かりですね。ユリーさんはまじない師とか。もしもその気になりましたら、ぜひいらしてください。本当に人手が足りていないのです」
「それなら、アンナがいれば少しは役立つのでは?」
ユリアナも、ここまできたらセイムとスザンナの間に協力関係など期待できないと理解していた。
一番いいのはスザンアをルクスに押しつけることだ。
「いえ。何もしない人間を置いておける余裕は誰にもない状態でして」
「何かさせればいいんじゃないですか? 洗濯だって煮炊きだって教えれば覚えるでしょう。乾燥した野菜とか肉を入れて作るスープ位は作れるようになりましたし、布を叩いて洗う方法も、乾かす為に広げて干すことも覚えましたよ?」
「え? スザンナ、・・・君が?」
「ええ、そうよ。ちゃんとやれたわ。ユリーに教わったの。そりゃ、ユリー程にはまだまだだけど。けどね、ルクス。あなたと一緒にいられるならもっと覚えるわ。あなたが好きなの」
「スザンナ」
「アンナって呼んで。あなたと生きる為の名前よ」
「アンナ」
二人はひしっと抱きあった。
セイムとリアンは面白くなさそうな顔で明後日の方向を向いている。
きっとスザンナ嫌い同盟を立ち上げたら真っ先に入るだろう。女に嫌われる女は多いが、男に嫌われる女は珍しい。
「人手は本当に足りていないんだ。リアンにはあまりにも酷すぎて見せたくなかったけど・・・。君は本当についてきてくれるの?」
「ええ。私はあんなお子様とは違うもの。どこまでも一緒よ」
「ありがとう、アンナ。ずっと君を愛していた。これからも君を愛すると誓うよ。たとえ、君が僕を捨てる日が来たとしても」
「バカね。私があなたを捨てることなんて絶対にないわ」
テイトがリアンの肩をトントンと叩いた。
「何ですか?」
「君、これからあの人を『お義姉さん』って呼ばなくちゃいけないんだね」
「・・・!!!」
全身でリアンが鳥肌を立て、肩を震わせる。
男達はひそひそと話し合っていた。
「なあ、弟は可哀想だから連れてくのはダメだけど女はかまわないってことか、あれ?」
「いやいや、ちゃんと捨てられても愛してるって言ってるし」
「既に別れを見越してないか?」
「彼女の幸せの為なら身を引くという、尊い自己犠牲だろ?」
「恋人と息子ってどっちが大切なんだろうな?」
「俺、親父から愛情なんて感じたことないぞ」
「あれは父親じゃなくて母親だろ」
「母親か。母親にとって自分の夫と息子、どっちが大事なんだろうな」
「そんなら姫が夫で継父なのか」
「悪いがベッド以外でなら、嫁としてほしいのはあっちの方だ」
「俺も」
精神的に疲れ果てたユリアナは、もうここから逃げようと決意する。
「すみません。とりあえず今日は宿に帰ります。明日になったらセイム兄さんともちょっと話し合うことがあるようですし」
「それならユリー、今日はもうここに泊まっていったらどうだ? 空いてる部屋はあるそうだし、ベッドもついてるぞ。その方が楽だろ?」
「そういうことなら遠慮なく。・・・セイム兄さん、明日は逃げないでくださいね?」
「は? 何をだ。俺、逃げることなんて何もないぞ」
フッと、ユリアナはすさんだ微笑を浮かべた。
そうか、そうなのか、本気でそう思ってるのか、この男は。
怒りの波動がユリアナを包む。
「兄さんさぁ、なかなか来ないと思ったらルクスさんを迎えに行ってたってのはいいよ? だけどそれ、僕にスザンナ様を押しつけてルクスさんを探しに行ってたってことだよね? それ、スザンナ様の面倒をみたくなかったから、僕一人にイヤな役目を押しつけて逃げたってことでしょ? 僕はずっと兄さんのことを心配し続けていたっていうのに」
「・・・・・・」
「兄さん。明日はちょっとお互いの信頼と誠意と情報交換というものについて、よぉく話し合おうね」
「・・・えーっと、ほら、ユリー。俺もだな、逃げようと思ったら、ルクスさんを探しにロームに行った方が早いと思ってだな・・・」
「一番すぐに追手がかけられる方向って分かってたよね? そりゃ兄さんなら平気だったかもしれないけど」
「・・・・・・」
「僕、ずっと心配してたんだよ?」
「す、・・・すまん」
女同士だからいいだろうと思ったという言い訳はきかなさそうだと、セイムも理解する。
世間知らずなお姫様との道中は、ユリアナの疲労度も普段の数倍増しだったのだ。




